大阪 城東区の内科、循環器内科クリニック。循環器疾患、生活習慣病の管理、花粉症などアレルギー疾患、禁煙外来対応。
“ドクトル・イトウの地球の果てまで“ 世界60ヶ国以上を訪れた、院長のちょっと変わった見聞録
最終目的地のマラケシュへ到着。
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19世紀後半に建てられたバヒア宮殿。
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モロッコ建築の粋を集めた美しい装飾で知られている。
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イスラム様式の豪華な装飾。
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幾何学的芸術のモスク。
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イスラム教の神殿には何もない。メッカの方向に向けた空洞があるだけ。でもここで指導者がコーランを読むと、空洞で反響されて、後方へ音が拡がる。非常に画期的な拡声器になっている。
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マラケシュの中心、ジャマ・エル・フナ広場。夕暮れ時が美しい。
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夕暮れ時になると、観光客や地元の民が大勢が集まってくる。
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広場には多くの屋台が店を開き大盛況。中でもその場で作ってくれるフルーツジュースが絶品。
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まさしく、喧騒の街だった。色んな文化が入り混じるモロッコ。うざい国とも言われているが、非常に親切でお節介な人々が印象的で、道で迷った院長に、皆が親切に道を教えてくれたり、そのお節介さに温かみを感じた。
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アトラス山脈南部から続く歴史的な街道で、街道沿いには「カスバ」と呼ばれる城塞や要塞化された集落が点在する。
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切り立った岩壁が続く絶景が広がるトドラ渓谷。
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湧水の清流が流れ、地元の方々の憩いの場所でもある。
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ここではロバも重要な労働力。
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この地の有名ホテルだったそうだが、落石で潰れてしまった。
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ロッククライミングで有名な場所だそうで、実際登っていた。
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土漠の風景に、果実のカラフルさが映える。
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世界遺産の「アイト・ベン・ハッドゥ」。
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日干しレンガで作られた要塞都市。
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今でも数家族が実際に暮らしている。
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「グラディエーター」や「スターウォーズ」のロケ地としても有名だ。
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アトラス山脈の高地を走り抜け、マラケシュを目指す。
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殺伐とした山岳部を抜けて、今回のメインの目的地、サハラ砂漠を目指す。
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院長もヒジャブと呼ばれるストールで砂漠仕様に。
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ここからはラクダに乗り換えて、本日の宿(テントロッジ)まで、約1時間砂漠を進む。
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乗り心地はいいとは言えないが、砂漠の中をゆっくり進んでいく。
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"ケツの皮がむける"などと言われるが、院長は生まれて初めて、尻の皮がむけた。
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波に乗るように、うねりながら砂漠の中を走っていく4WD。
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何とも楽しそうだ。
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ラクダに乗った院長。
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ここが今回泊まった、砂漠のど真ん中にあるテントロッジ。
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テントにはシャワーや水洗トイレがあり、なんとエアコン完備で快適だった。太陽光発電を利用しているようだ。
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月の砂漠ではなくて、日の出前の砂漠。
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フンコロガシは本当に糞を転がしていた。後ろ足で後ろ向きに転がしていく。
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ここからは早朝、日の出時の砂漠の光景を。
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風紋がさまざまな模様を作り出していく。
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日の出時は風紋がコントラストになって美しい。
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うねりと風紋の芸術だ。
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メルズーカの街へ戻ってきたら、駐車場で陽気なおじさんがにわか商店を開いていた。
シャウエンから車で4時間、迷宮都市フェズへ向かう。
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昔、都のあった街なのだが、旧市街が細く入り組んだ道で巡らされ、本当に迷宮なのだ。
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道が細く、左右に建物があって、目印になるものが見えづらく、どこを歩いているのかわからなくなる。ガイドさん無しでは散策できない。
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ここでもあちこちで猫を見かける。
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猫達の姿が、どことなくのんびりとした雰囲気を作り出している。
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テレビでもよく取り上げられる、皮の加工工場。皮をここでなめし、染色する。
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鳩の糞に含まれるアンモニアを利用して、皮を柔らかくするらしく、とんでもなく臭い。なので、見学前にこのミントの葉が配られる。これを鼻の中に詰めて見学するのだ。
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モロッコでは主にリヤドと呼ばれる宿に泊まった。リヤドは、昔の大金持ちの家を利用した、いわゆる高級民宿。必ず吹き抜けの中庭があり、その真ん中に噴水があるのだそうだ。暗い路地にある扉を開けたら、こんな豪華な世界が拡がる。
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モロッコで定番の朝食、パンや薄く硬めのパンケーキにバターと各種ジャム。これが結構美味しかった。
以前から行ってみたいと思っていたモロッコ。またまた、アフリカ大陸へ遠征した。元々はベルベル人の居住地であり、そこにユダヤ人の文化が混じり合い、その後にローマ帝国の支配、アラブ人によるイスラム化、スペイン、フランスの支配からの独立といった歴史をたどり、アフリカとヨーロッパ文化、イスラム教が融合した、独特の文化を持った国だ。
今回はアブダビ経由でモロッコへ向かった。関空からアブダビまでが10時間、アブダビからモロッコのカサブランカまで8時間の長い行程だった。
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カサブランカの空港から車で7時間かけて、青い街シャウエンへ向かう。
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街全体の壁が青く塗られている。
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諸説あるようだが、昔、この地に移り住んだユダヤ人が、家を青く塗る習慣を持ち込んだと言われる。青はユダヤ教で神聖な色なのだそうだ。
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今も所々で壁を青く塗る作業が行われていた。
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この青い不思議な世界が、SNSで映えスポットとして一躍有名になってしまった。
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街は商店やレストラン、ホテルといった観光地ではあるが、一般の居住地でもあり、地元の人々の姿がまた絵になる。
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フランスの植民地支配の影響か、食べ物にはフランスの影響が色濃く残っている。パンはバゲット。
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おとぎの国の様な光景。
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野菜を売りにきた山の民たち。民族衣装が特徴的で、どこかペルーのアンデスの民と似ている感じがした。
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一番の映えスポット。
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カラフルな石鹸屋さん。
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スペインモスクと呼ばれる、小高い丘に登って、夕日のシャウエンの街を見下ろす。
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街の光がポツポツとつきだして、青い街の色が変わっていく。
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夜景を堪能して、街へ戻ると、
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広場に人が集まり、夜遅くまでお祭り騒ぎ。
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アイスバブル。湖底から発生したメタンガスが凍って出来た現象。
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今回、新しいエゾフクロウの祠へ案内してもらった。枝が邪魔で中々わかりにくいのだが、祠からちょっと顔を出している。
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人の気配を感じてか、奥へ引っ込んでしまった。
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静かにじーっと待っていると、
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ひょっこりはんの様にこそっと顔を出してきた。
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自分にとっては、初めてのポーズで、愛らしかった。
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いつも通っている祠をのぞいてみると、空っぽ。諦めかけていたら、地元のカメラマンが来て何やら狙っている。
どうやら祠から出て、木の枝に止まっているらしい。教えてもらって望遠してみると、なんと二羽をゲット。
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院長にとっては初めての、ペアのエゾフクロウ。写真では見たことはあったが、実際には中々見ることが出来ない。
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いつもの祠には、いつものように居てくれた。前日は空だったそうだ。
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この祠はすでに観光名所になってしまっているのだが、観察位置から祠までの距離がちょうどよく離れていて、枝も少なく、祠も大きいので、よく見える。ただこの祠は崩壊の危機で、地元の方が補強工事をしている。
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森の守り神と言われるだけの貫禄がある。
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じーっとしているのだが、時々面白い動きをする。
「ドクトル・イトウの地球の果てまで」はもう15年目に入った。
院長にとって、年中行事となってしまった冬の鶴居村、今年もやって来た。
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早朝にタンチョウの寝ぐらを巡る。タンチョウは餌の少ない冬場、日中は給餌場に集まり、夕刻になると、それぞれの寝ぐらに戻っていく。凍らない川が、彼らの寝ぐらになる。
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この日の釧路はマイナス15度、早朝の音羽橋はマイナス20度ぐらいかもしれない。天気が良く、いい感じに「ケアラシ」が見られた。
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この「ケアラシ」の中のタンチョウを撮るために、世界中から写真好きが集まってくる。日の出前から場所取りをして、日の出を待つのだが、橋の上なのでとにかく寒い。また、川の整備をしたため、タンチョウの寝床が橋から年々遠くなっていっている。
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しかも「ケアラシ」は気温や天候等の条件が揃わないと、なかなか見ることができない。
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キタキツネを見つけた。冬のキタキツネは毛がフサフサしていて愛らしい。
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雪原へ戻っていくキタキツネを追いかけていくと、
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そこには、なんと二羽のタンチョウが。
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もちろん、キタキツネはタンチョウを襲うこともあるようだが、
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この日は、お互い警戒することもなく、通り過ぎていった。
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エゾジカ、それも立派な角を持った、三頭のオスに遭遇。
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エゾジカのオスは単独で行動するが多いので、これもまた珍しい。
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給餌場(伊藤タンチョウサンクチュアリ)に戻って、ゆっくりタンチョウを観察。
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この風景とタンチョウの鳴き声を聞くと、鶴居村に来たんだなあと再認識する。
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頭を毛に埋めて、団子になったタンチョウ。
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夕暮れ少し前から、タンチョウは給餌場から自分たちの寝床へ帰っていく、その飛んで行く姿を求めて、菊池牧場へ移動する。
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地元の人によると、この日は飛行ルートを変えたらしく、あまり多く見ることはできなかった。
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夕陽に羽を染めたタンチョウ。
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ビッグファイブの中で、なかなか遭遇できないのが、黒サイとレパード(ヒョウ)。
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その貴重なレパードに、この至近距離で見れるのが、ここエンティムキャンプの醍醐味。
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これが本物のヒョウ柄。
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鋭い目をしている。虎やチーターとは違った柄なのがわかる。虎は縦シマ、チーターは黒丸。
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集結してくるサファリカーの真横を悠然と通り過ぎて行く。
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こちらはチーター。
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シャープな体型と小さな頭がかっこいい。
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猫のように戯れ遊んでいる。
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レパードとはまた違った格好良さがある。
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涙のように縦に走る黒線が、チーターのしるし。
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お次は雄ライオン。
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水場で悠然とくつろいでいる。
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恐らく2mぐらいの至近距離に接近し、流石にビビった。
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茂みに隠れていたインパラ。
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立派な角が特徴だ。
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嫌われモノのハイエナ。
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愛嬌のあるイボイノシシ。
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巣があるのか、ロッジの軒にマングース。
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正式にはシママングース。
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珍しい光景に出会った。木登りライオン。
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木の上で、だらしなくくつろいでいる。
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ライオンも木の上では安全で安心なのか。
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カラフルなムクドリの一種。
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アフリカヒヨドリ。
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カバの親子。
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なんとも微笑ましい光景。d
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お母さんについて行く。
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のんびりあくびのカバなのだが。
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マサイマラでは危険で凶暴な動物。
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また近い将来に訪れたい。
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日の出前のマサイマラの空は紫に染まり、これはまた美しい。
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空からマサイマラの日の出と、ゲームドライブでは見ることのできない、野生動物の空からの光景を楽しむ、バルーンサファリに2度目の挑戦。前回は運行機器の故障で、サファリのど真ん中に不時着した。詳細はこちら。
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暗闇の中、バルーンにバーナーで温められた空気が送り込まれていく。
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ごーっと唸るバーナーの音と共に、無事にテイクオフ。
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ちょうど日が登ってきた。
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サファリロードの無い原野の上空を散歩していく。
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動物たちにはどのように写っているのだろうか。
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狩を終えて、獲物を食べ終わったライオン。
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キリンの群れ。
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なんとも雄大な光景。
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朝のゲームドライブに出発したサファリカー
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緑が生い茂る処は水飲み場。
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高度を下げていく。
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シマウマの群れ。
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バルーンの影が原野に映る。
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色とりどりのバルーンが美しい。
マサイマラのゲームドライブの醍醐味はもちろん野生動物を間近に見ることなのだが、もう一つの醍醐味は日の出と日没の景色だ。
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夕暮れ時は、感動的に美しい。
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そこに一羽のセクレタリーバードがやってきた。セクレタリーとは書記という意味で、昔のペンの羽根に使われていたからだそうだ。
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その鳥が、夕陽をバックに木のてっぺんにとまった。巣があるのだろうか。
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これはシャッターチャンスとカメラを構えていると、もう一羽が飛んできた。
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もう一羽は木のてっぺん目掛けて飛んでいき、
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てっぺんにとまり、羽を広げた。
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夕陽をバックに、まるで火の鳥のようだ。
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この光景は一瞬で終わり、
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飛び立って行った。これも一期一会、二度と同じ光景を見ることはないであろう。自分にとっては奇跡の一枚だった。
5度目のマサイマラ、7度目のサファリだが、ハンティングのその瞬間をまだ見たことはなかった。
ドライバーのジョセフに何が見たいかと聞かれ、もう一度ヌーの川渡りとハンティングを見たいと応えた。
サファリの朝は早い、まだ真っ暗な朝5時半、モーニングコール代わりに、テントにコーヒーとクッキーが運ばれてくる。このコーヒーが実にうまい。朝6時、さあ、出発だ。
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何気にシャッターチャンスの獲物を探して走っていると。群から離れた一頭のヌーを発見、よく見ると、雌ライオンが狙っており、追いかけ合いの末に睨めっこ状態になった。
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ヌーは全力を振り絞って、果敢にもライオンに襲いかかった。ライオンも一瞬たじろいた様子だったが。
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もう一頭の雌ライオンが現れた。ライオンの作戦勝ちで勝負あった。
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二頭共同で襲い掛かり、ヌーを仕留めた。
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喉元に噛み付くライオン。
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ヌーが息を引き取るまで、喉を噛み続ける。
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ライオンの勝ち誇った様な姿。
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ヌーが完全に息を引き取ってから、ライオンは食べ始めた。
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ゾウの親子に遭遇。
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ゾウは一日中食べ続けているそうだ。ゾウの進むところ、植物は無くなっていく。
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荒涼としたサバンナに象はよく似合う。
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お次は、マサイキリンの群に遭遇。
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キリンはあまり動かず、逃げないので、比較的見やすい動物だ。
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直ぐそばまで近づいても知らぬ顔。
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愛嬌のある顔だ。
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マサイマラは川で区域が分かれる。
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雨季には渡れない川を、乾季は4WDでガンガン走破していく。
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途中で見かけた、国境の道標。向かって右がタンザニア、左がケニアだ。マサイマラには国境のゲートなど無い。
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河岸で一頭のカバに遭遇。これは今までのサファリの中で、最も危険な状況だった。
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カバはのんびりおとなしいイメージなのだが、マサイマラで最も危険な動物のひとつだ。
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思いっきり睨まれてしまった。今にも襲いかかって来られそうな、殺気を感じた。
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河岸には、全長2m近くあるワニが獲物を待ち構えている。
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川面にはカバの群れがぷかぷかと。のんびりムードなのだが。。。
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ジャレあっているのか。
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怒っているのか、凶暴な姿が。
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何もない道端で急にストップ。ブッシュを進んで回り込むと、巣穴が現れた。
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サーバルキャットだ。チーターの様に顔が小さい。
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マサイマラは鳥の種類も多い。
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動物と共生している鳥もいる。
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イランドに付く虫を食用とする鳥。持ちつ持たれつ。
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猛ダッシュで多くのサファリかーが集結。レパード発見。車が集まる数からも、その貴重さがわかる。サファリ初日から大物の連続だ。
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皆んなの注目をよそに、すたすたと通り過ぎて行く。
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ちらっとこっちを向いてくれた。こういった場面で、動物が来る方向へ車の位置どりをするのもドライバーの腕次第なのだ。
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夕暮れ時の帰り道で、ハイエナに出会った。
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いつも悪役のハイエナ。見た目がこれだから仕方ない。
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夕暮れのサバンナ。この空が大好きだ。
コロナが開けて、何故か無性に、ケニアのマサイマラへまた行きたくなった。
今回はカタール航空を利用しドーハ経由でナイロビへ向かう。土曜日の午前は仕事をし、夕刻に関空を発ち、深夜にドーハ着。3時間で乗り継いで、翌日の朝7時にはケニアのナイロビに到着だ。
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7年ぶりのナイロビは何も変わった様子はなかった。
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翌朝、ナイロビのウイルソン空港から、国内線の小型機でマサイマラへ向かう。ナイロビからマサイマラへは1時間程度のフライトだ。
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7年ぶり、5度目のマサイマラだが、空からの景色は何も変わらない。
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サバンナの一本木が懐かしい。
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マサイマラのエアストリップへ着陸。
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それぞれのテントロッジのサファリカーが並ぶ。その殆どがトヨタのランドクルーザーなのだが、この車で動物を探しながらサファリの原野を駆け巡るのが、ゲームドライブ、日本で言うサファリだ。
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マサイ族のドライバーが出迎えてくれ、テントロッジへ向かう。
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車の後ろには、マサイの女性たちの、にわか土産物屋が並んでいる。
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今回利用した宿は、Entim Camp。敷地内に12棟の客室テントとメインテントから成るテントロッジだ。
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これが客室テント。
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テントと言っても、中の設備は高級ホテルと変わりない。
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デスクもあって充電もできる。セイフティーボックスもあり、このロッジには無料のランドリーサービスがある。これは非常に助かる。ゲームドライブは砂埃で汚れるので、洗濯物を朝、かごに入れておけば、夕方には洗濯して、畳まれて置いてある。
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洗面所とシャワー。ちゃんとお湯が出る。
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トイレも水洗だ。
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テントの眼の前にはマラ川が眺められて、カバが寝そべっている。夜はカバの鳴き声が結構うるさい。運が良ければ、ここからヌーの川渡が見られる。
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メインテントのダイニング。ここで毎食、コース料理を楽しむ。
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メインテントのリビングスペース。このロッジはアルコールもフリードリンク。
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眼の前にマラ川を見下ろす。運が良ければ、ここからヌーの川渡りが見られることがある。
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川岸にはカバがいる。
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午後のゲームドライブに出発。川岸でトピに遭遇。川を渡りたいようだ。
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トピは鹿のようだが、牛の仲間。枝分かれのない立派な角が特徴だ。
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初日から早々に、チーターを発見。
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眼から縦に伸びるラインが特徴。
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チーターの模様は黒丸の斑点。
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キリンに遭遇。
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サバンナの動物たちの中でも、キリンの長い首は、やっぱり独特だ。
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愛らしい顔をしている。
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マサイマラは鳥の種類も多彩。ツメバゲリという鳥。
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コオナガテリムクという美しい鳥。ムクドリの仲間らしい。
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ダチョウのオス。ダチョウはオスのほうが美しい
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ダチョウの羽を広げたダンス。
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象の親子を発見。
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初日早々、ヌーの大群に遭遇。
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サファリロードを横切って、ヌーた隊列が進む。
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ヌート大群は、すごい威圧感がある。川岸へ近づいてきた。そろそろ川渡りが始まる雰囲気だ。
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初日から、ヌーの川渡りに遭遇した。ただし、ここはマラ川ではなくて浅いので、少し迫力には欠ける。
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それでも対岸に駆け上がる姿は迫力がある。
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水しぶきを上げながら、必死で駆け上がっていく。
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川の中には、ヌーを狙ったワニが待ち構えているのだから。
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美しいマサイマラの夕暮れ。
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院長はマサイマラの空を見たくてここに来ると言っても過言ではない。本当に美しい。
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マサイマラの夜は肌寒く、暖炉を前に食前酒を楽しむ。
ラオスのルアンパバーンといえば托鉢風景。院長の参加してみた。
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早朝6時前、おしゃれな街並みも静寂そのもの。
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托鉢の準備をする女性たちが忙しそうに働いている。
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いわゆる観光客向けに椅子を並べ、托鉢のお供え用のお菓子ともち米、托鉢セットを売っている。
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靴を脱いで、椅子に座って、僧たちを待つ。
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托鉢が始まった。
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結構なスピードで通り過ぎるので、けっこう大変だ。
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ひとつまみのもち米とお菓子を、托鉢のかごに入れていく。
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現地の方の仕草はやはりさまになる。
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1時間足らずで、托鉢は終わる。
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この托鉢を観光化されていると揶揄する意見もあるのだが、それが現地へのお布施となるのであれば、それはそれでよいのではと思う。
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僧たちが通り過ぎれば、また慌ただしく撤収作業が始まる。
アジア最後の秘境といわれるラオス。首都ヴィエンチャンの評判はあまり良くないのだが、世界遺産ルアンバパーンは治安もよく、食事も美味しくて、また訪れたい街だ。
ルアンパバーンに来たならば、必ず行く名所、クワンシーの滝。
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駐車場から、なんと、電動カートで入口まで向かう。
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駐車場に広がる露天。
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川魚などが串焼きで売られている。
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何故か卵まで串焼き。
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紅芋とバナナの丸焼き。このバナナ、いわゆる日本のバナナではなくて、生では食べれない。焼くと甘みと酸味で、これが美味。
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色んな滝を見ながら、遊歩道を登っていく。
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入水可能な池もある。
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階段状の滝がここの特徴だ。
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滝上に滝がある。
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緑に包まれて、なんとも美しい。
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ここが最上段。
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麓の町で昼食。ラオスの象徴、象がいた。
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象は耳で体温調節すると言われるが、間近で見ると、象の耳は赤い。
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余談にはなるのだが、ラオスの観光地の男性用トイレは、なぜかかなり高い。身長175cmの院長が、つま先立ちでなんとか届く。ラオス人は特に大きくはないので、フランスサイズなのか。。。
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パークウー洞窟を目指して、ボートでメコン川を進む。
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見えてきた。
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河岸絶壁の洞窟に作られたパークウー洞窟。
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パークウー洞窟は断崖絶壁の洞窟に作られた寺院だ。
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中には大小さまざまな仏像が、約4000体並んでいる。
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周辺の住民が毎年、仏像を奉納してくのだそうだ。
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この光景に、仏教徒としては、何故か心が落ち着く感じがする。
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メコン川に面して、不思議な世界が広がる。
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寺院の出店で見かけた子ども。何とも可愛らしい。
1年前まではその名前すら知らなかった"ルアンパバーン"。YouTubeで偶然見つけた旅行記で、街全体が世界遺産の街があると知った。ラオスの古都、ルアンバパーン。ラオスは、自分がまだ行ったことのないアジアの国。無性に行きたくなった。
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欧米では有名な観光地のようなのだが、日本からのアクセスはなかなか不便だ。乗り継ぎのバンコクでの光景。おでんが普通にODENで売っていた。これには驚いた。
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バンコクでプロペラ機に?乗り換え。
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ルアンバパーン空港に到着。暑い!
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ラオスは元フランス領。街の風景もその面影を色濃く残している。
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ルアンバパーンはメコン川沿いに栄えた古都。
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ミャンマーもそうだったが、街は結構きれい。
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ラオスは敬虔な仏教国。古都ルアンバパーンにはいたるところに寺院がある。
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どこかミャンマーに似ているような。
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仏様のお顔も独特で、何か穏やかに感じる。
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狛犬は神社という感じがするのだが、調べてみると、仏教と共に伝来したのだそうだ。ラオスの狛犬は可愛らしい。
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モノトーンな日本の寺院では見られない、朱と金色の世界。
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なぜか、ビートルまで奉納されている。
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ラオスの寺の中で、最も美しいと言われる ワット・シェントーン。
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仏様のお顔も日本とはやや異なる。
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曼荼羅の世界。
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マイトーン(黄金の木)とよばれる有名なモザイク画。宇宙を感じる。
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街なかの学校。
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暑い中も、子どもたちは元気に走り回っている。
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市場の様子。ミャンマーもそうだったのだが、市場独特の匂いが少なく、臭くない。
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商品もきれいに並べられている。
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道路は喧騒の世界。傘を指してバイクは当たり前。
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街中でよく見かけた、旧ソ連国旗。
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スターリンやプーチンのマトリョーシカ。この国が共産国であったことがわかる。
八甲田は紅葉目当てに、10月にばかり訪れていたが、地元の方から、5月の奥入瀬がいいよと聞き、今回チャレンジした。
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紅葉時期の奥入瀬は何度か訪れていたのだが、新緑時期は初めて。
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地元の人が勧めるだけあって、新緑の緑が鮮やかだ。
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渓流をスローシャターで楽しむ。
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緑のグラデーションと渓流の白が美しい。
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雪解け間近の新緑は、躍動感を感じる。
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苔むす風景は、屋久島の"もののけの森"を彷彿させる。日本に生息している約1800種類の苔のうちの300種類以上が奥入瀬渓流に生息してるとのこと。"奥入瀬渓流コケさんぽ"に参加して、ルーペを持って、苔について教えてもらった。
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マイナスイオンをいっぱい吸ってリフレッシュ。
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遊歩道の終点、新緑の銚子大滝。
コロナ禍が開け、2024年の鶴居村は外国人でいっぱい。とんでもない状態で、残念なマナートラブルもちらほらと。
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早朝の撮影は、大混雑の音羽橋を避けて、独自ルートで。
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人気の少ない橋から、タンチョウのねぐらを撮影。
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すでにお目覚めで、餌場へ飛び立つ準備中。
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やっぱり、日の出前、静寂の中のタンチョウは、独特の美しさ。
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モノトーンの世界。
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いったん宿に戻って、朝食後に餌場で。
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このタンチョウの呼気の湯気はマイナス20度ぐらいでないと見られない。
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やはり頭頂部の紅が美しい。
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独特の端整な顔つき。
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タンチョウはつがいで行動するが、対称形もおもしろい。
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この時期は求愛ダンスが見られる。
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鳴き声も独特で、華麗なダンスを見せてくれる。
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この時期を過ぎると、産卵、子育てのために、湿原の奥に飛び立ってしまう。
ちなみに、タンチョウは渡り鳥ではありません。
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いろんな姿を見せてくれる。
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飛び立つ光景もこれまた美しい。
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白黒のタンチョウ中になんか色の違う1羽が。
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迷い込んだ"マナヅル"らしい。
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菊池牧場からタンチョウが給餌場からねぐらへ帰る様子を撮影。
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連隊を組んで夕暮れを飛ぶ姿はこれまた美しい。
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色づいた空にタンチョウの白黒が映える。
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飛ぶ姿も上品だ。
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夕日とタンチョウ。
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絵に描いた様な光景だ。
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エゾフクロウの様子はというと。祠が壊れそうだとのことで、補強工事がされていた。
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いつものようにいました。でも1羽。
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院長はまだ2羽いる姿を見たことがない。
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シラルトロの祠にも、いつものように居てました。
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のんびりと。
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エゾジカも居てました。
2019年から10月の恒例としている、八甲田の紅葉。
今年もやってきた。八甲田の紅葉は時期を見極めるのが非常にむづかしい。1週間ずれると大きく景色が変わる。
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緑、黄、紅と三色入り混じる時期が一番美しいと思う。
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地獄沼の紅葉
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睡蓮沼の紅葉
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沼越しの北八甲田の山並みと紅葉のコントラストが美しい。ぼーっと眺めていたい景色だ。
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八甲田ロープウェイからの景観。
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高度とともに3色が移り変わっていく。
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毛無岱の紅葉。
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八甲田ロープウェイは上りも下りも楽しませてくれる。
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八甲田の絶景といえば蔦沼(つたぬま)。日の出前から展望デッキに多くの人が待ち構える。
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少しずつ夜が明けてきた。
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紅葉の紅だけではなくて、そこに差し込む朝日が独特の紅を生み出す。
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撮影には無風というのも大きな条件。無風の状態では、その紅葉が湖面にも映し出される。
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運良く朝日が差し込んできた。紅が映える。
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刻々と色が変わっていく。
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風が吹き出すと湖面が揺れて、魅力が半顔してしまう。
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展望デッキは、明るくなった頃にはこの混雑状態。混雑を避けるために、数年前から入場は抽選制になっている。
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見事な景色。これは一見の価値ありだ。
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最後のビュースポット、空港への帰り道に城ヶ倉大橋の紅葉を。
オーレスンの港からクルーズ船でガイランゲルへ向かう。
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運河のような狭い流れから本流へ出ていく。
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自分が見てきた限り、フィヨルドの景観では、プレーケストーレンから眺めるリーセフィヨルドとこのガイランゲルフィヨルドが群を抜いて素晴らしいと思う。
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天候がころころ変わっていく。
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これがフィヨルドというものかと実感する景色。
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あちらこちらに滝がある。
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この滝がまた、大迫力だ。
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ガイランゲルの街に着き、しばし観光タイム。高台に登って、ガイランゲルの港を見下ろす。
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晴れてきた。
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来た航路を帰っていく。
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逆方向は、また違った景観を楽しめる。
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大波乱から始まった今回のノルウェー旅行。コロナ明け初の海外で、若干リスク管理も甘かった。でも、充分に絶景を堪能できた。
ベルゲンからガイランゲルフィヨルド観光の起点の街、オーレスンへ空路移動。
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この街は2度目の来訪だが、自分が見てきた世界の街のなかで、リトアニアのヴィリニュスと並んで、いちばん美しい街ではないかと思う。
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こじんまりとした静かな街で、何気ない風景が絵画の様に美しい。
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街全体がアールヌーボー様式の建物で、それぞれが個性的であるのに、すごく調和していてる。
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運河には花がたくさん植えられ、遊歩道が整備されている。
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ホテルもこんな感じで、中の間取りも、非常に個性的。
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ここはレストラン街。
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オーレスンは高台からその全貌を見下ろすことができる。
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夜景が特にきれいだ。
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刻々と風景が変わっていく。何か生活感を感じる灯りが、温かみを感じる。
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停泊したヨットともすごく調和している。
今回の旅は天候に恵まれなかった。といっても、ここベルゲンは1年に300日雨が降るといわれる街。
雨のベルゲンを高台から見下ろす。
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当初はここベルゲンから、トロルの舌の起点の町、オッダへ向かう予定であったが、ロストバゲージに見舞われなくても、天候不良で断念せざるを得なかった。
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ベルゲンはハンザ同盟で栄えた港町。最近では「アナと雪の女王」の舞台となった街として有名だ。
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マクドナルドやスターバックスが入る建物も歴史を感じる。
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ベルゲンは魚市場が有名。サーモンや新鮮な海産物、燻製が所狭しと並んでいる。
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外には出店や屋台が並んでいる。
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新鮮な魚介類を、その場で調理して食べさせてくれる。
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世界遺産のブリッゲン地区、カラフルな倉庫で有名で、現在は商店やレストランとして利用されている。
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ベルゲンで一番の観光スポットだ。
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ベルゲン空港で見かけた、トイレのピクトサイン。微妙な感じが表現されている様に感じるのは、自分だけだろうか。
偶然、出張中の機内誌で見かけた絶景に魅せられて、ポーランドに駐在していた2006年に、ノルウェーのフィヨルドを巡り、プレーケストーレンに家族で登った。5月であったが、まだ雪が残り、当時8歳だった下の娘には中々ハードな行程だったと思う。今回はさらにキツイ、"トロルの舌"へのトレッキングを計画してノルウェーを目指したのだが。。。行きのフライト、乗り継ぎのロンドンでフライトキャンセルと痛恨のロストバゲージ。トレッキング準備のほとんどが届かない事態に。荷物は2日遅れで届いたものの、日程調整がつかず、今回、"トロルの舌"は断念。
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何とかスタヴァンゲルには到着し、最低限の衣類を現地調達して、取り敢えず、プレイケストーレンへ向かった。
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登山道は整備されており、2時間弱のトレッキングだ。
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登りだした頃は晴れていて、フィヨルドも少し見えていたが、天気予報では午後から雨。
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プレーケストーレンに到着直前より雨が降り出し、プレーケストーレンは霧の中。
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何も見えない。。
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せっかく登ってきたからと、皆ポーズを取って写真を撮っているが、肝心の絶景が。。
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フィヨルドは霧に覆われて、美しいはずのリーセフィヨルドは何も見えない。晴れていたらこういうふうに見えたはず。
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どんどん霧が濃くなってくる。
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霧が晴れてくるのを待っていたが、さすがに断念。
石垣島の友人から、日本最南端の島、波照間(はてるま)はすごい!と何度も聞かされてはいたのだが、行きたくてもなかなか行けない島なのだ。石垣島からは周辺の離島へのフェリがー頻繁に往復している。ほとんどの離島は内海にあるため、海況は比較的安定しているのだが、定期航路フェリーの中で、波照間便だけは外海の航路で、海況が荒れてすぐに欠航になってしまう。つまり、行くには行けたが、帰ってこれなくなるリスクが有り、タイトな旅程の人にとっては、なかなか行きづらい島なのだ。今回は石垣島滞在中に、偶然にも波照間への海況が安定しているとのことで、思い切って、日帰りで行ってみた。
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有名なニシ浜ビーチ。
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とにかく、透明度が高く、幻想的に美しい遠浅のビーチだ。
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このビーチで数時間だけ過ごして、石垣本島へ戻っていく人も多いようだ。
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入江の漁港でも、この透明度と青さ。
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島の人に勧められて、防波堤に登ってみると、そこにはとんでもない絶景が。
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これが波照間ブルーなのか。
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沖縄本島に初めて行って、青い海に驚き、石垣島や離島に行って、さらに美しい海に驚いたが、この波照間ブルーは、遥かにそれらを超えた美しさだ。
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しかも防波堤からテトラポット越しに見られるのだ。
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何時間でも眺めていられる気分になる。
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世界中、いろんな海を見てきたが、自分の中では、ここが一番だと断言できる。
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島の南東には、高那崎(たかなざき)という岬があり、荒々しく波が打ちつけている。
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そこには、日本最南端之碑が。
波照間は、星がとんでもなく美しいことでも有名らしい。次回は是非、泊まりで訪れてみたい。
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夕暮れどき、足場の悪い雪の上に三脚を立てて構えていると、本当に「ひょっこり」と顔を出した。
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そーっと出てきた。
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しっぽを背中に貼り付けて、何ともかわいい。
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すすっと木を登って、枝の上で一心不乱に木の芽を食べ出した。
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丸まって食べてる様子が、かわいい。
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食事中は結構同じ場所にとどまってくれるので、撮影は一見、やさしそう思えるのだが、超望遠での撮影であること、日が暮れてどんどん暗くなってくるのと、常にモグモグと口を動かしているので、ピントを合わすのが至難の業。
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小さな枝の上で、必死に木の芽を食べている。数メートルぐらいまで近づいても反応しない。
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初めてのモモンガに、こちらもテンションMAXで、あちらこちらでのモモンガの行動に、こちらが右往左往の状態だ。一匹が木に登りだした。
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じっと構えている様子で、
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なんか飛ぶような気配。
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飛びました!!イメージした通りの滑空スタイル。ちなみに「モモンガ」と「ムササビ」の違いは大きさ。エゾモモンガは頭と胴体で15センチほど、ムササビは30から50センチもあるそうで、空飛ぶ座布団と評されるそうだ。
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これ、本当に1秒ぐらいの出来事。
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よほど慣れたひとでないと、狙って撮れる様なもんじゃない。
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念のためにと、iPhoneを三脚に固定して、ずっと動画を撮影していて、それに偶然、2回の飛行が写っていたというわけだ。
モモンガが実際に飛ぶ様子をムービで。これでも2倍スロー再生にしている。実際は1秒ぐらいのほんの一瞬。
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最後に、帯広の自然公園でエゾリスを撮影。
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こちらは、いくらでも出てきてくれる。
「ドクトル・イトウの地球の果てまで」も14年目に突入、開業以来、何とか途絶えることなく続けている。今年こそ海外ネタをと考えているのだが、年始はまたまた北海道からスタート。今回は帯広で「エゾモモンガ」の撮影に挑戦。
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十勝川も雪化粧。鴨がたくさん飛来している。
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十勝川で有名な白鳥。
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タンチョウを発見。
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雪景色にタンチョウはよく似合う。
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タンチョウは、他の鳥とはひと味違って、どことなく気品がある。
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森に入っていくと、エゾリスが出てきた。
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結構大きいのだが、とぼけた表情が愛らしい。
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野鳥も色々やって来る。
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シジュウカラをうまく撮ることができた。
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突然、シマエナガがやって来た!!
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やはりじっとしてくれないので、今回もこれが限界。でもラッキーだった。
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これが、エゾフクロウの巣穴。エゾフクロウの撮影は夜明け前と日没時のそれぞれ30分のみしかチャンスが無い。
夜行性なので、朝は巣穴へ戻る様子を、夕は巣穴から出てくる様子を狙う。しかも、予定通りに現れてくれるとは限らない。この日も早朝から撮影に臨んだが、朝は結局現れなかった。
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ラストチャンスの夕方、巣穴から、ひょっこりと。。
特に目的も無く、友人を訪ねて石垣島へ。
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インスタで有名な、「名蔵の一本木マングローブ」、あいにくの雨で残念。。
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石垣島にもフクロウがいるとの噂を聞き、早々、ナイトツアーへ参加。昼間は普通の自然公園の中を、耳をすませて、暗闇の中を車で進んでいく。早々に「アカショウビン」を発見。
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はじめて見る鳥に興奮。南国らしい鳥だ。カワセミの仲間らしい。
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そのすぐ近くで、今度は「リュウキュウアオバズク」を発見。
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眼が大きくて、かわいいフクロウだ。
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鳴き声を頼りに探し回っていると、とうとう発見、「リュウキュウコノハズク」。
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じっとこちらを睨んでいるかのような、精悍な顔つき。
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こちらは、かっこいいフクロウだった。天気には恵まれなかったが、鳥には恵まれた石垣島ショートトリップだった。
一度は行ってみたかった「雪の立山黒部アルペンルート」、「雪の大谷」で有名だが、4月中旬から6月下旬までの限られた期間しか行くことができない。
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「立山黒部アルペンルート」の起点、室堂駅。この期間は定期バスでしか来ることはできない。
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室堂の景色、一面の銀世界。
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ハイキングルートも池も雪で全くわからない。
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雪の大谷を歩いて散策。この年の高さは最高18メートル。
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バスと比較するとその高さがよくわかる。自分がイメージしていた景色と少し違う。昔の写真と見比べてみると、道路が2車線になっている。以前は一車線だったので、バスのすぐ横が雪の壁という感じだった。今はGPSを頼りに掘り進んで行くそうで、技術の進歩で2車線の道路を掘ることができるようになったのだそうだ。
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今回のもう一つの目的は、ライチョウを撮影すること。
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保護色でわかりづらいが、写真の真ん中にライチョウ発見。
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寄ってみると。
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これがライチョウのオス。
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絶滅危惧種のライチョウを、はたして撮影できるのかと心配していたのだが。。。
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ライチョウを見つけるのは意外と簡単だった。ライチョウはハイマツという低木の中を済みかとしていて、ハイマツの周辺で人だかりができているところを見つければ、以外と簡単に遭遇できる。
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ライチョウには天敵が多く、人間は襲わないことがわかっているので、天敵から身を守るために、敢えて人間に近いところで生活するらしい。
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真っ白い方がメス。
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仲良くつがいで。
近年、大ブレイクしている「シマエナガ」。ワシの撮影に来た風連湖で、ひょんなことからシマエナガの撮影をすることができた。
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このシマエナガ、北海道じゅうに生息していて、遭遇することはそう珍しいことでは無いそうなのだが、撮影するとなると、かなりの高難度。
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とにかくじっとしていない。来たかと思うと、すぐに飛んで行ってしまう。
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シジュウカラとシマエナガのツーショット。
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羽を広げるとこんな感じ。
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スズメかな?
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ハシブトカラ。シマエナガを待っているといろんな鳥を見ることができる。
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シマエナガが必ずやってくるという場所で、三脚を立ててじっと待つ。するとシマエナガの群れが突然やってくる。
本当にじっとしてくれない。枝から枝へ、あちこちとび回って、数分でさっと消えてしまう。
数十分まっていると、またやってくる。この繰り返しで、撮影はドタバタ。
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ペアでパチリ。
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シマエナガのこの愛らしい姿は冬だけのようで、冬毛がそうさせているそうだ。夏は普通になってしまうらしい。。
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羽を広げた姿も、なんか独特。
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なかなかこっちを向いてくれない。
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シマエナガを待っている間に、アカゲラ(キツツキ)をゲット。
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やっぱり、小さい目がなんとも愛らしい。
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これが今回のベストショットかな。
根室半島の付け根にある風連湖は、羅臼の流氷船のワシと共に、ワシ撮影では有名な場所だ。
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湖の真ん中にオオワシとオジロワシがまるでカラスの群れの様に集まってくる。それを撮影しようと、カメラの三脚がずらりと並ぶ。
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元々は漁師さんが、採れた魚の残りを「捨てる」のを目当てにワシが集まりだし、それが冬の風物詩になったようだ。
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茶色い方がオジロワシ。
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餌に群がる姿は、オオワシもオジロワシも関係なく、まさに取り合い。
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色が黒白でくちばしがオレンジなのがオオワシ。
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日本最大の猛禽類は羽を広げると大迫力、
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飛んでる姿は、なんともカッコいい。
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乱舞という感じだ。
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他の地域では、一羽見つけても大興奮なのに、これではありがたみが無くなってしまう。
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湖のほとりの林を見てみると。
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まさにワシのなる木だ。
今回、知床半島から根室周辺の撮影を計画していて、「野付半島」という名前を初めて知った。自然が作り出した何とも珍しい砂嘴(さし)と言われる地形で、砂州の様なものだろうか。全長は約26kmもあり、日本最大とのこと。
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この半島で囲まれた部分が、冬は凍り、何とも荒涼とした景色を作り出す。
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「この世の果て」なんて表現が使われたりする。
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自然の宝庫でも有り、オオワシやオジロワシ、野生のエゾジカやキタキツネが出没する。
春、夏には様々な野鳥や、高山植物を平地で見ることができるらしい。
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目の前で見るエゾジカは、がっしりと大きく迫力がある。
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角を突き合わして、喧嘩をはじめた。
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これが「この世の果て」と言われる、トドワラ(立ち枯れしたトドマツの林)の景色だ。
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南に2時間ほど南下して、根室半島の付け根にある風蓮湖へ。
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ちょうど夕暮れ時に到着し、遊歩道を歩いてみた。湖はうねりながら凍っている。
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夕日が真上に伸びている。
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調べてみると、「太陽柱(サンピラー)」という寒冷地で見られる珍しい現象らしい。
以前より、一度は見てみたいと思っていた、流氷。この時期に知床に来れば見れるものと思っていたが、流氷の状況は日によって異なり、岸に寄ってくる日もあれば、遠ざかる日もあるらしい。
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今回は羅臼の港から、船で流氷の中を進み、エサを求めてやって来るワシを撮影するというツアー。
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運良く、見渡す限り、流氷が広がっている。
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流氷とワシを求めて、世界中から写真好きがここに集まってくるらしい。
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極寒の中、皆、デッキに出て夢中で撮影する。
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何とも不思議な光景で、ワシたちが群れをなしてやって来る。
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ここには2種類のワシが集まってくる。
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ひとつが、このオジロワシ。
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色は茶色ですごく精悍な顔立ち。
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羽を広げると、またカッコイイ。
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目つきが鋭い。
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飛んでる姿も雄大でカッコイイ。
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するどいくちばし。
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もう一つが、オオワシ。
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色は黒白で、オレンジのくちばしが、オジロワシよりも大きいのが特徴だ。
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こちらも、青い空と白い雲、流氷とのコントラストが美しい。
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羽を広げた姿には迫力がある。
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ワシどおしの小競り合いも面白い。
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オジロワシとオオワシのツーショット。
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この2種類のワシどおしが仲が悪いというわけでは無く、混ざり合っている。
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大きく翼を広げた姿は雄大だ。
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着陸してくる姿は、怪獣ラドンのように見える。
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と言うよりも、怪獣ラドンのモデルはオジロワシではないかと考えてしまう。
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魔法使いのおばあさんのようにも見える。
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あちこちで色んな姿を見せてくれる。
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みんな、色んな方向にレンズを向けて撮影している。
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船からエサの魚を撒くのを知っていて、ワシたちは集まってくるのだが、野生のワシには違いない。
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これだけのワシが群れて集まる場所は、世界でも珍しいらしく、世界中からカメラマンが集まってくるのだそうだ。
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院長の今回のベストショットかな。。
今回は自身初の流氷とワシの撮影に知床の羅臼へ。
初日は夕刻に到着し、そのまま、シマフクロウの撮影で有名な"鷲の宿"へ直行。
2000年の夏(第192回)に訪れから、2度目の訪問だ。
横に15mぐらいはある撮影小屋の窓の前には、すでに望遠一眼をセットした三脚でぎっしり満員状態だ。夜7時より、長い長い待ち時間が始まった。シマフクロウの出現を待って、皆同じ景色を眺めながら、ひたすら待つ。恐らく夜12時頃までは、20人以上はいたと思われるカメラマン達は徐々に減っていき、午前4時過ぎには、老夫婦と院長の3人になってしまった。ちなみに前回の訪問時も、最後の最後、午前5時過ぎにシマフクロウがやって来た。今回も開き直ってねばってみた。
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すると、午前5時過ぎに、本当にシマフクロウがやって来た。
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中々、いい角度に向いてくれない。
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少しこっちを向いてくれた。
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今回は方向が悪い。
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背を向けてエサを食べ出した。
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最後のひと飲み。
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そして、とっとと飛び立っていってしまった。でも院長は遭遇率100%。
2日目の朝はマイナス26度まで冷え込んだ。完全防寒して、三脚の場所取りに、夜明け前の真っ暗闇の中、音羽橋へ向かう。
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少し夜が明けてきた。"けあらし"が起こっている。この雪裡(せつり)川は、地下水が湧き出た川で凍結しないため、極寒の日には、川面の水蒸気が冷やされて"けあらし"とよばれる霧が立ちこめ、幻想的な景色となる。
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この場所を訪れるほとんどのカメラマンは、この"けあらし"を求めてやって来る。
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とにかく寒い。気温はマイナス26度だが、橋の上はさらに冷え込む。
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"けあらし"のなかのタンチョウは本島に幻想的で美しい。
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朝日が差し込んでくると、輝き出す。
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今年は美しい"けあらし"を見ることが出來た。
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いつもの祠に立ち寄ってみると、
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いました、いました、いつものように和やかに。
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この祠では、つがいのエゾフクロウを見ることが出來るようなのだが、未だにつがいに出会えた事は無い。
釧路でのタンチョウ撮影も3シーズン目。なんかライフワークになってしまいそうにハマっている。
マイナス20度以下になる極寒、モール泉という日本では数少ない温泉と美味しい食事。自分には極楽だ。
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初日は日の出前の音羽橋から、タンチョウの寝床を狙う。
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この日は気温が少し高めで、けあらしが起こらず、タンチョウ達がはっきりと見える。これはこれでいいのだが、来ている人達は皆、けあらしを待っている。
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タンチョウ達が餌場に向かって飛び立ちだした。
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今回は、いつもと違う、シラルトロのエゾフクロウから訪問。
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いました、いました。祠から身を乗り出して外を見ています。
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中でしゃがんだ横顔。
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正面向くと、やっぱり微笑んでいるような。ただ、まぶしいだけなのか。。
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ぱっちり眼を明けてくれた。
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給餌場に戻って、タンチョウの声を聞きながら撮影開始。
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つがいの様子をずっと追いかけていると、
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本当に仲がいい。
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群れで飛んでる姿が、特に美しいのだが、
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これを撮影するのが特に難しい。院長にはまだまだ腕不足。
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夕暮れの菊池牧場。給餌場から寝床へ帰るタンチョウを狙う。
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今回は夕焼け空までにはなってくれなかった。明朝はかなり冷え込むらしい。けあらしに期待。
久しぶりの更新、ドクトル・イトウの地球の果てまでも13年目に突入だ。
海外の絶景へはまだ行けそうにないのだが、今回は、以前から行きたいと思っていた奄美大島を訪ねた。
2021年に世界自然遺産に登録されており、注目度が高まっているスポットだ。中でも、動物好きの院長は、奄美大島にのみ生息し、絶滅危惧種に指定されている、"アマミノクロウサギ"を撮るのが最大の目的だ。
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まずは奄美大島の美しい海から。奄美群島の南端に位置する加計呂麻島周辺をクルーズ。
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"青の洞窟"探検ツアーへ参加した。ここが洞窟の入口。小型のボートに乗り換えて中へ入っていく。
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幻想的なブルーの世界が広がる。院長にとって青の洞窟は2回め。イタリアのカプリ島ではなくて、クロアチアのVis島以来だ。
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周辺では、海へ落ちていく滝なども見ることができる。
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加計呂麻島に何やら人工的な洞穴の入り口がある。
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上陸して中へ入っていった。これは日本軍の特攻艇「震洋」の格納庫。爆弾を積んで突撃していくボートだ。結局出撃することは無く敗戦を迎えたのだが、悲しい歴史の遺産も残っている。
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島に生育するサキシマスオウノキ という木。板状の根っこ"板根"で有名。
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台風などで倒れないように進化した形なんだそうだ。
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島の名所、"武名のガジュマル"
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なんか、神秘的なほど立派なガジュマルだ。
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さてさて、今回の最大の目的、フルオープンのJEEPでアマミノクロウサギを探索する"元祖ナイトツアー"へ。南国と言っても年末の奄美大島の夜は結構寒く、ダウンを着込んで参加した。
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車好きの院長が心躍る、三菱重工製、年代物のJEEPだ。
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自然公園の入り口。ここからが、アマミノクロウサギが出現するエリアだ。遭遇できるかどうかは運次第。全くだめな日もあるそうだ。
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幸運にも早々に発見!
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しかし、発見してもじっとはしておらず、すぐに逃げてしまうので、暗い条件の中、写真に収めるのは至難の業だ。
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すぐに藪の中に逃げ込んでしまう。
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何故かじーっとしている、子供のクロウサギを発見。どうやら用を足していたようだ。ゆっくり観察できてラッキー。運よく7回もクロウサギと遭遇することができた。
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これも運がよく、排水管の中に、"日本で最も美しいカエル"といわれる絶滅危惧種の"アマミイシカワガエル"を発見!
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奄美大島の美しい夕日。また訪れたい島だ。
前回に見たエゾフクロウが忘れられなくて、2シーズン目の再挑戦。今回はガイドさん無しでの挑戦。ちなみに環境保護の観点から、ネット上にはエゾフクロウの居場所は表だっては書かれていない。事前に色々調べて、数カ所の位置情報を教えていただいた。
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位置情報と昨年の記憶を頼りに、雪道を進んでいくと、
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ちょうど写真の中央。
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ほこらの中に、いました、いました。
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このほこらには、2羽で入っていることもあるのだが、自分はまだ見れていない。行き交う人と、挨拶がてら「いましたか?」と問いかけると、「1羽いたよ」と答えが返ってくる。
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微笑んでいるように見える。
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この表情には、ほんとに癒やされる。
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ほとんど動かないのに、時々顔を動かす。ぼーっと眺めていると、いくらでも時間が過ぎる。さて、次の場所へ。
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昨年、吹雪の中のフクロウを撮影できた場所。
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昨年の写真を頼りにほこらは見つけたが、ご覧のようにほこらが雪で埋まってしまっている。
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残念!、来た道を帰っていくと、人の群れが出來ていた。いた!
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林の中に、エゾフクロウがいた。ここで知り合った人たちが、次の場所へ連れて行ってくれるとのことになった。ラッキー!
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場所は阿寒湖へ向かう幹線通り沿いの林。本当に道のすぐ横。
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ほこらの中にいました。いました。
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こうやって見ると、エゾフクロウでもそれぞれ顔や姿が結構違うことがわかる。
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ほとんどの車が、フクロウの存在を知らずに通り過ぎていく。
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じーっと眺めていて、時折、表情を変えるのが面白い。
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冬の釧路は、タンチョウとエゾフクロウという、全く趣の異なった、2種の鳥を楽しめる。
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翌日、帰路につく前にもう一度、鶴居村のほこらへ。
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いました、いました。今日も一羽ですが、にっこり微笑んでいるようです。
カメラ機材をグレードアップして(といっても周囲の人達のカメラやレンズとは比べものにならないが。。)、2シーズン目のチャレンジ。
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この日の音羽橋はマイナス26度と超極寒、ましてや橋の上で、最高レベルの極寒仕様で望んだが、それでも指先がしびれる。
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音羽橋では、川霧の中のタンチョウを撮影するのが目的なのだが、この日は川霧はバッチリ。
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でも、なかなかタンチョウが出てこない。
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左中程に頭を下げたタンチョウの群れが見えてきた。
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最大限の望遠で。
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ここまで拡大すると、やっとタンチョウだと認識できる。今回はタンチョウの位置が橋から遠すぎ手、これが限界だった。
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宿に戻って朝食を摂り、再度撮影開始。
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凜とした静けさの中、タンチョウの鳴き声だけが聞こえる。
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何度見てもタンチョウは美しい。
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カップルなのか、
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仲良く遊んでいるように見える。
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あちこちで色んな行動を見せるので、ずっと見ていても飽きない。
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広げた羽も美しい。
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これから飛び立とうと助走をつけて。
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飛んでいる姿も美しい。
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群れで飛ぶと、より絵になる。
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飛んでいる姿の撮影は、まだまだ技量不足。
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タンチョウでは、ベストショットと言えるような写真が撮れていない。
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是非、また挑戦したい。
ウトロから半島の反対側にある羅臼へ移動。
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まず驚いたのは、この光景。前に見える島は北方領土の国後島だ。
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あまりの近さに正直驚いた。あれがロシア領なのかと。お恥ずかしい話だが、今になって、北方領土問題を目の当たりにした。
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今回、羅臼に来た目的は天然記念物のシマフクロウを撮影するためだ。その拠点になるのがここ「民宿 鷲の宿」。夜になるとこの宿の前にある小川にシマフクロウがやって来るというのだ。
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ここが観察用の小屋。ここから夜通し、シマフクロウが来るのを待ち構える。中にはトイレもあって、飲み物も自由に飲めるようになっている。
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この清流に、シマフクロウが自然の餌場と思ってやって来る、人工の餌場が設置されてある。
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その横には照明設備が有り、夜はシマフクロウがエサを採りやすい明るさで照らされる。右の板で蓋をしてあるのが、餌場だ。
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こんな感じになっている。
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夜になると、このように照らされる。照明の周波数にシャッタースピードを合わせると、ストロボなしで撮影できる。
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シマフクロウはつがいで行動するらしく。通常は毎日2回は現れていたようだが、ちょうど直前にメスが死んだらしく、オスが新しいパートナーを探していた時期で、あまり姿を現さないようになっていたそうだ。夕食後午後8時頃から延々何も来ない時間が続く。深夜2時頃を過ぎると、一人また一人と諦めて部屋に帰って行く。自分はウトウトしながらも何とかねばった。
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午前5時過ぎ、急にざわついた。シマフクロウが来た!
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エサを狙っているようだ。
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こっちを見た。
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エサを採りに行った。
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餌場を出たり入ったりを繰り返している。
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夢中でシャッターを切った。
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癒し系のエゾフクロウと違い、鷲のような精悍な顔つきだ。
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羽を広げた姿もカッコイイ。
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魚を足でつかんで出てきた。
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飛び立つ姿も美しい。
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たった10分ほどのショータイムだったが、
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最後までねばった者だけが味わえた興奮だった。
夏に北海道を再訪、まずは知床のウトロから。
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今回は知床半島を小型船でクルーズし、陸からではアクセスできない、知床半島の自然を観察するというツアーに参加。
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あいにくの天気ではあったが、何とか船は出た。
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切り立った崖や滝など、自然の造形美を見ながら、知床半島の先端を目指して船は北上する。
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このツアーの最大の見せ場、ヒグマを発見!!ちょうど写真の川の中にいる川の中にいる。
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川で魚を狙っているようだ。
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川から出てきて、何か咥えている。
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魚だ!まるで木彫りの熊のように、魚を咥えている。
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崖を登りだした。
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巣に帰っていくのだろうか。
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夜は満天の星空で、天の川も見れた。
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斜里町にある「天に続く道」。確かに天に続いているように見える。
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ヒッコリーウインドの庭の巣箱になにげに小鳥がやってくる。
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今回のもう一つの目的は、「エゾフクロウ」を見ることだ。
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ガイドさんに連れられて、幹線道路からはずれて、雪道を歩いて行くと、いました、いました、エゾフクロウが。
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木のほこらの中で、のんびり昼寝中?
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じっと動かないようでいて、時々、頭を動かす。
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なんだか、笑っているようにも見える。
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「森の守り神」などと言われるが、何とも穏やかな表情だ。
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いくら見ていても飽きない。
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色んな表情をしてくれる。
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今回のベストショット。腹を抱えて笑っているかのようだ。
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次の場所へ移動したが、残念ながら、このほこらにはいなかった。
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でも、周囲を見渡すと、ほこらの外で発見!
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少し細身で、ちょっと顔が違う。
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もう1か所に移動すると雪が降ってきた。
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ほこらのなかに、いました!
