院長のコラム | アジア・中東編

“ドクトル・イトウの地球の果てまで“ 世界60ヶ国以上を訪れた、院長のちょっと変わった見聞録

第19回 いざ カブールへ1(アフガニスタン):戦禍の街1

 ここから何回かにわたって、アフガニスタンの首都、カブールの街並みを紹介する。テロなどのニュースでよく出てくる地名ではあるが、観光で行けるような場所ではないので、実際の街の風景はご存じない方がほとんどであろう。
 2003年3月、ちょうどイラク戦争がはじまった頃、自分は出張でカブールに1ヶ月滞在していた。当時のカブールには、国連など国際機関、NGOなどを通じて100名以上の日本人がアフガニスタン支援のために滞在していた。現地の衛生環境は劣悪で、まともな医療機関などなく、彼らの医療支援を行うことが出張の主な目的であった。
 ご存じの通りアフガニスタンはイスラム教国で、当時はタリバンというイスラム過激派が息を吹き返していた頃でもあったので、街中でパチパチ写真を撮れる状況では到底なく、ほとんどが車内からや隠し撮りに近い撮影なので、お見苦しい写真が多いと思うがご容赦願いたい。
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 いったいどうやって行くの?とよく聞かれるが、当時はドバイとパキスタンのイスラマバードから国連が定期便を飛ばしていた。
自分はワルシャワからフランクフルト経由でドバイに入り、そこから国連機でアフガニスタンの首都カブールへたどり着いた。写真はカブール到着寸前の様子、標高の高そうな山々の中を着陸していった。
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 これが空港?と頭をかしげたくなるような殺風景な空港で、アリアナ航空というアフガニスタンの航空会社の飛行機が駐機していた。もちろん初めて見たマーク。空港ターミナルも老朽化著しく、荷物のターンテーブルが錆び付いていて動かない。荷物の出口に自分から潜り込んで、自分のスーツケースを引っ張り出した。反射的にこういった行動ができる自分に苦笑い、アフリカでのいろんな経験が生きている。
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 高台からカブール市街を見渡した様子。カブールは標高1800mの盆地で、周囲を高い山々に囲まれている。
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 街は緑が少なく茶色の世界。高い建物もほとんどない。街の様子はスーダンのハルツームにどこか似ている。
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 当時のカブールは治安が悪く、個人での移動は禁止されていて、出張期間は合宿生活。職場近くの一軒家を借り切って一部屋ずつ割り当てられ、トイレ、シャワーは共同であった。これが宿舎の窓から外を眺めた様子。
 到着したその夜、時差ぼけで早くから眠っていた私は、突然のバコーン!!という爆音で飛び起きた。部屋の窓がビリビリいうような爆音だ。近くでロケット弾が爆発したらしい。廊下に飛び出ても他の部屋の住人は全く反応をしない、そんなことには皆慣れてしまっているのだ。マジで恐ろしいところに来てしまったと、後悔してももう遅い。いきなりの強烈な洗礼であった。
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 朝の通勤ラッシュの様子。かなり歴史物の日本車が現役で走っていた。
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 職場近くの広場でサッカーを楽しむ人たち。周囲の山々が本当に美しい。
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 出張中の宿舎は合宿生活、食事も皆で協力しての自炊であった。病人が出なければ暇な自分は、いつも買い出し係。このオヤジの八百屋には大変お世話になった。
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 いつもキロ単位でニラやキャベツを買っていた。色とりどりの野菜が整然と並べられてあり、周囲が埃っぽい茶色の世界なので、この八百屋の原色が非常に新鮮であった。
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 街にはおんぼろ車と共にロバに引かれた荷車が走っていた。
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 カブールの女性は皆このブルカという水色の衣装を着ており、外からはどんな人かはわからない。イスラムの世界では、女性は男性を惑わすという考え方のようで、外出するときにはこれを着て身体の線や顔を隠す必要があるというもの。こういった宗教的な意味と女性を誘拐などから守るという意味があるという。目の部分だけ網のようになっていて、外が見れるようになっている。
サウジアラビアのリヤドでも女性はアバヤといわれる黒装束で身を隠していたが、女性にとっては何とも大変だ。
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 このブルカのおかげでアフガニスタン滞在中に職場以外でアフガニスタン女性の顔を見ることはほとんどなかったし、写真を撮ることもできなかった。ブルカを着ていると、年寄りなのか若いのか年齢すらもわからない。
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 ここはチキンストリートという、カブールで唯一の土産物を買える通りだ。買い物好きの私は滞在中によく通った。
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 絨毯や骨董品(これが非常に価値のあるものらしい)、それからアフガニスタン特産のラピスラズリーなどが売られていた。
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 この危険な街に観光客など来るわけもなく、客の多くは治安維持のために駐留しているヨーロッパの軍人たちであった。
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 無造作に絨毯が並べられているが、結構良い物もあるようだ。
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 中に入ると、ひげ面のおじさんが気さくに次から次へと絨毯を広げて見せてくれる。
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 アフガニスタンの人は皆気むずかしそうな顔をしているが、話し好きのいい人が多い。
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 日本でもパワーストーンで有名なラピスラズリーだが、漢字では瑠璃(るり)と書く。高松塚古墳の壁画に使われている青はこの瑠璃なのだそうだ。アフガニスタンに来て瑠璃色の意味がわかった。ちなみにこのラピスラズリーはアフガニスタンとチリが原産国。ペルーに在勤中、チリには仕事でよく行ったが、ラピスラズリーの質、青の濃さではアフガニスタン産に軍配が上がる。青が深く濃く、白い不純物の少ない物が上物なのだ。
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 自分がカブール滞在中に開店したレストランを一つ紹介する。イラン料理レストランでなかなか美味しかった。外国人向けのこういった店も少しずつ増えてきているようであった。
次回はカブールの厳しい現状を紹介する。

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第20回 いざ カブールへ2(アフガニスタン):戦禍の街2

