院長のコラム | アフガニスタン

“ドクトル・イトウの地球の果てまで“ 世界60ヶ国以上を訪れた、院長のちょっと変わった見聞録

第19回 いざ カブールへ1(アフガニスタン):戦禍の街1

 ここから何回かにわたって、アフガニスタンの首都、カブールの街並みを紹介する。テロなどのニュースでよく出てくる地名ではあるが、観光で行けるような場所ではないので、実際の街の風景はご存じない方がほとんどであろう。
 2003年3月、ちょうどイラク戦争がはじまった頃、自分は出張でカブールに1ヶ月滞在していた。当時のカブールには、国連など国際機関、NGOなどを通じて100名以上の日本人がアフガニスタン支援のために滞在していた。現地の衛生環境は劣悪で、まともな医療機関などなく、彼らの医療支援を行うことが出張の主な目的であった。
 ご存じの通りアフガニスタンはイスラム教国で、当時はタリバンというイスラム過激派が息を吹き返していた頃でもあったので、街中でパチパチ写真を撮れる状況では到底なく、ほとんどが車内からや隠し撮りに近い撮影なので、お見苦しい写真が多いと思うがご容赦願いたい。
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 いったいどうやって行くの?とよく聞かれるが、当時はドバイとパキスタンのイスラマバードから国連が定期便を飛ばしていた。
自分はワルシャワからフランクフルト経由でドバイに入り、そこから国連機でアフガニスタンの首都カブールへたどり着いた。写真はカブール到着寸前の様子、標高の高そうな山々の中を着陸していった。
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 これが空港?と頭をかしげたくなるような殺風景な空港で、アリアナ航空というアフガニスタンの航空会社の飛行機が駐機していた。もちろん初めて見たマーク。空港ターミナルも老朽化著しく、荷物のターンテーブルが錆び付いていて動かない。荷物の出口に自分から潜り込んで、自分のスーツケースを引っ張り出した。反射的にこういった行動ができる自分に苦笑い、アフリカでのいろんな経験が生きている。
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 高台からカブール市街を見渡した様子。カブールは標高1800mの盆地で、周囲を高い山々に囲まれている。
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 街は緑が少なく茶色の世界。高い建物もほとんどない。街の様子はスーダンのハルツームにどこか似ている。
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 当時のカブールは治安が悪く、個人での移動は禁止されていて、出張期間は合宿生活。職場近くの一軒家を借り切って一部屋ずつ割り当てられ、トイレ、シャワーは共同であった。これが宿舎の窓から外を眺めた様子。
 到着したその夜、時差ぼけで早くから眠っていた私は、突然のバコーン!!という爆音で飛び起きた。部屋の窓がビリビリいうような爆音だ。近くでロケット弾が爆発したらしい。廊下に飛び出ても他の部屋の住人は全く反応をしない、そんなことには皆慣れてしまっているのだ。マジで恐ろしいところに来てしまったと、後悔してももう遅い。いきなりの強烈な洗礼であった。
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 朝の通勤ラッシュの様子。かなり歴史物の日本車が現役で走っていた。
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 職場近くの広場でサッカーを楽しむ人たち。周囲の山々が本当に美しい。
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 出張中の宿舎は合宿生活、食事も皆で協力しての自炊であった。病人が出なければ暇な自分は、いつも買い出し係。このオヤジの八百屋には大変お世話になった。
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 いつもキロ単位でニラやキャベツを買っていた。色とりどりの野菜が整然と並べられてあり、周囲が埃っぽい茶色の世界なので、この八百屋の原色が非常に新鮮であった。
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 街にはおんぼろ車と共にロバに引かれた荷車が走っていた。
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 カブールの女性は皆このブルカという水色の衣装を着ており、外からはどんな人かはわからない。イスラムの世界では、女性は男性を惑わすという考え方のようで、外出するときにはこれを着て身体の線や顔を隠す必要があるというもの。こういった宗教的な意味と女性を誘拐などから守るという意味があるという。目の部分だけ網のようになっていて、外が見れるようになっている。
サウジアラビアのリヤドでも女性はアバヤといわれる黒装束で身を隠していたが、女性にとっては何とも大変だ。
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 このブルカのおかげでアフガニスタン滞在中に職場以外でアフガニスタン女性の顔を見ることはほとんどなかったし、写真を撮ることもできなかった。ブルカを着ていると、年寄りなのか若いのか年齢すらもわからない。
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 ここはチキンストリートという、カブールで唯一の土産物を買える通りだ。買い物好きの私は滞在中によく通った。
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 絨毯や骨董品(これが非常に価値のあるものらしい)、それからアフガニスタン特産のラピスラズリーなどが売られていた。
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 この危険な街に観光客など来るわけもなく、客の多くは治安維持のために駐留しているヨーロッパの軍人たちであった。
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 無造作に絨毯が並べられているが、結構良い物もあるようだ。
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 中に入ると、ひげ面のおじさんが気さくに次から次へと絨毯を広げて見せてくれる。
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 アフガニスタンの人は皆気むずかしそうな顔をしているが、話し好きのいい人が多い。
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 日本でもパワーストーンで有名なラピスラズリーだが、漢字では瑠璃(るり)と書く。高松塚古墳の壁画に使われている青はこの瑠璃なのだそうだ。アフガニスタンに来て瑠璃色の意味がわかった。ちなみにこのラピスラズリーはアフガニスタンとチリが原産国。ペルーに在勤中、チリには仕事でよく行ったが、ラピスラズリーの質、青の濃さではアフガニスタン産に軍配が上がる。青が深く濃く、白い不純物の少ない物が上物なのだ。
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 自分がカブール滞在中に開店したレストランを一つ紹介する。イラン料理レストランでなかなか美味しかった。外国人向けのこういった店も少しずつ増えてきているようであった。
次回はカブールの厳しい現状を紹介する。