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かなり激しく雪が降る中、
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ほこらから、少し体を出しているので、頭の上に雪を乗っけている。
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これは少し珍しいそうで、雪の中のお地蔵さんのような、シュールな光景だった。
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釧路の空港は「たんちょう釧路空港」という。空港前にはタンチョウとシマフクロウの大きなモニュメントがある。次の夏には天然記念物である、このシマフクロウを撮影することになる。
2020年2月、冬の釧路を始めて訪れた。
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あちこちからタンチョウの鳴き声が聞こえる。
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今まで、「鳥」というものにあまり興味を持ったことが無かったのだが、タンチョウは気品があって実に美しい。
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白黒のモノトーンに赤いポイントが映える。
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むかし、「池中玄大80キロ」というドラマで、主役の西田敏行がタンチョウに魅せられたカメラマンを演じていたが、極寒の中、寒さを忘れてファインダーを覗く気持ちがわかるような気がした。
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羽そのものの質感も美しい。
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いわゆる求愛ダンス。
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独特の声で鳴いている様子。
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長い時間見ていても全く飽きない。
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飛び立って行っては、また、どこからか飛んでくる。
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群れで飛ぶ姿は、また美しいのだが、
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飛んでいるところを写真に収めるのは中々むつかしい。自分にはまだまだだ。
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コレが有名な、鶴居村の音羽橋。
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橋の上から望遠で、タンチョウのねぐらを唯一観察、撮影できる貴重なポイント。川霧の中のタンチョウの姿を撮影しようと、マイナス10度から20度と極寒の中、日の出前から多くの愛好家が三脚を持って押し寄せる。コロナ渦で外国人の姿が少なく、それでもピークには2重に整列状態になる。
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エゾジカが出てきた。
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すっかり日が昇ってしまった。
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今回の撮影機材のスペックではこれが限界だ。周囲には100万円以上するような大型望遠レンズを装備した人たちがわんさか。次回はもう少しグレードアップして望みたい。
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一旦宿に帰って朝食を摂り、再度、タンチョウ撮影へ向かう。二羽で遊んでいるように見える。
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静寂の中、タンチョウの鳴き声が響く。
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羽を広げた姿も美しい。
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雪が降ってきた。
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雪がしんしんと降りしきる中のタンチョウもいい感じだ。
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吹雪の中、飛び立っていった。
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ここは夕暮れどき、寝床に戻っていく姿を撮影するポイントだ。
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暗くなる中、飛んでいるタンチョウを撮影するのは、かなり高度なテクニックを要するようだ。
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タンチョウ撮影初体験は一端終了。次回はもう少し腕を上げてから挑みたい。
ドクトル伊東の地球の果てまでも、とうとう11年目に突入。コロナ渦で、海外はおろか、国内旅行もはばかれる昨今、中々更新の機会が無かったのだが、2019年の夏から撮りためてきた北海道の大自然を紹介していきたい。
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「北海道の絶景」で調べてみて、一番印象的だったのがこの「神威岬(かむいみさき)」。ウニで有名な積丹半島の、日本海に突き出た岬だ。ウニ漁の時期が決められているため、夏の時期は「ウニ丼」求めて多くの観光客がやってくる。札幌から車で約2時間と、アクセスも悪くない。
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ゴジラの背中の様な岬。
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長い遊歩道が整備されていて、岬の先端まで行くことができる。
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見下ろすと、海はキレイな青色で「積丹ブルー」と呼ばれている。
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岬の尾根に連なる遊歩道が、景色とうまくマッチしていて美しい。確かに記憶に残る絶景だ。
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一旦札幌に戻り、今回は列車で釧路に移動。「特急おおぞら」で約4時間で、釧路に到着。今回の目的は釧路湿原でのカヌーだ。
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高台からの眺め。眼下に広大な湿原が広がる。
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日本で一番広い湿地であり、水や動植物の独特な生態系が維持されている。
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今回挑戦したカヌー。ここに来て始めて、「カヌー」と「カヤック」の違いを知った。自分が今まで乗ってきたのはカヤックだった。水をかくブレードが両端についているのがカヤックで、初心者でも比較的漕ぎやすいのだが、今回のカヌーはいわゆる「カナディアン・カヌー」でブレードが片方にだけついていて、それで、前進と舵を切る。これは中々慣れるまで難しかった。
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釧路川の静かな流れに乗って、川を下っていく。
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ガイドの方が特別な場所に連れて行ってくださったので、我々以外に誰もおらず、優雅な時間だった。
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のんびりと、ずーっと乗っていたい気分だった。
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オジロワシにも遭遇した。
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ポーランドで経験したカヌーの様な光景だった。
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今回、釧路ではヒッコリーウィンドというロッジにお世話になった、オーナーの安藤誠さんは、世界的な雑誌で受賞もされている写真家で、釧路の自然を知り尽くしたナチュラリストの第一人者でもある。恐らく、ここでしか経験のできない、ナイト・カヌーを経験させていただいた。
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8月の釧路であるが、上下にごっつい冬用のダウンウエアを着用して出発。
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月明かりだけを頼りに漕ぎ出していく。
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月が明るくて、星はそれほど見れなかったが、なんとも幻想的な経験だった。これは一度は経験していただきたい。
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北海道の定番光景、キタキツネ。
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夏でも、なにげにタンチョウに遭遇する。
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野生のタンチョウは初めて見た。
ヒッコリーウィンドには安藤さんが撮られたすばらしい写真がたくさん展示されているのだが、その中でフクロウの写真に魅せられてしまった。安藤さんに、冬の釧路に是非来なさいと言われた。これが釧路マニアになったきっかけだ。
ウユニから夜にラパスにもどって一泊し、翌朝のフライトでペルーのリマに戻る。
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リマの空港に戻ってきた。初日の到着時は深夜だったので、始めて到着した感じだ。9年前と空港はそんなに変わっていないし、空港周辺の空気感も以前と何も変わっていない。
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喧噪の街の様子はあまり変わりない。プロパンガスのボンベをバイクに積んで走る人。事故に遭ったらどうなるのか?自爆テロのようなバイクだが、これがペルー。
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信号待ちでのパフォーマンス。赤になるといきなり出てきて、ジャグリングを始める。絶妙のタイミングで終了し、車の窓越しにチップを集める。ジャグリングがミスって長引くと、チップを貰う暇が無くなり終了。ペルーらしい懐かしく感じる光景だ。
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ペルーというと、すぐに高地をイメージされるのだが、リマは平地で海岸がある。
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ここはミラフローレス地区という、海岸沿いに広がる高級住宅街。夏に来ると、リゾート地のような雰囲気でここに住みたくなるのだが、1年の半分は海岸線から押し寄せる雲のような霧に包まれた街となる。
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南米で一番旨いと言われるペルー料理を楽しむ。ペルー人は貧困層から金持ちまで、皆、食事にはうるさい。ペルーの食文化の歴史は面白く、契約奴隷として中国人が入ったことで、米食文化が入り、日本人移民が生魚を食べる文化を持ち込み、それらが融合して、面白いフージョン料理を生み出した。間違いなく日本人の口に合う。
写真は代表的なペルー料理、右が「セビッチェ」で、魚介のマリネだ。ペルー独特の酸味の強いレモンが決め手となる。使われる魚はヒラメやメロ(クエの一種)で、日本では高級魚だ。ちなみに院長の学友はリマに滞在中、ずっと「セビッチェ」を食べ続けていた。真ん中が「アローシュ・コン・マリスコス」で魚介のパエリアの様な食べ物。院長の大好物だ。左が「チチャロン」で魚介や鶏肉の唐揚げだ。いわゆるチャーハン(焼飯)も庶民のペルー料理で「チャウファ」と呼ばれる。日本の焼飯とそっくりで、ペルー中、何処でも食べられるので、旅行中、日本食が恋しくなった時に助かる。
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院長が好きだったビール、「ピルセン」を久しぶりに楽しんだ。
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翌日はペルー時代の友人達も含めて、朝からゴルフに向かった。ペルーに住んでいた時に会員になっていたゴルフ場、「ラ・プラニシエ」。
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中は少し改装されてはいたが、雰囲気は昔と同じ。ペルー人は週末に家族でやって来て、父親はゴルフ、母親はテニスやエクササイズ、子供はプール遊びを楽しみ、食事をして帰るというのが、お金持ちのペルー人のスタイル。
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リマ独特の荒涼とした岩山を背景にしたゴルフ場。
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各自にキャディーがついてくれる。
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スコアは散々だったが、目的であったペルーでのゴルフも達成できた。
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午後から土産物屋を巡り、深夜リマを発ち、帰路についた。高地が続くので、体力的にも厳しく、まさしく弾丸ツアーであったが、特にトラブルも無く無事に終えることができた。さすがに60過ぎたらしんどいかな。。。
ウユニ観光も終盤戦、午後8時のフライトでラパスに戻る。それまでの時間、ギリギリまでウユニのサンセットを楽しむ。
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何処の景色でも、日の出と日没時は美しい。
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夕暮れが近づいてきたので、水のある場所に戻ってきた。
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ガイドさんがボリビア産のワインとスナックを用意してくれて、一杯やりながら夕暮れ時を楽しむ。
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ウユニでは、星空-朝日-昼-日没と丸一日を観光した。
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ウユニの〆に、サンセット。
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何とも美しい。
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日が沈むにつれ、空と雲の色が変わっていく。
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静かな時間が流れていく。
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水鏡も澄んで綺麗だ。あちこちでサンセットを楽しんでいる。
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結婚カップルの一行も撮影をしていた。
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逆光で光と影の光景も美しい。
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皆、何かパフォーマンス写真を撮っているようだ。
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塩湖と空と雲の素朴な景色、
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刻々と変わる、色の変化を楽しむ。
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自分はこういう風景が好きだ。
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名残惜しいが、そろそろおしまい。
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塩湖を後にして、急ぎ空港へ向かう。
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アマゾナス航空のラパスへのフライトは、無事に定刻に出発してくれた。
朝食を摂り、しばし休憩して、今度は日中のウユニ塩湖ツアーへ出発
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ランドクルーザーの上に、イスやテーブルを積んで、塩湖の中を爆走する。
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延々と白い世界と青空が続く。乾期のウユニ塩湖だ。
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四国の半分もある大きさの塩湖に目標物などほとんど無く、いったい何処を走っているのか何故わかるのだろう?
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塩湖の表面は塩の結晶で、蜂の巣のように、なぜか六角形の模様ができる。
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水が残っている場所にやって来た。
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塩湖は一変して、水鏡になる。
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何やら衣装を着て、パフォーマンスをしている集団がいる。
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どうやら結婚式の写真を撮っているようだ。正装の下は長靴(笑)。
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同行してられる友人達が色とりどりの衣装でパフォーマンス。
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以前は集めた塩で作られた小山が小さなピラミッドのようで美しかったのだが、今はあまりない様子。
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これが元祖塩のホテル「プラヤ・ブランカ」。塩湖内の唯一のホテルで、元々は「塩のホテル」というとこの建物を指したが、下水が無く、環境問題等で、今はホテルとしては営業せずに、休憩所のようになっている。
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「プラヤ・ブランカ」の前に、世界各国の国旗がたなびく風景は有名だ。
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ウユニ塩湖に浮かぶ島「インカワシ」に到着。乾期には「島」というよりも「小山」の様なのだが。。
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どのツアーも必ず立ち寄る場所で、
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トイレが有りドライブインのようになっている。もちろん店など無いのだが。
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驚いたのが、定期運行しているバスがあるということ。地元の人たちが使うバス路線なのだそうだ。
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この島、サボテンで有名なのだが、なんと珊瑚でできている。
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つまり標高3700mのこの地が、海の底にあった証拠でもある。地殻変動で海がせり上がって、残った海水が塩湖になったのだから、当然と言えば、当然なのだが。。自然の凄さを再認識した。
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たいした高さでは無いのだが、この小山を上るのは結構大変。さすがに空気が薄い。
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パルスオキシメーターを持参して、時々測定していたが、酸素飽和度82%なんて、通常ではすぐに酸素吸入!の世界だ。
早朝に再び防寒着に着替えて、サンライズツアーに出発。睡眠時間も短いので、疲れはそろそろマックスだ。
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ふたたび、水が残っている場所へ。
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ウユニ塩湖は四国の半分ほどの大きさがある。5月は乾期の始まりだが、まだ水が残っている場所がある。
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塩湖の表面の水が鏡となって空を映すため、地平線で対称になり、どこまでが空かがわからなくなる。
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空がだんだん明るくなってきた。しばし日の出を待つ。
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同じホワイトバランスで撮っているのだが、
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空の色が見事に変わってく。
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そろそろ夜明け。
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雲が湖面に映って美しい。
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地平線が輝きだした。
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何とも幻想的な光景だ。
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少し太陽が見えてきた。
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院長は三脚2台を駆使して、必死で撮影していたのだが。。
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肝心の瞬間になって、突然風が出てきた。湖面が風で波立つと、鏡でなくなってしまう。
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ご来光!!
ホテルに戻って朝食を食べ、今度は日中の白い世界へ。
ラパスを午後7時に発って、1時間ほどでウユニへ到着。現地はもう真っ暗だった。
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今回のホテルはクリスタル・サマーニャ、現在ウユニに3件ある、いわゆる塩のホテルの一つだ。
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基本的に塩のブロックでできていて、イスやテーブル、ベッドなども塩でできている。
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壁も塩のレンガでできていて、床にも塩が敷き詰めてある。
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ソファーやテーブルも塩でできている。
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部屋の様子はこんな感じで、必要な物は最低限そろっていて、意外と快適に過ごせる。遅めの夕食を済ませて、早速、星空ツアーに出かけた。5月は乾期の始まりで、もう水溜まりが少ないのだが、ドライバーに頼んで、水の残っている場所に行ってもらった。
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車の外に出てみると、もう絶句!。
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天の川がはっきりと見える。
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塩湖にまだ水が残っている場所なので、塩湖の表面にも星が映り、360度全面に星が広がる。
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これだけたくさんの星を見たのは生まれて初めてだ。
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星空を見ると言うよりも、星空の中に立つという感じだ。
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この時期のウユニの夜は結構冷える。氷点下を想定したような防寒着で望んだが、それでちょうど良かった。
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本当に自然のプラネタリウムだ。
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星空を見るにも色々条件が必要であると言うことがわかった。もちろん晴れて雲が少ないことが一番なのだが、月の影響も大きく、満月だと明るくて星が見えづらい。我々が行った日は偶然にも新月に近い日で、星がよく見えた。
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もちろん見えているのは太陽のような恒星だけで、その周りには地球や火星のような惑星があるわけで、そうかんがえると、とてつもない数の星が存在するわけで、まさに天文学的数字とはこのことなんだと。。
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たった数十分だがインターバル撮影をしてみた。
弾丸ツアーはまだまだ続く。ホテルへ戻ってしばし休息を取り、早朝からのサンライズツアーに備える。
さてさて、マチュピチュ観光を終えて、次の舞台、ボリビアへ移動する。
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今はクスコからリマに戻ることなく、直接ボリビアの首都、ラパスへ飛ぶことができるようになった。今回利用したのはアマゾナス航空でボリビアの航空会社。クスコーラパス間、ラパスーウユニ間のフライトは、ボリビアの航空会社を使用せざるを得なく、航空会社の信頼性が低いので、突然のフライトキャンセルや遅延などにハラハラドキドキ。
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予定通りクスコを立ち、無事にラパスに到着。ボリビアの首都ラパスは標高3600mで、世界一標高の高い首都として有名だ。ラパスはすり鉢状の地形をしていて、街はすり鉢の底、空港はすり鉢の縁にあって、さらに標高が高い。空港の名前は「EL ALTO」、日本語で「高い」という意味でそのままだ。
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空港からラパス市街へ向かう道路、空港が市街より高くにあることがわかる。
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展望ポイントからラパス市街を見下ろす。街のすぐ外は荒涼とした原野が広がっている。森林限界を超えているので、木々が生えないのだ。
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標高3600mに高層ビルが林立する都市がある。まるで月面に都市が現れたようだ。
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街の中に入ると、そこは他の南米の街並みと同じで、標高3600mであることを忘れてしまう。アンデスの民族衣装を着た人たちもよく見かける。
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日本では見ることもなくなった、ボンネットのあるバス。レトロ感満開だが、こちらでは現役で走っている。
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街角の様子。ボリビアは「ウユニ塩湖」などの観光で有名にはなったが、南米では最貧国なのだ。
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ナースのような格好をした学生さん。
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物売りのおばちゃん。
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土産物屋が並ぶ通り。
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店内にはぎっしりと土産物が陳列されている。
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雰囲気のあるおばあちゃん。
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見所のあまりないラパスで、郊外にある定番の観光地、「月の谷」。
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木々のない、ガタガタの光景が、月面の様子に似ているという。その奥に見えるのがゴルフ場で、恐らく世界一標高の高いゴルフ場だろう。よく飛ぶのだろうか?
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スマホアプリの高度計を見ると、4000mを超えていた。そんな高度の地に、登山することもなく、普段着で観光している事に改めて感動した。バタバタと半日のラパス観光を終えて、そのまま空港へ向かう。いよいよウユニへ発つ。
一旦遺跡を出て、サンクチュアリ ロッジで早めの昼食を食べて、再度マチュピチュへ入場。
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早朝のマチュピチュは朝霧や朝日の加減でややぼやけた感じだが、午後はくっきりと見える。
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早朝の方が写真としては面白いのだが、やはり、くっきりと見えるマチュピチュも見ておきたい。
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思う存分写真を撮って、マチュピチュ観光は終了。
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マチュピチュ村(アグアスカリエンテス)へ戻る。線路に沿って、レストランや土産物屋が並ぶ。
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アグアスカリエンテスの街並み。奥が教会。
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建物のすぐ後ろに、山がそそり立つ。
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夕方発のインカレイルで、オリャンタイタンボへ向かう。
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帰りも夕暮れ時、夕日のきれいな光景が車窓から見られる。
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オリャンタイタンボに到着。青い列車はペルーレイル。
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外は真っ暗。ここから車でクスコへ戻る。
これからマチュピチュを訪れる方へ、これだけは絶対参考にしてほしい情報。マチュピチュは早朝と午後とではその見え方がかなり違ってくる。また、山の天候は不安定で、朝が雨で午後から晴れるということも多い。この「雨のマチュピチュ」というのも幻想的で「天空の城ラピュタ」そのもので本当にすばらしい。でもそれだけではやっぱりもったいなく、晴れたマチュピチュは必ず見なくてはならない。クスコから日帰りのマチュピチュツアーだと、午前後半のマチュピチュのみしか見られない。もしそれが雨だったら、晴れたマチュピチュは見ることができず仕舞いで帰らなくてはならない。
そういうことで、マチュピチュ観光では必ず、マチュピチュ村に一泊して、早朝と午後の2回マチュピチュを見てほしい。以前は1枚の入場券で何度も出入りできたのだが、今は1枚の入場券で4時間の滞在時間という制限が設けられるようになってしまった。そこだけは贅沢して早朝と午後の2枚の入場券を購入してほしい。
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朝一番にマチュピチュへのバスのりばへ向かう。もうかなりの列が出来ている。
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出遅れた様相だったが、我々はプライベートガイドを頼んでいたので、ごぼう抜きでバスに乗ることが出来た。
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マチュピチュの入り口、世界中からの観光客でごった返す。懐かしい!、自分にとっては3度目のマチュピチュ。
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アメリカの探検家ハイラム ビンガムが1911年にマチュピチュを発見したプレート。
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マチュピチュが見えてきた。
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最初に見えるマチュピチュの全景。これには流石に息を呑む。
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リャマとマチュピチュ。
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この日は晴天。少し朝霧がある方が雰囲気が出るのだが。。。
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マチュピチュがインディアンの顔に見える角度。左の小山(マチュピチュ)が顎、右の高い山(ワイナピチュ)は鼻、
そして右端が眼で、インディアンの横顔に見える。
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朝のマチュピチュは雲の様子がまた面白い。
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コンドルが飛んできた。
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左下の渓谷には、マチュピチュ村へ向かう列車(インカレイル)が走っている。
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少しずつ下っていってマチュピチュを眺める。左下が太陽の門。
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子リャマとマチュピチュ。
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遺跡の入り口、太陽の門。
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マチュピチュの農業セクターであるアンデネス(段々畑)。
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整然と並んでいて、この景色も美しい。
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アンデネスにリャマがよく似合う。
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遺跡の中の様子。
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腰掛けて、ぼーっと眺める。雲がきれいだ。
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朝日とリャマ。
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ワイナピチュの登山口。これから登る人たちでごった返している。我々はパス。
マラスの塩田から陸路でオリャンタイタンボへ移動。
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ここからマチュピチュの麓の村、アグアスカリエンテス行きの列車に乗り込む。以前はペルーレイルしか無かったが、今はインカレイルと2社が運行している。今回はインカレイルに乗り込む。
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車内はこんな感じで、窓を大きくとってある。ペルーレイルのビスタドームとあまり変わらない。
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マチュピチュ目指して、ウルバンバ川に沿って渓谷を走っていく。夕暮れ時には夕焼けに燃えるような景色が楽しめる。
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2時間半ほどでマチュピチュ村と呼ばれている、アグアスカリエンテスに到着。ちなみにアグアスカリエンテスとは「熱い水=温泉」という意味で、村には温水プールのような温泉がある。今回の宿はINKATERRA MACHUPICCHU、コテージタイプの素敵なホテルだ。
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今回の旅で初めてのまともな夕食。ここに来たら、ビールは「クスケーニャ」。ボトルにマチュピチュがデザインされている。
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コースのメインは「クイ」を選択。
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前々回にも紹介したが、「クイ」とはモルモットの仲間。
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丸焼きとか開きのオーブン焼きが一般的なのだが、流石にホテルでは上品に調理される。味は美味。
今回、久しぶりにペルーを訪れるにあたり、是非行ってみたかった所の一つが、「マラスの塩田」だ。ペルー在勤中に、仕事や旅行でクスコには何度も来ていたのだが、何故か今まで行く機会がなかった。「マラスの塩田」はクスコから車で1時間半、ピサックの市場を経由して、マチュピチュ行きの列車に乗り込むオリャンタイタンボへ向かう途中で立ち寄ることができる。
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美しく素朴なアンデスの絶景を見ながら進んでいく。
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"聖なる谷"と呼ばれるウルバンバ渓谷に突如、白い「マラスの塩田」が現れた。何でこんな所に、ここだけ?という感じだ。
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アンデネス(アンデスの段々畑)の様に、白い塩田が広がる。
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塩にまつわる景色は色々見てきたが、今までに見たことのない光景だ。
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塩田の仕組みの説明を聞きながら、畦道を進んでいく。
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この地域には高濃度の塩水が湧き出ており、インカ帝国以前の約600年前から製塩が行われていたらしい。
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いわゆる用水路を通して、塩水が塩田に送り込まれ、これを天日で乾燥させる。今も昔と変わらない製法で塩が作られているらしい。水路の開閉は石ころで。。。確かに昔と変わらないようだ。
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我々が訪れた5月初旬はまだ乾期が始まったばかり、これからもっと白くなっていくんだろう。
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標高3200メートルに広がる塩田の光景は圧巻だ。
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売店では、ちゃんとお土産の塩を売っている。
本当に久しぶりの更新だ、『ドクトル・イトウの地球の果てまで』もとうとう10年目に突入。これは我ながら凄いことだと思う。
院長は2006年からの4年間を、ペルーのリマにある日本大使館に医務官として在勤した。すでに中南米編でペルーやボリビアの街の様子や絶景を紹介してきたが、今回は9年ぶりにペルーとボリビアを訪れた。
ある時、大学時代の友人から『マチュピチュを見てみたいなあ』と言われ、『ほんなら行こか!』とツアコン役を買って出て、2019年5月の大型連休を利用した全9日間の日程で、ペルー、ボリビアの絶景を見て回り、最後にリマでゴルフをして帰るという、50歳半ばを過ぎたおっさんには、かなりきつい行程の弾丸ツアーを決行した。
9年前には、マチュピチュとウユニ塩湖を9日間で回ることは不可能だったが、クスコから直接ボリビアの首都ラパスに飛べるようになったこと、ウユニに空港ができて、ラパスから飛行機で行けるようになったことで可能となり、最近は両方を組み込んだツアーが増えている。ただしかなりきついので、院長が見どころだけを凝縮してツアーを組み直し、まだ行けてなかった『マラスの塩田』やウユニ塩湖では日の出と日没、星空ツアーも満喫した。
日本を土曜日午後に出発し、ロサンゼルス経由でほぼ丸一日かけて深夜0時にリマに到着、空港に隣接するホテルで仮眠を取り、翌朝、クスコへ移動し、早速、数時間でクスコの市内観光。いきなり標高3400mの世界だ。
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到着した日はアルマス広場で大きなパレードが行われていた。
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走っている車は9年前より少しマシにはなっていたが、旧市街の様子は昔と一緒。
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定番の『12角の石』。一見、何が凄いの??という感じなのだが。。インカ帝国には鉄が無かった。つまり鉄を使わずに石を切り、12角も合わせて、カミソリの歯一枚通らないといわれるぐらい、隙間なく積み上げているということが凄いのだ。
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これは以前にも紹介したが、単なる黄色い車ではない。現金輸送車だ。馬鹿げているようだが、武装集団に襲われても、爆弾を仕掛けられても大丈夫なように、装甲車のような構造で、扉がない。観光客には実感しづらいが、これがペルーの現実なのだ。
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これも観光業の地元のみなさん。
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ここも定番、コリカンチャ(太陽の神殿)の中庭。侵略者スペイン人が略奪した黄金の多くが、ここコリカンチャから持ち出されたそうだ。
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コリカンチャの回廊、当時は黄金で覆われていたそうだ。
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重厚感のある建造物だ。
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時間節約のため、昼ごはんは車中でお弁当にして、マチュピチュ行きの列車に乗り込むオリャンタイタンボ へ向けて車で移動。『聖なる谷』、アンデスの絶景を眺めながら、『ピサックの市場』が見えてきた。
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街を知るには市場を見ればいいとよく言われるが、アンデスの市場『ピサックの市場』の様子。ペルーはじゃがいもの原産国で、その種類は数百あると言われている。
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市場の様子は9年前と何ら変わらない。
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かまどでパンやエンパナーダ(パイ)を焼くお店も昔と変わらない。
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これがクイというモルモットの仲間。アンデス地方では食用で、精力のつく「ごちそう」なのだ。
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こんな姿(丸焼き)で売られている。院長はこのクイを何度も食べた。見る姿にひいてしまうのだが、味は結構美味しい。
今回、月曜深夜の長寿番組、MBS毎日放送『痛快!明石家電視台』に出演する機会を頂いた。
『実際どうなん!?アフリカ大好き9人』というテーマで、千原せいじさんをはじめとして、アフリカとゆかりのある9人が登場。院長は2000年からの2年間をアフリカのスーダンで、日本大使館の医務官として在勤した。また、在勤中に休暇を利用して、ケニア、タンザニア、ジンバブエ、ザンビア、ボツワナ、南アフリカ、エジプトを訪れた。特にケニアのマサイマラでのサファリにはまり、転勤後も2度ケニアを訪れている。文字通りのアフリカ大好きである。
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バラエティーへの出演なんてもちろん初めての経験で、かなり緊張して臨んだ。2時間の収録であったが、終始お笑い芸人の方々の反射神経の凄さに圧倒され、あっという間に終わってしまった。さんまさんのツッコミがいきなり自分にも飛んでくる。他の人が話している間も、いつ振られてくるかもしれないので、常に集中しておかないといけない、芸人さんはアドリブの振りに対しても、きっちり笑いをとる。これはもの凄いことだと肌身に感じた。
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事前に何度も入念な打ち合わせがあるのだが、実際は全て、さんまさんの勝手気ままな展開で進んでいく、自分は灼熱の国スーダンでの、停電にまつわる話をし、無事にカットされずにオンエアしていただいた。もう一つ、入念に写真や動画まで準備していった、ケニアのサファリにまつわる話は、話す時間さえなかった。。。非常に貴重な経験をさせてもらった。本当に、お笑い芸人という人たちは凄い!
最終日に首都レイキャービックに戻ってきた。
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こじんまりとして、カラフルでおしゃれな街。
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ここは首相府、日本で言うところの総理官邸。塀や警備員が居るわけでもなく、何ともオープンな建物だ。
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セグウェイで巡る、市内観光ツアーもある。
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何ともアートな壁。
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レイキャービックのランドマーク、ハットルグリムス教会が見えてきた。
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非常に前衛的な建物だ。
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中ではちょうど、パイプオルガンの演奏が行われていた。オルガン奏者の服装にまたビックリ。本当に自由な国民性が現れている。
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73mの高さがあり、展望台へはエレベーターで登ることができる(有料)。
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レイキャービックの街並みを一望できる。
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街のスーパーの様子を少し。アイスランドは物価が高いことで有名だが、卵10個パックが安い方で569クローネ、日本円で約500円。
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これはパンケーキの素。ペットボトルにパンケーキミックスが入っていて、牛乳を入れて振るだけでできあがり。
ありそうで無い発想に感心した。
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日本では冷蔵物は冷凍庫だが、ここでは冷凍室に置かれている。
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フランクフルトにベーコンが巻かれている。これもあんまり見ないが美味しそう。
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レイキャービックの名物はホットドックらしい。ホットドッックスタンドには行列ができている。確かに美味しかったが、特に。。。
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土産物屋にはバイキングが。
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どこもかしこも、なんかアートしている。
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レイキャービックを後にして、最終目的地のブルーラグーンへ向かう。湯気が見えてきた。
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ブルーラグーンはアイスランドの名所のひとつで、いわゆる大きな露天風呂。
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ブルーラグーンのことは知ってはいたが、恥ずかしながら、天然の温泉と思っていた。実は人工の温泉で、近くにある地熱発電所の排水をを溜めて造った、人工の温泉池なのだ。
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名前の通り、含有物のせいで、青白い温泉だ。
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中はいたって近代的で、ロッカーも電子キー。
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もちろん中は水着着用。温泉プールの様なもの。
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外気が冷たいので、ぬるめのお湯がちょうどいい。泥パックなども楽しめる。
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中にはドリンクバーもあり、お酒も飲める。
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アイスランドの温泉で飲むビールは格別だ。
これで今回のアイスランドシリーズは終了だが、アイスランドにはまだまだ見所がある、冬のオーロラツアーにも挑戦してみたい。
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翌朝、ヴィークを出て、アイスランド最大の氷河、ヴァトナヨークトル国立公園を目指す。
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氷河が見えてきた。
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だんだん近づいて来た。この氷河は国土の8%を閉める大きさがあるらしく、見えているのはそのごく一部だ。
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ヴァトナヨークトル氷河観光の拠点、スカフタフェットルに到着。ここにはツアー会社のオフィスがあり、ここで準備を整えて、様々な氷河アクティビティーに出発していく。
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まずは氷河トレッキング。氷河の麓まで車で移動し、
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しばし山道を登り、氷河をめざす。
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途中で、アイゼンを靴に装着し、ピッケルを手に持って、氷河トレッキングの始まり。
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まさに、氷の上を登っていく。
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振り返ると、氷河が溶けてできた湖が綺麗に輝いていた。
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美しい光景を眺めて、しばし休憩。
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ザクッ、ザクッと音を立てながら登っていく。
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約1時間、氷のトレッキングを楽しんで下山。
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氷河を後にして、一旦、スカフタフェットルに戻り、ヨークルスアゥルロゥン氷河湖を目指す。
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ここでは防寒の完全装備。ちなみに日本はお盆休みの8月中旬。北の果てに来たことを実感。
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ここがヨークルスアゥルロゥン氷河湖。
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氷河の破片が湖にプカプカ浮かんでいる。
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ゾディアックというゴムボートに乗り込み、氷河クルーズの始まり。
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眼前に氷河の崖が迫る。
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プカプカと氷河の破片が浮かんでいる。こういった光景は、パタゴニアのモレノ氷河、ウプサラ氷河そっくりだ。
ともに地球の北と南の果て、南北で同じ様な光景が見れるというのが興味深い。
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氷が青く輝く。
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ちなみに、氷は小さく見えても、9倍の大きさの氷が水面下にある。
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氷の間を縫う様に進んでいく。
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氷壁が目の前に見えてきた。
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温暖化の影響で、急速に後退しているらしい。
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日本の真夏に、北の果てに居ることを実感したクルーズだった。
スナイフェルスネス半島の観光を終えて、アイスランド南部観光の拠点、ヴィークを目指す。
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アイスランドは滝でも有名。ヴィークへ向かう途中、2つの有名な滝に立ち寄っていく・
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まずはセーリャラントスフォス。60mの滝。
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この滝は奥が空洞になっていて、
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滝の裏側が歩道になっている。
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滝の内側から外の景色を見ることができる。
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水しぶき対策をしておかないと、ずぶ濡れになってしまう。
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次の目的地、スコゥガフォスが見えてきた。
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滝の前はキャンプ場になっている。
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高さ62mの豪快な滝だ。
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滝の上に登っていくことができる。
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素朴で不思議な景色を眺めながら、リングロードを東に走っていく。
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ところどころに立派な滝が見える。
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牧草を刈り取って、丸めて白いビニールで円筒状の塊に。この景色もなんかおもしろい。
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ディルホゥラエイという岬を目指す。
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黒い砂浜、ブラックサンドビーチ。
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ディルホゥラエイが見えてきた。
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ディルホゥラエイに来た目的は、この岬が、アイスランドを代表する鳥、パフィンの有名な営巣地だからだ。
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夕暮れ時に自分の巣に、餌をくわえて帰ってくる。その姿をひと目見たかった。
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といっても、パフィンは崖に巣を造るので、上から巣をみることはなかなか困難だ。飛んでいる姿は見られても、なかなか降りてきた姿が見られない。
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あきらめて、もう帰ろうかとしていたところに、一羽がふと現れた。これには興奮して、うまくシャッターがきれない。
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望遠で近づいてみると、口にエサをくわえている。
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正面からもパチリ。なんともカラフルで可愛らしい鳥だ。
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目とくちばしに特徴がある。日本名はニシツノメドリというらしい。
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どこかペンギンのような愛嬌がある。
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思わず、お土産にパフィンの置物を買ってしまった。
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小雨降る中、ヴィークの街に到着。明日は氷河へ。
アイスランド2日目は、朝焼けが見れたのは幸運であったが、その後は曇天から雨。スナイフェルスネス半島を海岸沿いに走って行く。
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観光のピークと言われる8月だが、道を少し外れるとほとんど人はいない。静かな砂浜になぜかテーブルがぽつんと。
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海岸に溶岩でできた崖がせり出す。
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車を降りて、何も無い溶岩の原野をぶらぶら歩いていくと、原色の建物が。。
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木造の灯台だ。どんより暗い景色の中にオレンジが映える。
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進んでいくと、道がふたつに分かれていた。何か人生の分岐点を考えさせられるような景色だった。
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少しは知ってヘトルナルの街に着いた。
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海辺に小さな教会がぽつんと建っている。
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木製の素朴な教会だ。
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溶岩でできた海岸線、アルナルスターピ。
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奇岩がおもしろい景色を作り出している。
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アーチ型の岩。
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海辺にぽつんと建つ黒い木製教会。こういった素朴な風景もアイスランド独特だ。
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アザラシが見れるというイートリ・トゥンガの海岸。
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溶岩の海岸を進んでいくと。。いた!いた!
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厳しい海の表情とは対照的に、なんとものんびりしている。
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じゃれ合っている様で微笑ましい。
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こんな身近に野生のアザラシが見れるとは驚きだった。
中々更新できず、ずいぶん時間が過ぎてしまった。気合いを入れ直して、アイスランドの絶景を紹介したい。
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これは、ケフラビーク空港にあった写真パネルだが、滝と山と空と海の何ともいえない景色。アイスランドの代名詞のようなこの景色を見てみたくてここまでやって来たと言っても過言では無い。これからその舞台であるスナイフェルスネス半島を目指す。
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ゴールデンサークルの観光を夕方5時頃に終えて、急ぎ西へ向かう。アイスランドの道は、島をぐるりと1周するリングロードと呼ばれる環状道路が主要都市を結んでおり、すごく走りやすい。
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緯度が森林限界を超えているので、木々の無い不思議な美しい景色が続く。何かアンデスの高地に似ている。
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8月のアイスランドは日没が夜10時半頃なので、夜9時頃まで観光することができる。1日をすごく有効に使えるのだが、その分、体力的には疲れる。
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写真の撮影地であるスナイフェルスネス半島の北側の町、グルンダルフィヨルズルに午後8時過ぎに到着。これが写真に写っていた、キルキュフェトル山。正三角形の山で、こうやって見ると、そうパッとしない。。
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夕食もそっちのけで、日没前に写真撮影のポイントを下見に行った。何やら小さな滝が見えてきた。
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これも、知らなかったら通り過ぎてしまう程度の小さな滝なのだが。。
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橋を渡って、ぐるりと滝の反対側に回り込んで、滝の後方から山を見てみると、
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はいはい、確かにあの代表的な写真のような構図が出現した。
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誰が見つけたのか、この地点から見ると、何でも無い景色の組み合わせから、見事な構図が生まれる。これに朝日の色が加わることによって、さらに幻想的になる。長い長い、アイスランド1日目が終了。
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翌朝、もう一度同じ場所に行ってみると。すでに多くの人がカメラを構えていた。
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空が見事に赤く染まり、海と川が光っている。
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日中に見るのとは全く違う景色となる。
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刻々と色が変わってくる。
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特に写真に加工は加えていないのだが、山が光り出すと、全体が絵のように見えてくる。
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すっかり夜が明けてしまった。
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朝焼けのショータイムは30分ほどで終わった。
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撮影ポイントはこんな場所で、こうやって見ると、何の変哲も無い小さな滝なのだが。。。
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日が昇ってきた。長い一日の始まりだ。今日はスナイフェルスネス半島の見所を回って、アイスランド南部の中心都市ビークを目指す。
夜にコペンハーゲンを出発し、アイスランドを目指す。アイスランドまでは約3時間のフライトだ。北欧の都市から、さらに北へ3時間飛ぶのだから、さすがに北の果てに向かうといった感じだ。
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アイスランドの街の明かりが見えてきた。深夜0時頃なのに、どことなく空が明るい感じがする。いよいよアイスランドに到着する。
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国際線の玄関口、ケフラビーク空港に到着。首都のレイキャヴィークからは50kmほど離れている。
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入国審査へ向かう途中、壁の写真に感激。ふと出会ったこの景色と色に惹かれて、こんな写真が撮りたくて、今回アイスランドに来たといっても過言ではない。
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レンタカーのカウンター前の様子。ノースリーブの人もいれば、ダウンを着込んだ人もいる。日本では灼熱の8月、さすがにアイスランドだ。
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空港近くのホテルで一泊し、翌朝レンタカーで、まずはゴールデン・サークルへ向けて出発した。ゴールデン・サークルとはアイスランド南西部にある、大瀑布、間欠泉、大陸プレートの割れ目などの有名な観光スポットが集まった一帯を指す呼称で、アイスランド観光の定番中の定番なのだ。まずは、ケリズ (Kerið)という名のカルデラ湖。
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ケリズ は深さが 55 mあるカルデラ湖で、カルデラの形状が非常に綺麗に保存されていることで有名。
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次に、グトルフォス(Gullfoss)大瀑布へ。駐車場から少し歩いて行くと、その先に水煙が上がっている。
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グトルフォスとは「黄金の滝」という意味。2段の滝が美しい。
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滝のスケールとしては、イグアスやナイアガラにはかなわないが、遊歩道や展望台がうまく配置されていて、いろんな角度や距離から滝を見ることができ、迫力満点だ。
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1段目の滝はすぐ真上から眺めることができる。
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水しぶきを浴びながら、かなりの迫力だ。
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後方から滝を眺める。
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2段目の滝からは水煙が立ち登り、霧のように辺りを包む。
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滝壺からは、まるでフィヨルドの様に切り立った谷壁につながっていく。
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大地の割れ目に隠れた絶景という感じだった。
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次はゲイシール(Geysir)間欠泉。
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ゲイシール間欠泉は最大で60m程噴き上がるそうだが、今では日に数回程度しか噴出しないようだ。
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すぐ近くにあるストロックル間欠泉、やや規模は小さいが、5ー10分ごとに20mほどの噴出が見られる。
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度々噴出するのだが、うまくタイミングを合わすことがなかなか難しい。
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蒸気とともに、ドバーッと噴き出す。
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そろそろ昼時、しばしドライブ。
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トマト農場に併設されたレストランでランチ。
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地熱を利用したビニールハウスで、通年でトマトを生産している、
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ここのトマトスープと焼きたてパンが有名で、確かに美味しかった。ビールにもトマトが浮かんでいる。
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ゴールデン・サークルの最後は世界遺産、シンクヴェトリル国立公園(Þingvellir)だ。アイスランドは北米大陸プレートと、ユーラシア大陸プレートのちょうど境目が隆起してできた島なので、本来海底深くにある大陸プレートの割れ目を、地表で見ることのできる、非常に珍しい場所なのだ。手前が北米大陸プレートで、川の向こうがユーラシア大陸プレートになる。
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二つの大陸プレートに引っ張られてできた、地球の裂け目を「ギャオ(Gjá)」という。その一つで最大の「アルマンナギャオ(Almannagjá)」。
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約9千年前にできたそうで、長さ8kmも続き、その間を歩くことができる。
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左が北米大陸プレート側で、右がユーラシア大陸プレート側、年に数cmづつ拡がっいて、北米大陸とユーラシア大陸が離れていっている。
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地球が生きているということを体感したような。。。
なかなか更新ができず、4ヶ月ぶりの更新となる。
今回紹介するのは、以前からずっと行ってみたかった国「アイスランド」。北極圏に近い、火山や滝など"絶景の宝庫"と言われている国だ。
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今回は成田からスカンジナビア航空で、ノルウエーのコペンハーゲンを経由してアイスランドへ向かう。
コペンハーゲンで乗り継ぎ時間が7時間あったため、コペンハーゲン半日観光をしてみることにした。
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実はコペンハーゲンは"ちょこっと観光"で有名な街。何と言っても、空港から鉄道で15分と近い上に、街がコンパクトなので、徒歩で十分観光できる。自転車文化がかなり発達していて、自転車専用レーンが整備されている。知らずにボケーっと信号待ちしていると、自転車にひかれそうになる。レンタルサイクルもあって、自転車で街を回ることもできる。
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コペンハーゲンは運河が発達した街で、1時間で運河から街をぐるっと見てまわる、運河クルーズに乗ってみた。運河沿いの建物はカラフルで、ノルウエーのベルゲンのような街並み。
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この様なオープンエアな船で、運河から街をめぐる。
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運河沿いには様々な用途の船やヨットが停泊している。
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こんな低い橋の下も潜っていく。
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海側に出て、近代的建築物を見ていく。別名、ブラックダイヤモンドと呼ばれる、王立図書館。
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奇抜なデザインのオペラハウス。
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何やら人が集まっているところに、近づいていく。
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これは、シンガポールの"マーライオン"、ブリュッセルの"小便小僧"とならび、"世界三大がっかりポイント"と呼ばれる、アンデルセンの"人魚像"。確かにがっかりだった。
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陸に上がって、街並みの外観は他のヨーロッパの街と大差ないが、どこかオシャレな感じがする。
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デンマークといえば、ブロックのLEGO(レゴ)。
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色んな色や形のブロックがバラで売られている。
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運河沿いの街並みもブロックで再現。
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日本食レストラン"もどき"もある様だが、"うなぎ"の"ぎ"が裏返し。
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有名な"チボリ公園"
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"チボリ公園"の入り口。
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デンマーク最大の鉄道駅である中央駅。重厚な建物だ。
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駅の構内は結構、近代的。ここから15分で空港に戻る。
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コペンハーゲン空港は結構大きく店舗数も多い。回転ずしもちゃんとある。でも、値段がバカ高い。
ここから乗り継いで、アイスランドのケフラビークへ出発だ。
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ミャンマー旅行もいよいよ終盤、カックー遺跡観光を終えて、夕方のフライトで首都ヤンゴンに戻った。
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道路のど真ん中に黄金の大きなパゴダが見える。
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開発発展著しいヤンゴンでは、街のあちこちで建築工事ラッシュだが、イギリス統治時代の面影を残した街並みに異国情緒を感じる。それにしても日本車が多い。日本より日本車の比率が高い。
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何と、ヤンゴンには「大阪王将」が2件もある。ちょうど日本食が恋しくなっていたこともあり、見学がてらに入ってみた。
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店内はこんな感じで、現地としてはやや高級な雰囲気。
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大きな餃子の看板がおもしろい。
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値段は餃子一人前が250円ほどなので、日本とさほど変わらない。餃子がチキンとポークで選べるところが国際的だ。
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日本とはちょった違った、妙なメニューもあるが、味はまずまずだった。
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ライトアップされたスーレーパゴダ。
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高層ビルの間にそびえ立っているようだ。
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黄金に輝く巨大なパゴダ、ミャンマー仏教の総本山、シュエダゴン・パゴダだ。
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中心に高さ100mの「聖なる黄金の塔」が建ち、その周りは大小60あまりのパゴダで囲まれている。他の寺院とは格の違いを感じる。
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境内は毎日参拝者でいっぱいだ
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寝仏のお堂。ミャンマーのお釈迦様は色白で、化粧をされている。ちなみに寝仏と涅槃(ねはん)像は異なり、涅槃像はお亡くなりになった像で、両足が揃えられて目も閉じているのだが、この寝仏はお休みになっているようなのだそうだ。足の裏には108の煩悩が書かれている。
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鐘の装飾もすばらしい。
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ミャンマーのお坊さん。
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尼僧さん。
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シュエダゴン・パゴダから車で10分程のところに、寝仏で有名なチャウッターヂー・パゴダがある。このお釈迦様は全長70mとかなり巨大だ。
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お顔は女性的で、エクステもされている。
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足の裏には108の煩悩が描かれている。
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煩悩が絵文字で表現されている。
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その解説がこちら。
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ここも仏像の後光はLED照明。
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土産物を買いに、ボーヂョーアウンサン・マーケットに向かった。
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たくさんの店舗が整然と並んでいるが、Tシャツや宝石、銀製品など同じ様な物を売る店が多い。
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最期の夜、ライトアップされたシュエダゴン・パゴダを見に、もう一度訪れた。
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本当にすばらしいの一言。ミャンマーの人々は本当に素朴で穏やかな人達だった。それだけ経済発展から取り残されてきたと言うことなのかもしれないが、そのきっちりとした仕事ぶりからみると、日本が本腰で進出していっているのもうなずけるような気がした。ミャンマー仏教の世界を垣間見て、自分の持つ仏教感というものがだいぶ変わった。また、日本仏教という物が、日本で独特な発展をしていったのだということを痛感した。
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今回のミャンマー旅行で、最も見てみたい場所の一つがカックー遺跡だ。
ボートでニャウンシェの街へ戻り、そこから車で約2時間半、タウンジーの街へ着いた。
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ちょうどシャン州名物の五日市が開かれていた。
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新鮮な野菜や肉が売られている。
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これは豆腐。日本の豆腐そっくりだ。
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真ん中の黒い服の女性、周囲の女性と雰囲気がちがう。この地域の少数民族パオ族の女性だ。
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パオ族の女性は皆黒い服を着て、鮮やかな色のターバンのようなものを巻いている。
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カックー遺跡はパオ族の特別地区にあり、2000年に外国人観光客に解放されたばかりで、カックー遺跡を見学するためには、タウンジーからパオ族のガイドを同伴しなくてはいけない決まりになっている。
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遺跡に到着。すごい数のパゴダだ。
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約2400の小型のパゴダが、狭い敷地に整然と並んでいる。風が吹くと尖塔の先に付いた風鈴が心地よく鳴る。
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願い事を祈り、鐘をつく。
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青空に白いパゴダが映える。
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まるで墓地のお墓のように、パゴダが並んでいる。
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彼女が今回のガイド。ちゃんと英語で説明してくれる。
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昔のままのものと、修復されたものが混在する。
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立派なレリーフが施されている。
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一番のビューポイントから。
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見ごたえのある、わざわざ足を延ばす価値のある遺跡だ。
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再びインレー湖に戻り、ホテルを目指す。
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夕暮れ時にインダー族の漁に出会った。
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絵になる光景だ。
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インレー湖のホテル、Myanmar Treasure Resort Inleが見えてきた。
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水上コテージが連なった構造になっている。
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ちょうど夕暮れ時にチェックイン。
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ホテルのデッキから、ミャンマービールを飲みながら、サンセットを楽しむ。
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ゆっくり、まったりといい時間が流れる。
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コテージをつなぐ桟橋に明かりが灯る。
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インダー族の伝統農法、浮島農業の様子だ。竹と水草で作った浮島で、野菜栽培を行っている。
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朝にボートで畑仕事。
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実際に畑に近づいてみると。
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これはトマト農園。
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小ぶりなトマトが熟していた。
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これは観光客向けのパフォーマンス。
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チップを渡そうにも渡せない。
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今回紹介するのはインディン遺跡。インレー湖の奥まったところにある。
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船着場から、水縁ののどかな田舎風景の中を10分ほど歩く。
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参道の入り口。
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ここから400本以上の柱で作られた参道がパゴダ(尖塔)まで続き、土産物屋がずらりと並ぶ。
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パゴダが見えてきた。
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インディン遺跡は14〜18世紀頃に建てられたと言われ、パゴダの数は1000個以上とのこと。
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長い間放置され、最近修復作業が始まったばかりとのことで、
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廃墟感がハンパない。
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パゴダが樹木に侵食されている様子は、アンコールワットのベンメリアを彷彿する。
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尖端が崩壊したパゴダ。入り口の両端にはレリーフが残っている。
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緑に侵食されたパゴダ。
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パゴダの上から樹が生えている。
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立派なレリーフも残っている。
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祭壇を覗いてみると、仏像の後光はやはりLED照明。
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地面は全く整備されていないが、パゴダが並ぶ光景はなかなか壮観だ。
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中々見ごたえのある遺跡だ。
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帰りは田舎風景の中を少し歩く。
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水辺で洗濯をしたり、洗い物をしたり、現地の生活風景を垣間見る。
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バガンから空路、インレー湖への玄関口ヘイホー空港へ飛び、陸路インレー湖麓の町ニャウンシュエへ向かった。
インレー湖は標高900mと高原にあり、暑いミャンマーでは避暑地でもある。
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ニャウンシュエでボートに乗り換え、支流を登っていく。この地域ではボートは生活上の重要な移動手段だ。
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ボートは結構なスピードでぶっ飛ばす。細い水路を曲がる時とすれ違う時はスリリングだ。
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水路に沿って、水上家屋や商店が軒を連ねる。
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湖に出た。インレー湖は南北に18kmと縦長の湖だ。
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観光客を乗せたボートとすれ違う。水しぶきがバサーッと。
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インレー湖と言えばこの風景。
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少数民族であるインダー族の伝統漁法で、器用に足で艪を操る。
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水上の交通標識。この地域では、水路は道路と同じだ。
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再び水路へ。
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土産物売りのボートが近づいてくる。
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有名な、首長族(パダウン族)のお店へ。
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パダウン族のおばあちゃん。お店の看板にもなっている。
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横から見ると、より長く見える。
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機を織る娘さん達。
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パダウン族はタイとの国境周辺に暮らす山岳少数民族。
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知名度の高い彼らは、この地域の観光資源にもなっている。
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昼食に立ち寄ったレストラン。
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ミャンマービールでひと息。
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食後のコーヒーもなかなかオシャレ。
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水路を再び進む。
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この地域の代表的な寺院、ファウンドーウーパヤー。
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年に一度の祭りで使われる、鳳凰の船。
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寺院の中はLED電飾キラキラで、この雰囲気が日本の寺院と大きく異なる。寺院中央の台座には何やら金色の塊が。。
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男性だけが中央の台座に上がることができ、お賽銭代わりに小さな金箔を買って、仏像に張っていく。どんどん張っていくので、仏像が金色雪だるまのようになってしまたのだと。
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昔に地理で学んだ、"イラワジ川"、現地では"エーヤワディー川"と読む。
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バガンの郊外、夕暮れ時にサンセットクルーズへ。地元の人達も渡しで対岸へ。
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漁船を少し改造しただけのクルーズ船。
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川といっても全長は2,170km、海のようだ。
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ホテルの機能を備えた船もある。
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沿岸には洗濯する人達や、人々の暮らしが見える。
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小型船に満載で人々を運ぶ。
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浮島で野菜を栽培している。
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川から仏塔を見上げる。
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風が心地よく、のんびりしたクルーズだった。
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ポッパ山麓の切り立った岩山(タウンカラット:標高737m)に立つ"天空の寺院"。初めて写真で見た時、どうしても行きたいと思った。
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バガンからは車で片道2時間。途中、素朴な"やし酒工房"に立ち寄った。牛で臼を引き、やしを搾っていた。
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ヤシの樹液をかめで発酵させて、にごり酒を造る。
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また、もち米を混ぜて発酵させてから蒸留し、焼酎を造くる。
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ヤシの絞り汁を煮詰めて、
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黒砂糖のようなココナッツシュガーも作り販売していた。
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途中で出会ったもの売りの少女。ほっぺにはもちろん"タナカ"。
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ポッパ山とタウンカラットが見えてきた。
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タウンカラットは777段の階段で登ることができる。でも30分かけてタウンカラッとを登っても、写真で見たような"天空の寺院"を見ることはできない。"天空の寺院"、タウンカラットを見下ろす位置にある、"ポッパ マウンテン リゾート"という高級ホテルから見るのが最高なのだ。
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プールの向こうにタウンカラットが見える。
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少し望遠で、プール越しのタウンカラット。
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ホテルの洒落たレストラン。
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ミャンマービールの向こうにタウンカラットが。絶景を眺めながらのランチ。
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もう一枚、ミャンマービールとタウンカラット。このミャンマービールは結構うまい。
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レストランのテラスからはこんな具合にタウンカラットが見える。
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何で、どうやって、こんなところにお寺を建てたのか、本当に不思議だ。
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まさに"天空の寺院"。
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久々にすごい建造物を見た。
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今回ミャンマーを訪れた最大の目的は、バガンの遺跡群を、朝焼けと夕焼けをバックに遺跡の上から撮影することだ。
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まずは定番のシュエサンドーパヤーからのサンセットに挑戦。すでにたくさんの人が陣取っている。
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遺跡の上から眺める遺跡群は壮観だ。
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見渡す限りに、大小の遺跡が点在している。
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日が沈み始めた。
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夕焼けを期待して、皆待っているのだが。。。
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残念ながら、今回は夕焼けを見る事はできずに、日は暮れていった。
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日暮れの遺跡群もなかなかいい感じなのだが。
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気を取り直して、朝焼けを願って、早朝からカメラを構える。
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まるでピラミッドのよう。
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アーナンダ寺院も夜空にライトアップされている。
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空が少し赤みを帯びてきた。
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暗闇から浮かび上がってくる遺跡群もまた神秘的で素敵だ。
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でも、朝焼けは起こらず、そのまま明るくなってきた。
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周囲はこんな感じで、早朝から皆、朝焼けを期待して粘っていた。日本人や中国の若者が多い。
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日が明けてきた。
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早朝の遺跡群は、夕方に見たものより、何か空気が澄んでいて美しく感じる。
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残念ながら、夕焼けと朝焼けは見ることができなかったのだが、
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朝日を浴びた遺跡群は、引き込まれるような美しさだ。
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遺跡の上から、四方に360度撮影ができる。
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ジャングルの中から頭を出す遺跡群の様子は、南米グアテマラのティカル遺跡を思い出した。
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今回、ミャンマーを訪れた目的は、バガンの仏教遺跡を見てみたかったからだ。バガンの遺跡は、アンコールワット(カンボジア)、ボロブドール(インドネシア)と共に世界三大仏教遺跡と呼ばれている。全二者は世界遺産に登録されているが、バガンは登録されていない。もちろん世界遺産レベルの遺跡なのだが、その理由は後々書いていきたい。
高台からバガンを見渡すと、あちこちに大小の仏塔が見られる。
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まずは黄金に輝く、シュエズィーゴン・パヤー から。11世紀に建立されたバガンの代表的な建築物の一つ。現在修復中で下部が覆われているのが残念だが、青空に映える、美しい寺院だ。
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次は、ティーローミンロー寺院、パガン王朝後期の13世紀に建立された荘厳な寺院だ。
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2016年8月の地震で被害を受けており、現在修復作業中であった。
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ミャンマーの仏像は金箔を貼られたものが多く、そのお顔も日本の仏像とは少し異なる。
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ミャンマーの仏様は、頭が大きく、お顔が優しい感じがする。
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右下がいわゆる賽銭箱なのだが、透明で中が見えるのが面白い。
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外壁には細かいレリーフが彫られている。
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次はアーナンダ寺院。ここもバガンを代表する寺院の一つで、美しい寺院だ。
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中には東西南北に、黄金に輝く立位の仏像が安置されている。
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西向きの仏像。
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高さは9.5mもあり、近づいていくと、なかなか迫力がある。離れてみると優しいお顔で、近づいてみるとやや厳しいお顔に見えるらしい。遠くから見る民衆には優しさを、真下から見る国王には厳しさを表しているらしい。
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南向きの仏像。四方の仏像はそれぞれ、お顔や手のポーズが異なる。
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建物の隅に、両方向を跨いで座る獅子像。
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次はスラマニ寺院。
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2016年の地震で、尖塔部分が崩壊してしまっている。
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外壁の所々に、おもしろいレリーフが彫られている。
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黄金で、衣を羽織られた仏像。
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シンプルな仏像。
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髪型に特徴のある仏像。寄付があると黄金になるのだそうだ。
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顔だけ黄金になった仏像。寄付待ちといったところなのか。
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寺院側から参道を。
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レイミャナー寺院の壁画。たくさんのブッダが描かれていて、これはすばらしい。
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馬車でオールドバガン散策する。
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車では入っていけない小道から、遺跡や地元の人たちの生活を垣間見ることができる。
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地元の村を散策。
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屋根が特徴的な民家。
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村の人たち。
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今回のバガンの宿は、Bagan Lodge。
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オールドバガンの遺跡からも近く、高級感のあるリゾート。
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部屋はコテージタイプ。
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部屋も広くて快適。
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バスタブもある。
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明けましておめでとうございます。
「ドクトル・イトウの地球の果てまで 」も8年目に突入。
なかなか更新ができず、1年ぶりの更新となります。
今回紹介するのは、「アジア最後のフロンティア」などと称される、ミャンマーだ。「ビルマ」という国名の方が馴染みがあるかもしれないが、軍事政権が長く続いていたため、アジアでは最も欧米化が遅れた国で、鎖国のような状態であったのだが、近年、民主化され、その発展ぶりが目ざましい。
「ビルマの竪琴」などで知られるように、日本とは古くから関係があり、親日的な国でもある。
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今回は、関空からキャセイパシフィックの夜行便で、香港経由でミャンマーの首都ヤンゴンに深夜に到着。空港近くのホテルで仮眠をとり、朝に国内線でバガンへと向かった。国内線のエア・カンボーザは新興の航空会社らしく、機材も新しく快適だった。
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バガンのニャウンウー空港へ到着。
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まずは旅の基本、街の市場(ニャウンウー マーケット)を散策。
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色とりどりの野菜や果物が整然と積まれている。以前にミャンマーのリポート番組で、千原せいじが、ミャンマーのマーケットが「臭くない」、果物や野菜が几帳面に綺麗に積まれていると、驚いていたのを思い出す。確かに、一般的に途上国のマーケットは、いろんなにおいが混在していて臭いのが一般的なのだが、このマーケットはあまり臭くない。
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パイナップルもこんな風に手の込んだ切り方をして売っている。
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葉っぱも綺麗に束ねてある。
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魚醤の味噌も何か綺麗に盛ってある。
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この木はミャンマー独特の天然化粧品「タナカ」だ。この木を磨りつぶし、ペースト状にして顔に塗る。日焼け止めの効果もあるようだが、男女を問わず,皆使用している。これは本当に不思議だ。
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化粧品用に加工されたものもあり、お土産としても売られている。
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こんな具合で、お母さんはほっぺに、赤ちゃんは顔中に塗られている。これが普通の光景だ。
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油の量り売り。
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売り子の娘さんもほっぺに「タナカ」。
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お米屋さん。米屋はなぜか男性だ。
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湖や川の淡水魚の魚屋さん。
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魚はぶつ切りに。
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皮に付いた身をそぎ落として。
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楽器屋さん。なにやら見慣れない楽器が。。
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これが、「ビルマの竪琴」だ。
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縫い子の娘さんたち。今は懐かしい足踏み式ミシンだ。
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彼女たちも、やっぱりほっぺに「タナカ」。
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宝くじ売り場。ミャンマーの人たちは,くじや抽選が大好きだそうだ。
次回からは、バガンの仏教遺跡群を紹介する。
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明けましておめでとうございます。
「ドクトル・イトウの地球の果てまで 」も7年めに突入します。
これからも国内外を問わず、絶景に出会った時に更新していきたいと思います。
新年の一発目は、ヌーの川渡りのエピローグから始めたい。
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現場に着くと、そこは大混雑で前が見えない。でもさすがマンデラ、奇跡的にマジックのように我々を最前列に連れて行ってくれた。
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隙間から川辺を見ると、何かが動き出している。すると大歓声が沸き起こった。
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何と!川渡りが始まった!!