 世界で危険な国は?というと、イラクやアフガニスタンと答える人が多いと思う。どちらの国もイスラム過激派が活動し、連日自爆テロなどのニュースが報道され、治安が悪い国であることには違いないのだが、この2つの国の背景は根本的に異なる。
 イラクは産油国で豊かな国、サダム・フセイン政権が崩壊するまでは繁栄していた国で、現在はテロで混乱はしているが、社会インフラは整った国だ。一方のアフガニスタンは元々貧しい内陸国で、数十年に及ぶ内戦で国土は疲弊している。壊れた上から潰されているといった感じだ。インフラ自体が全くないと言って過言ではない。
 自分もいろんな国を見てきたが、事務所の机上に電話機のない国はアフガニスタンが始めてであった。つまり首都のカブールでさえ公衆電話回線そのものが整備されていないのだ(2003年当時)。手っ取り早く通信網を作るために、先に携帯電話が拡がったのだが、これが本当に使えず、大事なときには繋がらない。カブール市内にある事務所から同じ市内にある病院へ緊急時に連絡するのに、馬鹿高い衛星通信を使用せざるを得ない状況であった。
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 街から少し郊外に出るとこういった風景が普通になってくる。
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 破壊された建物がそのまま放置されている。
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 いつ破壊されたものなのだろうか、
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 廃墟にテントを張って店を出している。
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 恐らくかなり以前に破壊されたものだと思うが、それを建て替え、復旧するというような光景はあまり見ることが出来なかったし、何せそのままなのである。街が破壊された時のまま、時間が止まっているのである。こんな光景ははじめてだ。
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 これは映画館であった建物。以前はこういった娯楽を楽しむこともできたのであろう。
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 ぐっしゃりと壊れてしまっているが、
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 ここも廃墟を利用して自転車屋になっている。何ともたくましい生活力だ。
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  同じように、ボスニア紛争の戦火に見舞われたボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボという街を見た。街のあちこちに戦火の傷跡が残っており、オリンピック会場は墓場となり、建物の壁には銃弾の跡を修復した跡があちこちで見られたが、街は着実に復興していた。それに比べこの街は止まっている。
(サラエボについては改めて紹介する。)
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 少し遠乗りをすると、このような雄大な景色を見ることができる。
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 ところが、あたりには危険な場所が未だにいっぱい残っている。写真の赤い印は"ドクロマーク"。つまり一歩先は地雷原なのだ。
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 使用されなくたった戦車も野ざらしに放置されたままだ。
政情不安と治安の悪さがこの国を国際社会の支援から遠ざけている。

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第21回 いざ カブールへ3(アフガニスタン):何も無い病院

 その国の社会保障の程度を知るには、現地の公的医療機関を見るのが一番だ。ちょうどカブール郊外の公立病院を訪問する機会があったので、その様子を紹介する。建物の外観が写せていないのだが、この地域では中心となるべき病院である。
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 写真は診察室の様子。いすとベッド以外に何もない。
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 これはこの病院のお医者さん達と撮った記念撮影。何か。。。。
忙しそうに働いている様子は無かった。。。
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 これは病院薬局の薬品棚。何も無い。
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 悲しいぐらいに何も無い。これがアフガニスタンの現状だ。
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 これは病室の暖房器具。カブールは内陸の盆地で冬は非常に冷え込む。
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 病室内の様子を撮らせていただいた。結構たくさんの患者さんが入院していた。
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 何かを訴えているようだ。
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 中には我々とよく似たモンゴル系の顔つきの人もいる。恐らくハザラ族の人だろう。
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 廊下で歓談中の患者さん達。
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 小さい子ども達も入院していた。カメラを珍しそうに見ていた。
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 額には何を塗っているのだろう。
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 無表情な人たちが多い病室で、少女達の笑顔に少し救われた。
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 少女達はカメラを向けると恥ずかしそうに微笑んでくれた。
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 国が混乱する中、医薬品だけでなく、医師や看護師などの教育も遅れ,その絶対数が不足している。
 一般に医学の遅れた途上国では、優秀な医師達は欧米で学び、その知識と技術を持ち帰る。アフリカでも、旧宗主国のイギリスやフランスで研鑽したドクター達がたくさんいた。でもこの国にはそういった交流もあまりなさそうだ。
 この病院には薬が無い、検査機器など皆無である。でも患者はたくさんいる。ヒト?モノ?援助をするといっても、どこから手をつけて良いのか途方に暮れてしまう。

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第22回 いざ カブールへ4(アフガニスタン):喧噪のバザール

 どんなに治安が悪い街でも、人々が生活しているところには市場(バザール)がある。また、市場をみれば、人々の暮らしぶりがよくわかる。当時のバザールは、外国人が観光ムードで入っていけるような雰囲気ではなかったのだが、視察がてら車から少しのぞいてみた。
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 イラクには立派な近代的ショッピングセンターがあるのだろうが、ここにはそんなものはない。その代わりに、売り手と買い手の活気と熱気で溢れたバザールがある。
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 ものの善し悪しは別として、ありとあらゆるものが売られている。
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 ケバブ(串焼き)を売る陽気なおじさん。この顔を見ていると、そんなに危険な場所とは思えないのだが。。。
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 女性達はみなブルカを被っている。ブルカの顔の部分はメッシュになっていて外が見えるようになっているのがわかる。確かに街で女性を感じることはない。これが健全なのだろうか?
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 ブルカの下は意外と自由なのだろう。
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 アディダスのロゴの下にナイキのマークが??中国製か?
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 いかにもアフガニスタンという感じのおじさん。
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 食料品、衣料品、日用品と色んなものが売られている。その売られ方がまた面白い。
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 ブルカ姿の女性が井戸端会議のように集まる露店。いったい何を売っているのだろう。
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 女性のブルカ着用など性的に抑圧された雰囲気の中、なぜか女性用の下着は店頭で無造作に売られていた。この辺の対比がおもしろい。
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 もちろん色んな豆や香辛料も売られていた。
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 自分にとって一番不思議であったのがコレ。なぜか背広の上着がこういった形(裏地を表にして、きれいに重ねてある)で陳列されている。何で??表地がホコリで汚れるのを防ぐためなのか?型くずれを防ぐのか?それにしても今まで見たことのない売り方だ。
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 これは肉屋の様子。イスラムの国では主に羊と鶏を食べる。これは羊の肉だ。独特の匂いが周囲に漂う。スーダンでもペルーの地方都市でも同じように売られていた。肉の売り方は世界共通なのであろう。
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 冷蔵のパック売りが当たり前の我々には、なかなかなじめない光景なのだが、ほんの少し前までは世界中で見られた光景なのだろう。

 余談:このバザールには食事に使う皿を買いに行った。大中小とセットになっていて、見た目は立派な箱に入った皿を買ったが、どれ一つとして裏が平らでなく、置くとガタガタしてまともに使えない。交換に行っても皆同じであった。こういった無法地帯の国には、どうも一般には売ることの出来ないような、本来は廃棄されていなくてはいけないような物が、市場に出回っているように思える。
 スーダンでは国連が難民用に援助したイタリア米が、街の商店で売られていたし、世界中で問題になり廃棄されたはずである遺伝子組換えの小麦粉が、市場に出回っているという噂もあった。世界中の危険な物や不要な物が、裏でこういった国々に流れ込んでいるのであろうか。