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第20回 いざ カブールへ2(アフガニスタン):戦禍の街2

 世界で危険な国は?というと、イラクやアフガニスタンと答える人が多いと思う。どちらの国もイスラム過激派が活動し、連日自爆テロなどのニュースが報道され、治安が悪い国であることには違いないのだが、この2つの国の背景は根本的に異なる。
 イラクは産油国で豊かな国、サダム・フセイン政権が崩壊するまでは繁栄していた国で、現在はテロで混乱はしているが、社会インフラは整った国だ。一方のアフガニスタンは元々貧しい内陸国で、数十年に及ぶ内戦で国土は疲弊している。壊れた上から潰されているといった感じだ。インフラ自体が全くないと言って過言ではない。
 自分もいろんな国を見てきたが、事務所の机上に電話機のない国はアフガニスタンが始めてであった。つまり首都のカブールでさえ公衆電話回線そのものが整備されていないのだ(2003年当時)。手っ取り早く通信網を作るために、先に携帯電話が拡がったのだが、これが本当に使えず、大事なときには繋がらない。カブール市内にある事務所から同じ市内にある病院へ緊急時に連絡するのに、馬鹿高い衛星通信を使用せざるを得ない状況であった。
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 街から少し郊外に出るとこういった風景が普通になってくる。
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 破壊された建物がそのまま放置されている。
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 いつ破壊されたものなのだろうか、
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 廃墟にテントを張って店を出している。
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 恐らくかなり以前に破壊されたものだと思うが、それを建て替え、復旧するというような光景はあまり見ることが出来なかったし、何せそのままなのである。街が破壊された時のまま、時間が止まっているのである。こんな光景ははじめてだ。
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 これは映画館であった建物。以前はこういった娯楽を楽しむこともできたのであろう。
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 ぐっしゃりと壊れてしまっているが、
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 ここも廃墟を利用して自転車屋になっている。何ともたくましい生活力だ。
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  同じように、ボスニア紛争の戦火に見舞われたボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボという街を見た。街のあちこちに戦火の傷跡が残っており、オリンピック会場は墓場となり、建物の壁には銃弾の跡を修復した跡があちこちで見られたが、街は着実に復興していた。それに比べこの街は止まっている。
(サラエボについては改めて紹介する。)
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 少し遠乗りをすると、このような雄大な景色を見ることができる。
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 ところが、あたりには危険な場所が未だにいっぱい残っている。写真の赤い印は"ドクロマーク"。つまり一歩先は地雷原なのだ。
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 使用されなくたった戦車も野ざらしに放置されたままだ。
政情不安と治安の悪さがこの国を国際社会の支援から遠ざけている。

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第21回 いざ カブールへ3(アフガニスタン):何も無い病院

 その国の社会保障の程度を知るには、現地の公的医療機関を見るのが一番だ。ちょうどカブール郊外の公立病院を訪問する機会があったので、その様子を紹介する。建物の外観が写せていないのだが、この地域では中心となるべき病院である。
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 写真は診察室の様子。いすとベッド以外に何もない。
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 これはこの病院のお医者さん達と撮った記念撮影。何か。。。。
忙しそうに働いている様子は無かった。。。
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 これは病院薬局の薬品棚。何も無い。
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 悲しいぐらいに何も無い。これがアフガニスタンの現状だ。
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 これは病室の暖房器具。カブールは内陸の盆地で冬は非常に冷え込む。
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 病室内の様子を撮らせていただいた。結構たくさんの患者さんが入院していた。
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 何かを訴えているようだ。
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 中には我々とよく似たモンゴル系の顔つきの人もいる。恐らくハザラ族の人だろう。
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 廊下で歓談中の患者さん達。
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 小さい子ども達も入院していた。カメラを珍しそうに見ていた。
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 額には何を塗っているのだろう。
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 無表情な人たちが多い病室で、少女達の笑顔に少し救われた。
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 少女達はカメラを向けると恥ずかしそうに微笑んでくれた。
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 国が混乱する中、医薬品だけでなく、医師や看護師などの教育も遅れ,その絶対数が不足している。
 一般に医学の遅れた途上国では、優秀な医師達は欧米で学び、その知識と技術を持ち帰る。アフリカでも、旧宗主国のイギリスやフランスで研鑽したドクター達がたくさんいた。でもこの国にはそういった交流もあまりなさそうだ。
 この病院には薬が無い、検査機器など皆無である。でも患者はたくさんいる。ヒト?モノ?援助をするといっても、どこから手をつけて良いのか途方に暮れてしまう。