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土煙が上がり、轟音とともにヌーの集団が川を渡り出した。
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向かいの河岸を、足を滑らせながら登っていく。
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ヌーの角がものすごい数で川に突撃して行っている。
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興奮して、うまくシャッターが切れない。
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次から次へとヌーが押し寄せてくる。
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河岸をよじ登る姿が壮絶だ。
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川渡りにも色んな規模があるようだが、これは凄いレベルらしい。
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普段はのんびりしているヌーが、跳ね馬のように暴れ狂っている。
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その数がものすごい。まるで、ヌーの佃煮状態。
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川渡りも終盤になると、シマウマの姿が目立ってきた。
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ヌーの後を追うように、シマウマたちも川渡りを始めた。ある意味、コバンザメのような行動なのか。
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シマウマ達も蹄を滑らせながら、対岸をよじ登って行った。
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こんな距離感で、川渡りを見ていた。
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ほとんどが渡りきった。
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渡り終えたヌー達は、また綺麗な隊列を造っていた。本当に不思議な世界だ。
今回、3日間のマサイマラ滞在で、ビッグファイブ(ライオン、ゾウ、バッファロー、サイ、レパード)+チーターに加え、夢だったヌーの川渡りを見ることができた。これは本当に奇跡に近いことだと思う。
なかなかの強行軍だと覚悟していたが、実質6日間の休暇で、十分にサファリを楽しむことが出来たし、休暇を満喫できた。
アフリカのサバンナは本当にすばらしい。世界60数カ国を旅してきて、もう一度行きたいところはと問われたら、迷わず、マサイマラと答えるだろう。大きな自然の中に身を置くこの時間は、不思議なくらいに身も心も癒やされる。是非、また行ってみたい。
今回、奇跡的に見ることができた、ヌーの川渡り。この迫力は写真ではなかなか伝えにくいので、ムービーをアップしました。
この迫力を、ムービーでどうぞ。
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ではでは、今回の主役、ヌー。今までは注目することもなく、その辺にいてるという感じだったのだけど。。。
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ドライバーが、川渡りの舞台になる川辺に連れて行ってくれた。
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対岸には、何台かサファリカーが同じように見に来ている。川面に何か岩のようなものが、ポツポツと。
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よく見てみると、ヌーの死骸だ。
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川渡りに失敗したヌーが、このような無残な姿で残っている。
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その壮絶さが伝わってくる。
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いったい、どんなドラマがここで繰り広げられたのか。
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この時期のヌーは確かにいつもとは違った動きをする。
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通常はシマウマと同様に、群れでのんびり草を食べているのだが、
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この時期のヌーは、何かに引き寄せられるかのように、皆同じ方向を目指して進んで行く。
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群れから隊列へどんどん吸収されて、果てしなく長い隊列が形成されていく。
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ヌーの隊列が川辺に近づいてきた。
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川辺にはすでに、たくさんのサファリカーが陣取っていた。
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皆、川渡りの様子を一目見ようと、世界中から集まった見学者だ。
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今回、自分がヌーの川渡りに挑戦できるはたった1日。ドライバーのマンデラが、川辺から少し離れたこの場所を敢えて選んだ。この場所で、2時間以上じーっと待ち続けた。こんな場所を選んだ理由は、川辺の最前列に並んでしまうと、場所が変わった場合に身動きがとれなくなるので、川渡りの場所が大体決まるまで、自由の利く場所でじーっと待つ作戦だ。
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ヌーの隊列の先頭が川辺に近づいてきた。
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じわりじわりと、近づいては止まり、近づいては止まりを繰り返している。まるで「坊さんが屁をこいだ」みたいな様子だ。川にワニやカバなどの敵がいないかなど、慎重に場所とタイミングを選んでいるそうだ。
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あと少しのところまで近づいた。誰もが、これで始まるぞと息を飲んで見守っていたのだが、一向に始まらない。
昼近くになって、多くのサファリカーが諦めて、昼食にロッジへ帰って行った。
我々は早朝にロッジを出発し、途中に川辺で軽い朝食を食べただけだが、昼食には帰らずに、この地で粘ることを選択した。
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突然、川とは反対の方向へ走り出してしまった。これで99%ダメだと諦めかけた。
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ヌーの大群は、別の川辺に近づいたところで、隊列を整え出した。
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ここからは川の様子がわからない。気持ちはすでに折れていたのだが。。。
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隊列の先頭のヌー。べつにこのヌーがリーダーというわけではなく、何かをきっかけに、川渡りが始まるのだそうで、シマウマがそのきっかけとなることもあるそうだ。
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この数十分後にマンデラが、突然車を走らせた。何かが起きる気配だ。
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今回出会った動物達をもう少し。
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アリ塚の上で昼寝中のチーター。
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ライオンよりも出会う確率が低いし、何と言ってもかっこいい。
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今回、チーターを見たのは一度だけだったが、なかなか精悍なチーターだった。虎との違いは一目瞭然、模様はシンプルな黒点、顔の縦縞が特徴だ。
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ドライバーが何やらすごい情報をゲットしたようで、サバンナを大爆走して現地到着。ブッシュにサファリカーが大渋滞。
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いったい何が???
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こんなのが何で見つけられるの??と驚くばかり。しっぽが見えてます。
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何と!おそらく一番出会うのが困難な、レパード(ヒョウ)だ!これは本当にすごいこと。前回、ケニアサファリ3回目の時に、ドライバーに無理を頼んで、1日かけてレパードだけを追いかけて、何とか茂みの中の顔だけを見ることができた。それだけ、レパードに出会うのは奇跡的なこと。
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今回はその全体像を見ることができて。しかも何か獲物を咥えている。
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これがいわゆる「ヒョウ柄」だ。
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久しぶりに、マサイの村へ。
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マサイの集落が見えてきた。
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これが彼らの収入源。ちゃんと衣装を整えて、おもてなし。
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歓迎のセレモニー。
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ウオーターバックの角らしい。
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マサイ・レディースも出てきた。
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歓迎の歌をうたってくれる。
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院長も一緒に。
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マサイの集落は中心の広場を囲むように家が並ぶ。
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扉に何故か南京錠がかかっている。泥棒なんているのか???
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火起こしのセレモニー。
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マサイ・ジャンプ!
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助走もなく、いきなり飛び跳ねるので、これは結構すごい。
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すべてのセレモニーが終わると。裏にはちゃんとマーケットが出来ている。
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グルーッと円周状に青空マーケット。この人たちの商魂はすごい。こうして得た現金収入は全ての集落で合算して分配するそうだ。彼らの中にもスマホが当たり前の世界で、自分たちのスタイルを維持するために、考えられた姿なのかもしれない。
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今回見ることができた動物達を紹介していく。
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クロサイに続いて、ビッグ・ファイブの一つ、バッファロー(水牛)。
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ナポレオンの帽子の様な角が特徴だ。
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アフリカゾウ。象は朝から晩までずーっと食べ続けるのだそうだ。
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象の群れが、こっちへ向かって進んできた。
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これぐらいの距離感で、サファリカーの前を通り過ぎて行った。
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象の井戸端会議。
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子象は群れの真ん中に囲んで、守りながら進んで行く。
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朝日を浴びて、綺麗なメスライオン。
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やはり貫禄がある。
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たてがみが立派なオスライオン。ライオンは比較的遭遇しやすい動物なのだが、メスに比べてオスには出会いにくい。
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なかよしライオンペア。
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早朝、ブッシュで休むライオンに近づいていく。
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オスのツーショットは珍しい。
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さすがにここまで近づくと大興奮。車から外に出ない限り、襲ってくることはないそうだ。
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ほとんど真横を、何知らぬ顔で歩いていく。
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母ライオンと子供達。
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母親の周りでじゃれあう子供達。
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子ライオンのツーショット。
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おんぶや抱っこの様なものなのか、母親に咥えられて、去って行った。
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川にぷかぷか浮かぶ物体が。。
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カバだ。
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風呂に浸かっているかの様に、頭だけ出ている。
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のんびりしたキャラクターイメージとは正反対で、カバは気性の荒い動物なのだそうだ。
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陸も結構な速さで走ることができる。
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川岸にいるのは、ワニだ。
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何か咥えているようだ。
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よく見ると、口にはシマウマが。。。
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今回初チャレンジするのが、気球の上からサバンナを眺める、「バルーンサファリ」。滞在した「Little Governors' Camp」はこの「バルーンサファリ」の出発場所でもある。
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昼間に見ればただの平地。早朝にここから気球が出発する。「Little Governors' Camp」の宿泊者は徒歩数分でここに来れるので、非常に便利。
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早朝、まだ真っ暗な中、気球の準備が進められる。客たちはコーヒーを飲みながら、気球が膨らんでいく様子を楽しむ。
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轟音を立てながら、バーナーから炎が送り込まれ、気球が膨らんでいく。
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夜が明けだした頃、気球のカゴに乗り込み、いよいよ出発。これから約1時間のフライト。ちなみにカゴは8人乗り。
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バーナーから炎を吹き込みながら、ゆっくり上がっていく。
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宿泊中のテントの上を通過していく。
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すぐに、サバンナの荒野の上空に。
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徐々に空が明るくなってきた。
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日が昇ってきた。
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空が刻一刻と表情を変えていく。
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しばらくは、朝焼けの空の様子を楽しむ。サバンナの空は本当に素晴らしい。
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早朝ゲームドライブの車が出発しだした。
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ヌーの川渡りの舞台となる、マラ川。
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同乗したスペイン人の娘さんたち。こんな感じで、空とサバンナの様子をぼーっと眺める。
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シマウマの群れ。
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動物たちの水飲み場。こういったところに動物が集まってくる。
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マラ川の上空を進む。
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小さく見えてきたのはキリン。
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気球がうまく周囲の景色と調和している。
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キリンがはっきり見えてきた。
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キリンの群れ。
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象の群れ。
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出発して30分ほどした頃、異変が起きた。パイロットが何か一生懸命、事情を説明している。訳も分からず、行程の半分ほどで、サバンナのど真ん中へ緊急着陸することになった。
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緊急着陸とはいっても、着陸自体はいたって平穏で、何もないサバンナの真っ只中に着陸した。
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操舵系の部品の不具合で、安全な場所に緊急着陸したらしい。危機感や緊張感はなく、皆、記念撮影を撮っている。それから数十分で迎えの車がやってきて、我々を朝食会場へ運んで行った。
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何もない原野に、テーブルがセッティングされてあり、コックが何やら調理している。
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この「バルーンサファリ」のもう一つの売りが、サバンナの真っ只中での豪華な朝食。
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あったかいコーヒーと焼きたてのパンケーキ。
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朝からシャンペンで乾杯。こういった、何にもないところで、あえて贅沢なことを楽しむのがイギリス流ツーリズム。
既存の建物に泊まるのでなく、電気も水道も何も無いところに、豪華なテントを設営し、そこでフルコースの料理を楽しむというのが、一番の贅沢なのだ。
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そこで心配なのはトイレだろう。少し離れて、こんなトイレが設営してある。
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中はこんな感じで。
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ここからサファリカーに乗って、午前のゲームドライブに出かける。この時だけは別のドライバーなのだが、このドライバーもなかなか優秀だった。
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奥に見えるのはクロサイだ。8倍の双眼鏡でやっとこれくらいに見えるぐらいで、普通に見ていては全くわからない。
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ちなみに、ライオン、ゾウ、バッファロー、レパード(豹)、サイの5種類はビッグ・ファイブと呼ばれ、それを全て見ることを目標とされるが、それは非常に困難なことで、数日の滞在でそれを叶えることはほぼ無理といってもいい。
実際に過去4回のケニア旅行で、同時にビッグファイブを見れたことは一度も無い。特にレパードとサイが最難関なのだ。前回の滞在時にはレパードだけをターゲットに丸一日走り回り、草むらに隠れるレパードをやっと見ることができた。サイの角は漢方薬の原料として高値で取引されるらしく、中国人の密猟のおかげで、その数が激減し、なかなかその姿を見ることができない。その貴重なサイにいきなり出くわした。
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確かにサイだ。
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なかなか貫禄のある姿だ。数分後すぐにブッシュの中に消えていった。
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では、ゲームドライブへ出発
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今回我々のサファリカーのガイド兼ドライバー、マンデラさん。滞在中はずっと彼の車に乗り込む。ヌーの川渡りが見られるか、どんな動物と出会えるのか、全ては彼の眼と勘にかかっている。
今回、Little Governors' Campの滞在は3泊4日。
1日目はナイロビから昼過ぎにキャンプに到着。昼食後に一休みして、夕方からゲームドライブ。
2日目は早朝からバルーンサファリに挑戦(気球で空の上からサバンナを見下ろす)。終了後、サバンナで豪華な朝食を楽しみ、その後はゲームドライブ。
キャンプに帰って昼食、夕方からまたゲームドライブ。
3日目は早朝からランチボックスを持って、半日かけてゲームドライブ(ピクニック・ゲームドライブ)、ヌーの川渡りに挑戦する。午後に一旦キャンプに戻って昼食を摂り、夕方から再びゲームドライブ。
4日目、最終日は早朝のゲームドライブから戻って朝食、その後小型機でナイロビに向かい、夕方のフライトでドバイへ発つといった行程だ。
ヌーの川渡りに挑戦できるのは、たった1日。はてさてどうなるのか。。。
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獣道のようなオフロードをぶっ飛ばしながら、動物を見つけては観察していく。
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仲間からの情報を随時得ながら目的地へ走っていく。10年前と違うのは、無線が携帯電話になったこと。マサイマラのサバンナでは2Gの携帯が普通に使用できるらしい。ドライバーは携帯電話でしょっちゅう情報交換している。有力な情報を得られるかどうかも、ドライバーの資質なのだ。
初日に、マンデラから「何が見たい?」と聞かれ、「ヌーの川渡り」と「レパード(豹)」と答えると、笑いながら「運次第」だと。この二つと「クロサイ」は、かなりハードルの高い注文なのだ。どれも、万が一現れたとしても、ほんの短時間しか見れないので、本当に運次第としか言いようがない。
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まずは遭遇しやすい草食動物、アンテロープ(レイヨウ)の仲間から、インパラ。奥の角が生えているのがオス。通常、インパラはハーレム状態で、一つの群れにオスは1匹なのだそうだ。
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子供のインパラ。
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結婚できない男の群れなのか。。。
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トムソンガゼルの親子。トムソンガゼルは、お腹に黒い横線が入っているのが特徴。
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生まれたての子供がなんともかわいい。
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角があるのが、トムソンガゼルのオス。
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グランドガゼルのオス。
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大きめのアンテロープ、ウォーターバックのメス。
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ウォーターバックは、このとぼけた表情が愛らしい。
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ウォーターバックのオス。立派な角を持っている。
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これもアンテロープの仲間で、トピ。靴下をはいたような足が特徴だ。
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蟻塚の上に立つトピ。
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親子のバブーン(猿)。
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マサイキリン
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長い首を利用して、木の芽を食べる。
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キリンたちも群れで行動する。ちなみに、キリンはしゃがんで寝る。早朝に、ブッシュから首だけ出たキリンと遭遇することがある。
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水を飲むのは大変そうだ。
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サファリといえば、やはりシマウマ。
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そこらじゅうにいてるので、ありがたみは少ないのだが、名脇役というか、アフリカらしい雰囲気を出してくれる。
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サバンナの木ともうまくマッチする。
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この縞模様。見れば見るほど興味深い。
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で、今回の主役?のヌー。
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映画、美女と野獣のモデルだ。英語名はワイルドビースト。直訳すると野生の獣、日本名はウシカモシカ。創造の神が、色んな生き物を造った後に、余り物で造ったと言われ、牛の角、 山羊のひげ、馬の尾を集めて造ったとされている、なんか寂しい動物。
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どこにでもいるし、普段は地味な存在のヌー。彼らが今回はとんでもない派手な姿を見せてくれる事になる?
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「Little Governors' Camp」の様子をもう少し。
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夕暮れ時になると、ランプの明かり灯る。
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静かで素朴な雰囲気で落ち着く。
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ここがいわゆるレセプション。支払いをしたり、貴重品を預けたりする。
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小さなお土産物屋。マサイ・グッズを売っているが、あんまり魅力的では。。。
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ここはバー。ロビーの様な雰囲気で、本を読む人、バックギャモンを楽しむ人、お酒を楽しむ人、皆好きな様に利用している。
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昼食前に湿原の動物たちを眺めながら、ここで飲むビールは最高だ。もちろんビールはタスカー(ケニアのビールで、シンボルマークが象)だ。グラスのビーズの飾りも、ケニアらしくていい。
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夜は結構寒くなる。8月でもフリースが必要。薪が焚かれ、暗闇の中、暖かい時間が流れる。
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夕食の様子。テントなのだが、ランプの明かりでなかなかゴージャスな雰囲気になる。食事はコース料理、味は可もなく不可もなく。
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朝食や昼食はビュッフェスタイル、屋外のテーブルで、これが気持ちいい。
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ビュッフェといっても、ちゃんとサービスは行き届いている。
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湿原には、象やバッファローが自然にやってくる。豪華な朝食だ。
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たくさんの鳥が集まってくる。
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バッファローがやってきた。
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象がやってきた。
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このロッジには、一風変わった住人がいる。野良犬ではなくて、野良イボイノシシだ。
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ひょこひょことテントのあたりをうろついている。飼いイボイノシシとでもいおうか。
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家族でひょこひょこ現れる。なんともかわいらしい。
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毎日渡し船で渡る、ロッジの入り口の川。
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カバがやってくるし。
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象の群れまでやってくる。やってくるというより、こっちが彼らの生活にお邪魔している感じなのだろうか。
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ロッジには人工の水飲み場が造ってあって、色んな鳥や一風変わった動物が集まってくる。
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綺麗な鳥がやってきて、
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水浴びをしている。
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尾っぽの長い鳥
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変わった猿がやってきた。ブルーモンキーというらしい。
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見たことのない鳥が蓮の葉の上を歩いている。おもしろいロッジでしょ。
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ナイロビでの1日足らずの滞在を終え、翌朝にマサイマラへ向けて出発だ。
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マサイマラへは小型飛行機で1時間弱のフライト。まずは、ナイロビのウイルソン空港へ向かう。
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これが今回乗り込んだ、10人乗りのプロペラ機。下に開いた3つの小さな扉が荷物入れ。こういう事情で、ナイロビからマサイマラへのフライトの預け荷物の大きさには制限があり、大きなスーツケースは持っていけない。
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目の前が操縦席で、何かテンションが上がる。
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後ろ側はこんな感じだ。
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離陸直後のナイロビ市街地の様子。集合住宅が見える。
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しばらくすると荒涼とした景色が広がってくる。雲の影が大地に映っている。
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見えてきた丸いのは何?これはマサイ族の牧場で、この丸く囲まれたエリアでヤギや牛が飼われている。
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これはマサイ族の村で、四角い一つ一つが住居だ。
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マサイマラを流れる、マラ川が見えてきた。
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このマラ川が「ヌーの川渡り」の舞台となる。
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今回利用するロッジのあるエアストリップ(滑走路)が近づいてきた。
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ナイロビを発って45分ほどで到着。滑走路と言っても、平らに整地されたただの土の地面だ。
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我々を降ろした後、飛行機は次のエアストリップへ向けて再び離陸していく。このように幾つかのエアストリップを経由して最終目的地へと向かう。いわゆるホッピングフライトだ。
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エアストリップには各テントロッジから迎えの車が来ている。
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今回のロッジのサファリカー。サファリカーはほとんどがランドクルーザーかランドローバーだ。天井がキャンバストップになっていて、オープンにすることができる。もちろん4WDで、どんな悪路も走破するすごい車だ。この車で動物目指してサバンナを疾走することを、日本では「サファリ」と呼ぶことが多いが、実際には「Game Drive:ゲームドライブ」という。
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エアストリップからロッジへ向かう途中、今回最初に遭遇した動物はハイエナだった。
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今回のテントロッジ、「Little Governors' Camp」 の入り口に到着。
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テントロッジは川の向こう岸にあり、渡しのような船で行き来する。ゲームドライブに出るたびにこの船に乗る。
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テントが見えてきた。
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今回宿泊するテントだ。いわゆるホテルの一部屋で、ツインであったりダブルであったりする。
だいたいどこのテントロッジも標準的な大きさはこんな感じだ。
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テントの入口側。ドアの代わりに、チャックを上げ下ろしして出入りする。鍵はかからない。でも、従業員以外に外から侵入者がいるわけがなく、非常に安全なエリアなので、さほど心配はない。もちろん貴重品はフロントに預けることができる。
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テントのすぐ前には湿地帯が広がり、ここが動物たちの水飲み場になっており、象やバッファローやいろんな動物が間近かにやってくる。これがこのテントロッジのセールスポイントだ。
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テントの中の様子。手前がベッドで奥がトイレ・シャワーエリアになっている。
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ベッドはシンプルだが品良くベッドメイキングされている。
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トイレは水洗だ。
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お湯のシャワーを利用することができ、シャンプーなど最低限のアメニティーが揃えられている。
しかも、「Little Governors' Camp」の特徴として、無料のランドリーサービスがあって、下着以外の洗濯物を籠に入れておくと、夕方には洗濯してきれいに畳まれて戻ってくる。埃っぽく、服が汚れやすいゲームドライブではありがたいサービスだ。
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デスクはこんな感じ。
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イボイノシシの電灯。テント内はガス灯のテントロッジもあるが、2016年8月現在、「Little Governors' Camp」のテントには電気があり、デジカメのバッテリー充電ができる。
次回はテントロッジの施設を紹介する。
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半年ぶりの更新だ。
10年間の海外生活で、撮りためた写真や旅行ネタはまだまだ山のようにあるのだが、時の流れと共に、旅行記を書くにはさすがに古すぎるネタとなってしまい、開業以来続けていたブログの更新も止まっていた。
今回、なぜかふと、アフリカにまた行ってみたくなった。「アフリカの水を飲んだものはアフリカに帰る」という言い伝えがあるが、
スーダンの水を2年間飲んだ者として、自分もそうなのであろうか?実際には、マサイマラのあの綺麗な空を見たくなったと言えばかっこよすぎるが、今まで見ることのできなかった、「ヌーの川渡り」を是非見てみたいと思ったからだ。
「ヌーの川渡り」はマサイマラのマラ川を舞台に、毎年7月から9月にかけて繰り広げられる。ちょうど盆休みの時期が見頃の時期というわけだ。
では、2016年8月現在の行程から始めてみたい。
自分がスーダンに赴任した2000年当時は、アフリカへのフライトはヨーロッパの主要都市経由が主流であったが、今はサービスのいい中東の航空会社が乗り入れるようになり、いわゆる南回りがフライト時間も短く便利になった。
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今回利用したのはエミレーツ航空、今年の顧客満足度ランキング1位のエアラインだ。何より深夜に関空発なので、仕事を終えてからその日のうちに出発できるのがありがたい。ドバイで5時間半の乗り継ぎで、翌日午後2時半にはナイロビ着だ。
ドバイの空港は免税店などが充実しており、おまけに4時間以上の乗り継ぎには食事券まで配られるといった具合で、サービス満点。関空からドバイが10時間、ドバイからナイロビが5時間のフライトで、乗り継ぎを含めると20時間の行程だが、自分にとってはニューヨークへの直行便よりはずっと楽だった。
6日間の休みが取れると、仕事を終えてから関空に行き、ナイロビで1泊し、マサイマラで3泊のサファリツアーが満喫できる。ヨーロッパ経由では考えられない行程だ。
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自分にとっては10年ぶり、4度目のケニアだ。ナイロビのジョモ・ケニヤッタ空港に到着、空港の道路脇には、ヌーや象がいたりと、サファリムード満点でおもしろい。帰路には見向きもしなくなるが、到着時にはこれで結構気分が盛り上がって、写真を撮ったりしてしまう。
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ナイロビの街の雰囲気は10年前とあまり変わっていないようだが、むしろ少し整然としているような気がする。以前はミニバスからはみ出るように人が乗っていた印象があるが。。。少し治安もよくなっているようだ。
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こんなペリカンのような鳥が中央分離帯にいたりする。
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木の上にはもっといっぱいいたりして、さすがにここはアフリカだ。
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これは何?といった感じだが、これはホテル入り口のセキュリティー・ゲートだ。銃を持ったガードマンにここでセキュリティー・チェックを受け、許可されたら、この金属製の筒が下がっていって、車が通れるようになっている。日本では考えられないレベルのチェックだ。
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セキュリティーが厳しい代わりに、その中は非常に安全で、ゴージャスな世界が待っている。
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豪華なエントランスロビーの奥には、綺麗な庭園が広がっている。
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ここはHEMINGWAYS NAIROBI、トリップアドバイザーの「ナイロビで泊まりたいホテル」No.1のホテル。雰囲気もサービスも素晴らしいホテルだった。
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客室もこれまたすごい。リモコンを押すと、宝箱からテレビがせり上がってくる。これには驚き。
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バスルームもこんな感じ。
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部屋のバルコニーからは広い庭を見下ろす。
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ライトアップされたホテルも綺麗だった。束の間のナイロビの夜を過ごし、明日はマサイマラへ出発だ。
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では、今回は竹田城跡そのものと、麓の街並みを紹介する。
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「天空の城」も、日中に麓の住宅地から見上げると、今ひとつパットしない。
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最寄りの駅は、JR播但線の竹田駅。
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駅舎は結構洒落たたたずまい。駅舎の裏から登山道がはじまる。
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線路の向こう側へは、線路の下をくぐっていく。
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こんな感じで、線路の下は通路になっている。
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駅の山側には水路が流れていて、寺が建ち並んでいる。
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城下町らしい街並みだ。
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水路には立派な鯉が泳いでいる。
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左のお宅がおもしろい。なぜか、ゴジラやピカチューの石像がまじめに飾られている。
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登山道の入口。
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息を切らして登山道を上り、やっと竹田城跡に到着。
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城跡と言うだけあって、残っているのは城の石垣のみだ。
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ペルーのマチュピチュも、同じように石の建造物だけが残っている。
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ここから見渡す周囲の山々の景色は中々気持ちがいい。
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でも、城跡はやっぱり城跡で、日中にここだけ見ても、あまり。。。だ。
今度は是非、霧に覆われた城跡を見てみたい。
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雲海の中に浮かぶ竹田城跡。その一部始終を望遠写真で紹介する。
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最初は雲海に埋もれてしまっていて、何も見えない。
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雲海は波のように上がったり下がったりしながら流れていく。
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そのまま、すーっと全て無くなってしまうこともあるそうだ。
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雲海が薄くなった先に、竹田城跡が見えた!!
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まさしく「天空の城」だ。
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しばらく、見えたり隠れたりを繰り返しながら、雲海は徐々に下がって行く。
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このわずかな時間がショータイムだ。
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しだいに城跡がくっきりと見えるようになってくると、
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雲海は徐々に下がって行き、
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あっというまに、すーっと消えていく。
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そこには、現実の世界の竹田城跡がくっきりと現れた。
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麓の街までくっきりと見える。
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望遠でもっと近づいてみる。雲海の中から城跡が少し姿を現しだした。最も興奮した瞬間だ。
600万画素の一眼レフ+安物望遠レンズでの撮影なので、写真の荒さはお許しいただきたい。
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雲の切れ目から城跡が現れた。
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この光景は確かに「雨のマチュピチュ」に似ている。「晴れのマチュピチュ」も当然すばらしいのだが、「雨のマチュピチュ」は「天空の城ラピュタ」を彷彿する、何とも幻想的な世界で、時間的に粘らないと見れないところもそっくりだ。
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よく見ると城跡に多くの人がいるのがわかる。こちらの雲海がなかなか晴れていかない事にしびれを切らした多くの人達が、一旦下山して、城跡側に回っているとのことだ。もちろん城跡の上からは天空の城は見えない。
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雲海に城跡が浮かんでいるように見える。
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徐々に雲海は下がっていき、
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しだいに城跡はくっきりとしてくる。
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晴れてしまうと、夢から覚めたようで、何か虚しさが残った。
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さあ、急いで下山して、宿で朝食だ。
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このブログを始めて6年目に入ったが、今回はじめて日本の景色を取り上げたいと思う。
最近、テレビCMなどで取り上げられ、「天空の城」、「日本のマチュピチュ」として注目されている「竹田城跡」。ペルーで4年間を過ごした自分としては、いったいどんなもん?と、実際に行ってみた。
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雲海に浮かぶ「天空の城」を見るには、その対岸にある「立雲峡」の展望台から見るのが一番いいらしい。
「雲海」はいつでも見られるというものではない、本来は9月から12月の気候条件がそろった時にのみ見ることができるそうだ。今回訪れたのは3月下旬、はたして見られるかどうか。。。
「立雲峡」の駐車場がまだ工事中であったため、麓から目的の「第一展望台」まで、1時間の山道を登る事になった。早朝のまだ薄暗い山道を息を切らせて登っていく。
途中にあった、愛宕神社の鳥居。
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疲れもピークに達した頃、前を行く人達から歓声が上がった。「雲海」だ!。第一展望台に着くと、眼前は「雲海」で埋め尽くされていた。
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この時期にこれだけの雲海が見れるのは、結構ラッキーらしい。
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「展望台」といっても何があるわけではなく、ただの「平坦な場所」だ。この時期の山の上は結構寒く、皆、防寒具を来ていてもぶるぶる震えながら、雲海が晴れていくのを待っている。熱い飲み物を持ってくれば良かったと後悔した。
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後から登ってくる人達も皆一様に歓声を上げる。でも、見えるのは「雲海」だけ。
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「雲海」が適度に晴れてきて、始めて天空の城が拝めるのだ。
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ちょうど自分の隣に、三脚にプロ仕様のカメラを構えるおじさんが居た。聞けば、ここの常連とのことで、「今日はチャンスがあるから粘ってみたら」と言ってくれた。
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少しずつ雲海が下がって来ては、また上がっていく。待てども待てども、雲海が晴れてくる気配がない。
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この状況で1時間半程度が過ぎた。大半の人達は、天空の城を見ることなく諦めて下山していった。
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最悪の場合、このまま雲海がスーッと消えてしまって、"終わり"らしいのだが、あと30分だけ粘ってみることにした。
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雲海が下がりだしては上がりを何度も繰り返すうちに、雲海の切れ目が深くなって来た。
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その瞬間に周囲からオーッ!という歓声が上がった。竹田城だ!雲海に浮かぶ竹田城、まさに天空の城だ。
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興奮してシャッターを切りまくったが、幻想的なショーはしばらくして終わり、
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気がつけば、雲海はどんどん低くなっていき、スーッと消えてしまった。
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晴れてしまうと、現実的な景色が現れた。夢から目が覚めた感じだ。
次回は望遠での「天空の城」を。
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アンコール・ワットシリーズの最後は、世界遺産、天空の寺院 "プレアビヒア"を紹介する。
カンボジアとタイの国境に位置するこの遺跡は、歴史的にその周辺地域の領有権を巡って争われてきたのだが、2008年に世界遺産に登録されてからは両国の対立が激化し、2011年には武力衝突で死傷者を出す事態が発生した。2013年11月に国際司法裁判所の裁定が出てからは治安も安定し、観光も可能となった。
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シェムリアップから山の麓まで、片道3時間のドライブだ。道路が舗装されたのはまだ最近のようで、以前は4、5時間かかったらしい。
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のどかなカンボジアの田舎風景を見ながらのドライブ。
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集落のある辺りの様子。
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途中、トイレ休憩に立ち寄ったガソリンスタンド。
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バイク用なのか、瓶詰めで売られていたのはオイル?
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地面に広げられていた妙な物体。虫のさなぎの様にも見えるのだが。。。
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何と、これはカシューナッツだった。
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プレアビヒアの麓にあるドライブイン?に到着。ここで昼食だ。
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ツアーに付いている、おにぎり弁当をいただく。これが結構嬉しかったりする。
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トイレはさすがに水洗ではないが、手動水洗式だ。左の瓶の水をすくって流す。比較的きれいだ。
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コカコーラは海外でこんな飲み物を売っている。
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麓で四輪駆動トラックの荷台に乗り換えて、遺跡の入り口まで山を登っていく。
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入り口からは徒歩で、崩れかけた急角度の長い階段を上っていく。
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かろうじて外観を保っている、第一塔門へ到着。
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外枠だけが残っている。
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長い石畳を歩いて行く。
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振り返ると、眼下に広がる密林ジャングル。
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第二塔門手前の沐浴場。
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第二塔門はいい状態で残っている。
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立派な塔門だ。
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横から眺めると。
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かなり繊細な塔門のレリーフ。
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振り返って見た、第二塔門。
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青空をバックに、美しい塔門だ。
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第三塔門。
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向こうの山の上に見える建物は、タイ側の展望台。
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望遠で寄ってみる。向こうからも、望遠鏡でこちらを見ている。タイとは領有権を巡って軍事衝突したぐらいなので、妙な緊張感がある。
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第四塔門が見えてきた。
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中へ進んでいく。
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回廊の内側はかなり朽ち果てている。
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回廊と右側は瓦礫と化した中央祠堂。
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プレアビヒアには、遺跡というよりも、この頂上からの絶景を見るためにわざわざやってくるのだ。
こんなところに寺院があるのだから、天空の寺院といわれる所以だ。
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眼下に広がるジャングルは、カンボジアとタイ、ラオスの国境でもある。
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絶景をバックに、ガイドが面白いショットを撮ってくれた。
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もう一枚。
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三人乗りのバイクの人たちに手を振って、シェムリアップへ戻っていった。暑さが身体にこたえるが、見所の多いアンコール・ワットの旅だった。
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次は、「天空の城ラピュタ」のモデルともいわれる、密林の中の遺跡、ベンメリアへ向かう。
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入口から赤土の参道を進んでいく。
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廃墟で有名なこの遺跡なのだが、ナーガ(蛇神)は保存状態がよい。
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いきなり瓦礫の山が見えてきた。ポルポト派が仕掛けた地雷が除去され、この遺跡が観光客に公開されるようになってまだ十数年。遺跡そのものはほとんど修復されず、発見されたままの姿で保存されている。
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ほとんど原形をとどめていない。まさに廃墟だ。
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瓦礫と化した岩のブロックの中で、ここでもナーガ(蛇神)だけは保存状態がいい。
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一部に残った遺跡から、元がどういう感じであったのかが何となく伝わってくる。
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鬱蒼と茂ったジャングルの中は比較的涼しい。遺跡の内部には歩道が巡らされていて、
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立体的に遺跡を見ることができる。
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壁面に樹木が根を張り巡らしている。浸食されているというのか、一体化しているというのか。
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建物の上から樹木が生えている様に見える。
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樹木に呑み込まれているようだ。
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崩れ落ちた壁面のレリーフは朽ちていっている。
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建物を跨いで樹木が伸びている。
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瓦礫の頂から樹木が生えている。
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瓦礫となってしまったレリーフ。
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Uの字にくねりながら伸びている。
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回廊の入り口も、崩れ落ちた瓦礫でふさがれてしまっている。
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比較的原型を留めている建物も、
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樹木に覆い尽くされている。自然に食べられているという感じだ。
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散乱している瓦礫の中に、レリーフの足だけが残っていた。
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上部だけを残して崩壊した神殿。ベンメリアの象徴のような景色だ。
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朽ち果てたテバター。
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文明が衰退して廃墟と化し、自然に浸食され、同化し、最後は土に帰っていく。「天空の城ラピュタ」のテーマそのもののような感じがした。なぜか落ち着く空間だった。
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ハンモックで一休み。
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遺跡巡りに戻って、今度は郊外にある、バンテアイ・スレイ へ向かう。
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のどかな田舎風景を眺めながらのドライブだ。シェムリアップから少し離れるとずーっとこんな風景が続く。
これは沿道の民家だ。いわゆる高床式になっていてる。トタン屋根でかなり暑いらしい。
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これは、屋台の商店といったところか、色んなものを売っている。
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バンテアイ・スレイ のインフォメーションセンター。世界各国からの観光客が集まっている。
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これは世界の遺跡(左側)とアンコールワットの遺跡を年表で比較した表だ。右側の上から二つ目がバンテアイ・スレイ 。メキシコのマヤ文明の遺跡、チチェン・イッツァと同時代となる。なかなか比較はしにくいが、ここの繊細な彫刻技術はかなり突出しているように思う。
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バンテアイ・スレイの東門へ向かう。外壁は赤色の砂岩とラテライトでできていて、他の遺跡と比べて赤い。
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門の周囲には細かい彫刻が施されている。
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特に上部のレリーフは芸術的だ。
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リンガと呼ばれる石柱が並ぶ、赤い参道を進んでいく。リンガとは男性器を模ったものらしい。
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第一周壁の柱のレリーフもすばらしい。
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もっとも美しいと言われる、第二周壁の門が見えてきた。
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有名な写真スポットだ。
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先端が渦巻く破風が特徴で、デザインがすごく斬新的だ。
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細かいレリーフには、マハーバーラタが描かれている。
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重厚な第三周壁の門。
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踊るシヴァ神の彫刻が施されている。
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第三周壁の内部。
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中央祠堂と北塔(左側)
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北塔の門。両側にテバターが彫られていて
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右側のテバターが、有名な「東洋のモナリザ」
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左側のテバターも美しい。なぜ左側だけが有名なのか??。ガイドに言われないとどちらが「東洋のモナリザ」なのか区別がつかないところだった。
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南側の経蔵。
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経蔵のレリーフもすばらしい。
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破風にはラーマーヤナが描かれていて、
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カイラス山で瞑想するシヴァ神と抱きつく妻バルヴァティが彫られている。
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外側から見た様子。環濠で囲まれているのがわかる。
遺跡観光の連続で、少し飽き気味であったが、バンテアイ・スレイ のレリーフは他の遺跡と比べても格段に繊細で、すばらしい遺跡だった。
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遺跡巡りは一休みして、世界中から観光客の集まる、シェムリアップの街を紹介する。
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トゥクトゥクで夜の繁華街へくり出す。観光で成り立っている街だけあって、治安は比較的良好だ。
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飲み物や食べ物屋が集まる、"PUB STREET"。
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その中でも有名なアメリカンパブ、"RED PIANO"。
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冷たいアンコール・ビールをいただく。
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クネクネと妙な形をしたコーンにアイスクリームを入れるお店。
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水槽の小魚が足の角質を食べてくれるというお店。この水槽に足を突っ込む。
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セブンイレブンのパチモン。
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ソーセージや魚の干物が吊されている。結構臭う。
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なんと懐かしい名前を発見!「SWENSEN'S:スウェンセンズ」だ!今から約35年前、大阪の阪急グランドビルにあったアイスクリーム専門店で、今は日本に店舗はないようだ。
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メニューを見てまたびっくり。昔とほとんど同じだった。懐かしの「コイットタワー」を注文したら、見た目も味も全く同じだった。懐かしのスウェンセンズにカンボジアで再会するとは、ほんとに驚きだった。
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昼間のシェムリアップはいわゆるアジアの田舎町。
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バイクと車が混沌と行き交う、埃っぽい街だ。
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昼食を済ませ、午後からはいよいよアンコール・ワットの見学だ。
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門を抜けると、参道の向こうにアンコール・ワットが現れた。
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アンコール・ワットは12世紀に造られた、ヒンドゥー教寺院で,後に仏教寺院に改修されたそうだ。
東西1,500m、南北1,300mの濠に囲まれている。
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寺院は正面が西向きで、午前は逆光となるので、午前中にアンコール・トムやタブロームを巡り、午後からアンコール・ワットを見学するツアーがほとんどだ。
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寺院は3層の回廊と5つの塔で構成されている。この角度から見ると5つの塔が見える。この場所は朝日を見に来た場所だ。
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オレンジ色の法衣を纏った、若い僧侶の卵たちも見学に来ていた。
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最も外側の「第一回廊」を外から見た様子。
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すべて石造りで、主に砂岩とラテライトからできている。
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第一回廊の様子。
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壁面には壁画がぎっしりと彫られている。
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乳海撹拌(にゅうかいかくはん:ヒンドゥー教の天地創世神話)の壁画。
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叙事詩ラーマーヤナの壁画で、手がたくさんあるのが、鬼神ラーヴァナだそうだ。
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十字回廊から第二回朗へ向かう。所々にデバターが彫られている。
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頭のない仏像。
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第二回廊を出て、第三回廊と中央祠堂を見上げる。
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右側に第三回廊への急な階段があるが、今は使われていない。
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この辺りはたくさんのデバターが彫られている。
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第三回廊へは、後付けのこの急な階段を上っていく。
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第三回廊から第二回廊を見下ろした様子。
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デバターと連子窓
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第三回廊から見た中央祠堂。荘厳なムードが漂う。
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ここに雨水を溜めて、沐浴に使用していたそうだ。
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内側から見た第三回廊。
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第三回廊の様子。
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デバターは似ているようで、皆それぞれに趣が異なる。見れば見るほど深い。
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第三回廊から第二回廊と第一回廊(外側)を見下ろす。
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第三回廊から西側を見下ろす。参道の向こうに西門がある。
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裏側(東側)から見たアンコール・ワット。
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正面(西側)からとは少し感じが違う。
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もう少し外側から見ると、木々の間からアンコール・ワットが現れる。
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夕陽観賞スポットで有名なプノンバケンの丘は、夕暮れ時になると観光客で大混雑。残念ながらこの日は神秘的な夕陽を拝むことはできなかったが。。。
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このプノンバケンの丘から見たアンコールワットは、夕陽に輝いてまた格別だ。
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すばらしい。
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次はアンコール・ワット遺跡群の中でも人気の高いスポットである、「タ・プローム」へ移動。
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入口の四面観世音菩薩。この寺院が元は仏教寺院であったことがわかる。その後にヒンドゥー教寺院に改修されたそうだ。
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寺院というよりは、廃墟といった感じで、後で紹介する「ペンメリア遺跡 」と共に、「天空の城ラピュタ」を彷彿させる。文明が自然に飲み込まれたかのような光景だ。
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今までに見たことのない不思議な世界だ。
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ガジュマルの木が建物を飲み込むように浸食している様子は圧感だ。
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一見、樹木が建物を破壊していっているように見えるのだが、樹木が崩壊しかけた建物を支えているという見方もある様だ。
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寺院の中の崩壊もかなりひどく、回廊もこんな様子だ。
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周囲も崩れ落ちている。
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瓦礫と化した崩れた壁面には、繊細なレリーフが彫られている。
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蛸の足のように,縦横無尽に伸びたガジュマルは、確かに柱や梁のように建物を支えているようにも見える。
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崩壊はかなり進んでいる。
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ガジュマルの根の隙間から顔が覗いている。
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デバター(女神)が微笑んでいた。
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木の根の隙間が、ちょうど入口になっている。
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まるで生き物の血管のようだ。
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銀色に輝く木。
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自然と人工物が共生しているかのようにも見える。
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立派に根を張った木。
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回廊の外側の状況はかなり深刻で、
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まさに廃墟と化している。
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不思議なレリーフを見つけた。「恐竜」のレリーフだ。自分には今様な恐竜のイラストのようにしか見えず、何でこの時代にこのようなレリーフが??? この遺跡で一番の不思議だった。
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バイヨンを抜け、バプーオン寺院へ向かう。
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バプーオンへ続くこの参道は「空中参道」と呼ばれていて、横から見ると高さ2メートルの3列の円柱に支えられて、地面から浮いたようになっている。
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沐浴をしたといわれる池。
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「空中参道」を進んでいく。バプーオンとは「隠し子」という意味で、その昔、敵から王子を守るために、この寺院に隠したからだと言われている。
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バプーオンは3層構造のピラミッド型になっていて、遠景と近景では見え方が異なる。
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入口の階段を上っていく。
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階段を上り、正面から中央祠堂を見上げる。
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斜め方向から。
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少し離れて見るとこんな感じだ。
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この急な階段を上り、もう1層上へ。
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上の回廊。
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上から見下ろした様子。
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寺院の裏側で、みな立ち止まって壁を眺めている。何やら意味のある壁面らしい。よくよく見ると、顔のように見えてくる。これは「寝釈迦像」といわれるもので、向かって左側がお釈迦様の顔で、右側が胴体となる。
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お釈迦様が横になっている像で、説明ではこのようになっているのだが、なかなか上手く見えない。
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次にピミアナカスへ向かう。ジャングルに隠れた廃墟のような寺院だ。グアテマラのティカル遺跡に似ているように思う。
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赤茶色のラテライトを積み上げてできた、ピラミッド型の寺院だ。
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損傷がかなり進んでいる。
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王宮のテラスから、前庭を望む。暑いため、車やバスは木の下に集まって駐車している。
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象の鼻が柱になった、「象のテラス」。
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象が鼻でハスの花を絡め取っている様子だそうだ。
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ライ王像があるテラスで、「ライ王のテラス」と呼ばれる。
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テラスの高さは6メートルあり、壁一面に壁画が彫られている。
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阿修羅と神々が一緒に描かれている。
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朝食を済ませてから、午前の観光がスタート。まずは、アンコール・トムへ向かう。
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現地での気楽な移動手段はこの「トゥクトゥク」と呼ばれるバイクタクシー。
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実際にはこんな感じで、埃っぽいのが難点だが、風が心地よい。値段は個別交渉だ。
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なぜか、「哀川翔」ステッカーを貼ったトゥクトゥクを見つけた。調べてみると、哀川さんはラリーでカンボジアを訪れているようだ。
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これはチケット売り場。ここで「アンコール・ワット遺跡群」の共通チケットを購入する。1日券、3日券、7日券などがあり、ちゃんとその場で写真を撮って、顔写真入りのチケットを発行している。
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アンコール・ワットを右手に見ながら、アンコール・トムへと向かう。
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アンコール・トムの入口、「南大門」へ続く橋へ到着。橋の両側に阿修羅像と神々がそれぞれ54体並んでおり、ナーガ(蛇神)の胴体を引っ張っている。
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アンコール・トムとは「大きな都市」という意味で、四方を1辺3kmの堀で囲まれた城郭都市だ。
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橋の上を車やバイクやトゥクトゥクがひっきりなしに通過していく。南大門の入口は乗用車1台が通れる程度の幅なのだが、これは象に乗った王様が通れる幅と高さなのだそうだ。
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欄干に並ぶ神々の像、左腕でナーガ(蛇神)の胴体を抱えている。
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反対側は阿修羅像、頭のないものや新しく修復されたものもある。
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南大門の上部は観世音菩薩の四面仏塔となっている。四方で表情が微妙に異なる。このような仏塔がアンコー・トムには54塔あるそうだ。
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四面仏塔の下、入口の右側には3つの象の頭と鼻がある。
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確かに象の鼻だ。
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よく見てみると、四面仏の下には、手を合わせるテバター(女神)のレリーフがたくさん彫られている。
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非常に手の込んだレリーフだ。見れば見るほどいろんなモノが見えてくる。
南大門を入り、バイヨン寺院へ向かう。
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窓から覗いたバイヨン寺院。
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バイヨン寺院の外観。寺院自体は3層構造になっており、中央に位置する最も高い「中央祠堂」とその回りの「第二回廊」一番外側の「第一回廊」で構成されている。
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これらは全て石のブロックを積み重ねて造られたもので、ジャングルの中に、よくもまあこんなに壮大な寺院を造ったもんだと感心する。
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中央祠堂へと登っていく。
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この付近には、大小様々な49もの四面塔がある。
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この四面塔の顔については、観世音菩薩やヒンドゥーの神、王の顔など諸説あるそうだ。
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顔はみな微妙に異なっていて、これも興味深い。少し微笑んだ表情は「クメールの微笑み」と呼ばれている。
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アジア系の顔つきで親近感がわく。自分にはやはり菩薩さんに見えて,思わず手を合わせてしまう。
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第一回廊には壁一面にレリーフが彫られている。レリーフにはクメール人の日常生活や戦の様子が描かれている。
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これは「トンレサップ湖の戦い」の様子。クメール(カンボジア)軍とチャンパ(ベトナム)軍との戦いの様子で、船に乗っているのがチャンパ軍。
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こちらはクメール軍。チャンパ軍とは髪型が異なるのがわかるだろうか。
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回廊を振り返るとこんな感じだ。
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テバター(女神)も多く、その彫りは繊細で、女性的な曲線が美しい。
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回廊の奥にお堂のようになっている場所があり、実際に僧侶が供養していた。
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このブログを始めて丸5年を迎えようとしているが、初めてアジアの絶景を取り上げたいと思う。かねてから是非行ってみたかった、アジアの至宝といわれる、世界遺産" アンコール・ワット"を訪ねた。
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今回の行程は、関空からベトナムのハノイ経由で、カンボジアのシェムリアップへベトナム航空で入った。
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トランジットで利用した、ハノイ空港。院長はベトナム初体験。ちなみにこの空港は日本のODAで整備されたものだ。
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さすがにここはベトナム。空港内で生春巻きや"フォー"が食べられた。
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空港の土産物屋で、ちょいとふざけて、ベトナム軍。
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そんなこんなで、カンボジアのシェムリアップに到着。今回のホテルにたどり着いた。
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早々、翌早朝からアンコール・ワットの朝日を見学に出発。アンコール・ワットはジャングルの中、壕に囲まれている。
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正面がアンコール・ワット寺院。まだ薄暗い中を寺院へ向かっていく。
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ちなみに、カンボジアの紙幣にもアンコール・ワットが印刷されている。
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池の手前から、朝焼けのアンコールワットを望む。
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何とも幻想的だ。
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空の色が徐々に変わって行く。
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こんな具合で、たくさんの観光客がカメラを構えている。ちなみにここを訪れる観光客の国別では、ベトナム、韓国、中国が多く、日本は第4位らしい。最近は中国人が激増している。今回も周囲は中国人だらけだった。
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池に空と寺院が映って、影絵のような景色となる。
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刻一刻と空の色が変わっていく。
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少し寺院に寄ってみて。
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空が徐々に赤くなってくる。
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寺院の背景が明るくなってきた。
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かすかに光が差してきた。
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塔の間から朝日が顔を出した。
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ここからは一気に空が明るくなって、サンライズショーは終了した。
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見物客が帰路につきだした。これからホテルに一旦帰って朝食を摂り、午前の観光に出発する。
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帰路にアンコール・ワットを振り返って。
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これから一気に気温が上がる。
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すっかり夜が明けた。一旦ホテルに戻って朝食だ。
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もう一つ、サンチャゴ近郊の観光ポイント紹介したい。サンチャゴからバスで2時間程度、海辺の街、バルパライソだ。
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どこか、タイムズスクエアに似ているような。。。
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なぜか、トロリーバスが走っている。
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カラフルな家があったりと、どこか小粋でアートな街だ。2003年に世界遺産に登録されている。
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何でもない家がパステルカラーにペイントされている。どこか、ブエノスアイレスのボカ地区、カミニーニ似ている。
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これも小粋??