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第23回 いざ カブールへ5(アフガニスタン):カブールの子供たち

 アフガニスタン編の最終回はカブールの子供たちを紹介する。
世界最貧国の一つで、衛生・医療事情も最低レベルの国で、自分が見た子供たちの顔は意外にも明るかった。
これはあくまでも自分の推測に過ぎないか、数十年続く政治的混乱の中で生まれ育った彼らは、この厳しい状況に慣れてしまっているのかもしれない。
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 道ばたでたばこを売る少年
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 外国人相手に絵はがきやパンフレットを売る少年
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 八百屋で会った少年
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 郊外の村で井戸汲みをしていた子供たち
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 カメラを構えると集まってきた少年たち
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 ゴミを集め運ぶ少年
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 背中にいっぱいになったゴミを運んでいる。
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 バザールですごく愛嬌のあった少年
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 障害者の学校でまじめに授業を受けている子供たち。こういった施設も海外からの支援で運営されている。
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 少女達もショールを被っている。
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 何か頭の良さそうな少年
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 カメラを構えると皆無邪気に寄ってくる。
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 この子達は何か照れくさそう。

 働いている子供たちをみると、恐らく学校に行けていないんだろうなと思う。
どこか明るい表情と澄んだ眼に心が少し救われた。
 早くこの国に安定が戻り、この子たちが皆、学校に行ける未来が来ることを心から願う。

 最後に興味深い絵はがきを紹介する。タリバンに破壊されたバーミアンの仏像で、破壊される前と破壊後。
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 絵はがきのネタにされているのが何とも寂しい。
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第137回 アジアの至宝「アンコール・ワット」1(カンボジア): 朝焼けのアンコール・ワット

このブログを始めて丸5年を迎えようとしているが、初めてアジアの絶景を取り上げたいと思う。かねてから是非行ってみたかった、アジアの至宝といわれる、世界遺産" アンコール・ワット"を訪ねた。
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今回の行程は、関空からベトナムのハノイ経由で、カンボジアのシェムリアップへベトナム航空で入った。
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トランジットで利用した、ハノイ空港。院長はベトナム初体験。ちなみにこの空港は日本のODAで整備されたものだ。
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さすがにここはベトナム。空港内で生春巻きや"フォー"が食べられた。
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空港の土産物屋で、ちょいとふざけて、ベトナム軍。
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そんなこんなで、カンボジアのシェムリアップに到着。今回のホテルにたどり着いた。
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早々、翌早朝からアンコール・ワットの朝日を見学に出発。アンコール・ワットはジャングルの中、壕に囲まれている。
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正面がアンコール・ワット寺院。まだ薄暗い中を寺院へ向かっていく。
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ちなみに、カンボジアの紙幣にもアンコール・ワットが印刷されている。
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池の手前から、朝焼けのアンコールワットを望む。
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何とも幻想的だ。
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空の色が徐々に変わって行く。
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こんな具合で、たくさんの観光客がカメラを構えている。ちなみにここを訪れる観光客の国別では、ベトナム、韓国、中国が多く、日本は第4位らしい。最近は中国人が激増している。今回も周囲は中国人だらけだった。
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池に空と寺院が映って、影絵のような景色となる。
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刻一刻と空の色が変わっていく。
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少し寺院に寄ってみて。
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空が徐々に赤くなってくる。
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寺院の背景が明るくなってきた。
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かすかに光が差してきた。
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塔の間から朝日が顔を出した。
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ここからは一気に空が明るくなって、サンライズショーは終了した。
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見物客が帰路につきだした。これからホテルに一旦帰って朝食を摂り、午前の観光に出発する。
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帰路にアンコール・ワットを振り返って。
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これから一気に気温が上がる。
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すっかり夜が明けた。一旦ホテルに戻って朝食だ。

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第138回 アジアの至宝「アンコール・ワット」2(カンボジア): アンコール・トム その1

朝食を済ませてから、午前の観光がスタート。まずは、アンコール・トムへ向かう。
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現地での気楽な移動手段はこの「トゥクトゥク」と呼ばれるバイクタクシー。
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実際にはこんな感じで、埃っぽいのが難点だが、風が心地よい。値段は個別交渉だ。
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なぜか、「哀川翔」ステッカーを貼ったトゥクトゥクを見つけた。調べてみると、哀川さんはラリーでカンボジアを訪れているようだ。
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これはチケット売り場。ここで「アンコール・ワット遺跡群」の共通チケットを購入する。1日券、3日券、7日券などがあり、ちゃんとその場で写真を撮って、顔写真入りのチケットを発行している。
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アンコール・ワットを右手に見ながら、アンコール・トムへと向かう。
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アンコール・トムの入口、「南大門」へ続く橋へ到着。橋の両側に阿修羅像と神々がそれぞれ54体並んでおり、ナーガ(蛇神)の胴体を引っ張っている。
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アンコール・トムとは「大きな都市」という意味で、四方を1辺3kmの堀で囲まれた城郭都市だ。
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橋の上を車やバイクやトゥクトゥクがひっきりなしに通過していく。南大門の入口は乗用車1台が通れる程度の幅なのだが、これは象に乗った王様が通れる幅と高さなのだそうだ。
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欄干に並ぶ神々の像、左腕でナーガ(蛇神)の胴体を抱えている。
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反対側は阿修羅像、頭のないものや新しく修復されたものもある。
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南大門の上部は観世音菩薩の四面仏塔となっている。四方で表情が微妙に異なる。このような仏塔がアンコー・トムには54塔あるそうだ。
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四面仏塔の下、入口の右側には3つの象の頭と鼻がある。
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確かに象の鼻だ。
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よく見てみると、四面仏の下には、手を合わせるテバター(女神)のレリーフがたくさん彫られている。
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非常に手の込んだレリーフだ。見れば見るほどいろんなモノが見えてくる。
南大門を入り、バイヨン寺院へ向かう。
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窓から覗いたバイヨン寺院。
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バイヨン寺院の外観。寺院自体は3層構造になっており、中央に位置する最も高い「中央祠堂」とその回りの「第二回廊」一番外側の「第一回廊」で構成されている。
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これらは全て石のブロックを積み重ねて造られたもので、ジャングルの中に、よくもまあこんなに壮大な寺院を造ったもんだと感心する。
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中央祠堂へと登っていく。
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この付近には、大小様々な49もの四面塔がある。
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この四面塔の顔については、観世音菩薩やヒンドゥーの神、王の顔など諸説あるそうだ。
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顔はみな微妙に異なっていて、これも興味深い。少し微笑んだ表情は「クメールの微笑み」と呼ばれている。
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アジア系の顔つきで親近感がわく。自分にはやはり菩薩さんに見えて,思わず手を合わせてしまう。
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第一回廊には壁一面にレリーフが彫られている。レリーフにはクメール人の日常生活や戦の様子が描かれている。
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これは「トンレサップ湖の戦い」の様子。クメール(カンボジア)軍とチャンパ(ベトナム)軍との戦いの様子で、船に乗っているのがチャンパ軍。
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こちらはクメール軍。チャンパ軍とは髪型が異なるのがわかるだろうか。
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回廊を振り返るとこんな感じだ。
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テバター(女神)も多く、その彫りは繊細で、女性的な曲線が美しい。
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回廊の奥にお堂のようになっている場所があり、実際に僧侶が供養していた。