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第22回 いざ カブールへ4(アフガニスタン):喧噪のバザール

 どんなに治安が悪い街でも、人々が生活しているところには市場(バザール)がある。また、市場をみれば、人々の暮らしぶりがよくわかる。当時のバザールは、外国人が観光ムードで入っていけるような雰囲気ではなかったのだが、視察がてら車から少しのぞいてみた。
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 イラクには立派な近代的ショッピングセンターがあるのだろうが、ここにはそんなものはない。その代わりに、売り手と買い手の活気と熱気で溢れたバザールがある。
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 ものの善し悪しは別として、ありとあらゆるものが売られている。
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 ケバブ(串焼き)を売る陽気なおじさん。この顔を見ていると、そんなに危険な場所とは思えないのだが。。。
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 女性達はみなブルカを被っている。ブルカの顔の部分はメッシュになっていて外が見えるようになっているのがわかる。確かに街で女性を感じることはない。これが健全なのだろうか?
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 ブルカの下は意外と自由なのだろう。
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 アディダスのロゴの下にナイキのマークが??中国製か?
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 いかにもアフガニスタンという感じのおじさん。
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 食料品、衣料品、日用品と色んなものが売られている。その売られ方がまた面白い。
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 ブルカ姿の女性が井戸端会議のように集まる露店。いったい何を売っているのだろう。
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 女性のブルカ着用など性的に抑圧された雰囲気の中、なぜか女性用の下着は店頭で無造作に売られていた。この辺の対比がおもしろい。
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 もちろん色んな豆や香辛料も売られていた。
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 自分にとって一番不思議であったのがコレ。なぜか背広の上着がこういった形(裏地を表にして、きれいに重ねてある)で陳列されている。何で??表地がホコリで汚れるのを防ぐためなのか?型くずれを防ぐのか?それにしても今まで見たことのない売り方だ。
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 これは肉屋の様子。イスラムの国では主に羊と鶏を食べる。これは羊の肉だ。独特の匂いが周囲に漂う。スーダンでもペルーの地方都市でも同じように売られていた。肉の売り方は世界共通なのであろう。
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 冷蔵のパック売りが当たり前の我々には、なかなかなじめない光景なのだが、ほんの少し前までは世界中で見られた光景なのだろう。

 余談:このバザールには食事に使う皿を買いに行った。大中小とセットになっていて、見た目は立派な箱に入った皿を買ったが、どれ一つとして裏が平らでなく、置くとガタガタしてまともに使えない。交換に行っても皆同じであった。こういった無法地帯の国には、どうも一般には売ることの出来ないような、本来は廃棄されていなくてはいけないような物が、市場に出回っているように思える。
 スーダンでは国連が難民用に援助したイタリア米が、街の商店で売られていたし、世界中で問題になり廃棄されたはずである遺伝子組換えの小麦粉が、市場に出回っているという噂もあった。世界中の危険な物や不要な物が、裏でこういった国々に流れ込んでいるのであろうか。

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第23回 いざ カブールへ5(アフガニスタン):カブールの子供たち

 アフガニスタン編の最終回はカブールの子供たちを紹介する。
世界最貧国の一つで、衛生・医療事情も最低レベルの国で、自分が見た子供たちの顔は意外にも明るかった。
これはあくまでも自分の推測に過ぎないか、数十年続く政治的混乱の中で生まれ育った彼らは、この厳しい状況に慣れてしまっているのかもしれない。
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 道ばたでたばこを売る少年
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 外国人相手に絵はがきやパンフレットを売る少年
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 八百屋で会った少年
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 郊外の村で井戸汲みをしていた子供たち
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 カメラを構えると集まってきた少年たち
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 ゴミを集め運ぶ少年
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 背中にいっぱいになったゴミを運んでいる。
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 バザールですごく愛嬌のあった少年
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 障害者の学校でまじめに授業を受けている子供たち。こういった施設も海外からの支援で運営されている。
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 少女達もショールを被っている。
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 何か頭の良さそうな少年
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 カメラを構えると皆無邪気に寄ってくる。
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 この子達は何か照れくさそう。

 働いている子供たちをみると、恐らく学校に行けていないんだろうなと思う。
どこか明るい表情と澄んだ眼に心が少し救われた。
 早くこの国に安定が戻り、この子たちが皆、学校に行ける未来が来ることを心から願う。

 最後に興味深い絵はがきを紹介する。タリバンに破壊されたバーミアンの仏像で、破壊される前と破壊後。
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 絵はがきのネタにされているのが何とも寂しい。
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