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この街は、海辺から続く丘にまで家が密集している。丘の上から眺めると、アートな家と近代ビルが混在していて、なんか面白い。
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丘の上から海を見下ろしていると、何やら厳つい船団が。。。
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軍艦だ!あまりこういった光景を見ることはない。バルパライソはチリ海軍の軍港としても有名なのだ。
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バルパライソは丘の街。住人の足として、アセンソールと呼ばれる、ケーブルカーのような乗り物があちこちにある。
どこか、ポルトガルのリスボンに似ている。
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これがアセンソール乗り場の標識。通り過ぎてしまうような、さりげない入り口だ。
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中に入るとこんな感じ。
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切符売り場。
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クラシックな木箱のような乗り物だ。
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中はこんな感じになっている。
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丘の上の乗降口だ。
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丘の頂上から海を見下ろす、白亜のカフェ "Cafe Turri"。
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ここの庭から、海を眺めながらの食事は最高の雰囲気だ。
これでチリ・シリーズは終了としたい。
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帰りに立ち寄った、サンチャゴの街と近郊のワイナリーを紹介する。
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サンチャゴには主に仕事で、かれこれ18回程訪れた。サンチャゴは立派な近代都市だ。南米の都市の中では治安も比較的いい。ただし、正直なところ観光的な魅力は。。。だ。
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奥に見えるのは旧市街のシンボルである大聖堂だ。
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左奥の立派な建物は中央郵便局。
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モネダ宮殿、現在は大統領府として使用されている。サンチャゴ旧市街はこんな感じで、南米他国の旧市街と比べると、やはり見劣りする。
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サンチャゴ市内にも一体、本物のモアイ像がある。イースター島から持ち出されたモノらしいが。本場で見てきた後では。。。
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チリと言えば、やはり"ワイン"。安くて美味しいワインが楽しめる。ワイナリー見学はお勧めの観光コースだ。今回はサンチャゴから車で45分ほどの"Santa Rita" ワイナリーを紹介する。調べてみると、ここSanta Rita のワインは、日本ではサッポロビールが販売している。
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荘園風の建物で、「Casa Real」というホテルを併設している。中庭には花がいっぱいだ。
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実際のブドウ畑はこんな感じ。
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これが、ワイン用のぶどうだ。果物として食べるブドウとは少し違う。
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ツアーでワイナリー内の作業工程を見学できる。これは昔使用していた、ブドウを絞る装置だそうだ。
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現在の近代的な設備。
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ここで樽に詰め替えられる。
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樽の貯蔵庫。
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実際にはこんな感じ。
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ワインボトルが積まれていた。
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このワイナリーにはレストランがあって、ここで料理と共にここのワインが色々楽しめる。そして気に入ったワインを買って帰るという仕組み。料理も美味しく、雰囲気も非常によかった。見どころの少ないサンチャゴで、お勧めの観光スポットだ。
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イースター島の最後は、夕日の美しさで有名なタハイから。
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タハイには3つのアフがあり、向かって右端にあるのがアフ・コテリクのモアイ。島内で唯一、目が入っているモアイで、帽子(プカオ)を載せている。目が入ることで、今まで見てきたモアイとは何か違う感じがする。
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向かって左端がアフ・バイウリで5体のモアイが並んでいる。
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アフ・バイウリの右に一人立っているのが、アフ・タハイのモアイだ。
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これら3つのモアイと海と夕日が、格別なサンセットを見せてくれる。
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バックの船がまたいい感じを醸し出す。
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空がだいぶ赤く染まった。
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日が沈んでしまった。空の色がどんどん変わっていく。
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少し違った角度から。
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夕日がモアイに反射する。
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どこから見ても美しい景色だ。
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少し引いてみる。
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アフ・タハイのモアイから。
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波が結構激しく打ちよせる。
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空が輝いている。
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アフ・コテリクのモアイから。
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二つのモアイを入れて。自分はこの方向からの景色が一番気に入った。
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モアイをバックに日が沈んでいく。
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雲の様子がめまぐるしく変わっていく。
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少し角度を変えて。
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日が沈んだ。サンセットショーの終了だ。
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船の明かりが、なんかしんみりとしていい感じ。
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モアイの上と月と星。
イースター島は本当にモアイしかないような島だ。「モアイだけしかない」と否定的な感想を言う人もいるが、ゆっくり滞在して、島の風景や自然と共にモアイを見て欲しい。自分は滞在中にラノ・ララクに何度も足を運んだ。
日の当たり方によって、朝と夕方の風景が全く違うのだ。日中にさらりと見て終わりではあまりにもったいない。アナケナ・ビーチで海水浴なんてのもいいのかもしれない。馬での散策は特にお勧めだ。チリの食事は概して美味しくないのだが、イースター島の食べものは比較的美味しいので、是非、ゆっくりとした日程で訪れて欲しい。
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サーフィンなどの目的で訪れる場合を除いて、この島では、モアイを見ること以外にすることがない。
オプショナルツアーが充実しているわけはなく、レンタカーやレンタサイクル以外に移動手段がない。
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そこでおすすめなのが、この"乗馬ツアー"だ。
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乗馬体験などという甘い代物ではない、各自が馬に乗って、半日かけて島を巡る。
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馬は躾けられているので、コースを大きく外れることはないが、それでも乗り手の動きに反応するので、かなりスリリング、おまけにこのコースがアップダウンに富んでいる。
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ちょいと一服。おしりが痛くなってきた。
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通常の観光では行くことのない、変わった場所にも連れて行ってくれる。
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これは海辺の崖に連なる洞窟だ。真っ暗な中を恐る恐る這うように進んでいくと、光が見えてきた。
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そこは断崖絶壁だ。
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ツアーも終盤、道路に出てきた。
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そろそろ夕暮れ時が近づいてきた。
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後ろにハンガロアの街が見える。
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最終目的地のタハイに到着だ。ここの夕日は絶品なのだ。
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お次は海辺にある、アフ・ビナプへ移動。
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転がっている赤いプカオ(モアイの帽子)が何かもの悲しい。
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ここのモアイも全て倒されたままだ。
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プカオだけが主から離れて転がっている。
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紺碧の海だ。
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イースター島周辺は波が高い。
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空港ではサーフボードを持ち込む観光客を多く見かけた。モアイ見学ではなくて、サーフィンをする目的でこの島にやって来るようだ。
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波しぶきが豪快だ。
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次はイースター島では珍しい、海水浴のできるビーチ、アナケナ・ビーチだ。
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きれいな白砂のビーチに青い海、人影もまばらで、最高のムードだが、日陰がどこにも無い。ここで遊ぶのには、かなりの日焼け対策が必要だ。
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椰子の木が植えられていて、南国ムード満点だ。
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このビーチのアフにもモアイがいる。
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アフ・ナウナウのモアイだ。7体のモアイが海を背にして立っている。
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そのうちの4体はプカオを載せている。
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少し離れて、ちょっと変わったモアイが立っている。
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ホツ・マツア王のモアイだ。
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最初にこの島へ渡ってきたホツ・マツア王が、このビーチから上陸したと言われている。
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島には牛が放牧されている。
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次はアフ・テピトクラへ
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この倒れているモアイは島内で唯一名前が付いていて、「パロ」と呼ばれる。アフに立っているモアイでは、一番大きなモアイらしい。
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この近くに、テピト・オテヘヌア(地球のへそ)と呼ばれる丸い石が置かれた"パワースポット"がある。この石の上にコンパスを置くと針が回るそうだ。。。またこの石に額をつけて願いごとを念じると叶うらしい。
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充電できるとでも思っているのだろうか?携帯電話を置いている人がいた。娘達は頭が良くなるようにと、石に額を付けていた。
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では、島内の色んなモアイを巡って行きたい。
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まずは「アフ・アカハンガ」。ちなみにアフとはモアイが建つ祭壇のことだ。
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といっても、ここのモアイは建っていない。というか倒されている。
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部族間の争いで起こった「モアイ倒し戦争」で、島内の多くのモアイが倒された。
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モアイの目には霊力が宿ると考えられていたため、皆、うつぶせに倒されている。
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モアイの帽子(プカオ)だけがポツンと残されている、
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何か寂しい光景だ。
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次はアフ・アキビのモアイ達。
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7体のモアイが丘の上の祭壇に整然と並んでいる。
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ほとんどのアフ(祭壇)が海辺にあるのに対して、ここの祭壇はかなり内陸にある。
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トンガリキのモアイとは違って、皆、顔がよく似ている。
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ここのモアイも海の方角を向いている、数少ないモアイだ。
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次はモアイの帽子(プカオ)の製造工場である、プナパウだ。
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このあたりでとれる赤い岩でプカオが造られた、今も主のないプカオだけが散乱している。しかし、モアイ本体の製造工場であるラノ・ララクからは10数キロ離れており、何でこんな離れたところで造ったのかも不思議の一つだ。
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当院ホームページの院長プロフィールに使っている写真。後ろに並んだ15体のモアイがトンガリキのモアイだ。
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アフ・トンガリキの標識のそばには、何か古びたモアイが立っている。どこかで見たような。。。
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「千と千尋の神隠し」の「カオナシ」みたいなモアイが荒涼とした原野にポツンと立っている。
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トンガリキのモアイ。大小15体のモアイが海に背を向けて並んでいる。
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島内には色んなモアイがあるが、海に背を向けて立っているのは、ここトンガリキだけだ。
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ここにも倒れたモアイが一体。
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この15体のモアイには日本の技術が深く関わっている。
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香川県にある「タダノ」というクレーン会社が自腹で、倒れたモアイを起こし、修復するというプロジェクトを1991年に立ち上げた。
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台座の上に整然と並んだモアイたち。このトンガリキのモアイは日本との友好のシンボルだ。
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今ではイースター島で一番のシンボルになっている。
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こんな具合に、手乗りモアイ。
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初日の出の様子を何枚か。
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島の方角から、日の出はトンガリキ、夕日はタハイが美しい。
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海と雲と太陽が織りなす、早朝のスペクタクルショーだ
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日が昇ってきた。
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モアイ達がご来光を拝んでいるようだ。
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ラノ・ララクのモアイの風貌をもう少し。みんな、それぞれに個性がある。
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何か男前なモアイ。
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のっぽなモアイ。
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見る角度によって、雰囲気が変わる。
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この角度からみると、何かを訴えかけているような、悲しい感じがする。
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かなり朽ち果てたモアイ。
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倒れてしまっているものもある。
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何のために造られたのか?
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前倒れのモアイは、何か悲しい。
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朝と夕の陽の当たり方によっても表情を変える。
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同じ顔が二つ。
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影が伸びてきた。
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モアイの後ろ姿は、何か哀愁を感じる。
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海辺に15体のモアイが見えてきた。トンガリキのモアイだ、
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ここのモアイは唯一、海を背中にして立っている。
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荒波の前のモアイもいい感じだ。
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では、これからいろんなモアイ像を紹介していきたい。
まずはモアイの製造工場として知られる、ラノ・ララクから。
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ラノ・ララクの山が見えてきた。この山でモアイが造られ、運び出されていった。
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山肌に近づいていくと、斜面にポツポツと立つ物体が見える。
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ここがラノララクの入口だ。ここから山を登っていく。
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緩斜面に無造作に立つ物体。モアイだ。
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間隔も、向きもばらばらだ。
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倒れているモノもある。
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道しるべのようになっているモアイもある。
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ここのモアイには帽子が乗っていない。帽子は別の場所で造られたからだ。
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山の斜面から見下ろすと、島の地平線が拡がる。何とも荒涼とした景色だ。
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その先には紺碧の海が拡がっている。
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これがモアイの制作現場だ。
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斜面の岩肌を彫ってモアイを製造していく。
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できたモアイは斜面の傾斜を利用して、下に運ばれていくというシステムだ。なるほど。
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モアイはみな少し違った顔をしている。これが何とも癒し系で、ずっと見ていても飽きない。
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見る角度によっても違ってくるし。
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陽の当たり方によっても違ってくる。
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同じモアイでも、朝夕とでは違う顔をしているし、晴れた日と雨の日では全然違う顔をしている。
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顔の長い、典型的なモアイ。
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顔の短いモアイもある。」
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倒れかけ、寸止めのモアイ。
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うなじがかわいいモアイ。
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何とも落ち着いた光景だ、
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あごの張った、男前のモアイ。
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イースター島は周囲約60km、北海道の利尻島とほぼ同じ大きさだそうだ。島には三つの休火山がある。
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今回巡った島内の遺跡を地図で示してみる。島内唯一の村が青丸で示したハンガロアで、宿泊施設やレストランはこの地域にある。ここから島内をレンタカーで巡る。
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まずは島の最南端にあるオロンゴ岬へ。岩には文字のようなものが彫られてあり、眼下に見える島ではかつて鳥人儀式「鳥人レース」が行われていた。ここから岩山を駆け下り、海を泳いで、島に飛来する海鳥の卵を採って帰ってくるという過酷なレースであったらしい。勝った部族の長が1年間島の長となるというものであったらしい。
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反対側にはラノカウ火山の火口湖が拡がっている。
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湖面と海とのコントラストが美しい。
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片手にビデオ、片手にカメラのいつもの姿。
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次は「アナカイタンガタ」という洞窟へ。
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波打ち際にぽっかりと空いた自然の洞窟だ。
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断崖絶壁を階段で下りていく。
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洞窟の入り口だ。
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洞窟から海を見た様子。
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洞窟内には鳥の壁画がある(これが有名らしい)。「アナ・カイ・タンガタ」とは「食人洞窟」という意味らしく、鳥人レースの勝者が敗者を食べる「食人儀式」が行われたといわれる洞窟なのだそうだ。
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何とも荒々しい景色だ。
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この島が絶海の孤島であるということがわかる。
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再び南半球に戻って、今回からは、改めてイースター島をシリーズで紹介していきたい。
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イースター島は南太平洋の孤島。チリ領なのだが、首都のサンチャゴから空路6時間近くかかる遠い島だ。オランダ人がイースター(復活祭)の日に発見したので、この名前が付いたそうだ。ちなみにスペイン語では「Isla de Pascua (イスラ・デ・パスクゥア)」、現地の言葉では「ラパ・ヌイ」と呼ぶ。
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イースター島へのフライトはラン・チリ(LAN)航空がサンチアゴからとタヒチのパペーテから定期便を就航している。
基本的に日本からは、アメリカの主要都市を経由してサンチャゴに入り、乗り継いでイースター島へ向かうのが一般的だ。
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チリという国は、ドイツ系移民が多い影響なのか、ラテンの国の中では異質にきっちりしている国で、このLAN航空も意外と信頼性の高い航空会社だ。海産物も豊富で、ペルーで食べる寿司ネタのウニやサーモンはチリで採れる。また、日本企業が「和牛」も飼育しており、食材は非常に豊富な国なのだが、食事は残念ながら概して不味い。それもドイツの影響なのか?
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サンチャゴ空港のマッサージチェアでちょっと一休み。
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イースター島が見えてきた。
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浜辺が少なく、断崖絶壁の孤島であることがわかるだろうか。
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素朴な空港に無事着陸。
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空港にもモアイのレプリカが建っている。
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のんびりと歩いて入国審査へ進んでいく。
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ターンテーブルの前で荷物を待っている様子。麻薬犬が荷物をチェックする。
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この係官のように、原住民の人はチリ人というよりも、南太平洋のポリネシア人だ。
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空港の壁には独特の絵柄が描かれている。
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今回の宿は、島で唯一の日本人ご夫婦が働かれている、Taha Tai Hotel。
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海辺に面した、居心地のいいのんびりとしたホテルだ。
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庭にはあまり見たことのない、不思議な植物が生えている。
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美味しかった、ちぎって食べれるパイナップル。
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島内に公共交通機関はなく、ツアー会社の車かレンタカーが足となる。今回は自分たちのペースで島を巡りたかったので、このジープをレンタルした。日本車だ。
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街の中心部の様子。ここにもモアイのレプリカが。。
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街のレストランへ食事に。
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チリの食事は不味いと書いたが、ここイースター島の食事は意外といける。マグロなどの魚介類を美味しく調理してくれる。
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これはマグロのタルタル。結構美味しかった。
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今まで紹介したイタリア、スペインのスキー場とは比べものにならないが、もう一つ中欧スロベニアのスキー場を紹介したい。
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スロベニアはクロアチアやセルビアなどと同じく、旧ユーゴスラビアから分離独立してできた国で、今はEUの一員だ。
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地理的にはちょうどオーストリアの真下に位置する。今回はオーストリアから車で入国した。写真は国境の様子だ。
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まずはスロベニアの有名な景勝地、ブレッド湖を紹介する。首都リュブリャナから約50km、静寂に包まれた幻想的な湖だ。
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湖に浮かぶ島には、聖マリア教会があり、その姿が湖面に映し出されて美しい。後方にはアルプスの山々が連なる。
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対岸には、崖の上にブレッド城がそびえる。
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スロベニアの代表的なスキー場、クランスカ・ゴーラ。
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規模も雰囲気もどこか日本のスキー場に似ている。
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緩斜面が多く、家族ずれで賑わっていた。
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西はイタリアに接したお国柄か、食事も結構美味しかった。
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メルヘンチックな家を眼下に滑り降りて行く。
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ついでに訪れた、首都リュブリャナの街の様子を少し紹介する。リュブリャナはこぢんまりとして可愛い街だが、どこか重厚感がある。ちょうどクリスマス市をやっていた。
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待ちの繁華街全体がライトアップされて、クリスマスムードいっぱいだ。
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後方に青くらいとアップされているのが、リュブリャナ城だ。
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街を見下ろすよに、丘の上に建っている。
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クリスマス市には出店がいっぱい。これはヨーロッパのどの街もおんなじだ。
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綿菓子はどこも定番メニューだ。
次回からはイースター島を紹介する。
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新年あけましておめでとうございます。「ドクトル・イトウの地球の果てまで」も5年目に突入。そろそろエピローグとなるが、もうしばらくおつきあいいただきたい。
新年一発目は、ヨーロッパのスキー場の話題をもう一つ。前回のイタリア同様、食事のおいしい旅先として有名なスペイン。そのスペインでも、燦々と降り注ぐ太陽のイメージが強いスペイン南部のアンダルシア地方に、立派なスキー場があることはあまり知られていない。
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今回紹介するのは、「シエラ・ネバダ スキー場」。観光地として有名なグラナダから、バスや車で1時間程度でアクセスできる。美しい雪山が見えてきた。この辺りは3千メートル級の山々が連なる、シエラ・ネバダ 山脈だ。
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この写真は2月下旬のものだ。グラナダ市内は温暖だが、高度が上がるに従って、道が凍結してくる。
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麓の町に到着。ここで用具をレンタルして、ロッカーで着替える。非常にシステムが整備されている。
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ここからゴンドラで一気に雪山へ登って行く。
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「シエラ・ネバダ スキー場」はヨーロッパ最南端のスキーリゾートで、ワールドカップも開催されるレベルのスキー場だ。標高が高いので、雲の上のスキー場としても知られている。
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イタリアのドロミテ同様に森林限界を超えているので、樹木がなく、限りなく見晴らしがいい。どこまでもゲレンデが続いている感じがする。
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見下ろす景色からも、かなりの高地であることがわかるだろう。
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雪質もきわめて良好で非常に滑りやすい。ゲレンデが横に広いので、だいたいのコースは中級程度であれば滑れる。
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高速リフトが整備されていて、リフト待ちもほとんどない。非常に快適だ。
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そろそろ、昼食タイム。レストハウスが見えてきた。ここからの見晴らしをみても、雲の上のスキー場といわれるのがわかるだろう。
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イタリアほどではないが、ここの昼食もまずまずだった。
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グラナダの街に戻って、アルハンブラ宮殿の夜景を楽しむ。
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見所の多いアンダルシア地方の観光とヨーロッパ・スキーも楽しめる、欲張りなスペイン旅行は、院長一押しだ。
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クリスマスも近いので、舞台を再度ヨーロッパに戻して、スキーの話題を少し。欧米には有名なスキー場はたくさんあるが、スキーだけでなく。食事も楽しめ所は意外と少ない。そんな中で、院長イチオシのスキー場が、イタリアのドロミテだ。スキーと美味しい食事だけでなく、観光までも楽しめる。ミラノやベネチアから列車で現地に向かうので、帰路にこういったイタリアの主要都市を観光することが出来る、一石二鳥なスキー場なのだ。
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ドロミテはイタリアの北東にあり、東アルプス山脈の一部で、非常に広大な地域だ。コルチナなどが有名だが、今回紹介するのは「ヴァル・ガルデーナ (Val Gardena)」のオルティゼイという小さな街だ。何か日本の温泉街といった雰囲気だ。
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しかし、ゴンドラで山頂に登ると、そこにはとてつもなく広大なスキーゲレンデが広がっている。
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荒々しい茶色い岩肌と白い雪のコントラストが美しい。
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標高が森林限界を超えているので、樹木が無く、ゲレンデがどこまでも続く。ここが日本のスキー場と大きく違うところだ。
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雪質はサラサラのパウダースノー。何かスキーが上手くなったように錯覚するほど滑りやすい。
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レストハウスが見えてきた。イタリアスキーの魅力は何といってもスキーと食を楽しめるところ。「ゲレンデめし」と言っても、無茶苦茶美味い。いわゆるビュッフェスタイルではなくて、焼きたてのピザや茹でたてのパスタが楽しめる。まずはグラッパを一気のみで暖まり、料理を楽しんで、エスプレッソでしめる。エスプレッソには砂糖を入れるのがイタリア風。
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のんびりクルージングと言っても、延々と終わり無く滑れる。
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ヴァル・ガルデーナだけでもとんでもなく広くて、数日では楽しみきれないレベルなのだが、ここドロミテには「ドロミテ・スーパースキー」というとんでもないスキーパスがあり、とってつもなく広大なドロミテエリアをスキーで巡ることが出来る。
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ちなみに、ドロミテの一部は世界自然遺産に登録されている。このゴツゴツとした茶色く荒々しい岩肌が、何とも言えない雰囲気を作り出している。
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レストハウスのテラスで、ホットワインを楽しむのは至福の時間だ。
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日没が早いので、スキーは3時ぐらいで終わりにして、ホテルに帰る。多くのホテルには温水プールが付いていて、のんびり温泉気分を楽しめる。街には公共のプールもある。ホテルの夕食はイタリアワインと共に毎日コース料理を楽しめる。恐らくこういったスキーはヨーロッパでもイタリアでしか味わえない様な気がする。
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オルティゼイの村もクリスマス。
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この時期は、ヨーロッパのどの街もクリスマス市が開かれる。いわゆる日本の縁日の様なものだ。
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村の教会もライトアップされて、クリスマスムードを盛り上げる。
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ホットワインを飲みながら、露店をのぞいてみると。
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木彫りのお土産やクリスマス飾りで、見ているだけでも楽しくなる。
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今回は帰路にベネチアに立ち寄った。同じ感覚でミラノに立ち寄ることも出来る。
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ベネチアと言えば、やっぱりゴンドラ。
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カンツォーネを聞きながら、運河を巡る。
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マルコ・ポーロの生家があったりする。
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冬のベネチアは何か落ち着いていていい感じ。ゴンドラ越しにサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会。
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運河の街ベネチアの救急ボート。
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ベネチアのクリスマス。
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サンタはゴンドラでやって来る。メリー・クリスマス!
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メキシコシリーズの最終回は、有名なリゾート地、カンクンビーチ。
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メジャーな観光地ではあるが、海はきれいだ。
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今回宿泊したのは「Marina El Cid Riviera Maya Spa & Beach Resort」。カリブのリゾートホテルに多い、All inclusive タイプのホテルで、宿泊費に全ての飲食代、マリンアクティビティー料金などが含まれていて、施設内ではすべて無料というシステムだ。日本のリゾートホテルのように、お酒や一部のアクティビティーは別料金などという野暮なことはない。ホテル内にはいくつもレストランがあって、レストランではアラカルトやコース料理も注文でき。何を飲んでも無料だ。
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下の娘とシーカヤックに挑戦。もちろんこれも無料。
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エメラルド グリーンの海を、の〜んびりと。
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ホテルのビーチはほとんどがプライベートビーチ。オンシーズンでも混雑することはない。
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院長も昔取った杵柄で、ウインドサーフィンを。
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カリビアンヘアーに編み上げてくれるサービスもある。ビーズの色も好きなように選べる。
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カンクンの市街地、青い空と白い建物のコントラストが美しい。
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カンクンの夕日。
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そんなこんなでメキシコ編は終わりにしたい。
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翌朝ボートに乗り込み、いよいよジンベエザメに会いに出発だ。
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エメラルドグリーンの海を沖へ向かっていく。
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沖に出ると海の透明度は落ち、濁ってきた。ジンベエザメのエサであるプランクトンが豊富ななのだろう。
なんか鮫のようなひれが見えた。ジンベエザメだ。
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ちなみにジンベエザメは英語では「Whale shark」と書く。つまり「クジラのような鮫」。最も大きな鮫であり、最も大きな魚だ。
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背びれだけを見ていると、大きな鮫が近づいてきたのかと思ってしま。
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ボートを怖がることもなく、大きな口を開けて近づいてくる。
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この大きな口から海水を大量に取り込んで、プランクトンを濾し取ってエサにするらしい。
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いよいよジンベエザメとのランデブーに出発。
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ぷかぷか浮いていると、ジンベエザメの方から近づいてくる。
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手を伸ばせば、ジンベエザメに触れる。
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あっちからもこっちからも、どんどんジンベエザメが集まってくる。
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巨大なジンベエザメが自分たちに向かってくる。これは凄い!
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潜って水の中から見てみると、その大きさに圧倒される。遠いところを来てよかった。これは一見の価値がある自然のアトラクションだ。
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メキシコ旅行を計画している時、カンクンの近くにジンベエザメと泳げる島があるとの情報を得た。調べてみると、ジンベエザメが産卵のために集まってくるポイントだそうで、世界でもフィリピンとここの2カ所しかないそうだ。是非行ってみたくなった。
ユカタン半島の素朴な景色を見ながら、カンクンから車で3時間ほどでCHIQUILLA(チキーラ)の港に到着。そこからフェリーに乗って、今回の目的地、HOLBOX(ホルボッシュ島)へ向かった。
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本当に何もない、素朴な島だ。エメラルドグリーンの海、あまり見たことのない美しい色だ。
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地元の人達ものんびりムード。
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島の交通手段はタクシーではなくて、このカートだ。
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ゴルフ場のカートといった感じ。
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こんな感じで、カートタクシーはビーチを走っている。
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緑の海と白い砂浜しかない素朴な景色を見てると、本当に癒される。
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今回の宿はVillas Delphines。
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海側から見たホテル。
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素朴なバンガロータイプのホテルだ。
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バンガローにはコテージがついていて、
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ハンモックでのんびりすることも出来る。
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人影はほとんど無く、プライベートビーチのようだ。
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ここのサンセットは格別。
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カートも妙にマッチしている。
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いよいよ明日はジンベエザメに会いに行く。
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マヤ遺跡巡りの最後は、海辺の城塞都市、トゥルム遺跡を紹介する。
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カンクンから海岸沿いを車で走ること2時間弱で、トゥルム遺跡に到着。
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ジャングルのピラミッド遺跡を立て続くに見て、少々食傷気味であったところに、海辺の遺跡は新鮮だ。
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輝く太陽、青い海、青い空、緑の大地と遺跡のコントラストが美しい。
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ジャングルの遺跡とは違って、明るく開放的な空間を歩いて行く。
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海風の影響か、遺跡の保存状態はあまり良くない。
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遺跡の中央にある大宮殿。左後方は「エル・カスティージョ(城)」だ。
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大宮殿を別角度から。
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左端が「降臨する神の神殿」、中央が「エル・カスティージョ(城)」
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ビーチと断崖絶壁にある遺跡のコンビネーションがすばらしい。
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遺跡にあるみやげ物屋。入口には「チャックモール」が。
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遺跡内のATM。遺跡に調和するようにうまく工夫されている。
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今回利用したホテル、Hotel Cabanas Luna Maya。素朴な海辺に面したホテルだった。
マヤの遺跡シリーズはこれで終了。次回は、ジンベイザメと泳げる島へ向かう
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翌朝、朝焼けのティカルを撮影しようと、早朝から出かけた。
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ピンぼけで残念だが、月と1号神殿。
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朝霧に包まれたティカルは幻想的で、これはまたいい感じ。
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IV号神殿に登っては見たけれど、一面モヤに包まれていた。
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少し晴れてくると、ジャングルの中から突き出た、神殿の尖端が見えてきた。
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こんな日は観光客も少ない。現場で遺跡の修復作業をしているおじさん達と仲良くなってしまった。ティカル遺跡には日本政府からの文化無償資金協力が行われていることもあって、日本人と聞くと、えらく好意的に接してくれる。
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ティカル遺跡付近には宿泊施設が少なく、遺跡内に数カ所あるだけだ。今回の宿は「TIKAL INN」
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このホテル、夜は早くに電気が切れると書かれていたので心配していたが、なかなか雰囲気の良い、素朴なホテルだった。
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緑で覆われた、神秘的な「7つの神殿の広場」。
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まだ半分埋もれている遺跡。
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「失われた世界:ロストワールド」の神殿。
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この神殿は登ることができる。
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ハナグマの一種。遺跡内には多くの野性動物が生息している。ライオンの声の様に吠える、サルの雄叫びがこだましていた。
今回訪れたマヤのピラミッド遺跡の中では、やはりティカルが断トツにすばらしかった。
ここから空路、再びメキシコのカンクンへ戻る。
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メキシコのユカタン半島を、マヤの遺跡を巡って移動してきたが、最大規模のマヤの遺跡はメキシコではなく、隣国グアテマラにあった。一旦カンクンに戻り、空路グアテマラの都市、フローレスへ移動した。
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鬱蒼としたジャングルの中に、マヤの最大の神殿都市、紀元4世紀から9世紀頃にかけて栄えた、世界遺産"ティカル遺跡"はあった。
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今まで見てきたマヤの遺跡とは異なり、ティカル遺跡は、自然に近いままの姿で発掘されていた。
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グランプラサ(大広場)から見たI号神殿。
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I号神殿、別名ジャガー神殿。
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ティカル遺跡にはいくつものピラミッドがある。
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グランプラサ(大広場)の北側に、北のアクロポリスと呼ばれる神殿群がある。
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正面から見た、北のアクロポリス。
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グランプラサ(大広場)を挟んで、I号神殿の正面にII号神殿がある。
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IV号神殿に上り、ティカル遺跡を見下ろす。
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ジャングルから突き出た神殿の先。左奥がI号神殿、次がII号神殿。右端がIII号神殿だ。
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V号神殿。
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なかなか立派で、きれいなピラミッドだ。
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発掘される前はこんな感じであった。
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このV号神殿には登ることができる。
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ピラミッドの横には、かなり急な階段がついてあり、これを登っていく。
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結構キツイ。
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V号神殿の上から見下ろした景色。
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右端がI号神殿。ここからは少し異なった角度から、神殿群を見下ろすことができる。
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強い日射しの中での日中の見学を終え、一旦ホテルに戻って、夕暮れ時に再び遺跡に戻る。
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夕暮れ時の「魔法使いのピラミッド」
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こういった大きな遺跡は、日の出と夕暮れ時が、日中とはまた違った姿を見せてくれる。
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これから「音と光のレーザーショー」が始まる。
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尼僧院の中庭を見下ろす高台に、座席が用意されている。
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エジプトのピラミッドでも、同様のレーザーショーがあった。現地に宿泊しないと見ることが出来ない。
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当時は儀式の折りに、松明で照らしたのだろうか。
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光りが当たると、レリーフやモザイクがより鮮明に浮かび上がってくる。
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どんどん日が暮れて、真っ暗になっていく。
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音楽に合わせて、ライトアップが変わっていく。
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暗闇の中に、遺跡だけが浮かび上がる。
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「魔法使いのピラミッド」もライトアップされている。
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最上段の神殿が照らされ、階段の一段一段が、日中よりもよりはっきり見える。
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何とも幻想的だ。
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次はユカタン半島を西へ移動して、マヤ文明が最盛期にあった7世紀から10世紀にかけて繁栄した古代都市、ウシュマル(世界遺産)へ。
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ウシュマルといえば、この「魔法使いのピラミッド」。
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魔法使いが暖めた卵から生まれた小人が、一日で造ったと言われる。角が丸いのが特徴だ。マヤの数あるピラミッドの中でも、この丸いピラミッドは珍しい。
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他のピラミッドと同様に、上部に神殿がある。
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高さ36.5メートルの巨大なピラミッドだ。
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側面から。
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こちらが正面らしい。
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尼僧院の方角から、ピラミッドをのぞき込む。
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ピラミッドと他の建造物が繋がっている構造というのも珍しい。
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少し離れて見たら、こんな感じ。
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この遺跡の特徴である、プウク様式といわれる、ブロックを組み合わせた幾何学模様。
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雨の神「チャック神」。雨の少ないこの地方では、この雨の神を崇拝したらしい。
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これはウサギ??
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途中で毛のない犬に遭遇。このあたりでは「アステカ犬」と言うらしい。同じような犬がペルーにもいるが、ペルーでは「インカ犬」と言われる。体温が高く、抱くと暖かいので、暖房代わりに重宝されてきたとのことだ。
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高台よりピラミッドを望む。
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ジャングルから頭が飛び出したピラミッド。これが本来の姿なんだろうと思う。
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アーチから「尼僧院」の中庭をのぞく。
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中庭の四方に特徴的な建物があるが、保存状態はあまりよくない。
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上方から「尼僧院」の中庭を望む。
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「総督の館」。上部の壁面が見事なモザイクで出来ている。
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壁だけが残っている、「鳩の家」。
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やはり、マヤの遺跡にはイグアナがよく似合う。
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では、いったんメキシコシティーへ戻って、ユカタン半島のリゾート地カンクンへ空路移動。そこからマヤの遺跡をレンタカーで巡る旅をスタート。ユカタン半島は世界遺産の宝庫だ。
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まずは、カンクンから一番近い、チチェン・イッツァ 遺跡(世界遺産)へ。カンクンから車で2時間半程度だ。
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「カスティーヨ」(スペイン語で城の意味)と呼ばれるピラミッド。高さは24メートルあり、最上段に神殿がある。
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保存状態のいい、立派なピラミッドだ。でも、本来はジャングルの中にあったはずで、観光用にあまりにも整然と整備されているのが残念と言えば残念だ。この辺の雰囲気は、今後紹介していくウシュマル、ティカルのピラミッドを見ると、本来の姿が見えてくると思う。
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ピラミッド北面の最下段に、ククルカンという羽毛のある大蛇の姿をした神の頭がある。頭だけがあることに意味がある。
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ピラミッドの4面には9段の階層があり、各面に91段の階段があって、最上段の1神殿の一段を足すと、4 X 91+ 1 = 365段となり、暦をあらわしていることになる。
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春分の日と秋分の日の日没時、西日がピラミッドの階段側面に影をつくり、その陰がククルカンの頭とつながって、大蛇が姿を現す。9段の階層が作る影が、あたかも身をくねらせる胴体の様に見える。この現象は「ククルカンの降臨」と言われ、これを見るためにこの時期には大勢の観光客が押し寄せるそうだ。その様子はYoutubeでたくさん紹介されているので、一度見ていただきたい。
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こういった自然現象も計算に入れて建造されているわけで、この文明が非常に高度な天文学を持っていたことがわかる。
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ピラミッドの下で、パン!パン!と手をたたくと、ピラミッドにこだました音が、ピューン!ピューン!と電子銃のような音で返ってくる。これも面白い現象だ。これも計算されたモノなのだろうか。
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遺跡の中を散策する。これは高僧の墓。やはり階段の最下段にククルカンの頭がある。
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戦士の神殿と 千本柱の部屋
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これは何のために造られたのか。。
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金星の台座。
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カラコル(かたつむり)と呼ばれる天文台。
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これは尼僧院。
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こんなところにも、チャクモールが(生け贄を乗せる台座)。
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イグアナに遭遇。
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何か、遺跡とイグアナが妙にマッチしている。
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こんな蛇にも遭遇。
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セノーテといわれる「聖なる泉」。ユカタン半島に多数見られる、石灰地層が作る自然の井戸の様なもの。
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このセノーテはマヤの遺跡では最大のものであるらしい。
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遺跡内にある、土産物の露店。
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何処も同じようなものを売っているのだが、見ていて結構楽しい。
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仮面は特に面白かった。
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何処にでもある、パチモン。
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今回はメキシコシティーの北西370km、メキシコで一番美しい街と言われている、グアナフアトを紹介する。
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グアナフアトまではバスで約5時間。座席はゆったりして、リクライニングできる、中々快適なバスだった。
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途中、メキシコシティーの郊外を抜けていく。これは車のパーツ屋さん。ビートルのボディー部品などが山積みされている。何ともメキシコらしい光景。
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グアナファトに到着。街を見下ろすように、ピピラの丘と呼ばれる、小高い丘が街の正面にある。
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丘の頂上へは、年季の入ったケーブルカーで登っていく。
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丘の上からは街が一望できる。この街は銀山で栄え、一時は世界の銀の3分の1を産出していたと言われる。スペイン植民地時代のコロニアル建築が美しく、世界遺産に登録されている。
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カラフルに彩られた家がこの街の特徴。
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正面の緑のスペースは公園だ。木々が屋根のように茂っていて、その下で人々は思い思いの時間を過ごしている。
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街中の様子。
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テアトロ(フアレス劇場)だ。
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少し横道にそれると、こういったいい感じの空間がある。
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ヨーロッパ調の美しい街並みだ。中南米特有のごみごみした感じがなく、スッキリしている。
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これはグアナフアト大学、1732年にイエズス 会によって設立された、歴史的にも有名な大学。この階段やフアレス劇場を利用して、国際セルバンテス祭が毎年行われている。
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エストゥディアンティーナという、中世スペインの学生服を来て、セレナータを歌いながら夜の街を歩く楽団。ちなみに「エストゥディアンテ」とは「学生」の意味。
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カラフルな住宅街を歩いてみた。
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山肌に沿って街が広がっているので、坂の小道が多い。
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これは動物病院。看板がいけてる。
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この街のもう一つの特徴は「地下道」。街のいたるところに、こういった「地下道」への入口がある。
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「地下道」といっても単純な地下通路ではない。
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地下に石畳で出来た、自動車用の交通網が整備されている。
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基本的には自動車用だが、ところどころ歩道もある。
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この街でもう一つ有名なのが、このミイラ博物館(Museo de las Momias)。
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この地の特殊な土壌と乾燥した気候で、普通に埋葬したらミイラ化するのだそうで、100体近くが展示されている。
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服を着たままのミイラもあって、凄くリアル。一見の価値有り。
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商魂たくましく、お土産にミイラの形をした「ミイラ飴」が売っていた。
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街の胃袋、イダルゴ市場。中々立派な建物だ。
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教会風の建物の中には色んな店が出ていて、人でごった返していた。
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色とりどりの果物。
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カモテといわれる、サツマイモの原種の料理。
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トウモロコシの屋台
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双子の目玉焼きが2つ。これは珍しい、
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メキシコシティーの北東50kmに世界遺産「テオティワカン遺跡」がある。
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テオティワカンは紀元前2世紀から6世紀頃まで存在したといわれる、テオティワカン文明の巨大な宗教都市遺跡だ。ピラミッドが見えてきた。
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メキシコといえばサボテン。
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地元の小学生達が遠足に来ていた。
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これが「太陽のピラミッド」。
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「太陽のピラミッド」を裏側から。
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このピラミッドは、非常にいい状態で保存されている。
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「月のピラミッド」側から、「太陽のピラミッド」を望む。右側の通りは「死者の大通り」。
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もう少し寄ってみると。
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このピラミッドは頂上まで登ることが出来る。高さは65 mだが、元々2300mの空気の薄い中、この登りは結構きつい。
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頂上が遙か彼方に感じる。
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頂上から「月のピラミッド」を望む。
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少しずつ寄ってみて、
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これが「月のピラミッド」。頂上付近がかなり崩れている。
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真下からの「月のピラミッド」。
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「月のピラミッド」は途中まで登ることが出来るが、これもかなりの急勾配。
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途中から頂上を望む。
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「月のピラミッド」の上から、「太陽のピラミッド」と「死者の大通り」。
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下りもかなりの急勾配で、鎖を持ちながら下りていく。
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ケツァルパパロトルの宮殿の、ジャガーの壁画。
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ケツァルパパロトルのレリーフ。
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ケツァルコアトル神殿
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ケツァルコアトル(鳥と蛇の合体)のレリーフ。
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自分は美術館や博物館に、あまり興味がある方ではないのだが、リマの天野博物館と、この国立人類学博物館は、本当に印象深い博物館だった。
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各文明毎にセクションが別れて展示されている。ここは第7室、メヒカ(アステカ)の部屋。一番奥の丸い石が有名なアステカ・カレンダー「太陽の石」。
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この何とも奇妙な石像は、大地の女神、コアトリクエ。蛇のスカートをはき、頭は2匹の蛇が向かい合った顔をしている。
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これはジャガーの石像。なんか、かわいく感じてしまう。
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この何とも。。。なのは「死の神の司祭」。どうしても股間に目が行ってしまう。
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この何か怖そうなのは、ショチビリという「花の王子」なのだそう。イメージと名前が全く違う。。
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テオティワカンのセクションにある、ケツァルコアトル神殿のレプリカ。
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テオティワカンの月の神殿の前に建っていたという「水の女神像」
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オルメカの巨大人頭像
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花の形や唇の辺りが、黒人の様な顔つきに見える。これも謎。。
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こんな具合に発掘されたのだそうだ。
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チャクモールと呼ばれる人物像で、真ん中の皿のような場所に生け贄を供えたらしい。
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ここからはコミカルな土偶の数々。ほんとに見ていて飽きないし、謎がいっぱいだ。
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豊穣のシンボルである女性の土偶
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ペルーでも似たような土偶を見たような。
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「アクロバット像」と呼ばれる土偶だが、なんか人を馬鹿にしたような顔つきがおもしろい。
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退屈そうにも見える。
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高嶋政伸に似ている。
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何とも芸術的な、阿修羅男爵のような顔面像。
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これはいかにも東洋系の顔つき。
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何でこんな古代に中国人が??と考えてしまう。
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これはどうみても相撲の力士に見える。
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まわしをしめているようにも見える。そもそも原住民の体つきではないような。。。
この博物館ではほんとに、何で??と思うようなことにいっぱい出会える。記憶に残る博物館だ。
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まずは首都のメキシコシティーから紹介していこう。
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ラテンアメリカ最大の都市で、標高2240mの高地にある。地形が盆地状になっており、以前は大気汚染で悪名高かったが、自動車の排ガス規制が進んだお陰で,今はだいぶ改善されているようだ。
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街には高層ビルと古い街並みが混在している。
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旧市街は世界遺産に指定されている。
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街のシンボル、大聖堂。アメリカ大陸で最古かつ最大の大聖堂だそうだ。貫禄のある教会だ。
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中はいたってシンプルで上品だった。
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祭壇は重厚感のある造りだ。
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大聖堂は"ソカロ"と呼ばれる中央広場に面している。
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ソカロは歴史的にメキシコの政治的、宗教的中心となってきた。正面は国立宮殿(大統領府)だ。
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宮殿内の壁には、ディエゴ・リベラの壁画『メキシコの歴史』が描かれている。
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階段を上りながら見ていく。壮大なスケールの壁画だ。
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ソカロから一歩街中へ入っていくと、そこは中南米独特の街並み。
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何かゴチャゴチャしていて、危険な香りがして、でも、何か明るくて楽しい雰囲気だ。
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日用品の商店が中心で、大したものを売っているわけではないのだが、自分はこの雰囲気が結構好きだ。
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民族衣装で焼きトウモロコシを売ってるオバチャン。
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プロレスはメキシコの国技とも言われる人気スポーツ。露店でプロレスのマスクが売られていた。
メキシコは世界遺産の宝庫。マヤやアステカ文明の遺跡や美しい海など、見どころ満載の国だ。
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今回からしばらく、メキシコの世界遺産を中心に、メキシコの魅力と穴場を紹介していきたい。
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首都メキシコシティー、標高2240mの高地にある、ラテンアメリカ最大の都市だ。
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旧市街は世界遺産に指定されている。 ソカロ(中央広場)
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カテドラル(大聖堂)
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国立人類博物館。自分は美術館や博物館にはあまり興味が無いのだが、この博物館は結構おもしろかった。
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古代宗教都市遺跡、テオティワカン。月のピラミッド
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太陽のピラミッド
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"メキシコで一番美しい街"といわれるグアナファト
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銀山で栄えた街で、スペイン植民地時代の美しいコロニアル建築で有名で、世界遺産に登録されている。
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地下道の発達した、おもしろい街でもある。
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マヤ文明の遺跡、古代都市チチェン・イッツァ(世界遺産)。
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神秘的なピラミッドだ。
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ジャングルの中の都市遺跡、ウシュマル(世界遺産)
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丸みを帯びたピラミッドが特徴だ。
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遺跡の住人、イグアナも登場。
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夜のライトアップショーは、また違った魅力がある。
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カリブ海に面した城塞都市遺跡、トゥルム
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青い海とのコントラストが美しい。
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メキシコ観光の穴場、HOLBOX(ホルボッシュ)島。エメラルド色の海に囲まれた、素朴な島なのだが。
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この島の周辺は、ジンベイザメが集まってくる、世界有数の場所として有名だ。
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シュノーケリングでジンベイザメと泳ぐことができる。ほんとに大迫力だ。
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メキシコから一旦グアテマラに移動して、マヤ文明の都市遺跡、ティカル(世界遺産)を紹介する。
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鬱蒼としたジャングルの中にあり、マヤ遺跡の中では、群を抜いたスケールと神秘さを持っている。
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最後にビーチリゾートのカンクンに戻って。(写真は院長)
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キューバを紹介したついでに、カリブ海の隠れ家的な島を紹介したい。
サン・アンドレス島というコロンビア領の島だ。本国のコロンビアからは結構離れていて、中米ニカラグアの近くに位置する。
サン・アンドレスは島全体がTAX-FREEとなっていて、目抜き通りには、お酒や化粧品、ブランド衣料品などの店が並ぶ、買い物の島として知られている。
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そもそもリゾートとしては開発されておらず、素朴な島だ。有名チェーンのホテルなど無く、島で一番のホテルでもこんな具合で庶民的、ホテルの前の入り江が天然のプールになっている。
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桟橋に並んだデッキチェアで、日がな一日のんびり過ごす。
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でもここはカリブ海。何でもない入り江なんだが、シュノーケリングでいろんな珍しい魚を見ることができる。"さかなクン"のトレードマークの「ハコフグ」なんかも泳いでいる。
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島の周囲にはきれいなビーチがある。
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非常に遠浅で、遙か向こうにある岩礁まで、歩いて行くことができる。
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島自体は素朴でも、その周囲にはとんでもなく美しい海が広がっている。本当に綺麗なエメラルドグリーンの海だ。
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島の近くにある、珊瑚礁でできた小島(ジョニー・キー)に渡るエクスカーション。
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簡単な飲食施設があって、ここではシュノーケリングを楽しむ。
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透明度の高い海だ。
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ビーチに移動して、
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のんびりお昼寝タイム。豪華さはないが、素朴でのんびりした雰囲気。
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そこで見つけた、おもしろいオバチャン。
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スイミングキャップに水中めがねが、なんかおもしろい。なぜかひとりで、ひたすら携帯をいらってた。
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しまいには寝てしまった。
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ボートで少し沖に出ると、こんな綺麗なリーフが広がっている。
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よく見るとエイが泳いでる。
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あちこちにたくさん泳いでいる。
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野人のようなおじさんが、エイを捕まえて、触らせてくれる。ちなみにエサは肉だった。
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もう一つのエクスカーション。Cayo Bolival(カヨ・ボリヴァル)というかなり遠くに離れた小島まで、スピードボートで行くというツアー。
恐らく人生で一番怖い思いをした乗り物であったかもしれない。高波に逆らって飛び跳ねるように高速で突き進む。悲鳴のような声が轟き、数分で限界を感じたが、それが1時間以上続いた。本当に泣きそうになってしまった。
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でも、その先には天国のような島が待っていた。
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本当に何も人工物のない無人島。
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海と空と白い砂浜しかない世界を、しばし楽しんだ。こういった島は、観光ではなかなか行けるモノではない。
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ただし、帰りもこの恐ろしいボートに乗らなくてはいけない。
次回からは、メキシコの世界遺産を巡る旅を紹介していく。
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キューバへは、コパ航空を利用してパナマを経由したので、帰路の乗り継ぎ時間を利用して少し立ち寄った。
パナマと言えばパナマ運河。スエズ運河と共に、名前だけはよく知っている。そのパナマ運河を見に行くことにした。
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海岸線の道路から、パナマシティーのビル群が見えてきた。
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新市街は高層ビルが立ち並び、なかなかの都会だ。この国は、パナマ運河のお陰で中継ぎ貿易や金融で栄えており、日系企業も多く進出している。
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旧市街はやはりコロニアルな雰囲気。
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結構立派な大聖堂
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こじんまりとしているが、なかなかいい感じの旧市街だ。
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とにかく暑い。人影もまばらだ。日中に出歩く人はあまりいないのだろう。
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かき氷の屋台
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いろんなシロップがあって美味しそう。灼熱のパナマによく似合ってる。
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生活臭のする街並みだ。
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これがパナマ運河のミラフローレス閘門(こうもん)。ここにはビジターセンターがあって、パナマ運河の仕組みを学ぶこともできるし、展望台からパナマ運河を通過していく船の様子を見ることができる。
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パナマ運河は大西洋と太平洋を結ぶ水路で全長80km。以前はアメリカ東海岸のニューヨークから西海岸のサンフランシスコへ行くのに、南米大陸の南端、マゼラン海峡をぐるりと廻る必要があったが、パナマ運河ができてからは航程が3週間短縮したそうだ。
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パナマ運河の幅は約30m、大型の船が壁ぎりぎりに通過する様子が、迫力満点だそうだが、今回は残念ながらこの小型ヨットだった。
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船が通過し終わると後ろの水門が閉まる。
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パナマ運河の仕組みは閘門(こうもん)式といわれていて、水門を開け閉めすることによって、水位を変えて、船を上げ下ろしする仕組みだ。太平洋と大西洋の水位はもちろん同じだが、パナマ運河自体に高低差があって、海抜26mにあるガトゥン湖まで水位を上げ、また通過後に水位を下げる必要がある。
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こんな具合に水門が開閉する。
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向かって右の水位の高い方から船がやって来て、3段階で水位を下げていく。
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船が通過後に後方の水門が閉まり
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徐々に水位が下がっていく。
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外の水位と同じになったら、
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水門が開いて、
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船は無事に閘門を通過して、外に出て行く。
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では、キューバの有名なリゾート地、ヴァラデロへ陸路移動する。
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途中に休憩で立ち寄ったドライブイン? 観光客目当ての楽団が演奏を始める。
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ヴァラデロは各々のホテルがプライベートビーチを所有していて、人気も少なく、のんびり、ゆったりしている。
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まさしく、エメラルドグリーンの海が広がっている。
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水の透明度も高い。
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ビーチにはこんなみやげ物の出店が出たりしている。
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今回宿泊したのはスペインのMERIA系列のホテル、"PARADISUS"。
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ヴァラデロのリゾートホテルの中では上の下くらいのクラスだ。
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部屋はコテージ風で、中はとにかく広い。
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ヴァラデロのホテルはオール・インクルーシブ制がほとんどだ。つまり、ホテル内は飲み食いの他、マリンアクティビティーもすべて無料なのだ。
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よく似たシステムの所は他に色々あるが、たいていはアルコールやジェットスキーなどは別料金であったりする。ここでは全て無料だ。しかも、レストランはビュッフェだけでなく、本格的なイタリアン、フレンチ、鉄板焼のレストランがあって、何を頼んでも、何を飲んでも無料なのだ。これには驚いた。
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プールもゆったりしていて落ち着く。
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ハバナのマーケットの様子を紹介したが、この国は慢性的な物資不足だ。なのに、このヴァラデロのホテルにはモノが溢れている。味の善し悪しは別として、朝食バイキングにはステーキまであって、自分が今までに泊まったどのホテルよりも、豪勢だった。
ジャグジーの後ろにはボトルのシャンパンが冷えていて、それももちろん無料。ほんとに不思議な国だ。
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ビーチもこんな具合で、ゆっくりと時間が流れる。
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バナナボートなどマリンアクティビティーもすべて無料
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ほんとに自分のしたいように楽しめるリゾートだ。
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子供達にはこんなアクティビティーも。
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口が縛ってあるのが、何ともリアルだ。
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院長も昔取った杵柄で、ウインドサーフィンを。
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子供はすぐに友達を作れるので羨ましい。
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カリブ海のリゾート地では、こんな具合に髪の毛を結ってくれる。後で外すのがたいへん、たいへん。
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海辺のチャペルで結婚式が行われていた。何とも贅沢。
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日が沈んできた。
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のんびりとした雰囲気でのサンセット。
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まだ泳いでいる人もいる。
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白いチャペルが夕日色に染まってきた。
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海に日が沈んでいく。
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印象的なサンセットだった。
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車に興味のない人には申し訳ないが、ハバナはクラシックカーの宝庫のような街。ちょいと、街の車の様子について書いてみた。
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アメリカの庇護の下、スペインから独立し、その後に車を始めとしてアメリカ文化がどっと入ってきた。そして、1959年のキューバ革命以後、時間が止まっている。
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島国であるが故に、1950年代のアメリカ車が今も現役で走り続けている。
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その光景が街の様子と妙にマッチしている。
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まさに、アメリカン・グラフィティの世界。
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こんなタクシーが走っていたり。
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きれいに手入れしたオープンカーが走っていたり。
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故障して、ボンネットを開けていたりと、ほんとにおもしろい。
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きれいに手入れされた車たち。
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この時代のアメリカ車はとにかく大きく、派手。
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ピンクのタクシー。
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リアの形が独特だ。
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似ているようで、少し違う。
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顔の表情のように、皆違う顔をしている。
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この車は特にきれいに手入れされていた。
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リアの感じが、また独特だ。
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こんな派手な塗装もよく似合う。
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車がどんどん大型化していった時代。大きいことがかっこよかったのか。
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この辺から、ぼろっちい車たちを。。。フェンダーミラーに何故かベンツのマークが。
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モクモクと排気ガスを吐きながら、とにかく、現役で走っている。
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これはLADAだろうか?ソ連や東欧でよく走っていた車だ。
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ボンネットを開けて、何やら修理している。こんな光景を街のあちこちで見かける。
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今の車と違って、何か、愛嬌がある。
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瀕死の状態の車も。。。
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サイドカーもよく見かける。
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こんな感じで街を走っている。
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観光用のこんなカワイイのも走っている。
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ハバナの観光スポットについてもう少し。観光はキューバの重要な産業、物資の少ない国内事情とは真逆で、贅沢に観光客をもてなす。
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キューバと言えば、革命家「チェ・ゲバラ」。彼はアルゼンチン人だが、キューバ革命での活躍とその格好良さから、キューバでは英雄。ちなみに彼は医師でもある。チェ・ゲバラのTシャツはおみやげの定番。自分も買ってしまった。
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もう一つ、キューバと言えばシガー、葉巻だ。COHIBA(コイーバ)やパルタガスなど、世界の一級品がここで造られている。自分は既に禁煙していたので、買うことは無かったが、その値段の高さに驚いた。
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そして、ラム酒。スペイン語では「ロン」と読む。キューバのロンは何といっても「HABANA CLUB」。自分はロンが大好きなので、その博物館へ行ってみた。
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安いモノから、15年以上熟成されたものまで、色んなHABANA CLUBがある。
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昔の工場の様子がジオラマで展示されている。
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HABANA CLUB博物館の隣にある、バー「DOS HERMANOS」。ここでモヒートを飲んで、格好つけてみる。
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現代と昔が入り混じって存在する街、ハバナ。こんな光景は世界中探しても、ここにしかないだろう。島国だからガラパゴス的にこうなったのだろう。奥に見える赤いバーが、有名な「ラ・フロリディータ」
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「ラ・フロリディータ」は文豪ヘミングウェイ行きつけのBARとしても、フローズン・ダイキリ発祥のバーとしても有名。
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中の様子はこんな感じ。
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ヘミングウェイがいつも座っていた、カウンターの一番奥の席には、今もヘミングウェイが座っている。
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夜の旧市街はライトアップされて美しい。
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キューバの誇るエンターテインメント。夜のハバナを彩る、キャバレーショー。
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その二大キャバレーが、「Hotel Nacional de Cuba」と「Tropicana」。まずは「Hotel Nacional de Cuba」から。
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ここはホテル内にある屋内ステージでのショー。
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ラテン音楽と踊りに酔いしれる。
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もう一つのキャバレー「Tropicana」。ここは大きな屋外ステージ。
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豪華絢爛とはこのことか、素晴らしい踊り。
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物資不足のこの国で、美味しい酒を飲みながら、華麗なショーを楽しむ。このギャップがほんとに不思議。
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「Tropicana」のおみやげ袋にはシガーが入っていた。
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では、ハバナ旧市街の様子を紹介していきたい。
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旧市街の目抜き通り、奥に見えるドームの建物は旧国会議事堂。ワシントンD.C.の連邦議会議事堂を模して作られたそうだ。
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ガルシア・ロルカ劇場。
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こんなクラシックカーが現役で街を走っている。
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ハバナ大聖堂。バロック建築の教会で、左右の塔の高さが異なるのが特徴だそうだ。
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中心部から少し離れるとこんな感じ。
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ホテルの窓から旧市街を眺めた様子。車好きにこの景色は堪らない。今様なただの古い車、化石の様な車、思わず写真を撮りたくなるクラシックカー、皆普通に走っている。
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人力タクシーも一緒に走っていて。
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こんな、わけのわからない車まで走っている。何とも面白い。
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これが、所謂、化石のような車。現役で走っている。
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人力タクシーもひと休み。
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このトレーラーのような長い車は?これには驚いた。これは市民の足のバス。もの凄い人数が一度に乗り降りしていた。
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では、もう少し市民の生活の姿をのぞいてみよう。下町の住宅街に入っていった。
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ハバナ市民は皆、こういったアパートに住んでいる。
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バルコニーから生活の匂いがする。
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何気にサイドカーが走っていたりする。これも日常の光景。
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「ならずもの国家」などと、北朝鮮と同じように言われているが、ここにはゆったりとした時間が流れていて、市民の顔は皆明るい。
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こんな下町を一人歩きして、特に危険は感じなかった。アメリカでは考えられないこと。日中の治安は概して良好だ。
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バルコニーに干された洗濯物が、何かいい感じ。
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バルコニーから何やら声をかけてきたおばさん。
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隣のおばさんとバルコニー越しにおしゃべり。
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夕暮れ時になってきた。
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カストロを称えるペナントが。
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街のスーパーマーケットをのぞいてみた。これにはさすがに驚いた。
これは肉売り場。あんまり美味しそうに見えない豚肉が。。。たったこれだけ??