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第139回 アジアの至宝「アンコール・ワット」3(カンボジア): アンコール・トム その2

バイヨンを抜け、バプーオン寺院へ向かう。
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バプーオンへ続くこの参道は「空中参道」と呼ばれていて、横から見ると高さ2メートルの3列の円柱に支えられて、地面から浮いたようになっている。
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沐浴をしたといわれる池。
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「空中参道」を進んでいく。バプーオンとは「隠し子」という意味で、その昔、敵から王子を守るために、この寺院に隠したからだと言われている。
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バプーオンは3層構造のピラミッド型になっていて、遠景と近景では見え方が異なる。
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入口の階段を上っていく。
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階段を上り、正面から中央祠堂を見上げる。
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斜め方向から。
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少し離れて見るとこんな感じだ。
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この急な階段を上り、もう1層上へ。
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上の回廊。
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上から見下ろした様子。
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寺院の裏側で、みな立ち止まって壁を眺めている。何やら意味のある壁面らしい。よくよく見ると、顔のように見えてくる。これは「寝釈迦像」といわれるもので、向かって左側がお釈迦様の顔で、右側が胴体となる。
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お釈迦様が横になっている像で、説明ではこのようになっているのだが、なかなか上手く見えない。
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次にピミアナカスへ向かう。ジャングルに隠れた廃墟のような寺院だ。グアテマラのティカル遺跡に似ているように思う。
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赤茶色のラテライトを積み上げてできた、ピラミッド型の寺院だ。
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損傷がかなり進んでいる。
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王宮のテラスから、前庭を望む。暑いため、車やバスは木の下に集まって駐車している。
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象の鼻が柱になった、「象のテラス」。
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象が鼻でハスの花を絡め取っている様子だそうだ。
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ライ王像があるテラスで、「ライ王のテラス」と呼ばれる。
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テラスの高さは6メートルあり、壁一面に壁画が彫られている。
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阿修羅と神々が一緒に描かれている。

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第140回 アジアの至宝「アンコール・ワット」4(カンボジア): タ・プローム

次はアンコール・ワット遺跡群の中でも人気の高いスポットである、「タ・プローム」へ移動。
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入口の四面観世音菩薩。この寺院が元は仏教寺院であったことがわかる。その後にヒンドゥー教寺院に改修されたそうだ。
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寺院というよりは、廃墟といった感じで、後で紹介する「ペンメリア遺跡 」と共に、「天空の城ラピュタ」を彷彿させる。文明が自然に飲み込まれたかのような光景だ。
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今までに見たことのない不思議な世界だ。
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ガジュマルの木が建物を飲み込むように浸食している様子は圧感だ。
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一見、樹木が建物を破壊していっているように見えるのだが、樹木が崩壊しかけた建物を支えているという見方もある様だ。
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寺院の中の崩壊もかなりひどく、回廊もこんな様子だ。
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周囲も崩れ落ちている。
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瓦礫と化した崩れた壁面には、繊細なレリーフが彫られている。
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蛸の足のように,縦横無尽に伸びたガジュマルは、確かに柱や梁のように建物を支えているようにも見える。
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崩壊はかなり進んでいる。
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ガジュマルの根の隙間から顔が覗いている。
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デバター(女神)が微笑んでいた。
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木の根の隙間が、ちょうど入口になっている。
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まるで生き物の血管のようだ。
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銀色に輝く木。
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自然と人工物が共生しているかのようにも見える。
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立派に根を張った木。
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回廊の外側の状況はかなり深刻で、
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まさに廃墟と化している。
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不思議なレリーフを見つけた。「恐竜」のレリーフだ。自分には今様な恐竜のイラストのようにしか見えず、何でこの時代にこのようなレリーフが??? この遺跡で一番の不思議だった。

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第141回 アジアの至宝「アンコール・ワット」5(カンボジア):アンコール・ワット

昼食を済ませ、午後からはいよいよアンコール・ワットの見学だ。
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門を抜けると、参道の向こうにアンコール・ワットが現れた。
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アンコール・ワットは12世紀に造られた、ヒンドゥー教寺院で,後に仏教寺院に改修されたそうだ。
東西1,500m、南北1,300mの濠に囲まれている。
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寺院は正面が西向きで、午前は逆光となるので、午前中にアンコール・トムやタブロームを巡り、午後からアンコール・ワットを見学するツアーがほとんどだ。
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寺院は3層の回廊と5つの塔で構成されている。この角度から見ると5つの塔が見える。この場所は朝日を見に来た場所だ。
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オレンジ色の法衣を纏った、若い僧侶の卵たちも見学に来ていた。
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最も外側の「第一回廊」を外から見た様子。
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すべて石造りで、主に砂岩とラテライトからできている。
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第一回廊の様子。
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壁面には壁画がぎっしりと彫られている。
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乳海撹拌(にゅうかいかくはん:ヒンドゥー教の天地創世神話)の壁画。
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叙事詩ラーマーヤナの壁画で、手がたくさんあるのが、鬼神ラーヴァナだそうだ。
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十字回廊から第二回朗へ向かう。所々にデバターが彫られている。
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頭のない仏像。
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第二回廊を出て、第三回廊と中央祠堂を見上げる。
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右側に第三回廊への急な階段があるが、今は使われていない。
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この辺りはたくさんのデバターが彫られている。
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第三回廊へは、後付けのこの急な階段を上っていく。
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第三回廊から第二回廊を見下ろした様子。
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デバターと連子窓
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第三回廊から見た中央祠堂。荘厳なムードが漂う。
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ここに雨水を溜めて、沐浴に使用していたそうだ。
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内側から見た第三回廊。
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第三回廊の様子。
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デバターは似ているようで、皆それぞれに趣が異なる。見れば見るほど深い。
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第三回廊から第二回廊と第一回廊(外側)を見下ろす。
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第三回廊から西側を見下ろす。参道の向こうに西門がある。
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裏側(東側)から見たアンコール・ワット。
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正面(西側)からとは少し感じが違う。
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もう少し外側から見ると、木々の間からアンコール・ワットが現れる。
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夕陽観賞スポットで有名なプノンバケンの丘は、夕暮れ時になると観光客で大混雑。残念ながらこの日は神秘的な夕陽を拝むことはできなかったが。。。
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このプノンバケンの丘から見たアンコールワットは、夕陽に輝いてまた格別だ。
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すばらしい。

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第142回 アジアの至宝「アンコール・ワット」6(カンボジア):シェムリアップ

遺跡巡りは一休みして、世界中から観光客の集まる、シェムリアップの街を紹介する。
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トゥクトゥクで夜の繁華街へくり出す。観光で成り立っている街だけあって、治安は比較的良好だ。
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飲み物や食べ物屋が集まる、"PUB STREET"。
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その中でも有名なアメリカンパブ、"RED PIANO"。
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冷たいアンコール・ビールをいただく。
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クネクネと妙な形をしたコーンにアイスクリームを入れるお店。
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水槽の小魚が足の角質を食べてくれるというお店。この水槽に足を突っ込む。
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セブンイレブンのパチモン。
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ソーセージや魚の干物が吊されている。結構臭う。
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なんと懐かしい名前を発見!「SWENSEN'S:スウェンセンズ」だ!今から約35年前、大阪の阪急グランドビルにあったアイスクリーム専門店で、今は日本に店舗はないようだ。
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メニューを見てまたびっくり。昔とほとんど同じだった。懐かしの「コイットタワー」を注文したら、見た目も味も全く同じだった。懐かしのスウェンセンズにカンボジアで再会するとは、ほんとに驚きだった。
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昼間のシェムリアップはいわゆるアジアの田舎町。
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バイクと車が混沌と行き交う、埃っぽい街だ。

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第143回 アジアの至宝「アンコール・ワット」7(カンボジア):バンテアイ・スレイ

遺跡巡りに戻って、今度は郊外にある、バンテアイ・スレイ へ向かう。
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のどかな田舎風景を眺めながらのドライブだ。シェムリアップから少し離れるとずーっとこんな風景が続く。
これは沿道の民家だ。いわゆる高床式になっていてる。トタン屋根でかなり暑いらしい。
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これは、屋台の商店といったところか、色んなものを売っている。
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バンテアイ・スレイ のインフォメーションセンター。世界各国からの観光客が集まっている。
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これは世界の遺跡(左側)とアンコールワットの遺跡を年表で比較した表だ。右側の上から二つ目がバンテアイ・スレイ 。メキシコのマヤ文明の遺跡、チチェン・イッツァと同時代となる。なかなか比較はしにくいが、ここの繊細な彫刻技術はかなり突出しているように思う。
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バンテアイ・スレイの東門へ向かう。外壁は赤色の砂岩とラテライトでできていて、他の遺跡と比べて赤い。
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門の周囲には細かい彫刻が施されている。
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特に上部のレリーフは芸術的だ。
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リンガと呼ばれる石柱が並ぶ、赤い参道を進んでいく。リンガとは男性器を模ったものらしい。
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第一周壁の柱のレリーフもすばらしい。
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もっとも美しいと言われる、第二周壁の門が見えてきた。
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有名な写真スポットだ。
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先端が渦巻く破風が特徴で、デザインがすごく斬新的だ。
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細かいレリーフには、マハーバーラタが描かれている。
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重厚な第三周壁の門。
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踊るシヴァ神の彫刻が施されている。
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第三周壁の内部。
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中央祠堂と北塔(左側)
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北塔の門。両側にテバターが彫られていて
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右側のテバターが、有名な「東洋のモナリザ」
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左側のテバターも美しい。なぜ左側だけが有名なのか??。ガイドに言われないとどちらが「東洋のモナリザ」なのか区別がつかないところだった。
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南側の経蔵。
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経蔵のレリーフもすばらしい。
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破風にはラーマーヤナが描かれていて、
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カイラス山で瞑想するシヴァ神と抱きつく妻バルヴァティが彫られている。
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外側から見た様子。環濠で囲まれているのがわかる。
遺跡観光の連続で、少し飽き気味であったが、バンテアイ・スレイ のレリーフは他の遺跡と比べても格段に繊細で、すばらしい遺跡だった。

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第144回 アジアの至宝「アンコール・ワット」8(カンボジア):ベンメリア

次は、「天空の城ラピュタ」のモデルともいわれる、密林の中の遺跡、ベンメリアへ向かう。
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入口から赤土の参道を進んでいく。
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廃墟で有名なこの遺跡なのだが、ナーガ(蛇神)は保存状態がよい。
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いきなり瓦礫の山が見えてきた。ポルポト派が仕掛けた地雷が除去され、この遺跡が観光客に公開されるようになってまだ十数年。遺跡そのものはほとんど修復されず、発見されたままの姿で保存されている。
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ほとんど原形をとどめていない。まさに廃墟だ。
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瓦礫と化した岩のブロックの中で、ここでもナーガ(蛇神)だけは保存状態がいい。
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一部に残った遺跡から、元がどういう感じであったのかが何となく伝わってくる。
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鬱蒼と茂ったジャングルの中は比較的涼しい。遺跡の内部には歩道が巡らされていて、
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立体的に遺跡を見ることができる。
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壁面に樹木が根を張り巡らしている。浸食されているというのか、一体化しているというのか。
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建物の上から樹木が生えている様に見える。
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樹木に呑み込まれているようだ。
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崩れ落ちた壁面のレリーフは朽ちていっている。
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建物を跨いで樹木が伸びている。
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瓦礫の頂から樹木が生えている。
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瓦礫となってしまったレリーフ。
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Uの字にくねりながら伸びている。
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回廊の入り口も、崩れ落ちた瓦礫でふさがれてしまっている。
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比較的原型を留めている建物も、
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樹木に覆い尽くされている。自然に食べられているという感じだ。
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散乱している瓦礫の中に、レリーフの足だけが残っていた。
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上部だけを残して崩壊した神殿。ベンメリアの象徴のような景色だ。
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朽ち果てたテバター。
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文明が衰退して廃墟と化し、自然に浸食され、同化し、最後は土に帰っていく。「天空の城ラピュタ」のテーマそのもののような感じがした。なぜか落ち着く空間だった。
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ハンモックで一休み。