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タバコもショーケースの中にこんな感じで陳列されていた。
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その隣には、なぜか子供用の歯ブラシが。
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リボン飾りも同じようにショーケースの中に。
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その隣には何故か、鍵やケーブルも。。。わけがわからない。とにかく物資は不足している様子。何かスーダンの様子が蘇った。
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おじいさんと子供たちが何かを楽しんでいる様子。「射的」だ。何だか懐かしい。
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バットにグローブ引っかけて、日本では何でもない野球少年の姿。でも、中南米ではすごく珍しい光景。そもそも野球というスポーツがメジャーな国は世界できわめて少ない。中南米でもヨーロッパでも凄くマイナーなスポーツだ。
何といってもメジャーなのは、やはりサッカー。ボール一つで大勢が楽しめるというのが、貧しい国でも受け入れられるのだろう。野球は道具が必要だ。野球で有名なキューバ。これはアメリカの残した大きな遺産だろう。カリブの国では他にドミニカ共和国やオランダ領の島などが有名。ワールド・ベースボール・クラシックでオランダが出てくるが、本国のオランダではなくて、カリブ海のオランダ領の島々の選手達なのだ。
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空き地で野球に興じる子供たち。全力で投げて打っている。ボールはどんな球なのと尋ねてみると、なんとガムテープを丸めたモノだった。遊びの知恵というのは凄いと感動した。この中から将来の大リーガーが出るのかも知れない。
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またまた中南米に戻って、今回からはカリブ海の島国、キューバを紹介する。北朝鮮などと並んで「ならず者国家」などと呼ばれ、アメリカとは犬猿の仲、すごく近くて遠い国だ。親米国の日本からも、なんか遠くに感じる国だ。
現地通貨への両替も米ドルは手数料が高く、カナダドルやユーロで持って行くのが現実的で、アメリカ系のクレジットカード、アメリカン・エクスプレスは使用できない。
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アメリカからこんなに近いにもかかわらず、アメリカからの商用航空路線はなく、カナダやメキシコ、パナマなど、アメリカ以外の国を経由して行くことになる。
こう書くと、なんてやっかいな国だと思われるのだが、アメリカ以外の国からは非常にメジャーな旅行先で、観光は砂糖産業と並んで、この国の大きな産業なのだ。
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空港には色んな国旗が掲げてあったが、アメリカ合衆国は見あたらなかった。右奥に北朝鮮はあった。
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では、キューバの首都で世界文化遺産に指定されているハバナ旧市街を紹介する。
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ホテルから街を見下ろすと、何かタイムスリップしたかのように感じる。何がそう感じさせるのか、それがこの国の魅力なのであるが、それはこの国が歩んできた歴史的背景にある。
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スペインの植民地として、砂糖産業で発展し、中南米の植民地と本国スペインを結ぶ中継地として発展した。
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その後、アメリカの力で独立し、アメリカの庇護の下に発展したが、政権は汚職で腐敗し、1959年に起きたカストロらによるキューバ革命で社会主義国家となり、米国と断絶することになる。
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つまり、スペイン植民地下でコロニアルな街が形成され、その後に自動車やジャズなどアメリカ文化が急速に流入し、1959年で止まった。街はその、止まったままなのである。
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ビルは老朽化し、屋上には新たな生活の場が出来ている。
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ハバナ旧市街には、観光用の馬車が行き交っている。
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旧市街の建物はなかなか立派。
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古びた建物が、いい雰囲気を醸し出している。これがキューバの魅力なのかも知れない。
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馬車で優雅に街を見て回るもよし、人力タクシーもよし。
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古びたスペイン統治時代の建物があちこちにある。
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世界遺産への登録名は「ハバナ旧市街とその要塞群」。海賊や外国からの攻撃に備えるために四つの要塞が造られた。その一つ「フエルサ要塞」。
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では、街の中心部を歩いてみよう。こんな具合で、古いビルの間の路地といった感じの通りが入り組んでいる。
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こんなオンボロなサイドカーが現役で走っていて、嬉しくなってくる。
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きれいに手入れされたモノもある。
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アルマス広場の青空市には年季ものの本が並んでいた。
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商店のウインドーには、革命やカストロ議長(当時)を祝う、政治的なポスターが貼られていた。こんなところはロシアと同じだ。
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青空市では、こんな軍帽がおみやげに売られている。
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キューバのもう一つの産業が「医療」。キューバは「医者」を旧共産圏の国々に輸出している国だ。確かに自分はポーランドの病院で働くキューバ人医師にあったことがある。その医療レベルは計るすべがないが、医学教育に力を入れているというのは確かなようだ。この女性は本物のナースなのかコスプレなのかはわからない。
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海側に出て、これはモロ要塞。
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この風景に異様にマッチするおじさん。
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海岸線沿いのマレコン通りの夕暮れ。波しぶきが道にまで溢れてくる。
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知らずに立っていると、ずぶ濡れになってしまう。ハバナの有名な光景だ。
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夜は古い建物がライトアップされて、また違った雰囲気を醸し出す。
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今回は、ロシア料理から。
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サンクトペテルブルグのレストランが発祥ともいわれている、「キエフ・チキン」。キエフ風カツレツなどとも呼ばれ、チキンカツの中にたっぷりのガーリックバターが入って、切ると中からバターが流れ出てくる。キエフとは、今混乱しているウクライナの首都の名前。でもウクライナ料理ではないようだ。
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もう一つ、ロシアの代表的な料理、ビーフ・ストロガノフ。細切り牛肉の野菜炒めにサワークリームを合わせた料理で、ストロガノフ伯爵家の名前が起源と言われている。
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なにげに停まっていた、「動く公衆トイレ」。これはけっこう珍しい。
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ロシア正教の教会、聖イサク大聖堂。金色のドームが美しい。
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ピョートル大帝像と聖イサク大聖堂
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イサク広場から並木越しに眺めた聖イサク大聖堂。
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中に入ってみると、その重厚感と荘厳さに圧倒される。
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今までいろんな教会を見てきたが、この教会は特に美しい教会だった。
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局面を多く取り入れて、壁画と模様のなすコントラストが美しい。
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特に、内側から眺めたドームはすばらしい。
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ライトアップされた大聖堂
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では、サンクトペテルブルグ観光の目玉、エカテリーナ宮殿を紹介する。
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その名の通り、ピョートル大帝の后であったエカテリーナ1世に由来した、ロココ調の宮殿で、サンクトペテルブルグ郊外にある。ベルサイユ宮殿を模して造られたなどと言われている。
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舞踏会が開かれていた大広間
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何から何までキンキラキン。
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立派なデルフト焼き(オランダ)の暖炉。これだけで美術品だ。
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壁のレリーフが美しい。
でも、エカテリーナ宮殿を見学していて、なんか違和感を覚えたのは自分だけだろうか。なんかどこかで見たような。。。というものが多い。つまり、西欧の建築様式、美術品、調度品を金に飽かせて集めたという感じで、ロシアらしさというか、何かオリジナリティーを感じなかった。
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有名な「琥珀の間」
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壁が全て、琥珀でできている。
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第二次世界大戦中、琥珀がドイツ軍に持ち去られ、琥珀の間は失われていたが、2003年に復元されたそうだ。
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市内に戻って、周囲とは変わった雰囲気の教会、「血の上の救世主教会(スパース・ナ・クラヴィー教会)」を紹介する。
変わった雰囲気と言うよりも、むしろロシアらしい雰囲気がする教会といった方がいいかもしれない。逆に、他の建築物が西欧の模倣で、むしろロシアらしくない様な感じがする。
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この教会は暗殺された皇帝、アレクサンドル2世を弔うために建てられたそうだ。
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見る方向によっていろんな見え方のする、本当におもしろい建築だ。
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ロシア革命によってソ連となってからは、教会は閉鎖され、第二次世界大戦中は野菜倉庫として使われたそうだ。教会自体も数奇な歴史を歩んでいる。
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「ドクトル・イトウの地球の果てまで」も、とうとう100回目を迎えた。クリニックの開院と同時に始めて、足かけ3年4ヶ月だ。最近では、「先生、ブログ読みましたよ!」と声を掛けて下さる方もいて、嬉しい限りである。まだまだ書きたい事は残っているので、もうしばらくお付き合い願いたい。
中南米編へ戻る前に、もう少しヨーロッパを寄り道して、ロシアを紹介しようと思う。
ソチ・オリンピックで沸いたロシアだが、旅行で行くにはビザが必要であったり、他の西欧諸国を旅するようにはなかなかいかないことも多い。今回はロシアの古都、サンクトペテルブルグを紹介する。
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サンクトペテルブルグはネヴァ川の河口に、帝政ロシアのピョートル大帝によって1703年に築かれた人工都市である。ロシア帝国の首都であり、ソ連時代はレニングラードと呼ばれた。
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街には運河が発達しており、街並みは西欧風だが、教会などはロシア独特だ。
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地下鉄も整備された大都市だが、未だに懐かしいトロリーバスが走っており、共産圏らしい雰囲気だ。
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旧海軍省の建物
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川には船が行き来して、ここが港湾都市であることがわかる。最近は日本企業が進出していて、トヨタ、日産、スズキが大規模な自動車工場を稼働させている。
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港町独特の雰囲気が漂う。
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対岸に見えるのは、ペトロパヴロフスク要塞だ。歴史上、この地はスエーデンが支配していた時期があり、ロシア帝国がスエーデンから奪い返したこの地を防衛するために造った要塞だ。
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川縁は市民の憩いの場所になっている。
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モスクワ・オリンピックのマスコットは子グマの「ミーシャ」であった。子グマが見世物になっているところが、ロシアらしい。チップを払えば抱かせてくれる。
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西欧風の落ち着いた街並み。ソ連時代の無機質な建物とは雰囲気が異なる。
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広告に混じって、政治的なスローガンが掲げられている。
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今ではアメリカ文化の象徴であるマクドナルドも、当たり前のようにある。
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「ソ連」をイメージするような軍服を着たおじさん。
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郊外にでると、「ソ連」らしい、無機質で無表情な団地がならんでいる。
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終わること無く、延々と続いていく貨物列車。
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では、街の名所を紹介していきたい。まずは何と言っても、世界三大美術館の一つ、エルミタージュ美術館だ。
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ネヴァ側に面して建つ、美しく堂々とした建物だ。
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元々は、女帝エカテリーナ二世の、自ら買い集めた美術品の展示室であったらしい。現在のエルミタージュ美術館は王宮であった冬宮と三つの離宮、劇場から成る。
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冬宮は美術館というより、宮殿そのもの。有名な「大使の階段」
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紋章の間
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謁見の間
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「1812年戦争の画廊」と呼ばれる通路で、両脇に1812年戦争の将軍の肖像画がかけられている。
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通路も重厚感がある。
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エルミタージュ美術館の裏側は広場になっており、宮殿広場と呼ばれている。中央にはナポレオン戦争の勝利を記念して造られた、高さ47.5mのアレクサンドルの円柱がそびえている。
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エルミタージュ美術館の反対側には旧参謀本部の建物とアーチが広場を囲むように建っている。
日露戦争の時に起こった、「血の日曜日事件 (1905年)」が起こった広場としても有名だ。
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アーチから広場を望む。
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前回で紹介したアウシュビッツ博物館の様子を見て、映画などで見るアウシュビッツのイメージとずいぶん違うな、と思われた方も多いのではないだろうか。
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実はオシフィエンチム(アウシュビッツ)の郊外に第2アウシュビッツと呼ばれる、もう一つの収容所、ビルケナウ強制収容所があるのだ。写真右下角にある「AUSCHWITZ I」と書かれた施設が、前回紹介した元々のアウシュビッツ強制収容所で、元はポーランド人政治犯やソ連兵捕虜が収容目的であったので、施設もあまり大きくはない。その後、アウシュビッツの目的がユダヤ人の大量虐殺となり、ユダヤ人を大量に収容し、「処分」する施設が必要となって、近辺の広大な敷地に粗末な収容施設が急造された。写真左の破線で囲まれた施設「AUSCHWITZ II」はそのビルケナウ強制収容所(第2アウシュビッツ強制収容所)だ。
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貨車に詰め込まれたユダヤ人達が、列車ごと施設の中に運ばれていく。映画でよく目にするワンシーンだ。
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アウシュビッツでは学生らしき集団をよく目にする。イスラエルから来た学生達だ。彼らは修学旅行のようにこの地を訪れ、先祖達が受けた苦難を学ぶらしい。
一つ興味深い話を聞いた。こういったユダヤ人学生のグループには必ず、セキュリティー(警護員)が同行しているといのだ。我々からは理解できない感覚だが、今もなお、そういった恐怖感や危機意識を持っていると言うことなのだろうか。イスラエルという国が、セキュリティーの非常に発達した国である意味が少しわかった様な気がした。
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大半の収容施設は壊されて今は残っていない。
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収容施設であったバラックが一部に残っている。前回紹介したレンガ造りのアウシュビッツとは比べものにならない、粗末な建物だ。この施設でむかえる冬のビルケナウは、想像を絶する寒さであっただろう。
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もちろん、収容所の周囲は鉄条網で囲まれている。
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ビルケナウが、いかに広大な敷地であるかということがわかるだろうか。
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ドイツ軍が敗北し、証拠隠滅のためにガス室は爆破され、今は残骸だけが残っている。
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運命を分けた、二手に分かれた線路。
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労働力になる者は収容され、子供や老人、病人など労働力にならない者達は、そのままガス室送りとなった。
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これがトイレだ。
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映画「シンドラーのリスト」で、子供がこの中に隠れていた様子は印象的だ。
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収容者達は粗末な三段ベッドに詰め込まれていた。
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当時の様子だ。
もう一つ興味深い話を聞いた。このアウシュビッツ博物館やビルケナウ強制収容所の施設維持管理に、ドイツ政府が今もなお費用を負担しているというのだ。自らの戦争責任を明白にし、今もなおその賠償を続けている。この辺は日本の韓国や中国に対する対応と少し異なるような気がする。
なかなか書けなかった題材を敢えて書かしていただいた。こういった感想や評価は人によって異なるのであろう、しかし、人類史上で最も残酷な行為が、組織的に理路整然と行われていた場所であったことには違いない。人間にはこういったことが出来る恐ろしさがあることを、我々は認識しなくてはならない。
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ポーランドの古都クラクフから約60km離れたオシフィエンチム市(ドイツ語名:アウシュビッツ)に、悪名高きアウシュビッツ強制収容所がある。クラクフから車で1時間ほどの距離だ。恥ずかしい話であるが、自分はポーランドに赴任するまで、アウシュビッツがポーランドにあるとは知らず、ドイツ国内にあるものだと思っていた。
この強制収容所は今は「アウシュビッツ・ミュージアム(博物館)」となり、当時の記録や資料が多く展示してある。
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これが有名な収容所の入口だ。中には、重厚なレンガ造りの建物が並んでいる。冬に訪れる収容所は、特に重たい空気を感じる。
この「アウシュビッツ・ミュージアム」には二つの顔がある。一つはホロコースト(ナチス・ドイツが組織的に行った、ユダヤ人などに対する大量殺りく)の悲慘さを後世に伝える博物館としての顔、もう一つの顔は犠牲になった方々の「お墓」だ。こういった意味から、入場には二つの方法がある。ガイド(ポーランド語、英、仏、独、西、日)を頼んで説明を受けながら見て回る場合には、ガイド料と入場料が発生する。ガイドを頼まずに入場する場合は無料なのだ。「お墓参り」に入場料は不要という考えだ。
自分はこのミュージアムに5回ほど訪れた。ポーランドに訪ねて来た友人達は皆一様に、行くべきかどうか迷っていた。興味本位で訪れる場所ではないが、見ておかなくてはならない場所だからだ。
最初に訪れたときはガイド無しで見て回った。2回目に訪れた際にガイドを頼んで説明を聞いていると、前回の訪問時に自分なりに解釈していたことが、あまりに間違っていたことに愕然とした。
「アウシュビッツ・ミュージアム」には外国人で唯一、公式ガイドの資格を持った日本人の中谷剛が働いておられる。我々はありがたいことに、日本語でガイドしてもらうことができるのだ。この地を訪れる方は是非とも中谷さんにガイドをお願いするべきだ。
アウシュビッツに子供を連れて行っても良いかという質問をよく受けた。残酷な映像に子供がショックを受けるのではないかと心配するからだ。中谷さんは、次代を担う若者に是非とも見て欲しいと言われていた。小学校高学年ぐらいの子供達からは是非とも見せるべきではないかと自分は思う。
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入口には"ARBEIT MACHT FREI"、ドイツ語で「働けば自由になれる」と記されている。"B"の文字が上下逆さまのように見えるが、これは、これを造らされた囚人達の抵抗の証だとする見解がある。
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この図は、ヨーロッパ全土からこのアウシュビッツの地へユダヤ人達が運ばれてきたことを表している。
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このアウシュビッツ強制収容所は、ナチス占領下で、当初はポーランド人政治犯の収容所として建てられたが、徐々にその目的が変わっていき、ユダヤ人の大量虐殺施設へと変貌していく。
写真は収容所に送られてきた人々の様子。女性や子供も多く含まれていた。労働力にならない、女性や子供、老人達はすぐにガス室に送られたそうだ。
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収容所に到着した人々を歓迎して開かれる演奏会の様子。演奏していたのは囚人達で、恐ろしいデモンストレーションだ。
この地に送られてくる人たちは、新しい生活の場を求めてやってきたわけで、殺されるとは思っていなかった。
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収容所の周囲には鉄条網が張り巡らされている。
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冬の収容所内はモノトーンの世界でもの悲しい。
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夏は緑が生い茂る。
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見張り台と所々にあるどくろマークが恐ろしい。
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収容者達が着せられていた、縦縞の囚人服
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この地で犠牲になった方々の写真と名前が整然と並んでいる。
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所々の写真に、花が飾られていた。恐らく子孫の方々が手向けられたのだろう。ここが「お墓」である意味がわかった。
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収容所内の様子だ。ここで雑魚寝状態で寝かされていたのだろう。
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次第に収容者の人数が増え、手狭になって来たのであろう、生活環境はどんどん悪化していく。レンガ造りの3段ベッドにわらが敷かれているだけだ。
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洗面場
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トイレの様子
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収容者とは対照的な看守部屋の様子。
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栄養失調でやせ細った子供達の姿。
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この花が手向けられた壁は「死の壁」と呼ばれる、銃殺が行われていた壁だ。
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死の壁の周囲の建物の窓には目隠しがされており、その音だけが聞こえ、収容者達により恐怖心を与えたそうだ。
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収容者達がどんどん増え、大量に"処理"をする必要に迫られたのであろう。これが「シャワー室」と呼ばれたガス室だ。
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シャワーと偽って、裸でこの部屋に詰め込まれ、チクロンBという毒薬で大量殺りくが行われた。
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部屋を見学していて,息が詰まりそうになる。
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ガス室のすぐ横にある、遺体の焼却炉。機械的に遺体はここに運ばれて焼却されていった。すべてがシステマティックに進められているところが、何とも恐ろしい。
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焼却炉にはろうそくと花が供えられていた。
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収容者達が持ち込んできた荷物を種分けして保管してある。ドイツ人気質がこういった面にも出ているのか。
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これらは皆、靴だ。
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くしやブラシ類
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これはメガネだ。
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これらは鍋だ。殺されるとわかっていたらこのような物は持ち込まなかっただろう。収容者達は新たな生活の場に移るという感覚で生活道具一式を持って、ここに運ばれてきたことがわかる。
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義足や松葉杖など
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カバンの山だ。名前や住所が書かれてある。もちろん、もう一度手元に戻ると思っていただからであろう。
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女性の髪の毛までもが集められている。
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これは、収容者の髪の毛で織られた毛布だ。人はここまで冷酷になれるのであろうか。
中谷さんが言われていた。収容所のすぐそばには看守達の家が有り、そこには家族との普通の生活があった。普通の人間的な生活の場とホロコーストの現場が隣り合わせに存在し、彼らは優しい夫であり、父であり、残忍な看守にもなれた。それは自分達とて、そうなる可能性のあることで有り、人間の恐ろしさ、戦争の恐ろしさであると。
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ポーランドで4年間生活して、何度も訪れたアウシュビッツ強制収容所。日本人にとっては、なかなか訪れる機会の少ない場所なので、是非とも伝えたいと思うのだが、書きたくても、どう書いていいのかわからず、なかなか書くことが出来なかった。ポーランドのレポートもそろそろ最後になるので、これから3回シリーズで自分なりにこの地で何が行われていたのかを書いてみたい。
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ポーランドの古都クラクフ。首都のワルシャワが東京なら、クラクフはまさに京都。17世紀にワルシャワに遷都されるまで、ポーランド王国の都があった街だ。
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クラクフ旧市街は、観光の拠点であると共に、市民の生活の場でもある。生活の匂いのする、活気ある旧市街だ。
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高さの違う二つの塔を持つ聖マリア教会。13世紀にここを襲撃したモンゴル軍との逸話が残っている。モンゴル帝国はこんなところまで来ていたんだと、その巨大さにつくづく感心する。
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観光用の馬車で旧市街を巡ることが出来る。
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冬のバベル城。冬のクラクフは何ともしんみりと寂しいのだが、自分はこの静寂感が結構好きだった。
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民族衣装で音楽を演奏する人達。
この観光で華やかなクラクフの近郊に、映画「シンドラーのリスト」で有名になった、シンドラーさんが経営していた
工場跡が今も残っている。
この街とユダヤ人の歴史は古い。中世、ヨーロッパ中でユダヤ人が迫害されていた頃、ポーランドではユダヤ人の権利が保護されていたため、迫害をのがれて、ユダヤ人達はポーランド王国へ集まって来た。
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クラクフ近郊にあるカジミェシュ地区。中世の頃からユダヤ人が多く住んでいた場所だ。
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街には、何かもの悲しさを感じる壁がいたるところにある。元々ユダヤ人の居住区であったカジミェシュは、ナチス・ドイツ占領下で、「クラクフ・ゲットー」となり、壁で外部と遮断され、ユダヤ人の隔離地域となった。
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ユダヤ教の教会、シナゴーグ。
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壁にはヘブライ語のポスターが貼られている。
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ユダヤ音楽を聴きながら、ユダヤ料理を楽しむレストラン。今ではユダヤ文化を楽しむ街となっている。
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今は何の変哲もない駐車場なのだが、
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「シンドラーのリスト」のワンシーンでもある、アウシュビッツ強制収容所行きかどうかを判定される場所だった。写真は当時のもの。
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東ヨーロッパ、ポーランドの冬の何気ない原風景をもう一つ紹介する。
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自分たちが住んでいた、ワルシャワ郊外のコンスタンチン地区。我が家のあるコンパウンドのすぐ裏は、川の土手になっていた。
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ここは休日のちょっとした散歩道だった。冬のポーランドの日没は早く、午後3時を過ぎると薄暗くなってくる。
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10分足らず歩くと水門があり、その貯水池が白鳥の飛来地になっているのだ。
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沢山の鴨に混じって、白鳥たちが集まって来ている。
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このあたりでは何気ない冬の風景なのだが、自分の家のすぐそばに白鳥の飛来地があるというのは、凄いことなんだと思う。
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それにしてももの凄い数の鴨たち。ちなみにポーランドの代表料理の一つが、鴨の丸焼きのリンゴソース添え。
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凍りつくような景色と白鳥はなぜかよくマッチする。
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日も暮れてきた。
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コンスタンチンの森も本格的な冬景色。
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このモノトーンの静かな景色が凄く懐かしい。
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「ドクトル・イトウの地球の果てまで 」も4年目に突入。まだまだ紹介したいシーンが沢山残っている。新年は何からスタートしようかと考えて、やっぱり冬らしい景色はヨーロッパだと、一旦舞台をヨーロッパに戻す。
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院長の大好きな国、バルト三国の一つリトアニア。第24回、25回、26回で夏の景色を紹介した。このリトアニアの冬は厳しいが、素朴で何とも美しい。
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首都ヴィリニュス旧市街のゲディミナス城もほんのり雪景色。
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ヴィリニュスは旧ソ連の中でもファッショナブルな街と言われていたそうだ。
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旧市街ピリエス通りは派手さはないが、石畳がいい感じだ。
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何故か、この冬のヴィリニュスが大好きだった。
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ナポレオンが愛した聖アンナ教会も雪化粧。
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院長の宝物、聖アンナ教会のキャンドルハウス。
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今では懐かしい、トロリーバスが街の足として走っていた。
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凍てついた夜は、ライトに照らされて、これがまたいい感じ。
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なんでもない路地も、絵になる。
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ライトアップされて、暗い街に建物が浮かび上がる。
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夜の凍った聖アンナ教会は特に美しい。
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ヴィリニュス近郊にある、湖の中に浮かぶトラカイ城。夏の保養地として有名で、その美しい景気を第25回で紹介した。
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何故か冬のトラカイ城を見たくなった。現地のスタッフは、「何をしに行くの?」と皆首をかしげた。冬にここを訪れるひとはほとんどいないらしい。
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夏のリゾート地として知られるトラカイ城だが。
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冬は湖が凍って、氷の中に浮かぶ城となる。
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夏はヨットが似合うのだが。
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白い世界に浮かぶトラカイ城は、空の青とのコントラストが美しい。
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ふと見ると凍った湖面を歩く人がいた。
本年もよろしくお願いします。
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「ミラ・バス」はクリスマスのイルミネーションで飾られた、夜の旧市街を走っていく。
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見慣れた旧市街の建物も、何か雰囲気が違って見える。
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上品か、下品かは別として、古い建物もイルミネーションで飾られている。
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このクリスマスの時期には、アルマス広場が特に美しく飾られ、一見の価値がある。
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夜のリマ旧市街は危険なので、見たくても見れなかった人たちに、この「ミラ・バス」はありがたい。
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好調なペルーの経済状態を反映してか、企業広告を兼ねた大小さまざまな電飾ツリーが飾られている。
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大統領府も派手に飾られている。
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カテドラル(大聖堂)もきれいにライトアップされている。
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喧噪の街、リマで、少しおしゃれなクリスマスを楽しんだ。
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南半球にあるリマのクリスマスは夏。ホワイトクリスマスとは無縁だが、夜は街のあちこちでイルミネーションが美しい。でも、夜のリマは危険がいっぱい。なかなか夜の風景をゆっくり楽しむのは難しい。
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旧市街の日も暮れてきた。
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ステーキハウスの牛にも、クリスマスの首飾りが。。
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「リマの危険な夜を、安全に見物したい!」という要望にこたえて登場したのが、この「ミラバス」。2階建て観光バスで、日暮れ時に旧市街を出発し、リマの主要な観光名所をめぐる。
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この「ミラバス」に乗ってみた。2階はこんな感じでオープンエア。
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4年間生活して、夜の旧市街を見るのは初めてだ。
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屋根が無いので、景色がすごく近くに感じる。
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街中にも大きなクリスマスツリーのイルミネーション。
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最初の目的地は、2007年に突如造られた、噴水公園(Circuito Mágico del Agua)だ。
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世界一大きな噴水の公園として、ギネスに認定されている?そうだ。。
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地方では、水道がまだ行き届いていないところも多いというペルーに、なんで噴水公園??という感じであったが、
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リマっ子には大人気のようであった。
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これが結構なスケールで、楽しめる。
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なかなかのアトラクションなのだ。一見の価値はあり。
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最後は大きなクリスマスツリーを。
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一歩外に出ると、おんぼろミニバスが車線を奪い合う、喧騒の街、リマ。
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古い建物がライトアップされてきれいだ。
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街の汚れを、暗闇が隠してしまう。リマの夜がこんなにきれいとは知らなかった。
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舞台を一旦ペルーに戻して、自分が4年間生活した、ペルーの首都リマの様子を紹介する。
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リマの新市街、サン・イシドロ地区。高層ビルの多くは、富裕層や外国人が暮らすマンション。リマに駐在する日本人の多くが、このマンション群に暮らしている。高層ビルの奥に見える緑は、ペルーで一番の名門ゴルフクラブ、リマ・ゴルフ。サン・イシドロ地区の住人は、この街中に広がるゴルフ場を見下ろして生活している。さぞかし便利か?と思いきや、日本人を含め白人以外はほとんど会員にはなれないのだ。目の前のゴルフ場でプレーが出来ない現実。ペルーが白人社会であることを目の当たりにする光景だ。
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写真中央の土の盛り上がりはインカの遺跡。こんな街中にも遺跡がある。
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夜は遺跡がライトアップされる。
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ここはもう一つの新市街、ミラフローレス地区。海を見下ろすように高層マンションが立ち並ぶ。ハワイやマイアミのような光景なのだが。。。夏はいいが、冬は写真のように霧に覆い隠されてしまう。住人曰く、雲の上で生活しているようとのことで、湿気が高く、カビに悩まされる。リマは地理的には砂漠気候でほとんど雨が降らず、緯度からは本来、気温の高い場所なのだが、リマの沿岸には寒流のフンボルト海流が流れていて、海上の大気が冷やされ、雲が発生する。
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写真のように、海から、霧が覆い被さるように発生する。これが、砂漠地帯で雨が降らないにも関わらす、高湿度でカビになやまされるというリマの特殊な気象条件だ。
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リマの旧市街、セントロ。
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歴史的な建造物が多く、見る価値は高いのだが、治安が悪く、なかなか訪れる機会は少なかった。
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これは大統領府の衛兵交代式。国歌が流れて、なかなか壮観な催しだ。
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セントロの中華街。
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リマには多くの中国系移民が生活していて、中華料理がしっかりと根付いている。いわゆるチャーハンはチャウファと言って、すでにペルー料理になってしまっている。日本人の味覚に合うおいしい中華料理だ。
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このおじさんは何をしてるか?犬を売っている。
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美味しい中華レストラン、サロン・カポン。
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ここの北京ダックは自分が今まで食べた中で一番美味しかった。スキンヘッドのおじさんは、リマでおなじみの日本食レストラン「TOSHIRO」のオーナーシェフ、トシさん。ペルーでは超有名人。
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黄色い車はタクシー。リマで走っているタクシーの大半は日本車の中古車。何でも有りのペルーでは簡単に左ハンドルに変えてしまう。自分が子供の頃の車が現役で走っている。
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おんぼろビートル。部品の組み合わせで色までまだら、これがペルーそのもの。
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女性下着もこんな感じで売られている。
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何とも不思議な感じがする。
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これは銀行の現金輸送車。テロ対策で、装甲車のようになっていて、扉がない。見かけは何でもない平穏な街並みなのだが、危険はいっぱいなのだ。
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セントロから一歩離れると、ゴミが散乱している世界に直面する。
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バラックが連なる。これがペルーの現実だ。
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リマのきれいな夕日を一枚。
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11月1日で伊東内科クリニックは開院3周年。本当に沢山の方々に助けられて、ここまで来れたと思う。心から感謝したい。
「ドクトル・イトウの地球の果てまで」も4年目に突入。まだまだ紹介するネタが残っていることに、自分でも驚く。
もうしばらくお付き合い願いたい。
今回はアルゼンチン側から見た、イグアスの滝を紹介する。
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この地図を見ての通り、ブラジル側からは、滝から少し離れて遠景を見る感じで、アルゼンチン側からは滝に近づいて近景の迫力を楽しめるように、遊歩道が整備されている。
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これは「姉妹の滝」という並列して流れる滝。
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よく整備された、ジャングルの中の遊歩道を進んでいく。
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大小様々な滝が流れている。
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静けさの中に、あちこちから水しぶきと轟音が聞こえてくる。
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今から、写真左下の滝の中へボートで突入していくツアーに参加する。
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イグアス名物の滝の中へ突入していく、ボート・サファリツアー。もちろんずぶ濡れになるので、カッパを着て、貴重品は防水袋へ入れる。でも、カッパを着たところで、全身ずぶ濡れになってしまうのだ。自分は今回が二度目であったので、是非この様子をビデオに収めようと、ジップロックを工作して、カメラカバーを作って挑んだ。
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濁流をさかのぼって、滝へ進んでいく。
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こんな感じで、ボートは滝に近づいていく。
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左下の滝壺へ、ボートは突っ込んでいく。
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ずぶ濡れになるのだが、遊歩道を歩いているうちに自然と乾いてしまう。そうこうしているうちに、アルゼンチン側のメイン・イベント「Garganta del Diablo(悪魔の喉笛)」に到着。
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一番大きな滝を、上からのぞき込むビューポイントだ。
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轟音を立てて、滝が落ちていく。何か吸い込まれそうな勢いだ。
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こんな感じで展望デッキが造ってある。迫力の絶景を目の前に見ることができる。
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滝壺は水しぶきで見えない。
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ものすごい迫力だ。
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滝壺に虹が出来ていた。
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パタゴニアからの帰路、ブエノスアイレス経由でアルゼンチン側のイグアスを訪れた。アフリカのビクトリア・フォールズ(第10回で紹介:ザンビアーボツワナ国境)、北米のナイアガラ・フォールズ(カナダーアメリカ国境)、そして南米のイグアス・フォールズ(ブラジルーアルゼンチン国境)は世界三大瀑布と呼ばれているが、それぞれ国境になっているぐらいで、日本の滝とはスケールが全く異なる。中でもビクトリアとイグアスはナイアガラとは比べものにならない。
私見として、スケールと迫力はビクトリアが一番ではないかと思うが、イグアスは、滝という景色を色んな角度や距離から楽しめるようによく工夫され、整備されている。
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国境の橋を渡って、アルゼンチンからブラジル側へ入る。まずはブラジル側から見学する。
世界遺産、イグアス国立公園。
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カラフルなバスに乗って、国立公園の入口から滝の見学場所まで移動する。
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ブラジル側の公園内にある唯一のホテル、ホテル・ダス・カタラタス。滝の目の前にあって、絵になるホテルだ。
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ブラジル側からは主に滝の遠景を楽しむ。
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いくつもの滝が立体的に奥行きのある景色で楽しめる。
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この様な写真が撮れるのがブラジル側の特徴だ。
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遠景といっても非常に迫力がある。
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公園内にはアナグマがうろちょろしている。人間に慣れていて、エサを求めて寄ってくる。
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エレベータに乗って展望台から滝を見下ろす。
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あちらこちらに大小様々な滝がある。
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ここは、落ちていく滝を間近に見ることのできるビューポイント。
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滝の水しぶきで虹が出ていた。
次回はアルゼンチン側の滝の景色を紹介する。
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ウシュアイアでのメイン・イベント、ビーグル水道クルーズの様子を紹介する。
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ビーグル水道という名前は、「進化論」で有名なダーウィンがビーグル号で世界一周航海をした際の経路であったことに由来している。
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この日は快晴。船の進行方向に、雲が縦に長く伸びて、何とも気持ちのよい空だ。
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マゼラン・ペンギンの営巣地を船の上から観察。
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すごい数のペンギンで、よく見ると雛も混じっている。
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横たわるもの、海に入っていくもの、ボーっと立っているものなど、見ていて飽きない。
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顔とおなかの白黒の帯模様がマゼラン・ペンギンの特徴。
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雛は白黒の模様がまだ無く、図体は大人とあまり変わらないが、何か愛らしい。
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日も暮れてきて、クルーズも終盤。
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何やら、生き物が群れた小島に近づいた。
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アシカの仲間のオタリアとペンギンの様な白黒の鳥が共生している。
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白黒の鳥はペンギンではなく、鵜だ。
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このオタリアたちは親子だろうか?
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有名なエクレルール灯台。夕暮れ時が美しい。
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ウシュアイアの港に帰ってきた。この港は南極クルーズの出航地としても有名だ。
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外国航路の豪華客船も泊まっている。いつかは参加したい南極クルーズ。再びこの港に帰ってくることを夢見て、パタゴニアシリーズを終了する。
ウシュアイアから、空路ブエノスアイレスへ戻り、そこからイグアスへ向かう。次回はイグアス大瀑布。
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エル・カラファテから飛行機でさらに1時間20分南下し、パタゴニアの最終目的地ウシュアイアへ向かう。
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ビーグル水道が見えてきた。飛行機ならもう少しで南極だ。
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世界最南端の都市、ウシュアイアへ到着。街の中心街は特に特徴も無く、素朴な田舎町といった雰囲気。
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ウシュアイアはもちろん観光地として有名なのだが、もう一つの顔があり、国の経済特区となっていて、輸入品が免税で買える街なのだ。やけに電器店やアウトドアグッズの店が目につく。SONYなど日本ブランドの看板もよく見かける。
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この街の名物料理も、やっぱりコルデロ(子羊の丸焼き)。肉とワインは確かに美味しいが、それしか無いところが、日本人にはきつい。この街にはもう一つの名物として、セントージャというタラバガニに似た大きなカニがあるのだが、取り立てて美味いというモノでは無かった。
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ご当地ビールは、ビーグル水道にちなんで、その名も"ビーグル"
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郊外に出ると、まるでカナダのような風景が広がる。これはビーバーが小川をせき止めたダム。その昔、毛皮が取れるとのことで、カナダからビーバーを輸入したそうだ。しかし、ビーバーの毛皮は売り物には成らず、結局、野生化してしまって、このようにあちこちで川をせき止めて困っているのだそうだ。笑い話のような実話。
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ここはシベリアンハスキーの繁殖場。ここで数を増やして輸出するそうだ。
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ここは世界最南端の鉄道の駅で、「世界の果て号」というミニSLが公園内を走っている。
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「世界の果て号」だ。
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列車で公園内を巡り、先住民達の昔の生活の様子を垣間見る。
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先住民族、フエゴ人の記録だ。この寒い土地で、裸で生活をしていたというのには驚きだ。
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20世紀前半、この街は刑務所として発展したそうで、隔離された流刑地であった。
街には縞々の囚人服の絵や人形をよく見かける。今では、囚人服もこの街のみやげ物になっている。
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今日はパイネ国立公園の最終日、車で国立公園内の見所を巡りながら、プエルト・ナタレスへ向かう。
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少し離れて、クエルノス・デル・パイネ(パイネの角)を望む。この山は本当に美しい。
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これがサルトグランデの滝、規模は大きくないが、水量が多く、豪快で迫力がある。
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野生のグアナコの群れ。リャマやアルパカの仲間で、ラクダ科に属する。その毛から作られる毛織物は、ビクーニャと並んで超高級品だ。
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サルトグランデ越しにパイネの山々を望む。真ん中に突き出た3本の岩山がトーレス・デル・パイネ(パイネの塔)だ。
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身体が飛ばされそうになるくらい風が吹き荒れる原野から、クエルノス・デル・パイネ(パイネの角)を見上げる。
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また違った角度から、パイネの山々を望む。岩山なので、見る角度によって、その景色は大きく異なる。
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湖越しの正面に3本の岩山、トーレス・デル・パイネ(パイネの塔)を望む。
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トーレス・デル・パイネ(パイネの塔)に少し近づいて一枚。
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オバケの様な形をした雲を眺めながら、プエルト・ナタレスの街へ戻っていく。
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もう一度、チリからアルゼンチンへ陸路入国し、カラファテの街へ戻る。そこから空路さらに南下し、南の果て、最終目的地のウシュアイアへ向かう。
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プエルト・ナタレスから、日帰りでパイネ国立公園の主要ポイントを回るツアーもあるのだが、パイネでは是非とも国立公園内のホテルに宿泊して、朝焼けと夕暮れ時のパイネの山々を見て欲しい。
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今回宿泊したHosteria Pehoe、ペオエ湖の中に建ち、橋を渡っていく。目の前にパイネの山々が迫る、絶景のホテルだ。
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ホテルのレストランから、湖越し向かって左にパイネグランデ、右にクエルノス・デル・パイネ(パイネの角)のパノラマが広がる。
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朝日に輝くクエルノス・デル・パイネ(パイネの角)
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パイネ国立公園内には初級者から上級者用まで様々なトレッキングコースがある。我々はイタリアキャンプからフランス渓谷展望台までのトレッキングコースを選択した。ボートでペオエ湖を対岸に渡り、トレッキング開始。まずはイタリア・キャンプを目指す。
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パイネの山々を望みながら山道を登っていく。
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イタリア・キャンプに到着。その名の通りここはキャンプ場になっていて、たくさんのテントが張られていた。
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帰路はペオエ湖を望みながら、けもの道を下っていく。
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人工物のほとんど無い、壮大な景色だ。
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湖がエメラルド色に輝く。
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パイネの風は半端なく強い。本当に吹き飛ばされそうになる。その強い風の影響で、天気がめまぐるしく変わる。
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帰りのボートが到着した。
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夕暮れどきのクエルノス・デル・パイネ(パイネの角)。
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ホテルにも灯がともった。
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翌朝、朝焼けのパイネの山々。
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風が強く、雲がものすごい速度で流れ、すぐに山の頂上を隠してしまう。最後に、クエルノス・デル・パイネ(パイネの角)をもう一枚。
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いったんカラファテをあとにして、チリ側にあるパイネ国立公園へバスで4時間半の道のりを移動する。
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これがアルゼンチンとチリの国境だ。
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この民家のような建物がパスポートコントロール。ここで出入国のチェックを受ける。
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木々も何も無い、パタゴニアの大平原を走っていく。
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大地と空と雲だけの世界だ。
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パイネ国立公園の起点の街、プエルト・ナタレスに到着した。
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何も無い小さな街だが、世界中から観光客が集まる。
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湖のほとりの公園でブランコ。子供達もややお疲れ。
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プエルト・ナタレスからパイネ国立公園へ、行きは船で向かうことにした。あいにくの天候だが、虹が出た。
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ペンギン!と喜んだが。。。
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近づいてみると、これは鵜の仲間だった。
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バルマセーダ氷河が見えてきた。
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岩にへばりつくように、氷河が広がっている。やはり青い色をしている。
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いったん陸に上がって、セラーノ氷河を目指す。湖に氷河のかけらがぷかぷか浮いている。
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湖に流れ出すかのように、セラーノ氷河はある。
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最初にすごい氷河を見てしまっているで、あまり感動は無いのが残念。
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ここからはゾディアックと呼ばれる、頑丈なゴムボートでセラーノ川を上っていく。
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防水、防寒のコートに身を包む。
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ゾディアック乗り込んで出発だ。
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雪山を望みながら川を上っていく。今回はあいにくの天候で、景色も曇って見えにくかったが、ようやく少し晴れてきた。
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遠方に氷河が見える。
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こんな感じで、激流の中も進んでいく。
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上陸し、陸路、本日の宿を目指す。遠方にクエルノ・デル・パイネ(パイネの角)が見えてきた。
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パイネでは国立公園内ホテルのひとつ、HOSTERIA PEHOEへ滞在した。ホテルの前から、夕暮れどきのクエルノ・デル・パイネを望む。
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船から上陸して、ウプサラ氷河に向かう。
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このツアーでは氷河までの道のりを、4WDで行くか乗馬で行くかを選ぶことができ、ここから別れて出発する。
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自分と長女は4WDでオフロードを突き進んでいった。
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家内と次女は乗馬コースを選択した。
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雄大な景色を間近に見下ろしながら、なかなか満足できるツアーであったらしい。
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パタゴニアの静かで荒涼とした景色の中を進んでいく。
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雪山と湖が美しい。
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ウプサラ氷河が見えてきた。
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こうやって見下ろすと、なんとも雄大な氷河だ。
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見渡す限りが氷河だ。
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だが、地球温暖化の影響でこの氷河もどんどん後退して行っている。ガイドさん見せてくれている写真の上が70年前の様子で、現在の氷河がかなり後退しているのがわかる。こういう極地にやってくると、地球規模の異常がよくわかる。
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近くには、なにげにアンモナイトの化石があったりする。ここが昔は海であった証拠だ。
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再び4WDに乗り込んで港へ戻っていく。おんぼろ橋で川を渡る。
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砂埃を巻き上げて、原野を爆走していく。
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乗馬グループの娘達も颯爽と帰ってきた。
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パタゴニアの原風景を見ながら、再びカラファテの街へ向かう。
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日も暮れてきた。明日はバスでチリ側のプエルト・ナタレスへ移動し、パイネ国立公園へ向かう。
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今回は、ロス・グラシアレス国立公園で、もう一つの観光ポイントであるウプサラ氷河を紹介する。ウプサラという名前の由来は、スウェーデンのウプサラ大学がこの氷河の研究をしていたことから命名されたらしい。
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港から双胴船に乗り込む。
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遠くに雪山を眺めながら、静かな湖を進んでいく。
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あちらこちらに青白い塊が浮いている。
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氷河のかけらだ。
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大きさは大小様々で、色んな形をしているところが、なんか可愛らしい。
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眺めていると、色んなモノに見えてくる。
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これは全体的に丸みのある氷河。
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季節は夏だが、スキーウエアを着ている。いつもこんな感じで写真を撮ってます。
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青い氷が層になり、縞模様に見える。
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ピラミッドのような氷。
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恐竜が湖から頭を出しているかのような氷。
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遠くにウプサラ氷河が見えてきた。
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ソフトクリームのような氷、結構でかい。
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そうこうしているうちに、スペガッツィーニ氷河が目の前に見えてきた。結構な迫力だ。
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山の谷間に見えるのがウプサラ氷河だ。次回は陸に上がって、4WDと乗馬でウプサラ氷河に向かう。
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陸に上がり、遊歩道から氷河の全景を展望する。
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青白くそびえ立つ絶壁。
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南極の氷河はまだ見たことがないが、この氷河の大きさは、自分が今までに見てきた氷河とは比べものにならないスケールだ。
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こんな具合に、氷河の対岸に展望用の遊歩道がある。
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遊歩道を上っていくと、だんだん全景が見えてくる。
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遊歩道の高さや左右の位置で見え方が大きく変わる。
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氷河のきしむ音、崩れる音があちこちで聞こえるのだが、なかなかファインダーに納めることができない。
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これは、さっき崩れた後。
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最上部から氷河を見下ろす。氷河の上をアイゼンを付けて歩き、氷河の氷でウイスキーを飲むというツアーもある。
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パタゴニアの天候は、晴れたり曇ったり目まぐるしく変わる。天候によって景色も大きく変わる。
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崩れた氷河のかけらが浮いている。
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ここからのショットが一番豪快な景色が撮れる。
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また晴れてきた。氷河が白く輝きだした。
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真正面からこんな具合に見学できる。
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今度は間に合った。
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崩れるところをやっと撮ることができた。
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そびえ立つ氷河と、サファイア色に輝くその割れ目。
次回はまた違った楽しみ方ができる、ウプサラ氷河を紹介する。
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いよいよパタゴニアに向けて出発。ブエノスアイレスから国内線で空路3時間半南下する。
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何もない海岸線。
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荒涼とした景色の中を着陸していく。
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ペリト・モレノ氷河で有名な、世界自然遺産ロス・グラシアレス国立公園の玄関口、エル・カラファテ空港に到着。
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なかなか近代的な空港だ。
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この街の名前にもなっている、カラファテの実。ジャムなどで売られている。
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街を歩くと、食事処はステーキハウスとイタリアンばっかり。ステーキハウスの店先にはどこもこの様な光景が見られる。これは「コルデロ」といわれる子羊の丸焼きで、パタゴニアの名物料理だ。開いて遠火で焼いているのが特徴で、同じ子羊の丸焼きでも、ボスニア・ヘルツェゴビナで見た、串刺しの丸焼き(第49回)とは大きく異なる。肉食文化の発達したアルゼンチンならではの料理だ。確かに肉の臭みがなく、香ばしくて美味しい。
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今回の目的の一つ、ペリト・モレノ氷河を陸路目指す。街を一歩出ると、荒涼な景色が続く。
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遠方にペリト・モレノ氷河が見えてきた。
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まずは船から氷河を鑑賞する。
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断崖絶壁に近づいてきた。
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その高さと規模に圧倒される。
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パタゴニアの天候は目まぐるしく変わり、天気の状態で氷河の色が変わる。
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曇っていると、白く見える。
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晴れてくると、青白く輝き出す。アルゼンチンの国旗が妙にマッチする。
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氷河の裂け目が、神秘的な濃いブルー染まる。
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この氷河は毎日2mずつ移動しているらしい。耳を澄ますと、あちこちで氷河の崩れる音が聞こえる。
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なかなかシャッターが追いつかないのだが、氷河が崩落する景色が見られる。
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晴れてくると、氷河は輝き、全く違う光景を見せてくれる。
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次回は見晴台からの氷河の景色を紹介する。
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パタゴニアへの第一歩として、まずは、アルゼンチンの玄関口、ブエノスアイレスに入る。
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アルゼンチンは第二次世界大戦までは、日本を遙かにしのぐ世界でも有数の経済大国であったわけで、その首都ブエノスアイレスは南米のパリと呼ばれるほど繁栄していたそうだ。
日本から最も遠くにある大都市であるが、日本との関係は結構深い。
1913年には宗主国スペインよりも早く、地下鉄が開通しているのだが、日本初の地下鉄銀座線は、このブエノスアイレスの地下鉄をモデルにしたというのには驚きだ。だが、今は日本の地下鉄の中古車両が走っており、この国の没落度がわかる。
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パリのオペラ座、ミラノのスカラ座に並び、世界三大劇場のひとつとされる、コロン劇場。
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ブエノスアイレスのシンボル、オベリスコ。
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路線バスも発達している。
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街を歩いていると、まるでヨーロッパの街並みそのもの。
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どことなく寂れた感じがするのだが、かつての繁栄ぶりがうかがえる街並みだ。
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ここはレコレータ墓地というブエノスアイレス最古の墓地で、大統領をはじめ著名人が眠っている墓地だ。
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ここは立派なブエノスアイレスの観光地のひとつでもある。
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団体でやってくる観光客のそのお目当ては?