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第145回 アジアの至宝「アンコール・ワット」9(カンボジア): 天空の寺院 世界遺産"プレアビヒア"

アンコール・ワットシリーズの最後は、世界遺産、天空の寺院 "プレアビヒア"を紹介する。
カンボジアとタイの国境に位置するこの遺跡は、歴史的にその周辺地域の領有権を巡って争われてきたのだが、2008年に世界遺産に登録されてからは両国の対立が激化し、2011年には武力衝突で死傷者を出す事態が発生した。2013年11月に国際司法裁判所の裁定が出てからは治安も安定し、観光も可能となった。
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シェムリアップから山の麓まで、片道3時間のドライブだ。道路が舗装されたのはまだ最近のようで、以前は4、5時間かかったらしい。
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のどかなカンボジアの田舎風景を見ながらのドライブ。
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集落のある辺りの様子。
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途中、トイレ休憩に立ち寄ったガソリンスタンド。
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バイク用なのか、瓶詰めで売られていたのはオイル?
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地面に広げられていた妙な物体。虫のさなぎの様にも見えるのだが。。。
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何と、これはカシューナッツだった。
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プレアビヒアの麓にあるドライブイン?に到着。ここで昼食だ。
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ツアーに付いている、おにぎり弁当をいただく。これが結構嬉しかったりする。
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トイレはさすがに水洗ではないが、手動水洗式だ。左の瓶の水をすくって流す。比較的きれいだ。
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コカコーラは海外でこんな飲み物を売っている。
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麓で四輪駆動トラックの荷台に乗り換えて、遺跡の入り口まで山を登っていく。
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入り口からは徒歩で、崩れかけた急角度の長い階段を上っていく。
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かろうじて外観を保っている、第一塔門へ到着。
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外枠だけが残っている。
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長い石畳を歩いて行く。
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振り返ると、眼下に広がる密林ジャングル。
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第二塔門手前の沐浴場。
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第二塔門はいい状態で残っている。
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立派な塔門だ。
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横から眺めると。
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かなり繊細な塔門のレリーフ。
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振り返って見た、第二塔門。
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青空をバックに、美しい塔門だ。
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第三塔門。
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向こうの山の上に見える建物は、タイ側の展望台。
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望遠で寄ってみる。向こうからも、望遠鏡でこちらを見ている。タイとは領有権を巡って軍事衝突したぐらいなので、妙な緊張感がある。
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第四塔門が見えてきた。
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中へ進んでいく。
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回廊の内側はかなり朽ち果てている。
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回廊と右側は瓦礫と化した中央祠堂。
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プレアビヒアには、遺跡というよりも、この頂上からの絶景を見るためにわざわざやってくるのだ。
こんなところに寺院があるのだから、天空の寺院といわれる所以だ。
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眼下に広がるジャングルは、カンボジアとタイ、ラオスの国境でもある。
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絶景をバックに、ガイドが面白いショットを撮ってくれた。
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もう一枚。
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三人乗りのバイクの人たちに手を振って、シェムリアップへ戻っていった。暑さが身体にこたえるが、見所の多いアンコール・ワットの旅だった。

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第146回 「天空の城」竹田城跡(日本):日本のマチュピチュ その1

このブログを始めて6年目に入ったが、今回はじめて日本の景色を取り上げたいと思う。
最近、テレビCMなどで取り上げられ、「天空の城」、「日本のマチュピチュ」として注目されている「竹田城跡」。ペルーで4年間を過ごした自分としては、いったいどんなもん?と、実際に行ってみた。
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雲海に浮かぶ「天空の城」を見るには、その対岸にある「立雲峡」の展望台から見るのが一番いいらしい。
「雲海」はいつでも見られるというものではない、本来は9月から12月の気候条件がそろった時にのみ見ることができるそうだ。今回訪れたのは3月下旬、はたして見られるかどうか。。。
「立雲峡」の駐車場がまだ工事中であったため、麓から目的の「第一展望台」まで、1時間の山道を登る事になった。早朝のまだ薄暗い山道を息を切らせて登っていく。
途中にあった、愛宕神社の鳥居。
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疲れもピークに達した頃、前を行く人達から歓声が上がった。「雲海」だ!。第一展望台に着くと、眼前は「雲海」で埋め尽くされていた。
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この時期にこれだけの雲海が見れるのは、結構ラッキーらしい。
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「展望台」といっても何があるわけではなく、ただの「平坦な場所」だ。この時期の山の上は結構寒く、皆、防寒具を来ていてもぶるぶる震えながら、雲海が晴れていくのを待っている。熱い飲み物を持ってくれば良かったと後悔した。
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後から登ってくる人達も皆一様に歓声を上げる。でも、見えるのは「雲海」だけ。
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「雲海」が適度に晴れてきて、始めて天空の城が拝めるのだ。
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ちょうど自分の隣に、三脚にプロ仕様のカメラを構えるおじさんが居た。聞けば、ここの常連とのことで、「今日はチャンスがあるから粘ってみたら」と言ってくれた。
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少しずつ雲海が下がって来ては、また上がっていく。待てども待てども、雲海が晴れてくる気配がない。
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この状況で1時間半程度が過ぎた。大半の人達は、天空の城を見ることなく諦めて下山していった。
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最悪の場合、このまま雲海がスーッと消えてしまって、"終わり"らしいのだが、あと30分だけ粘ってみることにした。
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雲海が下がりだしては上がりを何度も繰り返すうちに、雲海の切れ目が深くなって来た。
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その瞬間に周囲からオーッ!という歓声が上がった。竹田城だ!雲海に浮かぶ竹田城、まさに天空の城だ。
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興奮してシャッターを切りまくったが、幻想的なショーはしばらくして終わり、
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気がつけば、雲海はどんどん低くなっていき、スーッと消えてしまった。
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晴れてしまうと、現実的な景色が現れた。夢から目が覚めた感じだ。
次回は望遠での「天空の城」を。

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第147回 「天空の城」竹田城跡(日本):日本のマチュピチュ その2

雲海の中に浮かぶ竹田城跡。その一部始終を望遠写真で紹介する。
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最初は雲海に埋もれてしまっていて、何も見えない。
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雲海は波のように上がったり下がったりしながら流れていく。
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そのまま、すーっと全て無くなってしまうこともあるそうだ。
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雲海が薄くなった先に、竹田城跡が見えた!!
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まさしく「天空の城」だ。
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しばらく、見えたり隠れたりを繰り返しながら、雲海は徐々に下がって行く。
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このわずかな時間がショータイムだ。
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しだいに城跡がくっきりと見えるようになってくると、
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雲海は徐々に下がって行き、
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あっというまに、すーっと消えていく。
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そこには、現実の世界の竹田城跡がくっきりと現れた。
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麓の街までくっきりと見える。
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望遠でもっと近づいてみる。雲海の中から城跡が少し姿を現しだした。最も興奮した瞬間だ。
600万画素の一眼レフ+安物望遠レンズでの撮影なので、写真の荒さはお許しいただきたい。
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雲の切れ目から城跡が現れた。
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この光景は確かに「雨のマチュピチュ」に似ている。「晴れのマチュピチュ」も当然すばらしいのだが、「雨のマチュピチュ」は「天空の城ラピュタ」を彷彿する、何とも幻想的な世界で、時間的に粘らないと見れないところもそっくりだ。
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よく見ると城跡に多くの人がいるのがわかる。こちらの雲海がなかなか晴れていかない事にしびれを切らした多くの人達が、一旦下山して、城跡側に回っているとのことだ。もちろん城跡の上からは天空の城は見えない。
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雲海に城跡が浮かんでいるように見える。
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徐々に雲海は下がっていき、
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しだいに城跡はくっきりとしてくる。
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晴れてしまうと、夢から覚めたようで、何か虚しさが残った。
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さあ、急いで下山して、宿で朝食だ。

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第148回 「天空の城」竹田城跡(日本):日本のマチュピチュ その3

では、今回は竹田城跡そのものと、麓の街並みを紹介する。
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「天空の城」も、日中に麓の住宅地から見上げると、今ひとつパットしない。
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最寄りの駅は、JR播但線の竹田駅。
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駅舎は結構洒落たたたずまい。駅舎の裏から登山道がはじまる。
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線路の向こう側へは、線路の下をくぐっていく。
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こんな感じで、線路の下は通路になっている。
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駅の山側には水路が流れていて、寺が建ち並んでいる。
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城下町らしい街並みだ。
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水路には立派な鯉が泳いでいる。
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左のお宅がおもしろい。なぜか、ゴジラやピカチューの石像がまじめに飾られている。
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登山道の入口。
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息を切らして登山道を上り、やっと竹田城跡に到着。
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城跡と言うだけあって、残っているのは城の石垣のみだ。
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ペルーのマチュピチュも、同じように石の建造物だけが残っている。
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ここから見渡す周囲の山々の景色は中々気持ちがいい。
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でも、城跡はやっぱり城跡で、日中にここだけ見ても、あまり。。。だ。
今度は是非、霧に覆われた城跡を見てみたい。

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第158回 アジアの片田舎(ミャンマー)1: 世界三大仏教遺跡 "バガン" その1

明けましておめでとうございます。

「ドクトル・イトウの地球の果てまで 」も8年目に突入。
なかなか更新ができず、1年ぶりの更新となります。

今回紹介するのは、「アジア最後のフロンティア」などと称される、ミャンマーだ。「ビルマ」という国名の方が馴染みがあるかもしれないが、軍事政権が長く続いていたため、アジアでは最も欧米化が遅れた国で、鎖国のような状態であったのだが、近年、民主化され、その発展ぶりが目ざましい。
「ビルマの竪琴」などで知られるように、日本とは古くから関係があり、親日的な国でもある。
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今回は、関空からキャセイパシフィックの夜行便で、香港経由でミャンマーの首都ヤンゴンに深夜に到着。空港近くのホテルで仮眠をとり、朝に国内線でバガンへと向かった。国内線のエア・カンボーザは新興の航空会社らしく、機材も新しく快適だった。
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バガンのニャウンウー空港へ到着。
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まずは旅の基本、街の市場(ニャウンウー マーケット)を散策。
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色とりどりの野菜や果物が整然と積まれている。以前にミャンマーのリポート番組で、千原せいじが、ミャンマーのマーケットが「臭くない」、果物や野菜が几帳面に綺麗に積まれていると、驚いていたのを思い出す。確かに、一般的に途上国のマーケットは、いろんなにおいが混在していて臭いのが一般的なのだが、このマーケットはあまり臭くない。
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パイナップルもこんな風に手の込んだ切り方をして売っている。
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葉っぱも綺麗に束ねてある。
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魚醤の味噌も何か綺麗に盛ってある。
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この木はミャンマー独特の天然化粧品「タナカ」だ。この木を磨りつぶし、ペースト状にして顔に塗る。日焼け止めの効果もあるようだが、男女を問わず,皆使用している。これは本当に不思議だ。
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化粧品用に加工されたものもあり、お土産としても売られている。
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こんな具合で、お母さんはほっぺに、赤ちゃんは顔中に塗られている。これが普通の光景だ。
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油の量り売り。
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売り子の娘さんもほっぺに「タナカ」。
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お米屋さん。米屋はなぜか男性だ。
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湖や川の淡水魚の魚屋さん。
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魚はぶつ切りに。
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皮に付いた身をそぎ落として。
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楽器屋さん。なにやら見慣れない楽器が。。
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これが、「ビルマの竪琴」だ。
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縫い子の娘さんたち。今は懐かしい足踏み式ミシンだ。
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彼女たちも、やっぱりほっぺに「タナカ」。
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宝くじ売り場。ミャンマーの人たちは,くじや抽選が大好きだそうだ。

次回からは、バガンの仏教遺跡群を紹介する。

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第159回 アジアの片田舎(ミャンマー)2: 世界三大仏教遺跡 "バガン" その2