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ミュージカルや映画の題材にもなった「エビータ」のお墓だ。「エビータ」の愛称で呼ばれる、エバ・ペロンは、私生児から女優、大統領夫人にまでのぼりつめ、33歳で病死したという、波瀾万丈の人生を生きた女性で、アルゼンチンでは今も根強い人気があるそうだ。
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アルゼンチン・タンゴ発祥の地、港にほど近いボカ地区へ。
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カラフルにペイントされた家が並ぶ、ボカ地区の有名なポイント。
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生活の匂いがしておもしろい。
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タンゴショーを楽しめるレストラン。ボカ地区にはタンゴショーを見ることができる大小様々な店がある。
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今宵はアルゼンチンワインを楽しみながら、本場のタンゴを満喫する。
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自分が行った旅先で、日本から最も遠い場所、南の果て、パタゴニア。今回からはこのパタゴニアをシリーズで紹介したい。
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こうやって地図で見てみると、南米大陸はアフリカ大陸よりも、かなり南にまで位置しているのがわかる。その南米大陸の、アルゼンチンとチリにまたがった南の端の地域は、「パタゴニア」と呼ばれている。大陸でもっとも南極に近い場所なのだ。
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パタゴニア地域を拡大してみると、その右側にある島が、あのフォークランド諸島。1982年にイギリスとアルゼンチンが領有権を争った「フォークランド紛争」の舞台だ。イギリスはこんなところにまで領土を持っていたんだと改めて感心する。
今回の行程は、ペルーのリマから空路アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに入り、市内観光。ブエノスアイレスから空路3時間半南下してエル・カラファテへ、カラファテではペリト・モレノ氷河、ウプサラ氷河を見学。次にカラファテからチリ側のプエルトナタレスへバスで移動し、そこから船でパイネ国立公園へ入る。公園内のホテルに宿泊して朝焼け、夕焼けのパイネの絶景を満喫。帰りは陸路プエルトナタレスを経由して再度アルゼンチン側のカラファテに戻り、空路1時間南下して南の果てウシュアイアへ。ビーグル水道クルーズでペンギンやアシカの群れを見物し、南の果てを実感。そして、ウシュアイアから空路3時間半北上し、ブエノスアイレスへ戻るというもの。
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アルゼンチンの首都ブエノスアイレス。昔は「南米のパリ」と呼ばれ、すごく繁栄していたんだろうと、その面影を感じる。寂れた大都会といった感じ。
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世界自然遺産のペリト・モレノ氷河。船から見ると青白い断崖絶壁。
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見晴台からみたペリト・モレノ氷河。氷河の上を歩くツアーもある。
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これはウプサラ氷河見学の途中に船から見たスペガッツィーニ氷河。ウプサラ氷河では4WDと乗馬から氷河を楽しんだ。
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チリ側の主役パイネ国立公園。夕日に染まるクエルノス・デル・パイネ(Cuernos del Paine:パイネの角)
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パイネ国立公園を象徴する、3本の岩峰 トレス・デル・パイネ(Torres del Paine)
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サルトグランデの滝から望む、トレス・デル・パイネ(Torres del Paine)。
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ウシュアイアからのビーグル水道クルーズで、船でペンギン島び接近。
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アザラシの群れ、大きな声で求愛する。
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夕暮れ時の灯台を見て、ウシュアイアの港へ戻る。この港から南極へのクルーズ船が出航する。いつかは乗ってみたい。
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アマゾンのエコ・ツアー2日目。
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ジャングル内の支流での魚釣り、なんとピラニア釣りだ。道具はいたって簡単、枝の棒っ切れに釣り糸と針。エサは牛肉の切れ端。
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こんなモノで釣れるのかと半信半疑であったが、まずは下の娘が難なく1匹目をゲット。
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上の娘も2匹目をゲット。
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本日の釣果はこの2匹のみ、後はみんなボウズであった。
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釣った魚は夕食の席に調理されて出てきた。食べてみると、淡泊な白身で美味であった。
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エコ・ツアーも終わり、再び船でプエルト・マルドナードの街を目指す。
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バナナを満載したモトタクシー。ジャングルの街らしい光景だ。
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その街を知りたければ市場に行けと言う。確かに自分もそう思う。ということで、プエルト・マルドナードの市場をのぞいてみた。
南国らしく、色鮮やかな野菜や果物がならんでいる。左下の茶色いモノはタロイモ。
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米は主食で食べられていて、色んな種類の米が売られていた。
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ここは、香辛料屋さん。左下の白に赤字の袋は、味の素。アマゾンのジャングルにも"だし"文化が定着していた。そういえば、アンデスの高地、ボリビアのウユニの市場(第62回)にも味の素が売られていた。ちなみに"AJINOMOTO"はブラジルやペルーに大工場を持っていて、サトウキビを原料に味の素を製造している。
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豚肉や豚の顔、アマゾンで捕れた魚が売られていた。
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鶏肉やさん。何ともグロテスク。
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野菜は何か巨大だった。
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市場のタクシー乗り場。
次回からは、南米大陸の南の果て、最も南極に近い"パタゴニア"を紹介していきたい。
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アマゾン・エコツアーの2日目。早朝から歩いてジャングルの中に入っていく。
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エコーツアーには、必ず専属のガイドがついて、ジャングルの動植物の生態系について解説をしてくれる。
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今回は乾期に訪れた。雨期は緑が鮮やかでより美しいが、地面がぬかるんで大変らしい。
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朝の目的は、インコの見物。もの凄い数のインコが土の壁に集まり、土をかじっている。
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土に含まれている塩分を摂るためで、土のミネラルはジャングルの貴重な塩分源なのだ。一斉に飛び立っては集まりを繰り返し、中々のエンターテインメントだ。
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ロッジに戻って、今度は船でアマゾンを進み、ジャングルに入っていく。
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鳥や獣の鳴き声があちこちから聞こえる中、船は静かに奥に入っていく。
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あまり見たことのない果実を発見。
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これはスターフルーツだ。輪切りにすると星の形をしている。
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このジャングルには、色んな種類の猿が生息している。
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アマゾンの支流を進んでいく。
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途中、何やら作業をしている人達を発見。近づいてみると。
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これは川の泥から砂金を採る作業らしい。
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泥をくみ上げて、ビニールシートでふるいにかけるといった、きわめて原始的な方法で砂金を集めている。
砂金集めはこの地域の大事な産業なのだ。
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漁をしている人を発見。
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網には大きな魚がかかっていた。見せてもらったお礼にガイドさんが、手巻きたばこを1本プレゼントしていた。
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ペルーというと「高地」というイメージが強いが、実際には3つの気候帯がある。首都のリマがある海岸部は砂漠地帯、アンデスの高山地帯、そしてアマゾンの熱帯雨林と、一つの国土に様々な気候帯が存在する。
今回は、アマゾンの熱帯雨林ジャングルを紹介する。アマゾン川は世界最大の流域面積を持つ川で、多くの支流があり、北はコロンビア、エクアドルからペルー、ボリビア、ブラジルを流れる。
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飛行機の窓から、雪を被ったアンデスの山々を眺めていたら。
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景色が一転して、眼下に緑のジャングルが広がってきた。
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蛇行しながら流れているのが、アマゾン川だ。
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流れは緩やかで、独特の色をしている。
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アマゾン・エコツアーの玄関口、プエルト・マルドナードに到着した。高山地帯にあるインカ帝国の都クスコから、空路30分程度で、熱帯雨林ジャングルに来てしまう。何とも不思議な感覚だ。
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車にエアコンなど求めてはいけないこの地域では、風を切って走る、このモトタクシーが住民の足だ、
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HONDAのマークが何とも怪しい。
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ファンキーにペイントされたボンネットバスも、現役で活躍している。
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村の桟橋から、小型ボートに乗って、ジャングルの中にあるロッジへ向かう。
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ボートから眺める空の景色が、高地とは全く違う。乾いた青ではなく、夏の青だ。
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今回宿泊したフランス人が経営しているロッジ「Lodge Corto Maltes Amazonia」。寝室には蚊帳が張られている。
室内はなかなか快適だ。
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部屋のバルコニーにあるハンモックで昼寝。
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何気にオウムがやって来る。
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シロムネオオハシにも気軽に出会える。
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ロッジ内にいるシロムネオオハシは人懐っこい。
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もちろんタランチュラもいる。
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そうこうしているうちに日が暮れてきた。
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アマゾンの夕暮れはすごく絵になる。
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夜中のボートサファリ。きらりと光った眼は小型ワニのカイマンだ。
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今回は、ワラスからのもう一つの観光スポット、世界文化遺産にも登録されている、チャビン・デ・ワンタル遺跡へ向かう。この遺跡は、標高3200mにある神殿遺跡で、紀元前1500年から300年頃に栄えた古代アンデス文明のチャビン文化の遺跡だ。
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遺跡に向かう途中で立ち寄った、ケロコチャ湖(Lag. Querococha)、なんと標高3980mと富士山よりも高い。
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標高4000mから望む山々は、もちろん5000〜6000mクラスの山々。湖の水は澄んでいて、幻想的な雰囲気だ。
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おんぼろバスに揺られて、チャビンの村に到着した。
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アンデスの田舎そのものという素朴な風景。
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これは、村の薬屋さん。どこにでもある、よろずやといった感じだ。
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遺跡にはいると、博物館のようになっており、数々の出土品が展示されてあり、これが結構興味深い。これは動物を模ったレリーフ。
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これは「カベッサ・クラバ」、直訳すると「頭の釘」。この遺跡の代表的な出土品だ。
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これは遺跡のミニチュアモデル。左上の壁を見てみると。
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この「カベッサ・クラバ」が壁に突き刺してある。
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実際にはこんな感じだ。
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ここは遺跡の広場。
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このあたりは何か生活感を感じる。
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このチャビン・デ・ワンタル遺跡は地下回廊があることで有名で、地下に「ランソン」と呼ばれる巨大な石塔の主神体がある(高さ約4.5m)。このあたりから地下に入っていく。
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こんな感じで地下に回廊が張り巡らされている。1996年の在ペルー日本国大使公邸がテロリストに占拠された事件で、当時のフジモリ大統領が、地下道を掘って武力突入した作戦名を「チャビンデワンタル作戦」としたことでも有名だ。
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この向こうに「ランソン」がある。
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遺跡周辺の風景。のんびりとロバが橋を渡っている。
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橋の袂では、村のお母さん達が、洗濯をしていた。
次回からはがらりと変わって、ペルーのアマゾン・ジャングルを紹介する。
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おんぼろバスはガタガタ山道を爆走していく。景色があまりに雄大で、スピードを感じない。
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雪を冠した山が見えてきた。6,000m級の山だ。
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これから向かうパストルリ氷河は、その裾が標高5,000m。自分たちには想像を絶する高さなのだが、気軽な装備で行けてしまうところが、何ともペルーなのだ。防寒さえできていれば、特別な山の装備は要らない。靴もトレッキングシューズで十分だ。でも空気は非常に薄く、気軽に行ける非常に苛酷な場所なのだ。
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ここはツアーバスの駐車場、ちょうど9合目あたりになる。向こうには目的地の氷河が見えている。
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この9合目から9.5合目までは馬で登っていく。
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雄大な景色を見ながら、馬に揺られていく。
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こういった景色はスイスの景色そのものだ。でも、優雅な登山はここまで。
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道しるべには「行くのは困難だ、でも、不可能ではない」と書かれている。この9.5合目からは、自力で登って行かなくてはいけない。
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そんなに長い道のりでもないのだが、これがとてつもなくしんどい。酸欠で目の前の景色が黄色く見えるようになった。そんな我々に付き添うように、おじさん達がニコニコついてくる。ギブアップした登山客を背負って登るポーター達だ。
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そんなオッサンの世話にはなるわけにはいかんと、何とかたどり着いた。これがパストルリ氷河だ。
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氷の柱が見えるだろうか。
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ベースが5,000mで頂上が5,400m。でも、当時9歳のうちの娘でも来れてしまうのだ。マッターホルンが4,478m。ヨーロッパ最高峰のモンブランが標高4,810mなわけであるから、この高さは尋常ではない。
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帰路は雄大な景色を満喫しながら、馬の背に揺られて下っていく。
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写真では伝わりにくいのだが、とんでもなく豪快な景色だ。
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高地独特の景色を見ながら、ワラスの街へ帰っていく。
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これから、世界自然遺産のワスカラン国立公園にある、パストルリ氷河へ向かう一日ツアーのはじまり。
ワラスのツアーバスターミナルからオンボロミニバスで出発する。
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サングラスを売る少女。確かに日差しが強い。
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行き帰りに必ず立ち寄るドライブイン。ここのチキンスープ(caldo de gallina:カルド・デ・ガジーナ)は絶品、高地で食欲のない胃に染み渡る美味しさだった。
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峠の山の上にマリア像。このあたりは標高4000Mを超えている。
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ガードレールも何もない山道をオンボロバスでぶっ飛ばす。一歩間違えば谷の底。実際にそういう事故がたびたび起こっているのも事実なのが、ペルーだ。
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森林限界を超えているので、木というモノがない世界。
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雪を冠した山が見えてきた。このワスカラン国立公園は6000mクラスの山々が連なる、世界で最も高い国立公園だそうだ。広さは四国の半分とスケールがでかい。
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何もない秘境の公衆トイレ。
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リャマも営業中。
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何やら細長い、サボテンのような植物が見えてきた。
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これはプヤ・ライモンディというこのあたりに自生する非常に珍しい植物。
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サボテンのようだが、何とパイナップルの仲間。10m以上に育つ。
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100年以上生き続けて、100年に一度花を咲かせるという、何とも神秘的な植物。高地の強い光を浴びて、金色に輝く様に見える。自分は、これから向かう氷河より、この植物の光り輝く様子が非常に印象に残った。日本の大学もこの植物を研究されているという。
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池のように見えたが、湧き水だ。
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目的地が見えてきた。
次回は標高5000mにあるパストルリ氷河へ。
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ペルーといえば、マチュピチュやナスカの地上絵ばかりが有名どころだが、この国は砂漠、高山、熱帯雨林と様々な気候帯があり、それぞれに素晴らしい景色がある。今回はペルーのスイスと呼ばれる、ワラスを紹介する。リマの北420kmに位置し、世界自然遺産のワスカラン国立公園、世界文化遺産のチャビン・デ・ワンタル遺跡観光の起点の街である。リマからはバスで8時間だ。
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今回利用したMOVIL TOUR車のバス。ビジネスクラスのようなリクライニングシートで非常に快適であった。ペルーはバス路線が発達しており、また値段が安い。ただし、悲惨な交通事故や車内での盗難などのトラブルも頻発しており、安いバスは厳禁。必ず「Cruz del Sur」、「MOVIL TOUR」や「Ormeno」などの大手のバスを利用して欲しい
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今回は行きリマからの夜行で朝にワラスに到着。帰りはワラスを昼に出発する便を利用した。
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帰路は、夕日が沈むリマの海岸線を楽しむことが出来た。
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ワラスの街は標高3,052m、周囲の山々は6,000mクラスだ。スイス観光の拠点グリンデルワルトが1,050m、ツェルマットが1,605 m、スイスアルプスの山々が4,000〜4,500mであることから考えても、こちらの標高はかなり高い。
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ワラスは素朴な小さな街、しかし面白いことにイタリア料理やスイス料理の店が多い。こんなペルーの田舎町で本格的なチーズフォンデュが食べられたりする。その理由は、ヨーロッパのアルピニスト達が、ここ山に魅せられて住み着いてしまったからだそうだ。
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今回の宿はワラス近郊にあるモンテレイ温泉へ。田舎道をしばらく行くと。
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今回宿泊した温泉ホテル「Hotel Monterrey」
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ここは温泉プールで有名。鉄分を多く含んでいるため、泥水の様な色で見た目は悪いが立派な温泉。当然の事ながら水着を着けての利用となる。
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この温泉プールの横には個室温泉が併設されていて、
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大小様々な個室の温泉があり、家族単位で利用が出来る。
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自分はマチュピチュを2度訪れたが、雨期の始まりと終わりの時期であったので、2度共に初日は雨、2日目が晴れというパターンだった。
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雨の日のマチュピチュは、ガスの中に全てが隠れて何も見えない。山の上から雲を見下ろしている様な感じだ。
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雨がっぱを着て、ガスで覆われた遺跡の中を登っていく。折角やってきたのに、あいにくの天気で皆テンションが低い。
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上から、リャマたちと遺跡を見下ろすとこんな感じ。ガスで何も見えない。日帰りツアーだとこのままで帰らなくてはならない。1泊ツアーだと、ガスが晴れるのをのんびり待つことができる。
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雨がやみ、しばらくすると、ガスの中にうっすらと遺跡の姿が見えてきた。
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ガスが風にのって流れていく。
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ガスの動きで、見えたり隠れたりを繰り返す。
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何とも幻想的な風景だ。
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「晴れのマチュピチュ」は「静」の景色だが、「雨のマチュピチュ」はダイナミックに刻一刻と風景が変わっていく。動きのある景色だ。
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同じ風景を2度と撮ることはできない。
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遺跡の上に腰を下ろし、のんびりとこのパノラマショーを楽しむ。何とも贅沢な時間だ。本当に来て良かったと感じる。
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一度目に来た時は、この「雨のマチュピチュ」を上手く写真に納めることができなかった。
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写真の知識に乏しい自分は、すべてオートフォーカスで撮っていたのだ。ピントが前の水滴やガスに合ってしまうので、肝心の遺跡が皆ピンぼけになってしまっていた。
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今回はリベンジの時、マニュアルフォーカスにして、何とか写真に納めることができた。
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雲の中から徐々に姿を現してくる姿は、「天空の城ラピュタ」そのものだ。
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次回からは、「ペルーのスイス」とも呼ばれる高原の街ワラスから、6000mクラスの山々が連なる、世界自然遺産の「ワスカラン国立公園」と文化遺産「チャビン・デ・ワンタル遺跡」を紹介する
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では、マチュピチュ遺跡内部の様子を紹介していく。
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マチュピチュのアンデネス(段々畑)は近づいてみるとこんな感じで、これがいわゆる「農耕区域」
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アンデネス自体は、観光客の通路になっている。
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この辺が、人々が生活していた「居住区域」。
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アグアス・カリエンタスで一泊して、翌朝、朝一番に遺跡に向かうと、この様な朝霧がたちこめる静寂の中の遺跡を見ることが出来る。
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朝一番は多くの観光客が、この正面の山、ワイナピチュへの登山に向かうので、遺跡の中は人がまばらだ。
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リャマ達ものんびりと過ごしている。
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アンデネスは人の背丈ほどの高さがある。
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遺跡の中はインカの石組みで出来ている。
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遺跡内をリャマは縦横無尽に散歩している。結構大きいので突然現れるとびっくりする。
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外の風景と対比させると、何でこんな山の中に、人工的な都市を造ったのだろうかと考えてしまう。
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下から遺跡を見上げるとこんな感じ。
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こうやってみてみると、ここが奥深い山の中であることがわかる。
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これは山小屋ではなく、都市の家なのだから。
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ペルー観光の大きな目玉は何と言ってもマチュピチュであろう。これを見るためにペルーまで行くと言っても過言ではない。そういった意味で、マチュピチュの観光は是非、現地(アグアス・カリエンタス)で1泊はして欲しい。クスコから日帰りのツアーもあるのだが、それでは混雑しているマチュピチュを見て終わってしまう。特に雨期ではマチュピチュを見れずに終わるという最悪のことも起こりうる。
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アグアス・カリエンタスで1泊すると、到着当日と翌朝の2回マチュピチュを訪れる機会がある。特に翌朝はクスコからの最初の列車が到着するまでの、マチュピチュが空いている時間帯に、朝靄がたちこめる景色をゆっくりと見学することができる。
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前日に一通り見て回っているので、遺跡内の様子もだいたいわかっていて、なおさら効率的に要所を見ることができるからだ。
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もう一つ、マチュピチュにはふたつの顔がある。晴れのマチュピチュと雨のマチュピチュだ。当然、晴れた日にマチュピチュの全景を見ることは必須事項なのだが、この写真のような雨のマチュピチュも幻想的で非常にすばらしい。山の天気なので、一日中雨と言うことは珍しい、午前中が雨でも午後から晴れてくることが多い。ガスで何も見えない世界から、徐々に全貌を現してくる様子は、「天空の城ラピュタ」そのものだ。雨期にはこのふたつのマチュピチュが見られるチャンスがある。
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まずは、晴れのマチュピチュから紹介する。一番高所にある「見張り台」からは全体像か見渡せる。
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雨期のマチュピチュは緑が鮮やかでより美しい。
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遺跡内で保護されているリャマが、アンデスの雰囲気を盛り上げてくれる。
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この角度から見ると、遺跡の後ろの山々が「インディアンの横顔」に見えるのがわかるだろうか?真ん中の山が鼻で、左の山が口元。偶然にしてはよくできている。
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徐々に下りていく。その高さ高さで遺跡の見え方が変わってくる。
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リャマ君をアップで一枚。目元を見ると「ラクダ科」の動物であることがよくわかる。何とも癒し系の動物だ、
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リャマと一緒に遺跡を見ると。何か雰囲気が変わってくる。
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遺跡のあちこちに居るのだが、景色と妙にマッチしている、
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「天空の城ラピュタ」の様に廃墟に緑が茂り、穏やかな空間になっているのがわかるだろうか。
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さらに下りていく。遺跡のダイナミックさが伝わるだろうか。次の写真とは同じ角度から撮ったモノだが、違う時期(4月と9月)に撮ったもので、光の当たり具合と緑の濃さが異なる事で少し違った感じに見える。これは9月末で乾期から雨期へ移り変わる時期。
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これは4月で雨期の終わりの時期。
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太陽の門が見える高さで。これは9月末のもの。
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遺跡の高さまで下りてきた。
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次回は遺跡内部の様子を紹介する。
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いよいよマチュピチュへ出発。まずはクスコからマチュピチュの麓の村アグアス・カリエンタスまで、約3時間の列車の旅だ。
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ペルーの列車といっても、このPERU RAILはあの有名なオリエント急行の会社が運営している観光列車で、運行も比較的きっちりしている。
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少し前まで、このマチュピチュ行きの列車はクスコの市街にあるサン・ペドロ駅から出発し、スイッチバックといって、登ってはバックで下がりを繰り返して高度を上げていく、なかなか風情のある世界でも有数の高原列車であったのだが、如何せんこのスイッチバックは時間がかかるので、観光客を効率よく運ぶために、2009年からはクスコから陸路で30分程高地にあるポロイ駅まで車で移動し、そこから列車に乗り込むという、スイッチバック区間を短縮した行程に変更になっている。
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この列車はなかなかエンターテインメントも充実していて、列車の中に突如クスコの伝統的なお祭りの衣装をまとった人が登場したり。
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いきなり、アルパカセーターのファッションショーと実演販売が行われたりと面白い。もちろんこの登場人物達はれっきとしたこの列車の乗務員達。なかなかの役者魂だ。
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列車はウルバンバ川の渓谷ひた走る。
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前方にはアンデスの山々がそびえ立つ。
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マチュピチュの麓の村アグアス・カリエンタスに到着。この「アグアス・カリエンタス」とは「暑い水」、つまり「温泉」の意味、その名の通り温泉の村だ。何か日本の温泉街のような風情がある。
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何かちょうちんが似合うような、川の流れる、ひなびた田舎の温泉街のたたずまい。
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村の公衆浴場へ行ってみた。もちろん水着着用で温水プールのようなものなのだが、壁にマチュピチュの絵が描いてある。銭湯の富士山と同じ発想なのか?面白い。
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今回一緒に行った日本の料理人M君と「クイの丸焼き(第67回参照)」を食べに行った。彼はこの行程中、ずっとこの「クイの丸焼き」を食べ続けた。一度食べただけの先入観で、その料理の美味いまずいを評価したくないというのが彼の考えで、この店では、実際に調理をさせてもらった。こういった何でもありなところが「ペルー」だ。
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薪で焚いたオーブンでじっくり焼く。結論的に彼が出した評価は「クイの丸焼きは美味い」ということだった。
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翌朝、いよいよマチュピチュへ。
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マチュピチュはアメリカの探検家ハイラム・ビンガムによって1911年に発見されたとされている。
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少し離れて遠景でマチュピチュを見るとこんな感じ。マチュピチュとは「古い峰」という意味。後ろの山はワイナピチュ「若い峰」。
上から見ないと決してその存在に気づかない、マチュピチュが空中都市と呼ばれる意味がわかるだろう。誰が、なんの目的でこんなところに都市を造ったのか?諸説ある様だが、真実はわからない。
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マチュピチュへ続くつづらおりの道、これがアグアス・カリエンタスからマチュピチュへ続く道、発見者にちなんで「ビンガム・ロード」と呼ばれる。アグアス・カリエンタスからバスで約30分の道のりだ。
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山の峰を見てみると、こんなところにまでアンデネス(段々畑)が造られている。これは凄い。
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次回から、マチュピチュを「晴れのマチュピチュ」と「雨のマチュピチュ」に分けて詳しく紹介する。
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今回はクスコ周辺の観光スポットを紹介する。
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クスコ郊外を流れるウルバンバ川。アマゾン川の源流の一つでもある。このウルバンバ川の流れる渓谷は「聖なる谷」と呼ばれ、インカ帝国の遺跡や村落がたくさん残っている。
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この景色にはリャマがよく似合う。アンデスに生息するラクダ科の動物。アルパカや高級毛織物のビクーニャはその仲間。山々にはしましまの模様がある。よく見てみると。
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これは「アンデネス」と呼ばれる段々畑。平地の少ない山岳部で効率の良い農業を発展させた、インカの技術力だ。
ジャガイモやトウモロコシなどこの地を原産地とする農作物は多い。
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山間の渓谷の街の中心に、何やらテントがたくさん張られた区域がある。これが観光地としても有名な「ピサックの市場」だ。
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所狭しと露店が広がり、地元の人はもちろんのこと、観光客でにぎわっている。
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野菜から民芸品までありとあらゆるものが売られている。
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民族衣装で着飾った娘達。
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八百屋で売られていたトウモロコシ。色んな色と形がある。
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特にこの濃い紫色のものが、「チチャ・モラーダ」というペルーの代表的な紫色のジュースの原料となる。
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ピサックの市場で有名な窯焼きのパン屋さん。
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その軒先に、何故かかわいいモルモットのようなネズミが飼われていた。これはテンジクネズミの一種で、ペルーでは「クイ」という。何と食用なのである。
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これが代表的な「クイの窯焼き:cuy al horno」。ペルーの山岳部ではよく食べられる料理で、クイの丸焼きというか、姿焼きというか、クイを開いてオーブンで焼いてある。顔が付いているので、睨まれたような気になる。自分も当然の事ながら、あまりにグロテスクで最初は食べられなかったが、日本人を含め食べた人が皆結構いけるというので、恐る恐る食べてみた。肉は少ないのだが、ゼラチン質で、味はたしかに結構美味しかった。
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今回の行程で、最も標高の高い3800mにあるチンチェーロという村に立ち寄った。まさに富士山の頂上よりも高い村だ。この坂道の上に毎週日曜日に開かれるバザール(市場)があるという。短い坂なのだが、空気の薄いこの地では結構きつい。
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坂の上には広場が広がり、その向こうには侵略者であるスペイン人が造った教会がある。
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何とも素朴なバザールだった。
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結構きれいな織物が売られていた。
次回からはいよいよマチュピチュを紹介したい。
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朝のアルマス広場。朝日に輝いて美しい。
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民族衣装を着たインディオのおばちゃん達もひと休みで井戸端会議。
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クスコの街並みでよく目にするのがこの「インカの石組み」。何でもないようにも見えるのだが、これがインカ帝国の技術力、科学力の結集されたもの。
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インカの石組みは、「カミソリの刃1枚も通さない」と評されるほど、本当に精密で、こんな小さい石まで、きっちりとはめ込まれている。相当高度な石切の技術があったのだろうと想像されるのだが、なんと、インカ帝国には「鉄」というものがなかった。それが、銃や剣をもったたった200名のスペイン人に、いとも簡単に征服されてしまった原因とも考えられるのだが、鉄器なしで、どうやってここまで精巧に石を切ったのか。本当に謎だらけだ。
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その代表作がこのクスコ名物「12角の石」。知らなければ、通り過ぎてしまうような光景なのだが。
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手前から三番目の大きな石。確かに12角に切り出されている。鉄が無かったと知ると、本当にどうやって加工したんだろうと考えてしまう。
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ライトアップされたアルマス広場。
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何とも雰囲気があって美しい。
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教会もきれいにライトアップされる。
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坂の路地もいい雰囲気になる。
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夜の「12角の石」。
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高山病の予防について、「第55回 南米の高地へ:高山病とその予防について」で、高地では下痢は厳禁と書いた。つまり高地では「食の冒険」は御法度。マチュピチュ観光を無事に終わらせたいのであれば、食事と飲み物には十分に注意が必要だ。ただ、この露店のアンティクーチョ(牛の心臓の串焼き)は本当に美味そうだった。日本で言うところの「ハツ」が、大きめに切られ、照り焼きになっている。もちろん、この料理は、リマのちゃんとしたペルー料理のレストランでも味わえる。でもこういった屋台の雰囲気で食べるのがおつというものなのだが。。。食べる勇気は無かった。
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ペルー観光のメインイベントはもちろんマチュピチュ。自分が色々見てきた絶景の中でも、ベストテンに入るのは間違いない。日本からは、アメリカの都市を経由してまずリマへ入る。これがほぼ丸一日の行程だ。リマは海岸部にある都市で低地にある。このリマから、インカ帝国の都であったクスコへ一気に高度を上げる。
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上から眺めたクスコ市街の様子。赤煉瓦で統一されていて美しい。
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クスコ空港に到着。ターンテーブルの前では「コンドルは飛んでいく」の生演奏をやっていたりして、ペルームードは盛り上がっていく。でもここは標高3,400m、富士山の頂上に近い世界。慌ててスーツケースを運んだりすると、とんでもなく息切れする。高地に身体をならすため、ここから1日の過ごし方が非常に重要。あせらずに、ゆっくりゆっくり動く。詳しくは第55回「南米の高地へ:高山病とその予防について」をご参考いただきたい。
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クスコの中心部、アルマス広場(Plaza de Armas)。ペルーではどの街にもその中心部にはこのような「アルマス広場」と呼ばれる広場がある。「アルマス」とは「武器」という意味。争い事が起こった際に、住人が武器を持って集まった場所だかららしい。
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クスコのアルマス広場は、少し坂を上がって、高台から見下ろした景色が好きだ。写真左が大聖堂、正面がラ・コンパーニャ教会だ、
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ラ・コンパーニャ教会。インカ帝国の時代の建物の土台の上にスペイン人が建てた教会。
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数奇な歴史をたどった都市だが、インカ帝国の文化とスペイン文化が妙にマッチしていて、これが興味深い。
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イースター(復活祭)はキリスト教国では春の大きなイベント。その前の一週間(聖週間)はスペイン語圏ではセマナ・サンタと呼ばれ、日本のゴールデンウイークの様な連休になる。この聖週間にクスコでは、セニョール・デ・ロス・テンブローレス(地震の主:黒いキリスト像)の御輿を担いで行進するお祭りが行われ、アルマス広場が人で埋め尽くされる。
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石畳の路地。何とも趣がある。
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街の綿菓子売り、その数と色のど派手さが節操なく、それがペルーらしくて良い。
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ペルーの高地で当たり前のように飲まれる「コカ茶」。現地のポーターはこのコカの葉をしがみながら山を登る。コカとはもちろんコカインのこと。麻薬の原料になる葉っぱで、間違って土産に持って帰ったら大変なことになるかも知れない。ちなみにコカコーラのコカもこのコカの意味、当初は疲れた軍人の元気を付ける飲み物であったらしい。もちろん、今のコカコーラにコカインは入っていない。
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「ドクトル・イトウの地球の果てまで」も3年目。そろそろ、2006年から2010年までの丸4年間を過ごした、ペルーの魅力を紹介していきたい。あまりに思い出が多すぎて、何から紹介したらいいのか迷ってしまうのだが、旅行者とは少し違った視点で、ペルーの美しい風景、面白い風景を紹介できたらと思う。
ペルーというと高地というイメージがあるが、実際には首都のリマは海岸部の低地にあり、クスコやマチュピチュなどはアンデスの高地、その内陸部はアマゾン川が流れる熱帯雨林地域で、一つの国に様々な気候帯がある。それだけに色んな景色や食べ物が楽しめる。
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ペルーといえば、まずマチュピチュが思い浮かぶだろう。この景色は本当に神秘的ですばらしい。これは晴れた日のマチュピチュ。この角度から見ると、バックの山(ワイナピチュ)がインディアンの横顔に見える。真ん中の高い山が鼻で、左の低い山があご。偶然にしては面白い。
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雨のマチュピチュはまた幻想的ですばらしい。何も見えない真っ白な霧の中から、徐々に姿を現してくる様子は「天空の城ラピュタ」の世界。
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これはリャマ、アンデスに成育するラクダの仲間。とぼけた顔が何とも愛らしい。
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インカ帝国の都クスコ、標高3400mにある。富士山の頂上に近い高さにこんな街があるというのは、来てみないとなかなか実感できない。赤煉瓦の街並みが美しい、
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クスコの中心部、朝のアルマス広場。
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夜のライトアップされたアルマス広場(クスコ)。
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ペルーの南の端、ボリビアとの国境にある湖、チチカカ湖(標高3800m)。定期航路が就航する、世界で一番標高の高い湖。
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リマの北400kmにあるワラス。ペルーのスイスと呼ばれていて、ペルー最高峰の山ワスカラン(標高6768m)をはじめ、6000mクラスの山々が連なる美しい地域。写真はケロコチャ湖(Laguna Querococha:標高3980m)
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パストルリ氷河(Nevado Pastoruri:標高5000m〜5400m)を目指して、9合目まではバスで登り、そこから馬で9.5合目まで登って行く。後は氷河までの地獄の登山。
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初めて体感した標高5000m。氷河自体よりも、そんな場所にいる自分に驚いた。空気が薄く、一歩一歩が本当に苦しく、周りが黄色く見えた。
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ワラスの高山地帯に自生するプヤライモンディ(Puya Raymondi )、百年に一度だけ花を咲かすという不思議な植物で、高いものは10mにもなるという。青い空に金色に輝き美しい。これがパイナップルの仲間というのがおもしろい。氷河よりもこの植物の方に感動した。
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ペルー第2の都市、「白い街」アレキパの夜景。
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ペルーのアマゾン地帯、プエルト・マルドナード(Puerto Maldonado)。ジャングルにあるロッジに宿泊して、ジャングルツアーを楽しむ。
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アマゾンの夕暮れ。これも忘れられない美しい景色だ。
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ペルー北部の海岸地帯チクラーヨ。トトラ葦で作られた小船で今も漁が行われている。
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ナスカの地上絵をセスナから見物する。これはハチドリで、一番見つけやすい地上絵の一つ。多くの地上絵は、地面と線のコントラストが薄くてなかなか見つけることができない。
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この装甲車のような車は? リマではよく見かける車で、いわゆる銀行の現金輸送車で、少々の爆発物でもびくともしないらしい。馬鹿げているようだが、武装集団対策で運転席に扉はない。何気ない風景だが、これがペルー、南米の実情。ツアーの団体行動をしているには問題ないが、一歩場所を間違えると危険が待っている。
これからじっくりとペルーの魅力を紹介していきたい。
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明けましておめでとうございます。
2013年最初の更新はアタカマからウユニ塩湖シリーズの最終回だ。標高4200mを超える天空の世界に、何とも美しい湖があるという。このシリーズのクライマックスを紹介したい。
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標高4000m以上、樹木の生息出来ない森林限界を超えた世界をひた走る。
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何もない世界だが、つい写真を撮りたくなるぐらい美しい。空に吸い込まれそうになる。
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殺風景な景色の中に突然、赤い湖が見えてきた。これが標高4200mにある天空の湖の一つ、その名もLago Colorada (Red Lake)「赤い湖」だ。
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赤く見えると言うよりも、本当に赤い。その赤さが周囲の景色に何故かマッチしている。
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赤い湖にピンクの鳥が飛んでいる。フラミンゴだ。
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この辺の湖どこにでもいるというのではなく、何故かここにしかいない。
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ここの景色を見ていると、赤い湖の水を飲んでピンクに染まったかのように思える。
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こんな絶景を同時に見ているのは我々だけだというのが、何とも贅沢である。他には誰もいない。
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しばらく走ると、今度は湯気が立ち上る地帯に着いた。
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地面にクレーターのような穴が何カ所もあいていて、そこから湯気がモクモクと上がっている。
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周囲には硫黄の臭いが立ちこめて、いわゆる温泉の匂い。
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恐る恐るのぞいてみると、マグマのようにゴボッゴボッとどろどろの地面からガスが吹き上げている。
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再び、何もない大地をひた走る。
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また湖が見えてきた。
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右端はいわゆる天然露天風呂、観光客がしばし休憩している。この景色の中で露天風呂とは何とも贅沢だ。
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6000m級の山々を横目に、ひた走る。
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鮮やかなエメラルドグリーンが目に飛び込んできた。もう一つの天空の湖Laguna Verde (Green Lake)「緑の湖」だ。
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底抜けに青い空、茶色い山とのコントラストが本当に美しい。
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アンデスの山々を見渡す景色は本当に贅沢だ。
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バスの残骸も何故か絵になってしまう。こんなところをバスが走っていたのか?走れるのか?
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アンデスの山々を見渡しながら、オフロードを突き進む。
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ボリビアとチリの国境、ボリビア側のイミグレーションだ。何とも素朴な小屋なのだが、ちゃんと常駐の職員がいて、パスポートにスタンプを押してもらった。
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夕日で地面が輝きだした。
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もうすぐチリのアタカマだ。
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アタカマ近くの国境からチリに入国し、アタカマ経由でカラマには夜8時に帰着した。我々が今まで体験した旅行で最も苛酷な36時間であったかも知れないが、満足度200%の絶景であった。
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塩のホテルで一泊し、翌朝ウユニ塩湖で少し写真撮影して塩湖を後にした。これからボリビアを南下して、チリ国境近くの天空の湖を見て、夜にはカラマまで戻る12時間の行程だ。
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まずは標高3700mにあるウユニの街へ立ち寄った。小さな素朴な街だが、太陽の光が燦々と降り注いでいる。
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街の市場をのぞいてみた。
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結構色んなものが売られていた。ここでウユニ塩湖の塩をおみやげに買って帰った。
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ウユニの街を出発し、次の目的地、標高4000mにあるサンクリストバル村を目指す。
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何もないオフロードを突っ走っていたら、突然村が現れた。
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スクールバスが止まっている。村の学校か?
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これは村の中心に位置する教会。藁葺き屋根が素朴でいい感じ。
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どうやら学校の下校時間なのか、子供たちが出てきた。
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面白いのが、ここの制服なのか、皆、白衣を着ている。
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どこの国も子供たちの様子はよく似ている。
日本から遠く離れたボリビアの4000mの高地にあるこの小さな村が、日本と深い関係があるということに驚く。この村の近くにはサンクリストバル鉱山という世界屈指の亜鉛と銀の鉱山があり、日本の住友商事が出資している。
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サンクリストバル村を後にして再びオフロードを突き進む。
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緑のない世界だが、土が陽に輝いて、何とも美しい景色だ。
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途中で川渡り、このあたりが標高5000mらしい。ドライバーは何度も何度もこの川を行ったり来たりする。塩湖で付いた車の塩を落とすためだという。
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突然現れた奇岩群。
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皆面白い形をしていて想像をかき立てる。
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次回はシリーズ最終回、天空の湖を紹介する。
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今回はウユニ塩湖で、話のネタに宿泊した「塩のホテル」を紹介する。
Luna Salada Hotel (http://www.lunasaladahotel.com.bo)、おんぼろホテルしかないこの周辺では、かなり高級な部類に入るホテルだろう。外観を撮るのを忘れてしまったので、上記のホテルHPを参考にして欲しい。
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なんといっても、中のほとんどが塩でできている。
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ロビーの様子。椅子も全て塩でできている。
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床には塩が綺麗に敷き詰められている。
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暖炉の前の共有スペースもみんな塩。
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何か身体にいい感じ。
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これが実際の室内。塩でできたベッドには毛布とふかふかの布団が敷かれていて、朝夜の冷え込むウユニでは信じられないくらい快適に休むことができた。寝台だけのぼろベッドの上に寝袋で寝るのとは大違いだ。
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ちゃんとバスタブもある。なんとこのバスタブにはジャグジーが付いていた。お湯のシャワーが使えるだけでも珍しいこの辺で、何とも贅沢な話だが、さすがに湯量はシャワーを浴びるのが精一杯というところだった。
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レストランのテーブルや椅子も塩でできていたが、ちゃんとクッションがおかれていた。ここでは結構まともなコース料理とワインを楽しむことができた。
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ホテルの軒先にフクロウがいて、夕日に光っていた。
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ホテルから見た夕焼けの様子。
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塩湖が真っ赤に染まっていく。高台から塩湖を見下ろす立地にある、このホテルならではの景色だ。
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翌朝、早起きして日の出を拝んだ。今度は塩湖が青白く浮かんでくる。
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大地が赤く、塩湖が白く輝きだした。
次回はウユニの街から赤い湖、緑の湖を目指す。
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乾期の白い世界も素晴らしいが、雨期のウユニ塩湖が見たかった。地面に空が映り、空を車で走るような気分になるという、この時期はまだ乾期の始まりで、塩湖の一部に水の張った部分が残っているらしい。早々ドライバーに探してもらった。
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確かに水の張った部分が残っていた。
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地面が鏡のようになる。塩の山もきれいに対称にに映る。
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まさに鏡の上の車。
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塩湖を走りまくって、塩だらけになっている。
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地面が鏡になって空を写す。
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この景色が見たかった。息をのむ幻想的な風景だ。
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確かに、雲の上に立っているような気分になる。
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雨期には塩湖全体がこういう風景になり、この景色の中を4WDで爆走する。まさに雲の上を走る。
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次回は、自分たちが泊まった、塩で出来たホテルを紹介する。
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自分が見てきた色んな景色の中で、「白い世界」という表現が似合うのは、トルコのパムッカレとこのウユニ塩湖だ。
ウユニ塩湖には2つの顔がある。一つは乾期の白く干上がった広大な白い世界、もう一つは真っ白な地面の上に水が張り、鏡となって空を写す雨期の姿だ。自分は雨期の姿が何としても見たかったのだが、雨期は道がぬかるんで、今回のルートからのアプローチは困難になると言う。何としても雨期の姿が見たかった自分は、雨季と乾季の両方の姿が見られる、乾期の始まりに行くことにした。これが大正解だった。
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まずは乾期のウユニ塩湖から。塩の結晶が地表にも模様を作る。
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この広大な白い世界が、四国の半分の面積で広がっている。全く想像できない。
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ただ、ただ、白い大地が広がる。
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白い大地は、白いサーキットにもなる。この大地の上をランクルが猛烈なスピードで爆走する。
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地表にはサッカーボールのような模様が出来ている。
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近づいてみてみると。
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塩の結晶が自然に作り出した模様、何とも不思議な世界だ。
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皆、車を止めて、暫し不思議な空間を楽しむ。
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塩湖の上はほとんど何もない世界なので、大きさや遠近感がわからなくなってしまう。
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こんな写真をみんな楽しんで撮っていた。
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そんなウユニ塩湖で数少ない目標物が、このインカワシ島。
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この島を目標に、皆、ウユニ塩湖を走り抜けてくる。
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ちょっとした、ドライブのサービスエリアのような感じだ。
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この島には面白いサボテンが生えている。ムーミン谷のニョロニョロのようなサボテンだ。
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ウユニツアー定番の4WDランクル。通常は7人乗りで、車の上に荷物とプロパンのボンベを積んでいて、ドライバーや同乗のコックが、料理をしながらツアーを進めていく。
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これが塩湖の上に立つ、塩で出来た「塩のホテル」。
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これはあくまで見物用のホテルと考えた方がよい。恐らく下水もお湯もないだろう。自分たちの泊まる塩のホテル(Luna Salada)が出来るまでは、塩のホテルとして有名であった。
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イスやテーブルも塩で出来ている。
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ホテルの前に各国の国旗がたなびいていた。もちろん日の丸もあった。
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塩の採掘場だ。塩の山がピラミッドのように、整然とならんでいる。
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これがまたいい景色になる。
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自分も採掘してみようかと。。。
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日の当たり具合によって、景色が変わる。
次回は、雨期の塩湖を紹介する。
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さあ、ウユニ塩湖へ向けて出発だ。今回のルートは第56回の地図でも紹介したように、アタカマからチリ側をずっと北上し、ウユニ塩湖近くの国境でボリビアに入る。帰りは逆にボリビア側を南下し、アタカマ近くの国境からチリに戻ってくる。
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4月29日午前5時、まだ夜明け前の暗闇の中、借り上げた4WDに乗って、アタカマを出発した。
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日が昇ると、何ともすごい景色が広がっていた。
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今回の行程はずっと標高3000m以上で、途中最高5000mの地点を走り抜ける。
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当然の事ながら、この高さは森林が成育する限界を超えていて、見渡す限り樹木というものがない。緑が無い世界だが、日を浴びて茶色と黄色に輝いて美しい。
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近づいてみると、土と岩の世界。
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これが今回借り上げた車、三菱の5人乗りピックアップ4WDだ。おんぼろランクルを想像していたが、きれいな車だった。
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遠くに何やら動物を発見!
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ビクーニャだ。アルパカやリャマの親戚で、ラクダ科の動物。ビクーニャの毛織物は超高級だ。
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アタカマを出発して6時間、ボリビアとの国境に着いた。
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何とも殺風景な景色だが、空の青さが本当にきれいだ。
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ここは国境の駅なのか、たくさんの車両が止まっていた。
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止まっているのか、捨てられているのか、駅なのか、列車の墓場なのか。
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これが国境。向こうはボリビアだ。
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この辺りは、見渡す限りの地面が鉱物資源そのものだ、こういった景色は見たことがない。
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塩湖のように美しくはないが、鉱物で出来た湖だ。
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途中、トイレ休憩に立ち寄った村。このあたりは標高4000mを超えている、空の青さに吸い込まれそうになる。
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素朴で質素な村の様子。
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この民家でトイレを借りた。ソーラーパネルがあって驚いた。
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看板には、「ここ! ビール、ワイン、ラム酒、コーラ。。。」酒場なのか酒屋なのか、これほどの場末は無いだろう。
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村の教会とお墓。
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ここにもビクーニャがいた。
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なんかすごい景色が見えてきた。今までに見たことのない、不思議な感覚をおぼえる。
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とうとう到着、白い海のように広がる景色はウユニ塩湖だ!
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アタカマ一帯は世界で最も乾燥した地域だそうで、日本をはじめ世界各国が天文台を設置している。当然のことながら、星空や夕暮れがきれいだ。
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夕暮れどきになると、ビューポイントにツアー会社の車が集まってくる。
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見晴らしのいいところまで、岩山の尾根を歩いて行く。
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そろそろ日が沈みはじめた。サンセットショーの始まりだ。
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日が沈みだすと、気温は一気に下がってくる。砂漠なので日中と夜の寒暖の差が非常に大きい。
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茶色一色であった景色が赤く染まり出す。
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6000mクラスの山が「赤富士」のように輝き出す。
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茶色から赤茶色に変わり、最後は真っ赤に光り出す。
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サンセットショーのクライマックス。
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下に降りてみると、月の谷に月が出ていた。
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夜はレストランの焚き火にあたりながら一日の疲れを癒やす。
さあ、明日はウユニ塩湖へ向けて出発だ。
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テレビ番組で、ボリビアの高地にある、ウユニ塩湖という四国の半分程もある大きな塩の湖が紹介されていた。その白い世界を車で爆走するというもので、雨期には湖面に水が張って鏡の様になり、空が地面に映ってあたかも天空を走っているような感覚になるそうだ。調べてみると、その行程には何とも美しい赤い湖、緑の湖があるという。是非とも行ってみたくなった。
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今は首都のラパスから、飛行機でウユニへ行く方法もあるようだが、チリ国境に近い赤い湖(Lago Colorada)や緑の湖(Laguna Verde)を見るのであれば、ラパスから3泊4日の4WDツアーが一般的だ。でもこの旅程は辺境慣れしている我が家にもさすがにきつい。4000mを超える高地を7人乗りのランドクルーザーに目一杯乗って走る。ホテルと呼べるような宿泊施設はなく、夜は氷点下にもなる高地で、暖房もない小屋のベッドに寝袋で寝るというもの。さぞかし夜空は綺麗だとは思うが、さすがに子連れには厳しいと判断した。そこで、最短でこれら全て満喫して帰ってこれる行程をプライベートツアーで組んだ。
チリのサンチアゴから入り、国内線でカラマまで北上し、カラマから車で1時間のサンペドロ・デ・アタカマで一泊し観光を兼ねて高地順応。翌日から車とドライバーを借り上げて、アタカマを朝に出発しチリ側を北上し一路ウユニ塩湖へ向かい、ウユニ塩湖の塩のホテルで一泊、翌日ボリビア側を南下し、Lago ColoradaとLaguna Verdeなどの絶景を満喫しながら夜にカラマに到着する。アタカマ発一泊二日、丸36時間の行程だ。今回の行程はボリビアの旅行会社コルケツアーに依頼した(www.colquetours.com)。
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リマから一旦チリの首都サンチアゴまで南下し(空路3時間)、そこからカラマまで北上する(空路1時間)。カラマは鉱山の街、何にもない殺風景な空港だ。
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空港の周囲には荒涼な景色が広がる。ここから陸路で1時間のサンペドロ・デ・アタカマへ向かう。
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サンペドロ・デ・アタカマ(標高2400m)はチリで最も古い街だそうで、有名な観光スポットの一つ。この周辺だけでも絶景を十分満喫できる。
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街の雰囲気はペルーの高地とよく似ている。素朴な街だ。
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世界各国からの観光客でにぎわっている。高地順応を兼ねてここで一泊。明日の朝はウユニ塩湖へ向けて出発だ。
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せっかくアタカマに来たのだから、アタカマの有名な観光スポット「月の谷」へ。
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月の世界は本当にこんな感じなんだろうか。
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この月の谷でNASAが月面や火星探査機の実験を行ったという。
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奥に見える山の標高は6000m。
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影が出来てくると、より宇宙的な景色に見えてくる。
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緑が全くない、乾いた景色が広がる。
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実際に月の谷を歩いてみる。
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浸食で出来た溝は切り立った岩壁になっている。
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砂漠の中を歩いていく。
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地層がむき出しになっている。アメリカのグランドキャニオンに似た景色だ。
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砂山を駆け下りて遊ぶ人達。このアタカマ砂漠は南北に1000kmも続くという。
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この地域には浸食で出来た奇岩がよく見られる。
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次回は様々に色を変える、夕暮れの様子を紹介する。
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高地を旅行される方への高山病予防薬(ダイアモックス)の処方を開始しました。
保険適応外となりますので、自費診療となります。
高山病予防薬(診察、問診、ダイアモックス5錠:5日分):3,000円
お電話にてお申し込み下さい。(06-6786-1114)
*高血圧、心臓病などの持病をお持ちの方はお薬手帳など、現在服薬中のお薬の記録をお持ち下さい。
院長はペルーで4年間勤務し、クスコやチチカカ湖等で起こる、日本人旅行者の高山病トラブルの救援に関わってきました。
院長自身もアンデスの高地(3500から5000m)の旅行経験は豊富で、高山病の恐ろしさを自らも経験しております。
是非、「高山病とその予防について」をご一読下さい。
これから、中南米の美しい景色を紹介していく。特に南米の高地の景色は本当に素晴らしい。ただ、日本人が国内では到底経験できない高さを、徐々に高度を上げていく登山とは違って、いきなり体感することになるので、健康上のトラブルが多いのも確かだ。
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サンペドロ・デ・アタカマ近郊(チリ)標高4000m
自分は高山病の専門家ではない、また登山家でもアスリートでもない。唯一自慢できることといえば、ペルーで過ごした4年の間に、ごく一般的な旅行者として、ペルー、ボリビア、チリの高地を旅行して、家族と共に標高3500から5000mまでの高度を実際に体感したことと、仕事上で現地の医療事情をよく知っている、日本人としては珍しい医者だということだろうか。
またペルーに勤務中の職務として、高山病で重症化した日本人旅行者の救援保護に関わってきた。その経験と知識を元にこれから南米の高地を旅行する方に、高山病とその予防についてまずは書いてみたい。
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マチュピチュ(ペルー)標高2400m
以下の文章は自分が勤務中に大使館ホームページに書いた高山病についての注意書きで、まずは基礎知識として読んで欲しい。
高山病について
低地から高地に上がった時、その低気圧、低酸素状態に身体が順応できないことが原因で起こる一連の症状を言います。低地から2500mの高地に短時間で移動した成人の約25%に、何らかの高山病症状が認められると言われています。特に低地から飛行機で一気に高地へ上がると症状が出やすくなります。観光地として有名なクスコは3400m、ティティカカ湖は3800mの高地にあり、実際、リマからこれらを訪れた旅行者の多くが、何らかの高山病症状を経験すると思われます。軽度の山酔いから、個人の体質によっては比較的重い高山病を起こします。
高山病の初期症状は、頭痛、呼吸浅薄感、食欲低下、腹部の膨満感、などで、就寝後も眠りが浅く、頻回に目を覚ます不眠感も典型的な症状です。高山病は重症化すると肺に水が溜まる「高地肺水腫」や脳がむくむ「脳浮腫」となり、すぐに適切な治療を受けると共に、急いで低地へ下がらないと死亡に至ることがあります。
高山病の発症はその日の体調などによっても左右されるため、無理な日程は禁物です。特に高地に到着した初日は十分な休養を取るようにしましょう。過去に高地で高山病にならなかったことは、今回高山病にならないと言う保証にはなりません。ただし、過去に高山病の経験のある方は、特に注意を要します。また、低酸素状態は心臓や肺に大きな負担をかけるため、心臓疾患や肺疾患のある方は事前に医師に相談されること強くおすすめします。
高山病の予防
1. 高地に到着後、初日は十分な休養をとる。
(余裕のある計画を心がける)。
これがもっとも大事です。"ゆっくり、ゆっくり"を心がける。
2. 空港に着いたら"ゆっくり、ゆっくり"歩き、なるべく階段の使用を避ける。
3. 水分を十分に摂る。
4. 高地では低気圧、低酸素のため消化機能が低下するので、腹8分目に心がける。
炭水化物を多めにとり、脂肪分は控えめにする。
5. アルコールの摂取はできるだけ避ける。睡眠薬の使用も控える。
6. 高山病予防薬について
アセタゾラミダAcetazolamida(製品名ダイアモックス: Diamox)の内服は高山病の予防効果がある他、頭痛や不眠などの高山病の症状を改善させる効果があります。アセタゾラミダは日本では医師の処方箋を必要とする医薬品ですが、ペルーの薬局では処方箋なしでも購入することができます(空港内の薬局でも購入できます)。
薬局では必ず『アセタゾラミダAcetazolamida 250mg』と注文して下さい。
当地では『ダイアモックス』という商品名は一般的ではありません。
予防内服方法は、成人の場合 高地に上がる当日の朝より、
1日2回(朝と寝る前) 125mg (250mg錠ならば半分に割って)内服します。
服用後、手指にしびれ感を感じることがあります。
アセタゾラミダには利尿作用(尿の量を増やす作用)があるので、水分を十分に補給してください。高血圧や心臓病、糖尿病等慢性疾患をお持ちの方は内服前に必ず医師に相談してください。
薬局が勧める『SOROJCHI PILLSソロチピル』は単なる頭痛薬で、高山病の予防薬ではありませんのでご注意下さい。
以上
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雨のマチュピチュ(ペルー)標高2400m
特に、食事を少なめに食べることと、高地に滞在中は食事には特に厳重に注意して、決して冒険をせず、お腹の健康を保つことだ。高地でお腹をこわしてひどい下痢をすると最悪のシナリオになる。高級ホテルと言えども、野菜を含め出来るだけ生のものを避けるのが賢明だろう。
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ウユニ塩湖(ボリビア)標高3700m
また、ダイアモックという名前が
ペルーの薬局では通用せず、『アセタゾラミダAcetazolamida』という名前しか通用しないことも、おぼえていって欲しい。
特に『SOROJCHI PILLSソロチピル』には気をつけて欲しい。現地の人や薬局は「高山病の薬」としてこの薬を必ず勧めてくる。
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では、少しこの『SOROJCHI PILLS:ソローチェピル』に付いて説明する。
決してこの薬を非難するわけではなく、これは単なる頭痛薬であることを知って欲しい。
組成はアスピリン、カフェインなどで、日本の「バファリン」によく似た薬だ。つまりこの薬は鎮痛薬、解熱剤であって、確かに頭痛には効くが、高山病を予防する効果は無いといっていいだろう。
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雨期のウユニ塩湖(ボリビア)標高3700m
この『SOROJCHI PILLS』の飲み方には高地にいる間、8時間毎に服用するように書いてある。
通常の日本人が何日間も1日3回バファリンを飲み続けたらどうなるだろう。
高地ではお腹をこわすことは御法度だ、下痢は高山病を急速に悪化させる。胃腸の弱い人がバファリンを1日3回飲み続けたらどうなるか。。。逆に体調が悪くなるだろう。
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Lago Querococha(ペルー)標高3980m
現地で頭が痛いというと、薬局だけでなく、現地の人々や旅行関係者までも当たり前のようにこの薬を持ってくるので、十分注意して欲しい。当然、単発で飲む頭痛薬としては何の問題もないのだが。。
ペルーに勤務中によく受けた質問が、高地に子供を連れて行って大丈夫であろうか?と言う質問だ。その多くが南米の駐在員の家族で、せっかく南米に来たのだから、マチュピチュは是非見てみたい、というものだ。
子供は高山病に弱いとよく書かれているが、実際のところはよくわかっていない。ただ、子供が頭痛や嘔気で水分が摂れなくなったら、その悪化は大人より深刻になるだろう。
子供同伴の可否について、自分なりの一つの基準を持っていた。それは、体調の悪さ(頭が痛い、お腹が痛い)を自分で訴える事のできる年齢かどうかと言うことだ。個人差もあると思うが4〜5歳ぐらいが基準になるのではないかと思っている。
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パストルリ氷河(ペルー)標高5000m
自分は比較的高地には強い方であった。5000mでも何とか観光をこなすことは出来た。ただし、標高2850mにあるキト(エクアドル)への出張時、いつも到着初日はお腹が張って食事が進まず、夜は熟睡できずに何度も目が覚めた。高地から戻ると数日間は強い全身倦怠感が残った。高地では予想以上に体力を消耗する。
高地にあるホテルや空港には必ず酸素ボンベが用意してある。ホテルで体調が悪いというと酸素ボンベを部屋へ持ってきてくれる。自分は何度も高地へ行ったが、一度だけその酸素ボンベのお世話になりかけたことがある。行きなれたクスコ(3600m)へ友人を連れて行き、調子に乗って、いつになく夕食を腹一杯食べビールを飲んだ。その夜、異常な息苦しさに目を覚まし、もがきながら朝を迎えた。もう少しで酸素ボンベを頼むところだった。
高地では腹7分目が大事であることを、身をもって思い知った次第である。
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月の谷:アタカマ(チリ)標高2600m
唯一の高山病予防薬として認知されているダイアモックスであるが、飲んで調子が悪いという人も少なからずいる。できれば旅行前に数日服用してみて、問題ないかどうかを確認しておいた方がよいだろう。
最後にこれはあくまで私見であるが、高山病の予防に漢方薬の「五苓散」がその薬効から有効であろうと考える。
頭痛や吐き気や下痢の薬にもなるし、ダイアモックスよりも副作用が少なく効果があるのではないかと考えている。
高地へ出発する日の朝から1包(2.5g)を1日3回、高地に滞在中飲んでいればよい。
「五苓散」は小児科でも下痢や吐き気に頻用する薬なので、子供にも安心して使用できる。
次回より、アタカマ(チリ)からウユニ塩湖(ボリビア)への4WDでの旅を紹介したい。
※このブログを見てくれた読者から、高山病予防薬の処方についての問い合わせをクリニックにたくさんいただいている。
当院でも2014年4月1日より高山病予防薬(ダイアモックス)の処方を開始することとした。
詳しくは「高山病予防薬の処方について」をご覧下さい。
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クロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナを巡る旅の終着点、クロアチアの首都ザグレブに着いた。
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街の景色はごく一般的なヨーロッパの都市といった感じだが、ゴミなどがあまり落ちていなくて、こぢんまりとした綺麗な街だ。
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休日の朝であったので人通りも少なかった。
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ザグレブというと、ここのプロサッカーチームに三浦知良選手が一時期所属していたことで、街の名前を知っている人もいるかも知れない。
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上品な黄色が目印の市庁舎、周囲にはたくさん花が植えられていて、ステキな街のシンボルだ。
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大聖堂は改修工事中だった。
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旧市街をぶらぶらと歩いてみる。
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なにやら広場に沢山の人が集まっていた。
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そこは青空青果市場だった。野菜や果物の色が鮮やかだ。
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何ともレトロな秤が街に合っている。
追伸:クロアチアのおみやげにネクタイを買って帰る人が多い。何とクロアチアはネクタイ発祥の地といわれている。17世紀にクロアチア兵(クラバット)が首に巻いていたスカーフが起源と言われている。ネクタイは英語ではnecktieだが、フランス語ではクラヴァット(cravate)スペイン語ではコルバタcorbataで、クロアチア兵の呼び名がネクタイそのものの名前になっている。
「CROATA (http://www.croata.hr)」と言うブランドが有名で、各地に立派な店舗がある。デザインが素敵で、一時期日本でも販売されていたそうだ。
次回からは本格的に南米を紹介していく。
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クロアチアの観光案内を見ると、写真のような面白い形をした何とも美しいビーチが紹介されていた。
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Brac(ブラチ)島のBOL(ボル)にあるZlatni rat(ズラトニ・ラット)というビーチで、「黄金の角」という意味だそうだ。ヨーロッパで有数の美しいビーチとのことで、早速行ってみた。
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フェリーでBrac島へ渡り、陸路BOLを目指す。何かそれらしい景色が見えてきた。
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海の透明度が高く、熱帯の海を彷彿させる。
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確かにきれいな砂浜が、角のように海にせり出している。
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ビーチそのものは素朴なビーチだ。とにかく海が透き通っている。
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沖の方を見ると、豪華な大型ヨットが何隻も停泊している。聞くところによると、イタリアの有名サッカー選手がお忍びでやって来るらしい。島のレストランに食事に上がって来ることもあるらしい。確かに海の向こうはイタリアだ。
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世界遺産、スプリトの街へ戻ってきた。
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スプリトを中心としたダルマチア地方は、中世にヴェネチア共和国の属州として栄えた地域。イタリアの遺跡を見ているような感じだ。
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ちなみに101匹わんちゃんのダルメシアンの原産地ともいわれる。
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ライトアップされた遺跡はなかなか幻想的。
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その遺跡が今様に使用されているのも面白い。
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港には、外国航路の船が停泊する。
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スプリトから首都のザグレブまで寝台列車で移動する。洗面台まで付いた、なかなか機能的な寝台列車だ。次回は今回の旅の終着点、ザグレブの街。
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クロアチアの旅も後半戦、これからは美しいアドリア海の島々を紹介する。
まずは、クロアチア版「青の洞窟(モドゥラ・シュピリャ)」。「青の洞窟」といえば、イタリアのカプリ島が有名だが、クロアチアには本家を凌ぐモノがあるという。
ドゥブロブニクから陸路スプリトまで北上し、そこでレンタカーを返却して、フェリーでVis島(ヴィス)へ渡る。
「青の洞窟」へは何通りかの行き方があるのだが、我々はVis島に宿をとって、そこからのツアーに参加した。
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これがVis島、派手さのない素朴な島だ。
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アドリア海で夏を楽しむヨットがたくさん泊まっている。
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村の海水浴場という感じ。
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でも、水は透き通っていて、すごくきれいだ。
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共産圏の象徴、大衆車の現地生産フィアット。こんな具合に改造されているのが、民主化の証か?
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ボートで「青の洞窟」のあるビシェヴォ島(Biševo)へ到着。
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珊瑚礁の海を彷彿させるぐらいきれいな海だ。
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ここから小型ボートで青の洞窟へ向かう。
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これが、青の洞窟の入り口。
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頭を打ちそうな入り口を入っていく。
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暗闇の中をゆっくりと進んでいくと。
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蒼く輝く光が見えてきた。
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こりゃなんだ!と驚くぐらい美しい。
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幻想的に蒼く光り輝く海。よく下を見ると海が限りなく透き通っている。
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恐らく色んな自然条件が偶然に重なることによってできる、自然の芸術であろう。
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もちろん、好天の日にしか見ることは出来ない。
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中から入り口を見ると。
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自分はイタリアのカプリ島には行ったことはないが、この青の洞窟は見る価値の高い逸品景色。美しい。すばらしい。
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今回はクロアチアきっての観光名所、世界遺産「ドゥブロヴニク」を紹介する。この地はクロアチア本土とは陸続きではなく、いわゆる飛び地になっており、陸路からだといったんボスニア・ヘルツェゴビナを通過することになる。観光シーズンにはフランクフルトなどからドゥブロヴニクへ直行便も出ている。
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半島のように海に飛び出た旧市街は、「アドリア海の真珠」と謳われる。
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アドリア海の濃いブルーに赤煉瓦がよく映える。
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この街は、中世に海洋都市として交易で栄えた。
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当時の砲台が今も残っている。
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屋根の色が統一されていて整然と並んでおり、非常にかわいらしい街並みだ。
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この街には今でも普通に人が住んでいて、洗濯物が干してあったり、生活の匂いがする。
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実際には異なるようだが、アニメ「魔女の宅急便」の街並みを思い描いてしまう。おしゃれな港町といった感じだ。
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実際に街の中を歩いてみると、カフェやみやげ物屋などもあり、いい感じである。
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高い壁には、さすがに重厚感がある。
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細い路地にも、非常に趣きあがる。
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旧市街のすぐ隣にはプライベートビーチがある。
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トップレスの女性が多く、目のやり場に困ってしまう。
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こういった街中の海なのに、水は非常に透明感が高く美しい。アドリア海は本当に綺麗な海だ。
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こんな具合に海に浮かびながら、世界遺産を見物することもできる。これは贅沢。
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夕暮れ時を狙って高台に上がった。
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ここから見る旧市街は本当に美しい。
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ホテル・エクセルシオールからの夜景。旧市街がライトアップされて幻想的に浮かび上がる。
ドゥブロブニクでは是非このホテルに泊まって欲しい。レストランからの眺めが、朝も夜も本当に美しい。
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高台からの夜景ももちろん美しい。
次回はアドリア海の島に渡り、クロアチアの「青の洞窟」を紹介する。
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戦禍の街サラエボを後にし、次の目的地、ボスニア・ヘルツェゴビナ初のユネスコ世界遺産、「モスタル旧市街の古い橋の地区」へ向かう。
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モスタルの街はイスラムの香りのする、静かな田舎町といった印象だが、紛争の最前線であったことから、街中のいたるところにその傷跡が残っている。
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建物の壁には無数の銃弾の跡が残っている。
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廃墟となってしまったまま残されている建物がもの悲しい。
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半分だけが修復された集合住宅。まだまだ復興の途中であることを物語っている。
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この道はアドリア海に面したクロアチアの観光地、ドゥブロヴニクやスプリトに繋がっている。ここを左に入ると「スタリ・モスト(古い橋」がある。
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ここが「スタリ・モスト(古い橋」への入り口
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観光客用に周辺の店も綺麗に整備されている。
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みやげ物をのぞくと、きれいな細工物。よく見ると銃弾の薬きょうに細工をした物だ。
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峡谷を流れるネレトヴァ川にイスラム寺院の尖塔が美しい。紛争時、この川を挟んでイスラム教徒とキリスト教徒が対峙していた。
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スタリ・モストはオスマントルコ支配下の重要な建築物の一つであったが、1993年クロアチア側(カトリック勢力)によって破壊されてしまった。紛争終結後2004年に再建され、平和復興の象徴となっている。
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この橋の真ん中から川に飛び込むのが、街の若者の伝統になっている。浅そうに見るのだが。。。
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スタリ・モストはアーチ状の橋で、1088個の地元で切り出された石で出来ている。技術的にかなり高度なものであったらしい。
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次の目的地ドゥブロブニクへ向けて、クロアチア側への国境を越える。
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アドリア海へ出た。何ともきれいな海沿いのハイウエーを走る。
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クロアチアの一大観光地であるドゥブロブニクはいわゆる"飛び地"で国土が途中で途切れている。クロアチア側から、いったんボスニア・ヘルツェゴビナへ入国して再びクロアチアへ入らなくてはいけない。これが2回目の国境。
次回は魔女の宅配便に出てくるような街、ドゥブロブニクから。
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次に訪れるのは、クロアチアの隣国ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボ。サラエボと聞いて、どこの国?と考える人が多いと思うが、サラエボ・オリンピックというと覚えている人も多いだろう。1984年に行われ、カタリナ・ヴィット選手らが活躍した冬期大会だ。当時はまだユーゴスラビアであったが、その後に分離独立した。ボスニア紛争では1992年から4年間にわたり敵軍に街が包囲され、多くの犠牲者を出した。これらの写真は2005年8月当時のものである。
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プリトヴィッツェから陸路ボスニア・ヘルツェゴビナ国境へ。クロアチア側に比べシャビーな国境だ。
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職員の事務所もこんな様子。経済格差を感じる。
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山間ののどかな農村地帯を走る。
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道中、所々の店先でこのような光景を見た。豚の丸焼き?と思っていたが、ここはイスラム教徒の多い国、羊の丸焼きだった。間近で見ると結構グロテスク。
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その名も「サラエボ・ビール」、国際コンクールで何度も賞を取ったビールらしい。
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サラエボに向けて走っていく。今回の写真の多くは、カメラを向けづらい被写体が多く、車の窓越しに撮ったものがほとんどなので、写真のできはご容赦いただきたい。あくまでも雰囲気が伝わればと思う。
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何の変哲もない普通の街の光景だが、家の外壁には生々しい銃弾の痕がいっぱいだ。
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今は普通に生活をしていて、生活感がある家だけに、傷跡が生々しく感じる。
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水玉模様のように銃弾の痕が残っている。
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そろそろサラエボ市内に入ってきた。
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今はこのようなモダンな建物も見られるようになった。
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市内中心部にある象徴的な高層ビル。
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銃弾の痕で廃墟のようになったままだ。
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瓦礫のようになったビルもそのまま放置されている。
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このような商業ビルさえ、銃弾の痕がいっぱいだ。
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市の中心部から少し離れた、オリンピック会場を目指す。
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今回サラエボに来た目的はこのオリンピック会場の様子を子供達に見せるためだ。
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五輪のマークが何かもの悲しそうな塔。
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かつてのオリンピック会場は今、ボスニア紛争の多くの犠牲者が眠る、広大な墓地となってしまっている。
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これらは恐らくイスラム教徒のお墓、宗教によってグループ分けされているのだろうか。
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平和の祭典であるオリンピック会場が、戦争の悲しみの場所と化している。何とも皮肉な話だ。
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旧市街にある職人街、バシチャルシァ。色んな土産物屋が並ぶ。オスマントルコの影響を受けた建物が何ともオリエンタルな雰囲気を醸し出す。
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観光客で賑わう観光地になっている。
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ユーゴスラビア時代1970年代にフィアットをライセンス生産した、ユーゴスラビア製の車「YUGO」
次回は平和再建の象徴、世界遺産のモスタルへ。
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今回の旅程はクロアチアの首都ザグレブの空港でレンタカーを借り、陸路でプリトヴィッツェ湖群国立公園ーサラエボ(ボスニア・ヘルツェゴビナ)ーモスタル(ボスニア・ヘルツェゴビナ)ードゥブロヴニクースプリト、スプリトから船でアドリア海の島へ渡り、帰りはスプリトから寝台列車でザグレブへ戻る行程だ。
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まずはクロアチアが誇る世界自然遺産のプリトヴィッツェ湖群国立公園をめざす。
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これがプリトヴィッツェ湖群国立公園の案内板。16の湖が立体的に8kmにわたって滝でつながって、美しい景観をつくり出している。
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公園内には所用時間によって何通りもの散策ルートがあり、このような遊歩道を歩いていく。
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森の中の散策は、すごく気持ちがいい。
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この地域の地質が石灰質であるためか、湖水はエメラルド色で、
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何故か異常なまでに透き通っている。
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湖の底の様子まで透けて見える。
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魚もたくさん寄ってくる。
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エメラルド色の水の中に魚の姿が浮かび上げって見える。なんだか不思議な光景だ。
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遊歩道の脇にはこの様なかわいい花々が咲いている。
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緑の中に原色が映える。
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湖と湖はこのように滝で立体的につながる。
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それぞれの滝には名前が付いていて、特徴を表していて面白い。
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何といっても、このプリトヴィッツェ湖群は高いところから見下ろす景色が美しい。
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湖と湖を滝がつなぐ間に遊歩道が通っている。
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これが有名なプリトヴィッツェの景色、立体的に湖がつながる。
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この景色はある場所に行かないとみることが出来ない。散策ルートの中には入っていないルートも多い。インフォメーションセンターの人に写真を見せて、この景色が見える場所をと教えてもらった。これを見なくてはここに来た値打ちがないのだ。
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この美しい景勝地も1991年のクロアチア紛争ではセルビア人に占拠され、一時はユネスコ世界遺産の危機遺産リストに登録されたことがあった。
次回はボスニア紛争の戦場と化したボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボを訪れる。
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舞台はいったんヨーロッパに戻って。
世界をあちこち旅してきたというと、お勧めは何処ですか?とよく尋ねられる。趣味嗜好によって旅先の善し悪しは変わるのだが、自然の景色好きの自分は、院長イチオシのヨーロッパの穴場、クロアチアをお勧めする。
クロアチアと聞いてピンと来ない人も多いと思う。
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クロアチアは1991年に旧ユーゴスラビアから分離独立した国で、バルカン半島の付け根に位置し、アドリア海に面してイタリアと向かい合う。歴史的には海岸部のダルマチア地方はベネチア共和国の属州であったことからも、ローマ帝国の影響を強く残している。食事もイタリア料理に近く非常に美味しい。
クロアチアは山、美しい海、歴史建造物、美味しい食事と色んな要素を満たしてくれる。今回はクロアチアの行程に加えて、数奇な歴史をたどった、ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボにも足を伸ばし、今もなお深く残るボスニア紛争の傷跡も垣間見た。まずは全体をさっと紹介する。
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まずはクロアチアが誇る世界自然遺産のプリトヴィッツェ国立公園。立体的に滝で繋がる湖とエメラルド色で透き通った湖水が神秘的だ。
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ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボ。サラエボの冬季オリンピック会場は今、大きな墓地となってしまっている。
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ボスニア紛争後に再建されたモスタルのスタリ・モスト(古い橋)は世界遺産に登録されている。
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「アドリア海の真珠」 ドゥブロヴニク。実際は異なるようだが、ジブリアニメ「魔女の宅急便」の舞台の様な街。
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アドリア海に浮かぶ島々のビーチ、これもジブリアニメ「紅の豚」そのもの。熱帯の珊瑚礁の海ではないが、とにかく海がきれいだ。
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クロアチアのビシェヴォ島では、本家カプリ島に勝るとも劣らない「青の洞窟」がある。
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ローマ遺跡のような街スプリト。
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クロアチアの首都ザグレブ。地味だが何か感じのいい街だ。
次回からそれぞれのスポットを詳しく紹介していきたい。
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とうとう4泊5日ガラパゴスクルーズの最終日。気持ちの言い朝だ。
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最終日はスケジュールもゆっくりなので、のんびりと朝の海を眺めていられる。そうしていると、色んなタイプのクルーズ船とすれ違う。これは帆船タイプのもの。
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こちらはクルーザータイプのもの。大小さまざまなタイプがある。船のタイプによって色んな楽しみ方があるんだろう。
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最終日の朝はモスケラ島のアシカたちをボートからウオッチング。
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のんびり平和なアシカの島。アシカたちは人間を恐れず、ボートに近づいてくる。
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何とも愛らしい、昼寝姿。
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そしてバルトラ島に上陸し、空港へ。
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イグアナマークの飛行機で、エクアドル最大の都市であり、海沿いの港湾都市グアヤキルへ向かう。(ちなみに首都のキトは人口では2番目)
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グアヤキルもコロニアルな色合いの強い街で、立派なカテドラルがある。
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この街に立ち寄った理由は、このカテドラルの前にある、通称イグアナ公園を見ること。たくさんのイグアナが放し飼い状態で餌付けされている。
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イグアナのエサはキャベツ。
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こうやって、エサを直接与えることも出来る。決して危険な動物ではない。
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公園中,いたるところにイグアナがウジョウジョといる。
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このイグアナたちはガラパゴスで見たイグアナとはだいぶん違う。
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なんとも、より爬虫類ぽい顔をしている。
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木の枝にもイグアナがいて、ベンチに座っていると突然上から落ちてきたりする。何とも微笑ましいガラパゴスクルーズのエンディングだ。
院長のちょいとひとこと:
「ガラパゴス」という単語は最近ではネガティブな意味合いで使われることが多いと思う。
周りから取り残され、独自に進化していく様子を「ガラパゴス化」と評される。日本の携帯電話などがそのいい例で、高機能なわりに、通信方式を世界標準としなかったために、日本だけでしか使用されず、独自に進化した。
ちなみに、スーダンやポーランドで使用していた携帯は、日本以外の世界中何処へ行っても、ほとんどはそのまま使用することが出来た。
これだけ情報が氾濫していて、世界の情報がリアルタイムに入ってくる現在であっても、日本はガラパゴスなのだとよく感じる。この10年で世界はかなり変わってきている。例えば身近な例で、日本から一歩外に出ると、韓国車や韓国製の家電がかなり幅をきかせているということを日本人は知っているだろうか。韓国車がほとんど走っておらず、LGやサムソンの家電製品が一般的でない国は恐らく日本だけだ。もちろん日本ブランドの車や家電が高性能であることは世界の常識である、でもその品質にかなり近づき、しかもサービスやデザインで追い越しつつある韓国製品が、日本製よりも格段に安く売られているのが現状で、海外で働く日本のビジネスマンはそういった厳しい現状と日々戦っている。日本の中にいては、なぜかそういった現状を知ることはない。
こんな政治ではどんどん世界から取り残され、ガラパゴス化が進んでしまうと真剣に危惧している。
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ガラパゴスクルーズもいよいよ終盤になった。4日目の午後は、サンタクルス島へドライランディング。
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上陸用のボートへはこんな感じで乗り込んでいく。クルーズ初日にグループ分けがされていて、いつも同じメンバーで動く、我々のグループ名はコルモラン(ガラパゴスコバネウ:第43回を参照)。
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今回の主役はゾウガメだ。
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亀の顔をまじまじと見たことがないが、これだけ大きいと表情のような物が見える。
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妙に目や鼻の穴がリアルだ。
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草を食べているようすは、結構ワイルド。
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ガラパゴスでゾウガメといえば、ダーウィン研究所のロンサムジョージが有名だが、今回の4泊5日のクルーズには残念ながら訪問機会がなかった。その代わりにこのサンタクルス島のハイランド地区でゾウガメを見ることが出来た。
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こんな距離感で観察する。
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どこかで見た顔だと思ったら、ETにそっくりだ。ETはゾウガメをモチーフにしたのだろうか。ガメラというよりもETだ。
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泥の水場に集まってくるゾウガメたち。
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何匹も集まってくると、なかなか壮観だ。
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そこにフィンチが飛んできた。
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やっぱりETだ。
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ゾウガメの甲羅は白人男性がすっぽりと入れてしまうほど大きい。
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サンタクルス島は人間の生活感のある島。夕暮れの港はいい感じ。
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この日のタオルはなかなかの力作。
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四日目の朝、朝食を済ませ、いつものようにゴムボートに乗り込む。
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午前の目的地ノースセイモア島へボートで移動する。
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リクイグアナともう一度ご対面。ウミイグアナと違いリクイグアナはあまり見られない。同じイグアナといっても顔も形も全く異なる。
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この島はアオアシカツオドリや軍艦鳥の営巣地を見ることが出来る。まずはアオアシカツオドリ。
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飄々とした表情がおもしろい。
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名前の通り足が青い。
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これがアオアシカツオドリの雛。雛は足が青くない。
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ちょうど産卵時期だったのか、卵を抱く姿も見ることが出来た。
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雛にエサをやっていた。
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こんな感じで観察する。
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こんどはグンカンドリ(軍艦鳥)
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雄は求愛のポーズでのどを赤く膨らませる。
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飛んでいると、本当に恐竜に見える。
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こうしてみると、ディズニーアニメの魔女の傍らにいる鳥のよう。ちょいとヒールなイメージ。
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巣では雄が求愛ポーズを取っていた。
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のどの袋のような物を膨らませている。
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正面から。
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これがグンカンドリの雛、何とも愛嬌がある・
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面白いポーズをとる。
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この日のタオルは親鳥と雛。
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3日目の朝はフェルナンディナ島のプンタ・エスピノーサにドライランディング。
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クジラの骨がそのまま残っている。
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この島にはウミイグアナがうじゃうじゃといる。イグアナ目線で一枚。
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もう一回アップで。。なんとも不細工な顔なのだが、愛嬌がある。
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この島にはムーミンに出てくるニョロニョロのような、おもしろいサボテンが岩の間に自生していた。
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この鳥もガラパゴスを代表する鳥で、ガラパゴスコバネウという鵜の仲間。ちょうどこの時期は雛がかえって、子育て真っ最中だった。
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この鳥は飛べない鳥で、羽が退化して小さくなってしまっている。
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首を曲げると、確かに鵜の様な感じがする。
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ここではガラパゴスペンギンを保護しており、その生態を見ることが出来る。
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何ともかわいい。
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そして、ガラパゴスの人気者、アオアシカツオドリの登場。
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その名のとおり、足が鮮やかに青い。
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午後からはイサベラ島に移動し、断崖絶壁に生きる鳥たちを観察する。
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見事に切り立った崖。
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ボートで洞窟へ入っていく。
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ふと見ると、ボートの脇をウミガメがのんびり泳いでいく姿を見つけた。
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ボートを意識しているのかいないのか、時々頭を上げながら泳いでいく。
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この日の夕刻は船上でパーティー。乗客から選ばれたキャストでの寸劇などを楽しんだ。
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船上からの綺麗な夕日。
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この日のタオルはこんな感じ。
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午後からはサンチャゴ島に場所を移して、プエルト・エガスにウエットランディング(水に濡れながら上陸していく)。
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火山の噴火で流れ出した溶岩が急に冷えて固まった海岸。
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自然が作り出したプールや溶岩ブリッジが出来ている。
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ここでは奔放に振る舞う自然のアシカがみられる。子供にお乳をあげている。
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何とも気持ちよさそうにお昼寝中。
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人間を全く意識していない。人間は危害を加えないし、エサもくれない。だから全くシカト。
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口の前にはカニの跡。
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こんな具合に近づいても、全く無反応。でも触るのは御法度。
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ここはまた、ウミイグアナの楽園だ。
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なぜか皆、海をただ見つめて佇んでいる。
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化石のように動かない。
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泣いているようにも見えるし、時々鼻からプシュッと鼻水を飛ばす。
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よくよく見ると、その顔はウルトラマンの怪獣の様にも見える。同じイグアナでもウミイグアナと陸イグアナではだいぶ様相が異なる。
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アシカの赤ちゃんとウミイグアナのコラボ。
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アシカの親子とウミイグアナ。
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これはたぶんオットセイ。アシカとオットセイの違いは難しい。
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ササゴイ
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フィンチ
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これもフィンチの一種。それぞれの島でフィンチは独自の進化をしている。
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この日のタオルはこんな感じでした。
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2日目の午前はバルトロメ島へ上陸、ここではウミガメやアシカ、ペンギンが泳ぐ海でシュノーケリングを楽しめるという。
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島が見えてきた。
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ゴムボートで島に近づいていく。
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今回はウエット・ランディング。つまり船着き場が無く、浅瀬から海の中をジャバジャバ歩いて上陸する。
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この島には見晴らしのいい展望台がある。
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上まで登っていくと、エクスプローラー号も小さく見える。
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展望台から眺めると、この島はすごく面白い形をしている。海が2つに分かれているように見え、その両サイドに砂浜が広がる。右側には岬の灯台のような岩山がある。
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何とも愛らしいアシカ。ガラパゴス諸島の動物達は、人間が何もしないということを知っているので、近づいても全く動じず、自然の姿を見せてくれる。
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アシカとトカゲのコラボ。
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小さなトカゲにも注目。
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カニも何かちょっと違う。
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あまり見たことのない柄をしている。ブリキのオモチャみたいだ。
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さてさて、ガラパゴスと言えばこの軍艦鳥、英語ではフリゲート(軍艦)・バード。日本語はその直訳だ。
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その特徴は何と言っても翼の形。
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あたかも恐竜の翼のようで、この鳥たちが島の上空を旋回していると、恐竜の島に迷い込んだかのように感じる。まさにガラパゴスの名脇役といったところか。
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ガラパゴス諸島の海は寒流で水温が低く夏でも水が冷たい。ウエットスーツに身を包み、さてシュノーケリングだ。ここではウミガメと泳ぐことが出来る。その間をスーッと通り過ぎていくのが、ペンギンとアシカ。こんな贅沢なシュノーケリングは初めてだ。
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午前のプログラムを終えてゴムボートに乗り込む。
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いったん船に戻って昼食だ。その間に船は移動して次の目的地へ向かう。
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今日のタオルはこんな感じ。
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最初の上陸地はサンタクルス島のセロ・ドラゴンと呼ばれる場所。この丘(セロ)には陸イグアナ(ドラゴン)がたくさん生息していることからこの名前がついたとのこと。
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ガラパゴスクルーズで島へ上陸する方法は2通りあり、いずれもゴムボートで岸まで行くが、足が濡れずに上陸できるドライランディングと海に足を浸けて上陸するウエットランディングがある。
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今回はドライランディング。ゴムボートからそのまま島に上陸だ。
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ガラパゴスでは見るもの全てが新鮮で、今まであまり見たことのない世界へ迷い込んでいくようだ。
このサボテンも何か変。
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この池の雰囲気も何か映画のセットの様な、不思議な景色だ。
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この池にはなぜかフラミンゴが出てくる。
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静寂そのものの静かな世界。フラミンゴのゆったりとした動きがこの景色に妙にマッチしている。
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これが陸イグアナ。有名なウミイグアナはこれから嫌になるほど出てくるが、陸イグアナは珍しくあまりお目にかかれない。
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この小鳥はフィンチ。ガラパゴスではそれぞれの島に固有の進化をしたフィンチを見ることが出来る。
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そうこうしているうちに日が暮れてくる。
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沖で停泊している船にゴムボートで帰っていく。
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夕焼け空にエクスプローラー号もいい絵になる。クルーズ1日目はこれで終了。
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船に帰ると、ベッドメーキングと共に、バスタオルで毎日ちがった動物を作ってくれてあるという、心憎い演出。
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キトの観光を終えて、いよいよガラパゴスへ出発。
ガラパゴス諸島の観光の仕方には大きく二通りある。一つは宿泊施設のある島に滞在して、そこを起点に周囲の島へのツアーに個別に参加する方法と、船に滞在しながら見所の島をまわっていくクルーズという方法だ。後者の方が高くはつくが、快適で効率的に観光が出来る。クルーズ船にも大きな客船から小型ヨットまで色んなタイプがある。
一般的にガラパゴスのクルーズ船は7泊8日でプログラムが組まれており、それを前半の3泊4日、後半の4泊5日で参加することも可能である。我々は4泊5日のコースに参加した。クルーズはオールインクルーシブで、全行程全ての食事と観光、ガイド、船内でのアトラクションやレクチャーまでツアー料金に含まれている。最終下船時にアルコール代とクルーへのチップを支払う以外は財布は不要だ。
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ガラパゴス諸島へはエクアドルの首都キト又は海沿いの都市グアヤキルから空路でアクセスする。キトの空港でチェックインした荷物はそのままクルーズ船まで運ばれる。
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機内から見た、雲から突き出た山。こういった景色はボリビアなど高い山のある地域以外では見られない。
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キトからはグアヤキル経由で2時間ほどでガラパゴスの玄関口バルトラ島のバルトラ空港に着く。素朴な、いわゆる島の空港だ。
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これがパスポートコントロール。固有種の動植物を保護するため、食べものや植物の種などの持ち込みがないか厳しくチェックされる。
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ここがクルーズ船への乗り場。
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なぜか長いすには野生のアシカがのんびり昼寝していた。ガラパゴスに来たんだと実感する。
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ここでライフジャケットを着けて、ゴムボートでクルーズ船に向かう。
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これが今回我々が乗り込むエクスプローラー号(http://www.galapagosexplorer.com)。色々調べた結果この船にした。クルーズ船は結構搖れると聞いたので、できるだけ大型の方が快適かと判断したこと。この船は全室が海側にあり窓があること。また、ガラパゴス諸島の海は寒流で夏でも水温が低いのだが、この船は全員にウエットスーツを用意していることが選んだ理由だ。
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これで一番安いクラスの船室だが、居間と寝室の2室あり結構広い、さらにクローゼットとトイレ・バスが付いている。
これが居間のスペース。
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ダブルタイプの寝室。ベッドメイキングの度にタオルで色んな動物を作ってくれる。中々心憎い演出だ。
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ツインタイプの寝室。中々快適な空間だ。食事は朝昼がビュッフェ、夕食がコース料理で結構美味しい。
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そうこうしているうちに最初に上陸する島、サンタクルス島に近づいてきた。
第一印象は恐竜時代に迷い込んだかのような印象だった。自分の世代で言えば「マグマ大使の島」。
さあ、上陸だ。
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今回はすばらしいキトの夜景を紹介する。キトは盆地のような地形になっているので周辺の高台から見下ろすことが出来る。
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おすすめの穴場がこのCafe Mosaico、食事をしながらこの夜景を楽しむことができる。ただし、ここへは街からタクシーでしか行くことが出来ない。
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夕暮れ前にオープンエアの座席に陣取る。徐々に日が暮れて街が光り出す。
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暗くなればなるほど、街の明かりが浮かび上がってくる。
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セントロの教会が白くかがやく。
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手前は闘牛場。
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近すぎず、遠すぎず、ちょうどいい距離感で夜景を楽しむことが出来る。
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セントロに行ってみると綺麗にライトアップされていた。
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独立広場も白が際立って美しい。
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翌日、キトの郊外にあるパパジャクタ温泉に向かった。街の道路からも6000m級の山を拝むことが出来る。
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キトから車で約2時間山道を上っていく。
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山村の一角にその温泉は現れた。
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なかなか綺麗に整備された温泉施設で驚いた。
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打たせ湯のような設備まである。
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一見、リゾートホテルのプールのようだ。
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温泉というよりは温水プールのようだ。入浴には水着とスイミングキャップの着用が必要。
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明日はいよいよガラパゴスへ出発だ。
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さて、舞台を一旦南米に移すことにする。我が家は2006年から2010年の4年間をペルーのリマで暮らした。ペルーへの転勤が決まって、絶対に行きたいところがあった。ガラパゴス諸島、パタゴニア、メキシコのマヤ遺跡、イースター島。。。何でマチュピチュではないのか?実はペルーへ転勤する2年前、そうなることとはつゆ知らず、我が家はポーランドからペルーへ大枚はたいて旅行していた。つまり、ペルーのメジャーどころには転勤前にすでに旅行済みだったのだ。
これから何回かに渡って、ガラパゴス諸島を巡るクルーズを紹介したい。まずは起点となるエクアドルの首都キトの街からだ。
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エクアドルとはスペイン語で「赤道」を意味する。赤道直下の街というと暑いイメージだが、キトは標高2850メートルにある。ちょうど富士山の七合目ぐらいにある大都市だ。飛行機からキトの街を見るとその標高の高さがわかる。
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ボリビアの首都ラパスが標高3600mで世界一標高の高い首都だろうが、キトも結構な高度で、ついた当日は油断すると軽い高山病症状が出る。キトには出張を含め10回ぐらい行ったが、到着初日はとにかく腹が張ってあまり食べられない。また、熟睡ができず何度も目が覚める。ちなみに高地では一般的に美味しくない食べものは?それはパスタなど麺類。沸点が低いのであまり上手くゆでられない。キトの日本人はご飯も圧力釜で炊いている。でもキトの食事は結構美味しい。イタリア料理店でもまともなパスタが出てきた。
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ホテルの窓から雪を冠した山が見える。
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標高2850メートルの街から富士山のように見える山。つまりこれらの山は6000mクラスの山なのだ。
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キトの郊外に赤道記念碑がある。LATITUDとは緯度の意味、つまり緯度が0度。
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これが赤道。何かイギリスのグリニッジ天文台(経度0度)に何となく雰囲気が似ている。
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こんな感じでSとN、つまり南半球と北半球の分かれ目なのだ。一度は見てみたいが2度目はないだろう。
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キトのセントロ(旧市街)は世界遺産に登録されており、坂が多く立体的で街並みが美しい。南米の都市の中でもお気に入りのセントロだ。
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ここもかつてはインカ帝国の街。どこかクスコに似た雰囲気がある。インカの雰囲気とコロニアルな白が混在する。
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このセントロはもちろん観光地でもあるのだが、人々の生活の匂いを強く感じる。
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店先に靴下が売っていたりする。
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街からはバネージョの丘が見える。
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青い空にコロニアルの白がよく映える。
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これが独立広場。
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カテドラル(大聖堂)や大統領府が立ち並ぶ。この広場は夜景もまた美しい。
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サン・フランシスコ教会
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ゴシック様式のバシリカ教会。ここは一見の価値有り。
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塔の上まで登ることが出来、そこからの見晴らしがすばらしい。
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こんな感じでセントロを見下ろすことが出来る。
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中の造りも非常に重厚で、ステンドグラスが素晴らしい。
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これも見所のラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会。金をふんだんに使った内装は他ではあまり見られない。キンキラキンなのにあまり嫌みが無い。
次回はキトの夜景と温泉を紹介する。
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海外旅行の楽しみと言えば、観光、食事、文化、芸術といったところだろうか。でもその全てをかなえてくれる街はそんなにない。ましてや首都は、どこも地方都市に比べて景色などで見劣りすることが多い。
そこで紹介したいのがポルトガルの首都リスボンだ。この街一つですべての要素を満足させてくれる美しい街だ。
食事もタコなど魚介類を好んで食べ、味付けもシンプルなところが、日本人にとってはうれしい街だ。
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高台から見下ろしたリスボンの街。白い壁と茶色の屋根が太陽と海(正確にはテージョ川の河口)の青さに非常にマッチしている。
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丘の上に造られたこの街は、立体的に海(河口)に繋がる。
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どこか港町の風情がある。大航海時代、この街から多くの船がインド目指して旅立っていたのだろう。
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でも立派なEU加盟国の首都なのだ。
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街並みは他のヨーロッパ諸国とよく似ている。でも何故かあまり気取りがなく、優しさを感じる。それは国民性のせいかも知れない。
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110年前に造られた「サンタ・ジュスタのエレベーター」。観光名所の一つだ。この街は上から見ると本当に美しい。
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坂の多いこの街ではケーブルカーと市電が市民の足。
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いたるところに走っていて、細い道路でもうまく車と共存している。
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こういった小粋さが街並みと上手くマッチしている。
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世界遺産の一つジェロニモス修道院
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インド航路を開拓したバスコ・ダ・ガマが持ち帰った香辛料で得た利益を資金として造られたという。
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非常に重厚な内部で、一見の価値あり。
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これも世界遺産のベレンの塔。実際には軍事的要塞で、独特のデザインで城のように見える。
食事も美味しく、見所満載のこの街、是非立ち寄って欲しい。
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ポーランドの北東部にはマズーリ地方という美しい湖水地帯がある。夏にはたくさんの人が訪れるいわばリゾート地、湖や川でヨットやカヌーを楽しむ。
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その中心都市のミコワイキ、夏には賑やかなこの街も冬はひっそりと静まる。
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この時期にミコワイキに行くというとポーランド人は皆頭をかしげる。冬にここを訪れるポーランド人はあまりいない。では何を目的に行ったのか?理由は簡単、凍った湖を見てみたかったから。
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湖はすべて真っ白に凍っていた。緑と青の夏とは対照的にモノトーンの世界になる。温水プールやサウナを備えたホテルは、意外にもロシア人やドイツ人の観光客で賑わっていた。物価が安いのでお手頃な冬の観光地なのだろう。
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氷の上に人が立っている。冬の間、人々はワカサギ釣りや氷上のスポーツを楽しむようだ。
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氷上ヨットとでも呼ぶのだろうか。
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こういったすごいマシンまである。
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このあたりは歴史的にドイツの影響が強い地域、レストランのメニューもポーランド語、ロシア語、ドイツ語で書かれていて、英語はない。この近くに「ヴォルフスシャンツェ(狼の巣)」と呼ばれる、ナチスドイツ、ヒトラーが造った大本営、秘密基地の残骸がある。ちなみに「狼」とはヒトラーのこと。
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第二次大戦中、ヒトラーお気に入りの大本営だったようだ。トム・クルーズ主演の映画にもなった、ヒトラーの暗殺計画(ワルキューレ作戦)の舞台になった場所だ。
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森の中にひっそりとその大本営は潜んでいた。
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ドイツの敗戦が決定的となって、ほとんどの施設が証拠隠滅のために破壊された。今残っているのはコンクリートの残骸ばかり。
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こんな場所を真冬に訪れる奴はほとんどいないのだろうが、ちゃんとガイドの人がいた。
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電線や電話線がリアルに残っていて、そこが当時の最先端技術を駆使した秘密基地であったことがうかがえる。
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冬の寂しさとこの残骸が妙にマッチしていた。
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他の東欧諸国も同様だろうが、ポーランドは四季の移り変わりが美しい。寒いからと嫌われがちな冬だが、この冬のモノトーンの世界も非常にすばらしい。職場すぐそばのワジェンキ公園、冬にここを訪れる日本人は少ない、でも自分は冬のこの公園がお気に入りだった。晴れた日の昼休みには完全防寒態勢でカメラを持っていそいそ出かけていった。
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冬のショパン像、第18回(夏)と第28回(秋)と是非見比べて欲しい、これがワルシャワの四季そのものだ。
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人気の無い白黒のショパン像は何とも荘厳で美しい。
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水上宮殿の池も真っ白に凍る。
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何気ない光景だが、ここもヨーロッパであることを感じる。
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水路もカチカチに凍る。靴跡がついているので、きっと人が歩けるぐらい凍っているのだろう。
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氷の割れ目にはカモが集まる。ちなみにポーランドの代表的な料理が鴨のフライ。
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足が凍り付かないのか心配なのだが。。。
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この冬のワジェンキ公園、散歩する人が結構いる、老夫婦の姿が妙にマッチする。
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リスは冬も元気に飛び跳ねている。
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冬の街並み、ワルシャワはあまり雪は降らないが、気温が低いので降った雪が溶けずに溜まっていく。雪は街の汚れた部分をすべて隠してくれる。
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ポーランドというと寒い国というイメージがあるかも知れない。確かに冬は氷点下が珍しくない。でも今の大阪の冬と比べると、何故かワルシャワにいたときの方が寒さをあまり感じなかった。まず、寒い国は何処に行っても暖かい。家の中では結構薄着で過ごせる。また、寒さの質が少し違う。湿度が低いので体感温度はその数字ほど寒くはない。
ちなみに、風のあまり吹かないワルシャワでは、0度はあまり寒く感じない。マイナス6度ぐらいで寒いと感じ出す。日本の寒さとは少し違う。でもマイナス15度を下回りだすと、これは凄い寒さとなる。鼻毛が凍る寒さだ。鼻から息を吸うと、パリパリと鼻毛が凍りつくのがわかる。
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ポーランドは平らな国で、内陸部には山がない。しかし、南の端のチャコやスロバキアの国境に山々がある。中でもスロバキアとの国境にあるタトラ山脈は美しく、ポーランドでスキーが出来る数少ない観光地のザコパネがある。そこから南に少し行くとスロバキアとの国境の街がある。
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この街にはニェジィツァ城(Niedzica Zamek)という古びたお城がある。湖に面した静かな城だ。
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この日は氷点下30度、ダイアモンドダストが舞うような世界だ。確かに寒い、もちろん寒い。でも日本のような北風が吹かず、しーんとした静寂の世界。凛とした寒さに極限の美しさを感じる。
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何気ない川縁の風景だが、晴れた日には凍った木々が本当に綺麗だ。
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何の変哲もない風景だが、静かで、絵のような風景だ。
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これが国境、このゲートを超えるとスロバキア、歩いて通過することが出来るが、もちろんパスポートが必要。ゲートの向こうには酒屋が何軒も並んでいる。
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スロバキアの方が物価が安く、酒が安いので、ポーランドの人はパスポートを持って買い物に行く。買う酒はもちろんウオッカ。ヨーロッパでは結構こんな感覚がある。以前にベルギーを車で旅行していたとき、途中でガソリンが安いからと隣国ルクセンブルグにわざわざ給油をしに行った思い出がある。
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新年明けましておめでとうございます。
昨年は色々辛い出来事の多かった1年ですが、今年は明るい年になって欲しいと切に願います。
さて、新年第1弾は南太平洋の孤島、イースター島の初日の出でスタートしたい。
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イースター島はチリ領だが、首都のサンチャゴから飛行機で6時間近くかかるとにかく遠い島だ。オランダ人がイースター(復活祭)の日に発見したので、この名前が付いたそうだ。
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今回の写真は2009年元旦に撮った初日の出だ。
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この島で日の出のモアイを撮影できる場所はこのトンガリキが一番なのだそうだ。
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トンガリキのモアイは島内最大で15体のモアイがならんでいる。
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実は、この島には侵略、災害、部族間の抗争などさまざまな悲しい歴史があり、その結果、ほとんどのモアイ像が倒されてしまった。
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今でも島内のほとんどのモアイは無惨に倒れている。
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その倒れたモアイ像の復元に日本の民間企業が大きく貢献した。香川県のタダノというクレーンの会社だ。断崖絶壁のこの島に港はなく、想像以上に大変な作業であったと思う。
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今では、この15体のモアイは島内観光の一番の見所になっている。イースター島についてはまたの機会に詳しく紹介したい。
今年も何卒よろしくおつきあい下さい。
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今回はポーランドの古都クラコフのクリスマス市を紹介する。クラコフはポーランドが王国であった頃の首都で、日本の京都のような存在だ。ワルシャワが世界大戦で廃墟になったのとは対照的に、中世の建造物や街並みがそのまま残っている。特にヤギェウォ大学は14世紀に創立された大学でヨーロッパでも古い伝統を持つ大学の一つだ。またこの街は前ローマ法王のヨハネ・パウロ2世が大司教をされていたことでも有名である。
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ヨーロッパでも最大級の旧市街広場、中世の雰囲気が漂う。
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いつも多くの観光客で賑わっている。
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この時期、この旧市街広場ににクリスマス市が出る。
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旧市街広場は有名な観光地であると共に、地元の人々の重要な生活の場でもあり、このクリスマス市はポーランドらしく地味ではあるが活気がある。
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寒い中、皆クリスマス用品を買い込んで帰って行く。暖かいスープなど食べ物の屋台も出ていて、寒空の下で湯気に包まれながら飲むスープはまた格別に美味しい。
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人工的なツリーが当たり前の我々にとって、本物のクリスマスツリーは何かひと味違う。
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クリスマスツリーの"木"はこんな風に売られている。"生"のクリスマスツリーが売られているのを見たのはここが初めてだった。
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買ったツリーはこんな風に持って帰るのだ。
もうすぐクリスマス。
追記:ワルシャワもクラコフも内陸の街、また元々あまり魚を食べる習慣はないのだが、クリスマスだけはちょっと違う。スーパーには大型の水槽が置かれ、なんと生きた鯉が売られる。神聖なクリスマスには肉を食べないので、この鯉料理を食べるのだ。なんで鯉なのかは知らない。代表的なクリスマス料理である"鯉の煮こごり"を何度か食べる機会があったが、ちょいと泥臭くて苦手だった。
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このブログも2年目に突入した。まだまだ書きたいことがある、見せたい物がある。どうかこれからもおつきあい下さい。
12月に入りクリスマスシーズンとなった。日本のクリスマスと外国のクリスマスで大きく異なることがある。それは正月とクリスマスの位置づけだ。外国、特にキリスト教国ではクリスマスは家族と過ごす神聖な時間、むしろ地味だ。一方、正月はお祭り。ドンチャン騒ぎでカウントダウン。1月1日は大抵が二日酔いで迎える。2日から仕事という国も多い。全く日本と逆である。
では、ヨーロッパらしいクリスマスを紹介する。それはクリスマス市、それぞれの街でこういった市が開かれる。日本の夜店、正月準備のアメ横といった具合だろうか。クリスマスの飾り付けや食べ物など色んな露店が軒を連ねる。
最初はウイーンのクリスマス市から紹介する。
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ウイーンの象徴、シュテファン寺院も何かより荘厳な雰囲気になる。
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街の雰囲気も何故かクリスマスらしくなる。
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街のあちこちが電飾で彩られる。でも何故か上品だ。
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ここが有名なウイーンのクリスマス市、この時期に是非訪れて欲しい。
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外から見ると、何かメルヘンチックでおとぎの国の様子。
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では中に入ってみると。
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中は地元の買い物客や観光客でいっぱい。ごった返していた。
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夜店のような雰囲気だ。
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クリスマスツリーの飾りもいっぱい売っている。
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日本の露店で門松やしめ縄を売っているような感じだ。
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大きなクリスマスツリーが雰囲気を盛り上げる。
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クリスマス市の定番はホットワイン。赤ワインを温めて、中に丁子やシナモンが入っていて、身体が温まる。独特の香りがあるのだが、それがまた癖になる。紙コップではなく、ちゃんとマグカップに入れてくれるところが、ドイツやオーストリア。最初にカップのデポジットを支払い、カップを返すと返金してくれる。
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ポーランドとは"平らな土地"という意味だそうで、確かにワルシャワには坂があまりない、山は南の端のスロバキアとの国境にしか無いのだ。ワルシャワはポーランドの真ん中にあり、山も海も無い内陸の都市なのだが、ポーランドの北にはバルト海という海がある。
今回紹介するグダインスクはポーランドの北の端、バルト海に面した港町である。かつてはドイツ騎士団に占領され、ハンザ同盟の都市として栄えたドイツ色の濃い街だ。二度の世界大戦でもナチスの影響を強く受け、数奇な歴史を歩んだ街だ。今でもドイツ語がよく通じる。
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何とも歴史を感じる港町だ。
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どことなくドイツの重厚な街並みを感じる。
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ポーランドを民主化に導く「連帯」の指導による労働者のストライキが行われたのが、この飛び出た建物の造船所だ。こうした運動が1989年のポーランド民主化につながった。
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旧市街の街並みも、整然としていて美しい。
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秋の少し寂しい雰囲気の旧市街もいい感じだと思う。
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何かドイツの旧市街のようだ。
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この街の特産品はバルト海でとれる琥珀。琥珀をあしらったアクセサリーやガラス製品がなかなかいけてるのだ。
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秋には、こういった一筋奥に入った、寂れた雰囲気がよく似合う。
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グダインスクの隣にソポトという海岸の街がある。夏は海水浴客で賑わうのだが、如何せんバルト海は冷たい海、真夏でも冷たくて泳げない。皆海岸で日光浴を楽しむ。
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少し暗い雰囲気のバルト海。どこか冬の日本海に通ずる物がある。冬ともなると津軽海峡冬景色が似合う感じだ。
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ワルシャワのワジェンキ公園にあるショパン像。夏はバラで華やかに、冬はモノトーンの荘厳な雰囲気になり、四季折々の姿を見せてくれる。黄金の秋には、ワルシャワでは珍しく紅葉を見せてくれるのだ。
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ワルシャワの住人といえどもなかなかこの景色にはお目にかかれない。秋のほんのひと時だけ見られるすばらしい景色だ。
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紅と黄色をバックにショパン像が艶やかに浮かび上がる。
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自宅のコンパウンド(塀で囲まれた住宅の集合体で入り口にはセキュリティーの門がある)にも秋が来た。
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これから白黒の世界になる前に、きれいに街を色づけてくれる。
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自宅近くの池なのだが、この時期はなんか絵になる。
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ワルシャワの街路も季節感がある。春はポプラの綿毛でいっぱいになり、秋は枯れ葉の山となる。
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夏場に賑わった屋外のカフェも、半年間のお休み。だんだん日暮れが早くなる。
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もうすぐハロウィーン。
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ポーランドの秋は「黄金の秋」と呼ばれ、一年で一番美しい季節だ。日本の紅葉とは異なり、「黄葉」とでもいうのであろうか、木々が黄色に色づき、晴れた日には金色にかがやく。
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これはワルシャワのヴィラノフという地域にあるお気に入りの木。何故かこの木には惹かれるモノがあった。
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天気が悪いとかがやかないので、晴れた日にはカメラを持って出かけていった。
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大好きなワジェンキ公園も色づいてきた。冬にはこの池も真っ白に凍ってしまうのだ。
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これから長い冬、モノトーンの世界になる、その前にひとときの艶やかさ。
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水上宮殿もどこか落ち着いた雰囲気になる。
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この時期の公園は落ち葉でフカフカの絨毯になる。
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自分は文学とは無縁な人間だが、こんなベンチに腰を下ろしたら、詩でも思いつくのだろうか。
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まるで黄葉のアーケード。
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リスもそろそろ冬支度。
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リトアニアで、その魅力にどっぷりはまってしまいコレクターになってしまったものがある。陶製のキャンドルハウスだ。中にろうそくを入れて部屋の明かりを消すと、何とも柔らかい光が窓から外に伸びてくる。
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男の買う物かと笑われそうだが、リトアニアに行く度に買い集め、かれこれ150個ぐらいは買ったかも知れない。クリニックにはその一部を飾っている。
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このキャンドルハウス、リトアニアに行けば簡単に買えるかというとそうでもない。まずリトアニアの人達が、このキャンドルハウスについてほとんど知らない。元々が輸出用に造られているので、国内では数少ない露店で観光客向けに売られているだけなのだ。逆に日本では「リトアニア キャンドルハウス」と検索してみると、ネット通信販売が結構行われている。
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こういった、素朴な田舎の民家をモチーフにしたり、
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ドイツなど西欧諸国の市庁舎や教会などを模った物が多い。
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なかには、キノコの家などメルヘンチックなものもあるし、
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前回に紹介した聖アンナ教会を忠実に再現した物まである。
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街の露店でこんな感じで売られている。
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この露店は、自分が知る限りヴィリニュスで唯一、聖アンナ教会のキャンドルハウスを売っている露店だ。
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露店の常連になり、おばちゃんに頼んで自宅兼倉庫に連れて行ってもらった。おばちゃんにしてみれば、数ヶ月に一度現れて、キャンドルハウスをあれこれ買い込んでいく「謎の東洋人バイヤー」とでも思っていたのだろう。片言のポーランド語のみでよくやったものだと自分でも感心する。
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このキャンドルハウスは全部が手作りで、2つとして同じ物はない。同じデザインでもみな少し異なっているのだ。趣味が興じて、家族でリトアニアに休暇で行った際に、このキャンドルハウスの工房まで足を伸ばすことにした。
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本当に一つ一つ手作りで、粘土で型を作って、
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窓や模様をくり抜いていく。
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形が出来たら、色を付けていく。何とも細かい作業で、リトアニアらしい繊細さを感じた。
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棚には出来上がった大小様々な作品が置かれていた。写真を送ればどんな建物でもそれをキャンドルハウスにしてくれるという。
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車での帰り道、日本では見られない珍しい光景をみた。リトアニアとポーランドの国境付近、車が行き交う道路沿いの電柱の上に、なにやら鳥の巣のようなものが。
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なんとこれはコウノトリの巣。
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ポーランドでもコウノトリは赤ちゃんを連れてくる幸せの鳥として大切にされている。自然の巣もあれば、人工的に作ったような巣もある。ちなみにポーランドではコウノトリのことを「ボッチャン」という。日本人にはなじみやすい名前だ。
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これは6月の風景で、ちょうど子育てをしている季節だった。
次回はポーランドの「黄金の秋」。
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もしリトアニアに行くことがあったら、必ず行って欲しいところがこのトラカイ城だ。ヴィリニュスから車で30分程度、美しい湖に浮かぶように建つ古城だ。夏は湖でヨットやボートを楽しむことができるし、冬は湖が凍り一面の白い世界。城まで歩いて渡れるようになる。
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このあたりは森と湖に恵まれた美しい地域だ。実際は湖の島に造られた城なのだが、城があたかも湖に浮かんでいるように見える。
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城までは橋を渡って行く。
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このお城、いわゆるヨーロッパのお城とは何か雰囲気が異なる。
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どこかアジアの匂いがする。
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歴史上、この地域には色んな民族が一緒に暮らしていた。特に14世紀にクリミア半島から連れてこられたトルコ系のカライム人の影響が色濃く残っている。
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湖の畔から眺める城の景色が一番好きだ。この周囲には旧ソ連の軍帽やバッチなど、面白い土産物を扱う露店がでる。
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リトアニアの女性は他の東欧諸国と同様に美しく、こうして見ても絵になる。
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湖の周辺の家屋もまた特徴があり、これらがカライム人の住居だ、トラカイ城に行くもう一つの大きな目的はこの店に行くことなのだ。トラカイ城の駐車場から歩いてすぐの場所にある。
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トラカイに行ったら必ずこの店で食べて欲しいのが、「キビナイ」という羊肉のメートパイだ。
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羊は苦手という方も多いだろうが、恐らく羊肉だと言われなければ気づかないぐらい、全く肉の臭みが無く、ジューシーで本当に美味い。リトアニア自慢のビールと共にあつあつを頬張る。
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やはりここもヨーロッパ。
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舞台はまた東ヨーロッパに戻って、自分が大好きな小国リトアニアをこれから数回にわたって紹介する。仕事、プライベートでかれこれ20回近く訪れた。リトアニアはポーランドの右上、バルト海に面したバルト三国の一つで、民主化されるまではソ連に組み込まれていた国だ。歴史上、ポーランドと一つの国になっていたこともあり、隣国ポーランドとの国民感情は複雑だ。
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リトアニアはラトビア、エストニアとバルト海を面して並んでおり、これら三国をまとめてバルト三国と呼ばれるが、実際には言語も歴史的背景も全く異なり、あまり横のつながりはないように思える。
言語はリトアニア語で周囲の国々の言語とは語源から全く異なり、世界で300万人しか使用していない特殊な言葉だそうだ。ちなみに「ありがとう」は「アチュ」という。歴史の関係から、多くの人々がロシア語、ポーランド語を話せるのだが、自分たちからはあまり話そうとはしない。英語を話せる人はまだ少なく、自分は露店のおばちゃんとは片言のポーランド語でコミュニケーションを取っていた。
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ポーランドからは当然、陸路で行くことも出来る。この料金所のようなところが国境だ。
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リトアニアの首都、ヴィリニュスの朝の風景。旧ソ連の国々は建物などが無味乾燥で殺風景な街が多いのだが、この街はなんか洒落ている。
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きれいな大聖堂
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ヴィリニュスの旧市街はこじんまりとしているが、なかなか味のある街並みだ。
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旧市街のゲディミナス通り、旧ソ連時代は数少ないウインドーショッピングのできる街並みと言われていたそうだ。
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街のあちこちに路地があり、これが何ともいい雰囲気なのである。
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こういった古い路地も多い。
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これは夜明けの門。この中に木製のマリア像が祭られている。
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地方からも、色んなお願い事にここへやって来るのだそうだ。涙を流しながら祈り続ける老人の姿が印象的であった。
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この旧市街で自分の一番のお気に入りがこの聖アンナ教会だ。煉瓦造りのゴシック様式の教会で何とも美しい。
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自分は建築物にはあまり興味はないのだが、この教会だけは別で、いつも写真を撮っていた。いわば魅せられてしまった教会だ。
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魅せられてしまったのは自分だけではないようで、1812年、ロシアに侵攻したナポレオンがこの教会を見て、「フランスに持ち帰りたい」と語ったと言われているそうだ。
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夜はライトアップされて、また別の顔を見せる。
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夜もどことなく整然としているのが、逆に不思議な感じがする。
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夜の聖アンナ教会ももちろんきれいだ。
リトアニアについて
リトアニアの国技はバスケットボールで、サッカー好きが多いヨーロッパでは珍しい。確かに背の高い人が多く、アメリカのNBAで活躍している選手も多いと聞く。
体格は大柄なのだが、この国の人々は非常に繊細で少しシャイ、日本人とどこか通じ合うところがある。
大国主義的な隣国ポーランドと小国リトアニア、その特徴はレストランなどで顕著に見られる。ポーランド人はあまり小さな事は気にしない。おおらかとも言えるし、繊細さに欠けるとも言える。そこそこのレストランでもスープが冷めて出てくることが何度もあったし(これは本当に)、食器がかけているなんて事はよくあった。一方のリトアニアは街中のカフェでさえ、ナイフとフォークの配置に非常に気を遣い、料理の盛りつけも実に繊細であった。大学の学食のマッシュポテトでも、フォークの先で波模様に飾り付けるといった具合だそうで、ホテルの朝の目玉焼きも、盛りつけにひと工夫されて出てきたのには本当に感心した。
美しい冬の景色はまた改めて。
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アフガニスタン編の最終回はカブールの子供たちを紹介する。
世界最貧国の一つで、衛生・医療事情も最低レベルの国で、自分が見た子供たちの顔は意外にも明るかった。
これはあくまでも自分の推測に過ぎないか、数十年続く政治的混乱の中で生まれ育った彼らは、この厳しい状況に慣れてしまっているのかもしれない。
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道ばたでたばこを売る少年
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外国人相手に絵はがきやパンフレットを売る少年
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八百屋で会った少年
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郊外の村で井戸汲みをしていた子供たち
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カメラを構えると集まってきた少年たち
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ゴミを集め運ぶ少年
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背中にいっぱいになったゴミを運んでいる。
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バザールですごく愛嬌のあった少年
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障害者の学校でまじめに授業を受けている子供たち。こういった施設も海外からの支援で運営されている。
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少女達もショールを被っている。
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何か頭の良さそうな少年
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カメラを構えると皆無邪気に寄ってくる。
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この子達は何か照れくさそう。
働いている子供たちをみると、恐らく学校に行けていないんだろうなと思う。
どこか明るい表情と澄んだ眼に心が少し救われた。
早くこの国に安定が戻り、この子たちが皆、学校に行ける未来が来ることを心から願う。
最後に興味深い絵はがきを紹介する。タリバンに破壊されたバーミアンの仏像で、破壊される前と破壊後。
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絵はがきのネタにされているのが何とも寂しい。
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どんなに治安が悪い街でも、人々が生活しているところには市場(バザール)がある。また、市場をみれば、人々の暮らしぶりがよくわかる。当時のバザールは、外国人が観光ムードで入っていけるような雰囲気ではなかったのだが、視察がてら車から少しのぞいてみた。
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イラクには立派な近代的ショッピングセンターがあるのだろうが、ここにはそんなものはない。その代わりに、売り手と買い手の活気と熱気で溢れたバザールがある。
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ものの善し悪しは別として、ありとあらゆるものが売られている。
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ケバブ(串焼き)を売る陽気なおじさん。この顔を見ていると、そんなに危険な場所とは思えないのだが。。。
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女性達はみなブルカを被っている。ブルカの顔の部分はメッシュになっていて外が見えるようになっているのがわかる。確かに街で女性を感じることはない。これが健全なのだろうか?
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ブルカの下は意外と自由なのだろう。
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アディダスのロゴの下にナイキのマークが??中国製か?
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いかにもアフガニスタンという感じのおじさん。
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食料品、衣料品、日用品と色んなものが売られている。その売られ方がまた面白い。
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ブルカ姿の女性が井戸端会議のように集まる露店。いったい何を売っているのだろう。
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女性のブルカ着用など性的に抑圧された雰囲気の中、なぜか女性用の下着は店頭で無造作に売られていた。この辺の対比がおもしろい。
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もちろん色んな豆や香辛料も売られていた。
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自分にとって一番不思議であったのがコレ。なぜか背広の上着がこういった形(裏地を表にして、きれいに重ねてある)で陳列されている。何で??表地がホコリで汚れるのを防ぐためなのか?型くずれを防ぐのか?それにしても今まで見たことのない売り方だ。
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これは肉屋の様子。イスラムの国では主に羊と鶏を食べる。これは羊の肉だ。独特の匂いが周囲に漂う。スーダンでもペルーの地方都市でも同じように売られていた。肉の売り方は世界共通なのであろう。
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冷蔵のパック売りが当たり前の我々には、なかなかなじめない光景なのだが、ほんの少し前までは世界中で見られた光景なのだろう。
余談:このバザールには食事に使う皿を買いに行った。大中小とセットになっていて、見た目は立派な箱に入った皿を買ったが、どれ一つとして裏が平らでなく、置くとガタガタしてまともに使えない。交換に行っても皆同じであった。こういった無法地帯の国には、どうも一般には売ることの出来ないような、本来は廃棄されていなくてはいけないような物が、市場に出回っているように思える。
スーダンでは国連が難民用に援助したイタリア米が、街の商店で売られていたし、世界中で問題になり廃棄されたはずである遺伝子組換えの小麦粉が、市場に出回っているという噂もあった。世界中の危険な物や不要な物が、裏でこういった国々に流れ込んでいるのであろうか。
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その国の社会保障の程度を知るには、現地の公的医療機関を見るのが一番だ。ちょうどカブール郊外の公立病院を訪問する機会があったので、その様子を紹介する。建物の外観が写せていないのだが、この地域では中心となるべき病院である。
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写真は診察室の様子。いすとベッド以外に何もない。
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これはこの病院のお医者さん達と撮った記念撮影。何か。。。。
忙しそうに働いている様子は無かった。。。
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これは病院薬局の薬品棚。何も無い。
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悲しいぐらいに何も無い。これがアフガニスタンの現状だ。
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これは病室の暖房器具。カブールは内陸の盆地で冬は非常に冷え込む。
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病室内の様子を撮らせていただいた。結構たくさんの患者さんが入院していた。
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何かを訴えているようだ。
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中には我々とよく似たモンゴル系の顔つきの人もいる。恐らくハザラ族の人だろう。
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廊下で歓談中の患者さん達。
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小さい子ども達も入院していた。カメラを珍しそうに見ていた。
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額には何を塗っているのだろう。
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無表情な人たちが多い病室で、少女達の笑顔に少し救われた。
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少女達はカメラを向けると恥ずかしそうに微笑んでくれた。
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国が混乱する中、医薬品だけでなく、医師や看護師などの教育も遅れ,その絶対数が不足している。
一般に医学の遅れた途上国では、優秀な医師達は欧米で学び、その知識と技術を持ち帰る。アフリカでも、旧宗主国のイギリスやフランスで研鑽したドクター達がたくさんいた。でもこの国にはそういった交流もあまりなさそうだ。
この病院には薬が無い、検査機器など皆無である。でも患者はたくさんいる。ヒト?モノ?援助をするといっても、どこから手をつけて良いのか途方に暮れてしまう。
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世界で危険な国は?というと、イラクやアフガニスタンと答える人が多いと思う。どちらの国もイスラム過激派が活動し、連日自爆テロなどのニュースが報道され、治安が悪い国であることには違いないのだが、この2つの国の背景は根本的に異なる。
イラクは産油国で豊かな国、サダム・フセイン政権が崩壊するまでは繁栄していた国で、現在はテロで混乱はしているが、社会インフラは整った国だ。一方のアフガニスタンは元々貧しい内陸国で、数十年に及ぶ内戦で国土は疲弊している。壊れた上から潰されているといった感じだ。インフラ自体が全くないと言って過言ではない。
自分もいろんな国を見てきたが、事務所の机上に電話機のない国はアフガニスタンが始めてであった。つまり首都のカブールでさえ公衆電話回線そのものが整備されていないのだ(2003年当時)。手っ取り早く通信網を作るために、先に携帯電話が拡がったのだが、これが本当に使えず、大事なときには繋がらない。カブール市内にある事務所から同じ市内にある病院へ緊急時に連絡するのに、馬鹿高い衛星通信を使用せざるを得ない状況であった。
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街から少し郊外に出るとこういった風景が普通になってくる。
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破壊された建物がそのまま放置されている。
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いつ破壊されたものなのだろうか、
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廃墟にテントを張って店を出している。
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恐らくかなり以前に破壊されたものだと思うが、それを建て替え、復旧するというような光景はあまり見ることが出来なかったし、何せそのままなのである。街が破壊された時のまま、時間が止まっているのである。こんな光景ははじめてだ。
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これは映画館であった建物。以前はこういった娯楽を楽しむこともできたのであろう。
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ぐっしゃりと壊れてしまっているが、
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ここも廃墟を利用して自転車屋になっている。何ともたくましい生活力だ。
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同じように、ボスニア紛争の戦火に見舞われたボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボという街を見た。街のあちこちに戦火の傷跡が残っており、オリンピック会場は墓場となり、建物の壁には銃弾の跡を修復した跡があちこちで見られたが、街は着実に復興していた。それに比べこの街は止まっている。
(サラエボについては改めて紹介する。)
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少し遠乗りをすると、このような雄大な景色を見ることができる。
ところが、あたりには危険な場所が未だにいっぱい残っている。写真の赤い印は"ドクロマーク"。つまり一歩先は地雷原なのだ。
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使用されなくたった戦車も野ざらしに放置されたままだ。
政情不安と治安の悪さがこの国を国際社会の支援から遠ざけている。
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ここから何回かにわたって、アフガニスタンの首都、カブールの街並みを紹介する。テロなどのニュースでよく出てくる地名ではあるが、観光で行けるような場所ではないので、実際の街の風景はご存じない方がほとんどであろう。
2003年3月、ちょうどイラク戦争がはじまった頃、自分は出張でカブールに1ヶ月滞在していた。当時のカブールには、国連など国際機関、NGOなどを通じて100名以上の日本人がアフガニスタン支援のために滞在していた。現地の衛生環境は劣悪で、まともな医療機関などなく、彼らの医療支援を行うことが出張の主な目的であった。
ご存じの通りアフガニスタンはイスラム教国で、当時はタリバンというイスラム過激派が息を吹き返していた頃でもあったので、街中でパチパチ写真を撮れる状況では到底なく、ほとんどが車内からや隠し撮りに近い撮影なので、お見苦しい写真が多いと思うがご容赦願いたい。
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いったいどうやって行くの?とよく聞かれるが、当時はドバイとパキスタンのイスラマバードから国連が定期便を飛ばしていた。
自分はワルシャワからフランクフルト経由でドバイに入り、そこから国連機でアフガニスタンの首都カブールへたどり着いた。写真はカブール到着寸前の様子、標高の高そうな山々の中を着陸していった。
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これが空港?と頭をかしげたくなるような殺風景な空港で、アリアナ航空というアフガニスタンの航空会社の飛行機が駐機していた。もちろん初めて見たマーク。空港ターミナルも老朽化著しく、荷物のターンテーブルが錆び付いていて動かない。荷物の出口に自分から潜り込んで、自分のスーツケースを引っ張り出した。反射的にこういった行動ができる自分に苦笑い、アフリカでのいろんな経験が生きている。
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高台からカブール市街を見渡した様子。カブールは標高1800mの盆地で、周囲を高い山々に囲まれている。
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街は緑が少なく茶色の世界。高い建物もほとんどない。街の様子はスーダンのハルツームにどこか似ている。
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当時のカブールは治安が悪く、個人での移動は禁止されていて、出張期間は合宿生活。職場近くの一軒家を借り切って一部屋ずつ割り当てられ、トイレ、シャワーは共同であった。これが宿舎の窓から外を眺めた様子。
到着したその夜、時差ぼけで早くから眠っていた私は、突然のバコーン!!という爆音で飛び起きた。部屋の窓がビリビリいうような爆音だ。近くでロケット弾が爆発したらしい。廊下に飛び出ても他の部屋の住人は全く反応をしない、そんなことには皆慣れてしまっているのだ。マジで恐ろしいところに来てしまったと、後悔してももう遅い。いきなりの強烈な洗礼であった。
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朝の通勤ラッシュの様子。かなり歴史物の日本車が現役で走っていた。
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職場近くの広場でサッカーを楽しむ人たち。周囲の山々が本当に美しい。
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出張中の宿舎は合宿生活、食事も皆で協力しての自炊であった。病人が出なければ暇な自分は、いつも買い出し係。このオヤジの八百屋には大変お世話になった。
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いつもキロ単位でニラやキャベツを買っていた。色とりどりの野菜が整然と並べられてあり、周囲が埃っぽい茶色の世界なので、この八百屋の原色が非常に新鮮であった。
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街にはおんぼろ車と共にロバに引かれた荷車が走っていた。
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カブールの女性は皆このブルカという水色の衣装を着ており、外からはどんな人かはわからない。イスラムの世界では、女性は男性を惑わすという考え方のようで、外出するときにはこれを着て身体の線や顔を隠す必要があるというもの。こういった宗教的な意味と女性を誘拐などから守るという意味があるという。目の部分だけ網のようになっていて、外が見れるようになっている。
サウジアラビアのリヤドでも女性はアバヤといわれる黒装束で身を隠していたが、女性にとっては何とも大変だ。
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このブルカのおかげでアフガニスタン滞在中に職場以外でアフガニスタン女性の顔を見ることはほとんどなかったし、写真を撮ることもできなかった。ブルカを着ていると、年寄りなのか若いのか年齢すらもわからない。
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ここはチキンストリートという、カブールで唯一の土産物を買える通りだ。買い物好きの私は滞在中によく通った。
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絨毯や骨董品(これが非常に価値のあるものらしい)、それからアフガニスタン特産のラピスラズリーなどが売られていた。
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この危険な街に観光客など来るわけもなく、客の多くは治安維持のために駐留しているヨーロッパの軍人たちであった。
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無造作に絨毯が並べられているが、結構良い物もあるようだ。
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中に入ると、ひげ面のおじさんが気さくに次から次へと絨毯を広げて見せてくれる。
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アフガニスタンの人は皆気むずかしそうな顔をしているが、話し好きのいい人が多い。
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日本でもパワーストーンで有名なラピスラズリーだが、漢字では瑠璃(るり)と書く。高松塚古墳の壁画に使われている青はこの瑠璃なのだそうだ。アフガニスタンに来て瑠璃色の意味がわかった。ちなみにこのラピスラズリーはアフガニスタンとチリが原産国。ペルーに在勤中、チリには仕事でよく行ったが、ラピスラズリーの質、青の濃さではアフガニスタン産に軍配が上がる。青が深く濃く、白い不純物の少ない物が上物なのだ。
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自分がカブール滞在中に開店したレストランを一つ紹介する。イラン料理レストランでなかなか美味しかった。外国人向けのこういった店も少しずつ増えてきているようであった。
次回はカブールの厳しい現状を紹介する。
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前回から少し間が開いてしまった。
舞台を一旦ポーランドに戻して、ワルシャワの夏の風景を紹介したい。
東ヨーロッパといえども夏は結構暑い。エアコンが入っていないところも多いので、過ごしにくい時期ではある。ただし湿度は低いので、木陰にはいると非常に気持ちがよい。
この時期は日が長く、午後9時近くまで日本の夕方のように明るい。平日午後5時に仕事を終えた人が、それからマウンテンバイクを持って余暇を楽しみに行くなんてことも十分に可能なのだ。
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ワルシャワの四季を追いかけて、写真を撮り続けたワジェンキ公園。夏はいっそう緑が濃くなる。
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日本大使館近くの入り口から入って一番奥に、ショパン像のある広場がある。この時期は見事に赤いバラが咲き乱れる。よく手入れされていてこれは素晴らしい。
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ワルシャワ市民の憩いの場となる。こういったところに経済とは違った文化の豊かさを感じる。
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夏の時期、週末にここで屋外ピアノコンサートが開かれる。もちろん無料で聞くことが出来る。
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バラに囲まれながら、ショパン像の下で奏でる演奏は、クラシック音痴の私でも何か感じるものがあった。屋外の自由な雰囲気のコンサートではあるが、聴衆のマナーも大したものであった。携帯電話がなるなんて事はなかったし、ごそごそ動き回るような人も少ない。皆、音楽の楽しみ方を解っているという感じであった。ここで演奏できることは演奏される方々にとっても名誉なことなんだと思う。毎年、この演奏者の中に日本人の方が選ばれていることを名誉に思う。
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次は自分が4年間住んでいた、ワルシャワの南にあるコンスタンチンという郊外の街を紹介する。ワルシャワの中心部から車で30分程なのだが、緑が多く、どことなく空気がキレイな感じのする地域で、以前は保養所やサナトリウムとして有名な場所だったそうだ。子供達の学校がこの地域にあったのでこの場所を選んだのだが、今から思い返しても本当に良いところだった。
当時はまだマウイ・フィアット(小さなフィアット)と呼ばれる、共産主義時代の車もよく走っていた。どことなくルパン三世の車に似ている。
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犬の散歩がてらに家の近くを散策すると、すぐにこのような風景に出会う。
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池にはカモや水鳥が泳いでいる。冬には白鳥がたくさん飛んでくる。
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公園の中に細かい霧のようなものが舞う奇妙な建物がある。入場料を払って中にはいると。
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お寺や神社の線香の煙ではない。ミスト状の水が噴き出しており、それがあたりを覆っている。
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周囲には乾燥させた薬草?のようなものが積まれ、その中を地下水が濾過されるようにしたたり落ちており、それを霧状に噴霧しているのだと思う。マイナスイオン満開で、何か健康になったような気分になれる。
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この地がサナトリウムとしても有名なことからも、こういったことが健康によい、特に呼吸器の病気に良いと考えられていたのだと思う。
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今回はもう一つの絶景、船から見るガイランゲル・フィヨルドを紹介する。
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ベルゲンからスカンジナビア半島の沿岸を北上していく沿岸急行船に乗りこんだ。
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観光船ではなく定期航路を行く地味な船なのだが、その割に船内のラウンジが、大きなガラス張りでパノラマビューになっており、船内から迫力あるフィヨルドの景色を楽しむ事が出来る。
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フィヨルドの穏やかな海面を、船は静かに進んでいく。何が違うのか調べたわけでは無いが、同じようなクルーズでもこのガイランゲル・フィヨルドはソグネ・フィヨルドとはその迫力が全く違う。
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残雪の山や滝が遠景から3Dで迫ってくる。雄大な眺めだ。
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フィヨルドの中を通り過ぎるたびに陽のあたり方が変わるので、海も山も色や様相を変えていく。
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中から見る景色とは異なり、船外に出ると風が強い。
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時には写真のように風がぴたりと止む。
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船が止まっているかのように静かな光景の中、海面に山の影が映り、景色だけがゆっくりと迫ってくる。この景色が一番ダイナミックだ。
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マッターホルンのような山が見えた。山の裾野に街が見えてきた。
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下船して今度はバスで移動する。山の上からフィヨルドを望む。
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海面が光るフィヨルドの景色は特に美しい。
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バスでオースレンの街へと向かう。途中、何とも素朴な村の教会を通り過ぎた。
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高台からオースレンの街を見下ろす。フィヨルドの海に浮かぶ小島のような街だ。
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街には運河がめぐり、その運河沿いにアールヌーヴォー様式の建物が並ぶ。
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写真は夕方だが、陽のあたり方によって、様々な顔を見せてくれる。
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見所の多い街では無いのだが、この街の姿そのものが一見の価値がある。山と海と運河とこのおしゃれな建物が調和した、なんだか住んでみたくなる、非常に心の安まる街並みだ。
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最後に景色とは全然関係の無い話を一つ。ノルウェーに限らず北欧を旅していて気づいた事に、朝食のバターがある。通常、ホテルのビュッフェ型式の朝食では、小さなパックに入ったバターか紙に包まれたバターが置いてあるのが普通だが、北欧ではこれらが無くて、いわゆる家庭でも使うような大きめのパックのバター入れが置いてあり、必要なだけ取っていくと言うスタイルが普通のようだ。少なくとも自分が北欧を2度旅して、全てのホテルがそうであった。これには非常に感心した。これでいいんじゃないのか。なんでわざわざゴミが増える個別包装をする必要があるのだろうか。日頃あまり考えない素朴なことにすごく感心し、そういった独自のエコロジー精神を持っている北欧スピリットに感動した次第である。
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一旦ポーランドから話題はそれて、このあたりでドクトル・イチオシの絶景をひとつ紹介する。
LOTポーランド航空を利用して出張中のある日、機内誌の表紙に目を奪われた。なんじゃこれは!! それはノルウェーにある、プレーケストーレン(Prekestolen)というフィヨルドに突き出た断崖絶壁の写真であった。
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色々調べてみると、凄い景色のわりに一般の観光コースには入っておらず、あまり知られていない。この断崖絶壁を見に行くには、スタヴァンゲルという街に最低2泊はしなくてはいけないと言うことがわかった。なかなかアクセスが大変そうだが、何とか行けそうだ。
ノルウェーのフィヨルドはソグネ、ガイランゲル、リーセなどが有名で、船から、山からなど、それぞれいろんなアプローチの仕方がある。最も有名なのは、山岳鉄道やフェリーを組み合わせてソグネ・フィヨルドを観光するナットシェルと呼ばれるコースであるが、フィヨルドの景色としては残念ながらこれが一番劣るように思う。概してそんなものだ。
フィヨルドの圧倒的な美しさを味わうのであれば、このプレーケストーレンから眺めるリーセフィヨルドと次回に紹介する雄大なガイランゲルフィヨルドが何とも素晴らしい。特にこのプレーケストーレンはこれだけを見に行っても十分に価値のある絶景だ。
北欧というと日本からは遠いイメージがあると思うが、実は航路的には一番近いヨーロッパなのだ。FINNAIRやスカンジナビア航空で北欧の主要都市から乗り継ぐことも可能だし、他のヨーロッパ主要都市から直接スタヴァンゲルへ乗り継ぐこともできる。
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スタヴァンゲルの美しい港。
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プレーケストーレンは5月から9月頃の限られたシーズンしか観光することはできない。
まずは、スタヴァンゲルの港からフェリーに乗ること30分ほどで対岸のタウの港へ渡る。
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そこからローカルバスで40分ほどでその麓まで行く。バスの本数は少なく、人気も少ない。
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それから2時間半、山道を登らなくてはならない。自分が行ったのは5月初旬の、正式にはまだ山開きをする前で、山道には雪がかなり残っており、途中急な山道もあって、当時8歳の下の娘には結構苛酷な行程であった。
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まだ氷がはっている。
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最初は緩やかな登山道を上っていく。徐々に気温が下がり、雪道となる。
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途中で一休み。ふと後ろを振り返るとフィヨルドの景色が広がる。
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後半は結構きつい道のりが続く、満足げに下山してくる人達を頼りに、ただただ黙々と上っていく。少し先から歓声が上がった。ゴールは近いらしい。
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そして登り切った後、こんな絶景が顔を出した。これがフィヨルドというものなんだと改めて認識した。
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その直ぐそばに、お目当てのプレーケストーレンがあった。
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フィヨルドに突き出た断崖絶壁で600メートルの高さがあるそうだ。
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周りに柵など何も無いというのには本当に驚かされる。自分は高所恐怖症なので、なかなか近づくことが出来ないのだが、このプレーケストーレンの上で皆、様々な行動を取る。
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今にも飛び降りそうな人、
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なにげに足を投げ出して座る人。
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腹ばいで下をのぞく人。etc...
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我が家族も平気で腰を掛けている。自分には絶対出来ない芸当で、DNAの進化を感じる
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このプレーケストーレンからみたリーセフィヨルドの景色はこの旅で一番の景色であった。
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最後に勇気を振り絞って、夫婦で一枚。
そんなこんなで、ここで1時間ほどを過ごして下山する。雪の残る山道の下山は結構大変であった。この様にプレーケストーレンの観光には丸一日を要し、最低でも2泊が必要になる上に、登山が大変と言うこともあり、なかなか一般の観光コースには入ってこない。絶景とは概ねそんなところでしか見ることが出来ないように思う。本当にここだけを見に行っても価値のある景色だと思う。
次回は船から雄大な景色を眺めるガイランゲルフィヨルドと、何とも可愛いオースレンの街を紹介する。
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徐々に日が長くなり太陽の光がまぶしくなってくる。5月のポーランドは一気に陽気な季節となる。太陽を待ちこがれていた人達は、裸で日光浴を楽しむ。
ポーランドでは良い思い出をたくさん作ってきたが、その中でもお気に入りの一つが初夏のカヤックだ。自分はアウトドアに詳しいわけではなく、ポーランド人の友人から是非行ってみろと勧められたのだ。
ワルシャワから北へ200kmほど行ったところにマズーリという湖水地方がある。ポーランドでは有名な夏の保養地で、その中の小さな村が今回紹介するクルティン(Krutyn)だ。ワルシャワからは車で3時間程度だったと思う。よく地図を見ていないと通り過ぎてしまうくらいの小さな村だ。
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その村には森の中を流れる浅い川があり、そこをカヤックで下っていくのだ。浅く流れも穏やかなのだが、水は澄んでいて底がはっきりと見える。万が一転覆しても安全な深さで、カヤック初心者でも子供でも十分に楽しめる。
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村には民宿が何軒もあり、そこでカヤック一式をレンタルでき、もちろん日帰りで楽しむことが出来る。午前中に出発し、半日カヤックを楽しんだ後、宿の主人に電話をかけると車で下流に迎えに来てくれるという仕組みになっている。
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では、二人乗りカヤックでスタート。
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前半は森の中を進む。灌木をよけながら、自分のペースでのんびりと進む。マイナスイオン満タンだ。
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鳥のさえずりや牛の鳴き声だけが聞こえてくる。
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緑の匂いがぷんぷんして、心も体も癒される。
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かもの親子に出会うこともあるし、
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時には野生の鹿が出てくることもある。
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これはポーランドらしい風景で、真ん中の柱の上の籠はコウノトリの巣だ。ちなみにポーランド語でコウノトリのことを「ぼっちゃん」という。日本人にはなじみやすい名前だ。
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後半は湿地帯の中を進んでいく。これも何とものどかな風景だ。
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そろそろ終わりが見えてきた。3番目の橋のたもとが目印だ。
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ワルシャワから日帰りで楽しめるリラックスタイム。ポーランドの自然は本当に素晴らしい。
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日本がゴールデンウイークの頃、ポーランドでもイースター(復活祭)の休みがあり、本格的な春の訪れと共に季節は一気に初夏へ向かっていく。5月のワルシャワで非常に気にいった風景があった。不思議なことに、ワルシャワの住人にはあまり知られていない場所だった。
ワルシャワで有名な住宅地の一つであるヴィラノフ地区。その郊外に、ワルシャワでは恐らく唯一のゴルフ練習場、いわゆる"打ちっ放し"がある。
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ネットなど無く、本当にオープンエアの打ちっ放しなのである。確か2004年頃に出来たものと記憶しているが、その当時、ゴルフはまだまだ外国人の娯楽で、日本人や韓国人がその大半の打席を占めていた。
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そのすぐそばに、5月のこの時期だけ様相を変える畑があった。林の中を走る道路の脇にその景色はあり、木々で隠れているので、見ようと思わなければ通り過ぎてしまう。
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ただ、一歩その世界に踏み込むと、辺り一面が真っ黄色の世界になる、菜の花畑だ。
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晴れた日は特に美しい。
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ポーランドでは何気ないこういった自然の景色が何ともすばらしい。四季折々に色んな風景を楽しませてくれる。
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これからどんどん日が長くなり、太陽の季節がやってくる。
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素人写真ではこの黄色のダイナミックさがなかなか伝わりにくいのだが、しばしご覧あれ。
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2002年夏、灼熱の国スーダンからポーランドのワルシャワに異動した。東ヨーロッパの大国ポーランドで2006年までの4年間を家族と共に過ごした。我が家にとっては非常に思い出深い国。今回からはヨーロッパに舞台を移して、ポーランドの美しい風景と是非行って欲しいヨーロッパの「穴場」を紹介していく。
砂漠の街ハルツーム、赤茶けたスーダンからヨーロッパの都市に降り立つと、緑の多さに身体が驚く。大げさな言い方ではなく、むせ返ると言う表現がぴったり来る。
ワルシャワ、ポーランドの首都。ショパンが生まれた国、コペルニクスの国、ワルシャワ条約機構など歴史で名前を覚えた記憶がある。いったい何語を話すの?
ワルシャワに着いてさっそく向かったのがマクドナルド。スーダンにはマクドナルドなど、欧米のファーストフード店は皆無であったので、何故かハンバーガーが食べたくなった。そこでまず驚いた。
ポーランド語など全く話せない我々は、マクドナルドで写真を見てオーダーぐらいは出来るだろうと思っていたが甘かった。なんとワン、ツー、スリーが全く通じない!! ちなみにポーランド語ではイエデン、ドゥヴァ、チシッ。この国では英語がほとんど通じないということを痛感した。
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まずは世界遺産のワルシャワ旧市街へ。
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ポーランドの主要都市には必ずこのような旧市街がある。ではなぜこのワルシャワ旧市街が世界遺産なのか?
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それは第二次世界大戦中、ドイツ軍によって完全に破壊され、その後に破壊前の姿に忠実に再建されたからであって、今の旧市街は所謂究極のコピーなのである。
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地方都市の旧市街は住民の生活の一部として機能しているのだが、このワルシャワ旧市街はその歴史が物語るとおり、全く生活の匂いがせず、観光地としてのみ機能している。
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一見の価値はあるのだが、普段にあまり行くことはなかった。
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これは2006年当時のワルシャワの中心部。御覧のとおり、あまり美しいと言える街並みではない。
ただ、この国は非常に美しい四季の姿を持つ。確かに日本の四季の風景は美しい。芸術的と言って良いほど繊細な美しさだ。これと比べて、ポーランドの四季の美しさはダイナミックな美しさだ。
四季折々の美しい姿をこれから順次紹介していく。
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自分の職場(日本大使館)の目と鼻の先にワジェンキ公園という大きな公園がある。
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自分はこの公園が大好きで、昼休みにカメラ片手によく散歩に出かけた。
この なにげにリスが出てくるような公園だ。
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この公園の奥にショパン像が置かれた広場がある。自分はクラシックとは全く無縁の男であるがこの場所が大好きで、四季の風景を撮り続けた。これは春の風景。緑がグングンと伸びてくる。
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夏には一面にバラが咲き、
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ショパン像の下で屋外ピアノコンサート(無料)が行われる。
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ワルシャワの秋は「黄金の秋」と言われる。非常に美しい風景だ。ショパン像のバックも見事に色づく。
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冬は白黒、モノトーンの世界となる。これがまた美しい。街の汚い部分を雪がすべて覆い隠してくれる。
アフリカのサファリへ一度は行ってみたいと思ってる方々も多いと思うが、かなり遠いというイメージが先行するのではないだろうか。自分も日本へ帰国してからは、長期休暇とは縁遠くなってしまったが、いつか必ずもう一度、あの美しい空と空気を吸いにサファリに行きたいと思っている。
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では、サファリにはどうやって行けばよいのか、社会人が何日休みを取れば旅行できるのかを、日本を起点に考えてみたい。
ケニアのナイロビまで、一昔前までは乗り継ぎの悪い南回りか、ヨーロッパの都市を経由しての長いフライトでしかアクセスできなかったのであるが、エミレーツ航空など中東系航空会社の南回りが充実してからはかなり便利になり、7〜8日の休みが取れればケニアでサファリを楽しむことが可能になった。特に関空からは、値段、質共にエミレーツ航空が非常に便利でお勧めである。その他の中東系やシンガポール、香港などアジアの都市を経由する方法もある。
エミレーツ航空を例に取ると、関空を夜に出発してドバイ経由で翌日の午後にはナイロビ着、帰りは夕刻にナイロビを出発すれば翌日の夕方には関空へ帰着する。金曜日フルに仕事してから出発し、土曜午後にナイロビ着、翌日から4泊5日のサファリツアーに出かけ木曜午前にナイロビに帰着、ナイロビに1泊しておみやげ買って、金曜夕方にナイロビを出発。乗り継ぎのドバイ空港で買い物をして土曜夕刻に関空着。1週間の休みで、比較的余裕を持ってサファリを満喫できる。ちなみにサファリのゲームドライブは、朝夕に4WDでサバンナを駆けめぐるので結構疲れる。4泊5日ぐらいがちょうどいいのかもしれない。
往復の航空券は自分で予約しても、サファリツアーは現地の代理店にアレンジをお願いするのがベスト、日本人が経営されている代理店も複数ある。
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ここで一つ大事なことを助言すると、こういった途上国でサファリなど特別な旅行をするときは、現地ツアー(宿泊施設)の値段をあまりケチらないこと。上級クラスでも色々トラブルが出て当然のような所だし、せっかくのサファリが型通りの安物サファリではもったいない。是非サファリの内容は良く検討し、ここにはお金を使って欲しい。
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最後に大事な注意事項。どんな予防接種が必要か?
基本的な事項として、破傷風、A型肝炎、B型肝炎の予防接種は途上国を旅行するのであれば、必要最小限として必要。
イエローカード(黄熱病ワクチン接種証明書)は日本からドバイ経由なら必要ないのであるが、経由地によっては必要になることがある。この問題は医学的な意味よりも、その国の検疫行政の事情によってころころ状況が変わり、必要と言われてせっかく準備しても、何にもチェックされなかったり、逆に運悪くトラブルの原因になってしまったりする。航空会社のカウンターでチェックインの際に提示を求められてトラブルになるケースもある。
イエローカードは10年間有効なものなので、無用なトラブルを避ける意味でも準備しておく方がベターと思われる。ただし、この黄熱病ワクチンは肝炎ワクチンなどと異なり生ワクチンなので、接種7〜10日後に身体のだるさや発熱を認めることが結構ある。また、検疫所など決まった場所でしか接種できず、予約が必要なので、出来るだけ早い時期に接種しておくことが勧められる。
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今回で一旦アフリカ編を終える。次回からは舞台をヨーロッパへ移し、ポーランドの美しい四季の景色とヨーロッパの穴場を紹介していきたい。
昨年のFIFAワールドカップで、治安の悪さばかりが強調され気味であった南アフリカだが、アフリカにあって非常にヨーロッパ的で美しい国でもある。アフリカの都市からヨハネスブルグの空港に降り立った瞬間、今まで見てきたアフリカとは何か明らかに異なり、ヨーロッパの空港を彷彿とさせる近代的な雰囲気を感じた。文化としては、ここは白人が作り上げたアフリカの中のヨーロッパなのだ。ここから国内線に乗り継いで、ケープタウンに向かった。
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ケープタウンの街は海に面し、すぐ後ろにはテーブルマウンテンといわれる平たい山が迫っていて、非常に風光明媚な都市である。この街を起点に、有名な南アフリカワインの酒蔵巡りや喜望峰、ボルダーズビーチのペンギンやドイカー島のアザラシ見学を楽しむことが出来る。
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ウオータフロントとよ呼ばれる海に面したエリアは、観光客向けに非常に整備されており、たくさんの警官が配備されていて、夜でも安心して出歩くことが出来る。地中海沿岸の観光地の雰囲気で、ここがアフリカであることを忘れてしまう。
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ケーブルカーでテーブルマウンテンに昇るとケープタウンの街、ケープ半島を一望することが出来る。
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遠くは喜望峰まで見ることが出来る。
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これは「ダシー」(DASSIE)と呼ばれるハイラックス(イワダヌキ)の一種で、人懐っこく近づいてくる。
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ケープタウンから南へ50キロ南下したところに喜望峰がある。ここが、あのヴァスコ・ダ・ガマのインド航路発見で有名な喜望峰である。ここまでやって来たかと感無量になる。アフリカ最南端といいたいところではあるが、正確には最南端ではない。
ここで素朴な疑問が。。。喜望峰は英語では「CAPE OF GOOD HOPE」と書かれている。そのまま訳すと「希望峰」のはずだが、なんで「喜望峰」なのだろうか??
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喜望峰の全景は当然喜望峰からは見ることが出来ない、少し離れたケープポイントというところから、岬としての喜望峰を見ることが出来る。
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帰路にボルダーズビーチのペンギン繁殖地を訪れた。ペンギンを保護しながら、且つうまく見学できるように施設も良く工夫されている。
アフリカ大陸の(一応)南端征服完了!!でも、南米大陸最南端に比べて、アフリカ大陸の南端へは結構楽に行くことが出来た。気候も穏やかで、街から車で1時間程度と近く、ここが南の果てという感じがあまりしない。ちなみに南米大陸最南端の街ウシュアイアには「世界の果て」という表現がよく使われ、実際にそんな感じがした。世界地図でその緯度の違いを見て驚いた。喜望峰とウシュアイアとは緯度で20度も差がある。南米大陸の方がかなり南に長く、南極に近いことがわかった。やはり地球はでかい。
サファリ編の最後として、少し変わったサファリを紹介する。場所はボツワナ、ジンバブエ、ザンビア。アフリカ南部の内陸国でイギリスの旧植民地だった国々だ。南アフリカからのアクセスが良く、陸路が特に発達している。
このあたりの観光名所といえば、やはりヴィクトリアの滝だ。ジンバブエとザンビアの国境にある滝で、ザンベジ川の途中に位置する。南米のイグアス、北米のナイアガラに並んで世界三大瀑布の一つに数えられる。
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何を隠そう、昨年、乗り継ぎで立ち寄ったカナダのトロント空港から、レンタカーを借りて駆け足でナイアガラの滝を見学し、やっと世界三大瀑布を制覇した。では、どこが一番スゴいのか?こういった比較は愚の骨頂とわかってはいるのだが、敢えて比較してみたい。とにかく、ヴィクトリア、イグアスとナイアガラを同列で語るにはあまりにも無理がある。はっきり言ってナイアガラがしょぼすぎる。というか、ヴィクトリアとイグアスが凄すぎる。では、ヴィクトリアとイグアスでは?というと、非常に難しい。正確な数字は知らないが、規模、豪快さという意味ではビクトリアの方が凄いかもしれない。ただし、滝を見て楽しむアトラクションという意味においてはイグアスが断然上であろう。以下の写真がそれを物語っている。
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本当に凄い景色なのに、その凄さを表現できる写真が撮れないのである。
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もちろん写真の技術が悪いのではあるが、見所を考えて施設を工夫してあるイグアスに比べ、そういったいい写真が撮れるような場所があまりないのだ。ただ、ただ、滝の豪快さに圧倒されるばかりなのだ。
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ザンビア側へは歩いて渡る。国境には橋が架かっていて、バンジージャンプをやっていた。
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なんとものんびりしたザンビア側の看板。
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この周辺でもちょっとしたサファリが楽しめる。これは象に乗ってサファリを楽しむエレファントサファリというもので、上から見下ろせるので、これもまた面白い。ただし、象がのしのし歩いているところに、肉食獣が寄ってくるはずもなく、見られる動物は一般的な草食動物だ。
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ボツワナにあるチョベ国立公園に足をのばした。
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象で有名なサファリだ。ザンビアに勤務されていた先輩からは、佃煮状態の象が見られる聞いていたのだが、少し時期が悪かったようで、そこまでたくさんの象と出会うことは出来なかった。しかし、スゴい光景と出会ってしまった。!!
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この国立公園はチョベ川の沿岸に位置し、川の向こう岸はナミビアである。遠くに立ち上る煙は、ビクトリアの滝の水煙だ。
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ここでは船から動物を観察するボートサファリを楽しんだ。カバもたくさん見ることが出来る。
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これが偶然に遭遇した凄い光景だ。なにげに川辺で水浴びをする象たちであった。するとどんどん川に入っていく。
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初めは川が浅いのかと思っていたが、結構深いとのことで、象が泳いでいることがわかった。象は泳ぐのだ!!無事に対岸のナミビアまで国境を越えていった。
サファリツアーには必ずと言っていいほどマサイ村見学が組み込まれているが、一度は行ってみる価値がある。
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到着すると村の皆さんが総出でお出迎え
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伝統の踊りや歌で歓迎してくれる。
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子供たちも、
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女性達もそれぞれきれいな衣装で出迎えてくれる。
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昔、日本のCMでも取り上げられたことがあったが、マサイのジャンプ、これはスゴい。
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できるだけ連続して高く飛ぶという単純なモノだが、助走をつけず、膝も曲げないのだ。リズミカルにぴょんぴょんと跳ねる、バネのようなジャンプで、一番高く飛べた男が英雄だ。
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マサイのイケ面を紹介する。マサイの男達の中でも髪型が違う人がいるのがわかるだろうか、長髪を後ろにまとめた髪型をしている彼らは、いわゆる"マサイの戦士"であり、選ばれた男達なのである。
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一通りの儀式を見学して、次は土と牛糞で造った家を見学する。実際にその家で生活しているのが体感できるのではあるが、ふとみるとポリバケツがあったりと、何ともユーモラスである。
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家を見学して外に出てみると、そこからが彼らの真骨頂、ずらりと土産物の出店が開いている。あまり売る気が無いのか、やる気のなさを感じるところが、また彼ららしくて良い。
マサイの人々は皆こういった村で生活しているわけでは無い。大都会ナイロビでもたくさん生活しているし、我々が泊まるロッジでも従業員として働いている。先ほどのマサイジャンプの達人は我々の部屋担当のホテルマンだった。マサイの人々は、原始的な生活を今も続ける文明から取り残された人々では決して無い。村の見学の際、非常に教養の高そうな青年が流暢な英語で案内してくれた。彼らの中には英国の有名大学を卒業している人もいると聞く。文明社会を知ってなお、彼ら本来の姿に戻ってくる彼らは、我々より何か一歩先を行っているような気もする。
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ゲームドライブの途中、泥沼にスタックした車を救助しに向かった。
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そこにはいつの間にか、通りがかりのマサイのおじさんが救助に加わっていた。
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通りがかりと言っても、見渡す限りサバンナでいったい何処へ向かっていたのだろうか?
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帰り道、またスタックした車を発見。それはマサイの人々へ家具を運ぶトラックだった。荷台には使い古したソファーなど家財道具がぎっしり。これを何処へ運んでいくのだろう、とてつもなく豪快な配達だ。
今回は、よりワイルドなテントロッジのご紹介。
我が家のサファリ旅行も3度目となり、今までにないものをと、現地の旅行代理店に相談してみたところ、このMara Campをすすめられた。
イタリア人のオーナー夫妻が経営するキャンプで、その場所は雨期には水没するため、乾期のみ営業しているという。電気も水道もない、何ともワイルドなロッジだ。でも値段は逆に高く、より高級なカテゴリーだとのこと。
期待と不安を胸にMara Safari Clubから陸路移動した。
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移動はこの装甲車のような車。これでサバンナの奥地へぐんぐん入って行った。
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途中で出会った、ビッグ5の一つ、バッファロー。何とも貫禄がある。
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見慣れたシマウマたち。
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子供ライオンの兄弟。
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Mara Campに到着した。
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これが我々が宿泊したテント。外観はこのような感じで、いわゆる大型テント。。。 でも中は意外と立派であった。
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綺麗にベッドメイキングされてあり。
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電気がないので、照明は携帯ガスのランタン、机などの調度品も小綺麗に配置されていた。
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これは洗面台、水を使ったら外に捨てるという、きわめてシンプルなシステム。
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水道が無いのでトイレやシャワーを心配していたが、洗面にはお湯が入ったポットが置かれ、無くなればいくらでもすぐに持ってきてくれる。トイレもタンクに随時水を補給してくれるので、使用感は水洗トイレと何ら変わりない。シャワーも非常に原始的ではあるが、外のおじさんがどんどん上のタンクに手動でお湯を補給してくれる。「Hot water, please.」で、お湯のシャワーを利用できる。
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夜は、ライオンの鳴き声が聞こえ、かなり近くまで来ていることがわかった。でも、結構快適な寝心地で、朝までぐっすり。
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食事はこのメインテントで食べる。
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オーナーがイタリア人であることから、自慢のイタリア料理をコースで食べることが出来る。
こんなサバンナのど真ん中で、なんでイタリア料理をワインと共に食べているの?と妙な気分になる。
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デザートもこんな感じで。
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ワインはもちろんのこと、酒類も結構豊富に用意されていた。
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食後と空き時間のひととき、
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薪を囲んでオーナー夫妻とのんびりした時間を過ごす。
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ここでは、ナイトサファリを楽しむことが出来た。肉食獣の多くは夜行性で、夜にハンティングを行うことが多い。車からサーチライトをかざして肉食獣を追う。
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眼がきらりと光ったチーターは、昼寝をしている姿とはまた違い、非常に精悍な面構えだ。風下より、そろりそろりと獲物に近づいていく。
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残念ながらハンティングの様子は見ることが出来なかったが、翌朝、獲物に群がるチーターの姿を見ることが出来た。
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なかなかリアルな光景だ。
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おこぼれを待っているハイエナくん。ちなみにハイエナは結構強いらしい。集団でかかれば、チーターは逃げて行ってしまうそうだ。
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途中で立ち寄ったみやげ物屋、これも結構イケている。
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最終日、例の装甲車で空港へ向かう途中、川の畔で豪華な朝食。
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朝からシャンパンで乾杯という豪華なアウトドア・ブレックファーストだ。
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ちゃんと料理人が出張サービスで料理をしてくれる。
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ここでもいつの間にか、にわかみやげ物屋が出来ていた。
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あまり商売っ気が無いところが、ほのぼのとする。
ケニア、タンザニアをかつて植民地としたのがイギリス。彼らはこのアフリカに交通、教育制度、制服など色々な文化を残している。そのイギリス人が、暗黒大陸と言われたアフリカで作り上げた娯楽がサファリだ。何も無い大地で究極の贅沢を作り上げたのであり、今回のMara Campでその意味が少しわかったような気がした。
サファリの本当の贅沢な楽しみ方は、テントや料理人や一切合切と共に移動し、サバンナのまっただ中で野性動物を見ながら、フルコースの食事を楽しむ。これが一番の贅沢なんだと。
朝のゲームドライブ。早朝の動物たちは、どことなくボケた様子で愛らしい。
草むらに隠れて休んでいたインパラ、こうやって寝るのだろうか。
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ウオーターバックの雌たち。
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アンテロープの一種エランド、立派な角を持っている。
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角を突き合わせてけんかするインパラ。後ろはトムソンガゼル。彼らはシカの仲間に見えるが、実は皆ウシの仲間である。
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象の群れにもこれぐらい近づく。鼻で木を根こそぎむしり取って食べていく。メリッメリッとこの音が豪快で、しばらくすると周り一面何もなくなってしまう。
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ライオンの群れにもこれぐらい近づいていく。
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昼間のライオンは寝てばかり、恐らく人間が危害を加えないと言うことを知っているのだろう。
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今回はちょうど子供が生まれた季節で、幸運にも子ライオンに出会えた。
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何とも愛らしい赤ちゃんライオン。
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無線でハンティング(狩り)の情報が入ったので現場に急行すると、ハンティングには間に合わなかったが、偶然にも食物連鎖の実際を見ることが出来た。
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まずは主役のライオンさん
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脇役のハイエナくん
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神は何と残酷なのか、外見も姿勢も悪く、どう見ても世間の嫌われものに見えてしまう。このハイエナ、実は結構強いらしい。ドライバーはチーターよりも強いといっていた。
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もう一つの脇役ジャッカルくん。このハイエナやジャッカルは、肉食獣(プレデター)の食べ残しの死んだ動物の肉を食べる動物(スカベンジャー)の代表で、ハゲワシなどもこの仲間に入る。
我々が着いた頃は、ちょうどライオンが獲物を食べてる真っ最中だった。
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まずはオスのお食事タイム、遠巻きにハイエナやジャッカルが集まって来る。
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オスのお腹がふくれたら、メスに交代。ハイエナやジャッカル達がソロリソロリと近づいてくる
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これは「坊さんが屁をこいだ」状態で、ライオンが食事に集中していると、ハイエナやジャッカルはソロリソロリと近づいてくる。ライオンがパッとあたりを見渡すと、ハイエナたちはピタッと動きを止める。
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やっと彼らに順番が回ってきた。厳しい野生のしきたりだ。
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象の親子にも出会うことが出来た。
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子象はアニメのババールそのもの。
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大きい卵で有名なダチョウ。
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これはセクレタリーバードという鳥。昔の秘書官が使った羽のペンに似ているので、こう呼ばれているのだとか。
このマラ・サファリには2回訪れた。2回目のターゲットはレパード(ヒョウ)に絞った。一般にサファリで人気の高い5種の動物(ライオン、象、サイ、バッファロー、ヒョウ)をビッグ・ファイブと呼ぶが、中でもヒョウにはなかなか出会うことが出来ない。ドライバー達でも滅多に見かけないそうだ。今回は気合いを入れて、昼食はランチボックスを用意してもらい、1日がかりでヒョウ探しに出かけた。みつけたらチップをはずむという約束で。。。
半日が過ぎた頃、ドライバーがヒョウの足跡を見つけた。ゆっくりゆっくりと近づき、ドライバーが小声で叫んだ。指さした方向をいくら探しても最初は何も見えなかったが、よく見ると草むらの中に隠れるヒョウの姿を見つけることが出来た。今までヒョウとチーターの模様の違いを深く考えたことはなかったが、全然違うことがよくわかった。
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次回はよりワイルドな世界へ。
サファリ観光で、車から野生動物を観察することを"ゲームドライブ"という。通常、一般的なゲームドライブは国立公園や国立保護区といわれるエリア内で行われ、宿泊施設もそのエリア内にある。エリアと言ってもとてつもない広さで、代表的なケニアのマサイマラ国立保護区は大阪府より大きく、タンザニアのセレンゲティ国立公園は四国よりも広いらしい。
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ただし、これらの保護区内でのゲームドライブは保護区のルールに従う必要があり、例えば、動物を見ながら走るサファリカーは、サファリロードと呼ばれるサバンナに巡らされた道路しか走ることが出來ず、動物を見つけたからと言って、直接近づいていくことは出来ない。
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カート道のみを走るゴルフカートのような感じである。
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このサファリロードに動物が近づいて出てきてくれるとラッキーなのだが。。
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(キリマンジャロをバックに象の群)
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ゲームドライブの初日はシマウマやヌーを見て大喜び、パチパチ写真を撮りまくる。でも、皆帰る頃には、シマウマには見向きもしなくなってしまう。草食動物はそこら中にたくさんいて、いつでも見られるのですぐに飽きてしまうのだ。そこで目指すは、ライオンやチータなどの肉食獣、象やキリンなどの大物となる。
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これら大物は、そう簡単には道路のソバまで出てきてくれない。時にはこういったチャンスもあるのだが。。。(子供をくわえた母ライオン)
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では、より楽しめるサファリのスタイルとは。。。
それは、これら保護区の外に行くとよいのである。マサイマラと言っても広大な広さで、保護区となっているのはその一部である。それ以外はマサイ族の土地で、いわゆる私有地。マサイ族からその土地を借り受けて、サファリを経営している施設がいくつもある。その中から今回はまずマラ・サファリ(Mara Safari Club)を紹介したい。
ケニアの首都ナイロビの空港から小型機で飛び立ち、サバンナのど真ん中にある原っぱのような空港に降り立つ。
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そこには何ともファンキーなDuty Free Shopがあった。決して、ウケを狙っているのでは無いとは思うが、これは結構いけてる。ここから迎えの4WDに乗り込み、ロッジへ向かう。
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このMara Safari Clubはロビーやダイニングは立派な建物があり、宿泊はテントという仕組みで、ちょうど程よくワイルドライフを楽しめる。テントのすぐ前の川にはカバがいる。
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ご覧のようにテントと言ってもバスタブがあり、トイレも水洗で、お湯のシャワーが使える。
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おまけに天蓋付きのベッドで非常にゴージャスだ。
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食事はメインの建物内で朝昼はビュッフェ、夕食は立派なコース料理が楽しめる。
ではサファリの一日を再現してみよう。前夜の夕食時、ボーイから翌朝の飲み物(コーヒー?紅茶?)を聞かれる。翌朝、テントの外から声がかかり目を覚ます。外を見ると昨夜オーダーしておいた飲み物とクッキーが置いてある。これが贅沢なモーニングコールなのである。ここには不似合いな電話機などはない。本格的な朝食は朝のサファリから戻ってからなので、コーヒーとクッキーで目を覚まし、早々にサファリへ出発だ。サバンナの朝はかなり寒く、ジャンパーを着込んでまだ暗闇の中を自分たちの車の元へと向かう。
ここで今回のドライバーとご対面。今回のサファリでどういう動物に巡り会えるか、彼らのカンと眼にかかっている。いざ出陣!広いサバンナを皆いろんな方向へ散らばっていく。誰が一番に大物を見つけるか、ドライバー達も競争なのである。陽が徐々に昇ってくる。
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程なくして無線から、「シンバ!!」と叫ぶ声。シンバとはスワヒリ語でライオンのこと。映画ライオンキングでもお馴染みで、ちなみにハクナマタタは「No problem どうにかなるさ」という意味になる。無線の主が近くにいるようなら、その場所へ急行することになる。
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ここは保護区の外なので、サファリロードなど存在せず、直接動物に近づくことが出来る。
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最初に発見したドライバーは太陽の向きを考え、最良の場所を客に提供する。
陽が昇るにつれどんどん気温は上がってくる。1枚脱ぎ2枚脱ぎ、ロッジに戻る頃にはTシャツ1枚になっている。3時間ほどの午前のゲームドライブを終え、テントロッジに戻る。豪勢な朝食を食べ、午後まで気ままに時間を過ごす。テントの前のロッキングチェアで、カバの鳴き声を聞きながら読書なんてこともできる。午後3時頃より午後のゲームドライブ、夕暮れ頃にロッジに戻り、夕食を終えてテントに戻ると、ベッドの中にはなんと湯たんぽが入っている。なかなか心憎いサービスだ。あったかい布団にくるまり、ぐっすり眠る。さて、明日は何が見られるのか。
私が子供の頃、「野生の王国」というテレビ番組があったが、"アフリカ"というと野生動物をイメージする人が多いのではないだろうか。象やライオンを追い求めてアフリカのサバンナを4WDで駆け回る。そんなサファリのイメージにずっと憧れていた。
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スーダンに赴任することでその夢が現実となり、休暇を利用して、ケニア、タンザニア、ボツワナのサファリに何度か出かけた。
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サファリは実に奥深い。 "野生動物を間近に見る"というのがサファリの大前提ではあるが、宿泊スタイル?食事のスタイル?移動手段?サファリをする時間?目標の動物?によって、色んな種類や楽しみ方があり、行く度に要求度が増し、充実感も増す。その虜になった一人として熱く語ってみたい。
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今回はまず、サバンナの空から紹介したい。サファリに行って何を見るかといいうと、当然動物なのだが、自分の場合は動物と同じぐらい、サバンナの空が大好きだ。あのなんとも雄大な空を見ると日頃のストレスが吹っ飛ぶ。
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一般的にサファリは朝夕、日の出前と日暮れ数時間前の2度出かける。通常サファリカーは天井のない4WD車なので、風を肌に感じながら、サバンナに昇る朝日を拝み、夕日を楽しむことが出来るのだ。
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朝、まだ薄暗い中、各自のサファリカーに乗り込み、サバンナへと出て行く。
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日が昇ってきた。ライオン・キングの歌が聞こえてくる。
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空の色が刻々と変わっていく。
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雲の様子も様々で、秋空のような雲もあれば、
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入道雲のような雲もある。空一面がスクリーンとなって、空の色と雲と光が景色をつくり出す。
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雨雲が移動する様子は大スペクタクルだ。
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たくさんの竜巻を見ることもある。
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夕暮れとともにサファリは終わる。
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空がピンクに染まる。
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地平線に太陽が沈んでいく。
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もちろん、星空もきれいだ。
今回は少し真面目に、アフリカ諸国など途上国への"援助"について書いてみたい。アフリカでは欧米先進国が競って援助合戦を繰り広げている、最近では中国も加わり熾烈な競争だ。スーダンにも人道支援を職業とする世界中のNGO(非政府組織)が事務所を構えていた。中でも、特にヨーロッパ諸国は積極的に援助していた。
かつて、アフリカの人的資源(奴隷)、天然資源を好き勝手に搾取したのがヨーロッパ人。その後、彼らが勝手に決めた国境線によって、アフリカは部族間の民族紛争を繰り返す。そのヨーロッパ人が今、施しのごとくせっせと人道支援を行っている。第三者であるアジア人の目から見ると、"富の循環"のように見える。
自分はスーダンで"草の根支援"という日本政府の小規模な人道援助にかかわらせてもらった。費用対効果が大きく、できるだけたくさんの人々がその恩恵に授かることができる支援、そういったプロジェクトを探して援助するのがこのプログラムである。では、実際にどんな援助がおこなわれていたのかを紹介したいと思う。
今のアフリカで最大の課題は「水と教育」であり、この二つは非常に密接に関わっているのだ。国の発展に不可欠であるのは教育であることに違いない。AIDS問題も、教育が行き届けば改善はするであろう。
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スーダンの地方では飲み水の確保が非常に困難かつ重労働だ。片道何時間もかけて水くみに行くことも珍しいことではない。しかもその作業は主に女性と子どもが担っている。水汲みのために一日の大半を費やし、学校に行くことができず、職業を身に付けることもできない。
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井戸を掘り、安全な水源を確保することは大事な支援だ。井戸と言っても200メートル近く掘る"深掘り井戸"で、そのまま飲めるようなきれいな水が得られる。
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写真は難民キャンプに掘られた井戸で、ロバ車にドラム缶を積んだ給水車が集まってくる。
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見てみると、皮肉にも自宅の水道水よりきれいな水だった。
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ただし、こういった大がかりな井戸は、何処でも、簡単にいくつもというわけにはいかない。また、汲み上げポンプが故障したら、次の援助を待つのみであろう。そこで、より現実的でユニークな援助をいくつか紹介する。
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このコンクリートでできたポットのようなものは、簡易浄水器だ。
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この中に砂や土を入れて、貯めた水を濾過するのだ。
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次に、これは水汲み作業を効率的かつ勘弁にするために、水のポットをボール型にして、そのまま転がして大量の水を楽に運べるように考えられたものである。両者とも非常に安いコストで、かつ材料は現地調達できる。単純でも、こういった現実的な援助が実際には役に立つ。
次回は、アフリカならではの楽しみ"サファリ"を紹介する。
スーダンの人々を紹介しようと、撮りためた写真を探しても、顔の写った写真があまり見当たらない。イスラム社会ではむやみに写真を撮ることは厳禁だからだ。では、写真を撮られるのがそんなに嫌なのかというと、そういうわけではないようだ。
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職場の現地職員の結婚式に招かれた(写真は新郎新婦)。
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その日は夕暮れ時から、親類や近所の人たちが集まってお祭り騒ぎ。
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大音響のスーダンミュージックで夜通し踊り続ける。
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当時はまだデジカメというものが現地では珍しく、撮った写真がその場で見られるというので大騒ぎ。
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次から次へと撮ってくれと集まってくる。
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子供たちの目が、本当に生き生きとしている。
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滅多に撮ることのできないスーダン女性達の笑顔も、この日は撮り放題だった。
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ちなみにスーダンに限らずイスラム社会では、見知らぬ女性の笑顔を写真に納めることは非常に難しい。
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家族や亭主以外の男に笑顔を見せることは、イスラムの教えに背くことだからだ。
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人類学など難しいことは別にして、スーダン人の肌は写真のように黒い人と茶色い人に大別できる。
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特に北部スーダンには、茶色い人が多い。地理的に考えるとその理由が見えてくる。エジプトを始め北アフリカや中東諸国には白い人が多い。
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一方、西アフリカのギニア湾岸にはイスラム教徒が多いのだが、この黒いイスラム教徒たちが巡礼でイスラムの聖地メッカ(サウジアラビア)を目指す途中でスーダンは通り道となる。
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北部スーダンの茶色い人達はこの黒い人と白い人の混血によってできたものと考えられているようだ。
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この日はお祭り、食事も特別なごちそうなのだろう、子供達の目が輝いている。
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最近の日本の子供達には見られない輝きのような気がする。女性達もこの日はとびっきりのおめかしをして輝いていた。
スーダンの首都ハルツームの北300キロの砂漠にヌビア文明のピラミッド群があるという。2001年当時、許可を取らないとハルツームから外に出ることができなかった外国人にとって、非常に興味深い場所であった。それがその後、世界文化遺産に登録されたというので驚いた。恐らく世界で最も行きにくい世界遺産の一つではないであろうか。ではどうやっていくのか?観光というものがほとんど存在しないスーダンで、そんなところにホテルなどあろうはずがない。調べてみたら、ハルツームから4WD車を借り上げて行くプライベートツアーがあった。1泊2日、運転手、ガイド、テント、食事のすべて込みで1人100ドル程度であったと思う。
灼熱の土漠を走ること5時間、メロエの遺跡に到着した。
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パウダーのような赤茶色の砂漠の中に、先端部の無い小型のピラミッドが点在する。
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ピラミッドの埋葬品目当ての盗掘にあったために、ピラミッドの先端部分がみな破壊されているらしい。エジプトのピラミッドに比べ、より先鋭な形をしている。
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一通り、ピラミッドを見学して帰ってくると、見事にテント村が完成していた。トイレ用、シャワー用のテントまである。
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質素な食事に寝袋の一夜ではあったが、満天の星空の下、なんとも贅沢な時間であった。こういった自然の中の建造物を見る上で一番大切なことは、そこで一泊するということだ。朝夕の色が変化する様子はまた格別なものである。
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夜が明けてきた。
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朝、目を覚ますと大笑い。なんと、テントの前ににわか土産物屋が開店しているではないか!近くに村などある様子は無く、彼らはいったいどこからやって来たのであろう?何とも微笑ましく、逞しい。
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子供たちにとっては、砂漠も大きなお砂場。我が家の娘も遺跡などお構いなしで砂遊びに熱中していた。
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大人も大きな砂山の上に登ると、爽快な気分になる。
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帰路、ナカのライオン神殿、アモン神殿に立ち寄った。小さな遺跡ではあるが、壁に描かれた絵やヒエログリフはどれもエジプトで見たものと変わりなく、恐らく歴史的価値は大きいのではないかと思う。
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こういった貴重な遺跡を放っておけるのは、さすがスーダンである。
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これはラクダで井戸水を汲む様子。
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どうやら深い井戸のようで、ロープで繋がれたラクダが、勢いよく丘を駆け下りていくと歓声が上がる。
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彼らにとって真に命の水なのだろう。
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シェンディーの街。
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何とも素朴な風景だ。
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途中給油したガソリンスタンド。
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スーダンらしい光景だ。
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最後の見どころ(らしい)、ナイル川第6瀑布。滝はどこに?と探したが、どうやら滝ではなく急流ということで、大した景色ではなかった。
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しばし休憩する我々に近づいて来たスーダン人親子。父親が話しかけてきた内容に驚愕!!「息子の腎臓を買わないか?」。そういった闇ビジネスが、こんなところに入り込んでいるのかどうかは不明だが、スーダンの抱える問題を突きつけられた気分であった。
第1回目に何処を取り上げようかとあれこれ考えたが、やはり自分たちの原点であるスーダンからスタートしたい。
"スーダン"って何処にあるの?どんな国?とよく聞かれる。スーダンはエジプトの南に位置し、面積はアフリカ最大で日本の7倍近くある大きな国だ。現政府はイスラム原理主義の国で、アラビア語を話す。北部はイスラム教徒、南部はキリスト教徒が中心で、当時はまだ南北で内戦が続いていた状態であった。

2000年6月、フランクフルト経由でスーダンの首都ハルツームに降り立たった。そこは灼熱の世界、日中は恐らく50度近くあったのではないかと思う。"赤茶けた埃っぽい街"飛行機から見下ろしたこの街の第一印象である。

私が滞在した2000から2002年当時、この国はまだまだ開発から取り残されていて、首都のハルツームでさえ、信号やエレベーターというものを見かけることが少なく、エスカレーターは見ることがなかった様な気がする。

これは自宅近くの風景で、ロバに乗った少年がちょうど通りかかったのでパチリ。オンボロ自動車と一緒にロバの荷車が当たり前のように走っていた。

これはナイル川が増水し氾濫しかけた時に、ホテルの屋上から眺めた様子。ハルツームで一番立派なモスク(イスラム寺院)が見える。これを見ると結構まともな景色に見えるのだが。。。

真下を見るとこういった光景で、到着当初は娘たちと、こののどかな風景を、いつも部屋の窓から眺めていた。

スーダンでは何が有名?と聞かれると、正直なところ答えに窮する。ただ、地理を勉強した人なら、首都ハルツームは青ナイルと白ナイルが合流してナイル川になる、ナイルの合流点の都市と習ったことがあるのではないだろうか。ヴィクトリア湖から流れてくる白ナイルとエチオピアのタナ湖から流れてくる青ナイル、これらが本当に青色と白色だということは、ここに来るまで知らなかった。

ボロボロの観光船でこのナイルの合流点を見に行くというツアーがあった。写真のように合流点にきれいな線ができる。手前が白ナイル、奥が青ナイルだ。事の真偽は別として、スーダンの人は「青ナイルでは泳いでもかまわないが、白ナイルには寄生虫がいるからダメだ」と言っていた。スーダンでは生で魚を食べる習慣などないが、以前、日本人が冷凍で持ち込んだ食材で、手作りの鮨をふるまったところ、その後にそれを真似て、このナイル川でとれた魚で鮨(のようなもの)を作ったスーダン人がいたという、恐ろしい話を聞いたことがある。

スーダンのお土産は?といわれると非常に困るのだが、トレードビーズといわれる所謂"とんぼ玉"があった。このトレードビーズ、名前の"トレード"は貿易、つまりヨーロッパ人が象牙や奴隷とこのとんぼ玉を交換に交易をおこなっていたのだ。

ハルツームの近く、オムドルマンという街にある土産物のスーク(市場)で、このトレードビーズは売られていた。

ベネチア製のものが有名で、いろんな種類の模様と形があり、コレクターも多いと聞いた。

忘れてはならないハルツームの名物はハブーブ(砂嵐)だ。これは自宅の窓からの景色である。すべてが砂色に変わる。窓のサッシを閉めていても、パウダーのような砂が室内を襲ってくる。

スーダンの生活で一番辛かったのは朝の暑さだった。日中はとんでもなく暑いので、学校も仕事も朝早くはじまり午後早くに終わる。暑い朝はやっぱり冷たい水で顔を洗いたいのだが、早朝、洗面台の蛇口をひねると水の蛇口から熱いお湯が出てくる。外気の温度で貯水槽が暖められてお湯になってしまっているのだ。また、玄関のドアを開けると、ドライヤーのような熱風が襲ってくる。灼熱の街ハルツームだ。熱いといっても、われわれの経験したことのない類の暑さだ。湿度が極めて低いのだ。日中、外を歩いても汗をほとんどかかない、スーッと汗が蒸発していくのを感じる。プールに入るとそれをよく実感できる。外は灼熱の暑さであるのに、水から出ようとすると凍りつくように寒く、しばらくガタガタと震える。気化熱が急激に体温を奪うのだ。
この暑さの中から生まれた、庶民の知恵をひとつ紹介する。ハルツームの街を歩いていると、あちこちにこういった"かめ"のようなものを見かける。

よく見ていると、地元の人はここから水をすくって飲んでいる。これは素焼きでできた自然のウオータークーラーなのだ。素焼きにしみ込んだ水が気化熱で冷やされて、中の水は冷たくなるという仕組みである。我々がこの水を飲んだらどうなるか???もちろん脱水症になるであろう。(笑)
南米ペルーの友人たちから、いつも"ドクトール(後ろにアクセントをつけて)"と呼ばれていたので、そのままブログの名前に使わせていただく。
大学時代に友人たちとバックパックで行ったオーストラリア、働き出して、先輩のカバン持ちでついて行ったハンガリーがはじめてのヨーロッパ。それから私の海外好きが始まった。なぜかメジャーな旅先は、「いつでもいける」という理由で敢えてはずし、行きにくい国を選んで旅するようになった。
最初の海外勤務がアフリカのスーダン、それからポーランド、ペルーと生活の拠点を移動し、それぞれの国から、色んな国に出張や旅行で出かけた。憧れの南極にはまだ行けていないが、北は北欧、南は南米大陸最南端のウシュアイア、アフリカ大陸の喜望峰まで、数えてみるとかれこれ60カ国以上を訪れた。
アフリカの風景、標高5000mを超えたボリビアの風景、アフガニスタンの寂しい現実など、どうしても伝えたい"すごい景色"がある。少し違った視点から、自分にとって印象深い、素敵な街の風景や絶景を写真を交えて紹介していきたい。
なお、このブログ内の写真はすべて自分で撮影したものである。全く写真の知識はないので、どうかご容赦願いたい。スーダン当時はデジカメが200万画素の時代で、フィルムカメラで撮った写真をスキャンしたものもある。