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今回、ミャンマーを訪れた目的は、バガンの仏教遺跡を見てみたかったからだ。バガンの遺跡は、アンコールワット(カンボジア)、ボロブドール(インドネシア)と共に世界三大仏教遺跡と呼ばれている。全二者は世界遺産に登録されているが、バガンは登録されていない。もちろん世界遺産レベルの遺跡なのだが、その理由は後々書いていきたい。
高台からバガンを見渡すと、あちこちに大小の仏塔が見られる。
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まずは黄金に輝く、シュエズィーゴン・パヤー から。11世紀に建立されたバガンの代表的な建築物の一つ。現在修復中で下部が覆われているのが残念だが、青空に映える、美しい寺院だ。
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次は、ティーローミンロー寺院、パガン王朝後期の13世紀に建立された荘厳な寺院だ。
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2016年8月の地震で被害を受けており、現在修復作業中であった。
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ミャンマーの仏像は金箔を貼られたものが多く、そのお顔も日本の仏像とは少し異なる。
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ミャンマーの仏様は、頭が大きく、お顔が優しい感じがする。
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右下がいわゆる賽銭箱なのだが、透明で中が見えるのが面白い。
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外壁には細かいレリーフが彫られている。
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次はアーナンダ寺院。ここもバガンを代表する寺院の一つで、美しい寺院だ。
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中には東西南北に、黄金に輝く立位の仏像が安置されている。
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西向きの仏像。
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高さは9.5mもあり、近づいていくと、なかなか迫力がある。離れてみると優しいお顔で、近づいてみるとやや厳しいお顔に見えるらしい。遠くから見る民衆には優しさを、真下から見る国王には厳しさを表しているらしい。
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南向きの仏像。四方の仏像はそれぞれ、お顔や手のポーズが異なる。
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建物の隅に、両方向を跨いで座る獅子像。
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次はスラマニ寺院。
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2016年の地震で、尖塔部分が崩壊してしまっている。
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外壁の所々に、おもしろいレリーフが彫られている。
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黄金で、衣を羽織られた仏像。
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シンプルな仏像。
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髪型に特徴のある仏像。寄付があると黄金になるのだそうだ。
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顔だけ黄金になった仏像。寄付待ちといったところなのか。
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寺院側から参道を。
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レイミャナー寺院の壁画。たくさんのブッダが描かれていて、これはすばらしい。
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馬車でオールドバガン散策する。
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車では入っていけない小道から、遺跡や地元の人たちの生活を垣間見ることができる。
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地元の村を散策。
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屋根が特徴的な民家。
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村の人たち。
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今回のバガンの宿は、Bagan Lodge。
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オールドバガンの遺跡からも近く、高級感のあるリゾート。
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部屋はコテージタイプ。
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部屋も広くて快適。
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バスタブもある。

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第160回 アジアの片田舎(ミャンマー)3: 世界三大仏教遺跡 "バガン" その3

今回ミャンマーを訪れた最大の目的は、バガンの遺跡群を、朝焼けと夕焼けをバックに遺跡の上から撮影することだ。
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まずは定番のシュエサンドーパヤーからのサンセットに挑戦。すでにたくさんの人が陣取っている。
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遺跡の上から眺める遺跡群は壮観だ。
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見渡す限りに、大小の遺跡が点在している。
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日が沈み始めた。
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夕焼けを期待して、皆待っているのだが。。。
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残念ながら、今回は夕焼けを見る事はできずに、日は暮れていった。
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日暮れの遺跡群もなかなかいい感じなのだが。
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気を取り直して、朝焼けを願って、早朝からカメラを構える。
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まるでピラミッドのよう。
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アーナンダ寺院も夜空にライトアップされている。
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空が少し赤みを帯びてきた。
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暗闇から浮かび上がってくる遺跡群もまた神秘的で素敵だ。
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でも、朝焼けは起こらず、そのまま明るくなってきた。
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周囲はこんな感じで、早朝から皆、朝焼けを期待して粘っていた。日本人や中国の若者が多い。
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日が明けてきた。
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早朝の遺跡群は、夕方に見たものより、何か空気が澄んでいて美しく感じる。
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残念ながら、夕焼けと朝焼けは見ることができなかったのだが、
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朝日を浴びた遺跡群は、引き込まれるような美しさだ。
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遺跡の上から、四方に360度撮影ができる。
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ジャングルの中から頭を出す遺跡群の様子は、南米グアテマラのティカル遺跡を思い出した。

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第161回 アジアの片田舎(ミャンマー)4: "天空の寺院" タウンカラット

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ポッパ山麓の切り立った岩山(タウンカラット:標高737m)に立つ"天空の寺院"。初めて写真で見た時、どうしても行きたいと思った。
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バガンからは車で片道2時間。途中、素朴な"やし酒工房"に立ち寄った。牛で臼を引き、やしを搾っていた。
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ヤシの樹液をかめで発酵させて、にごり酒を造る。
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また、もち米を混ぜて発酵させてから蒸留し、焼酎を造くる。
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ヤシの絞り汁を煮詰めて、
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黒砂糖のようなココナッツシュガーも作り販売していた。
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途中で出会ったもの売りの少女。ほっぺにはもちろん"タナカ"。
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ポッパ山とタウンカラットが見えてきた。
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タウンカラットは777段の階段で登ることができる。でも30分かけてタウンカラッとを登っても、写真で見たような"天空の寺院"を見ることはできない。"天空の寺院"、タウンカラットを見下ろす位置にある、"ポッパ マウンテン リゾート"という高級ホテルから見るのが最高なのだ。
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プールの向こうにタウンカラットが見える。
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少し望遠で、プール越しのタウンカラット。
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ホテルの洒落たレストラン。
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ミャンマービールの向こうにタウンカラットが。絶景を眺めながらのランチ。
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もう一枚、ミャンマービールとタウンカラット。このミャンマービールは結構うまい。
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レストランのテラスからはこんな具合にタウンカラットが見える。
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何で、どうやって、こんなところにお寺を建てたのか、本当に不思議だ。
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まさに"天空の寺院"。
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久々にすごい建造物を見た。

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第162回 アジアの片田舎(ミャンマー)5: "エーヤワディー川" サンセットクルーズ

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昔に地理で学んだ、"イラワジ川"、現地では"エーヤワディー川"と読む。
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バガンの郊外、夕暮れ時にサンセットクルーズへ。地元の人達も渡しで対岸へ。
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漁船を少し改造しただけのクルーズ船。
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川といっても全長は2,170km、海のようだ。
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ホテルの機能を備えた船もある。
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沿岸には洗濯する人達や、人々の暮らしが見える。
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小型船に満載で人々を運ぶ。
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浮島で野菜を栽培している。
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川から仏塔を見上げる。
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風が心地よく、のんびりしたクルーズだった。

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第163回 アジアの片田舎(ミャンマー)6:インレー湖その1

バガンから空路、インレー湖への玄関口ヘイホー空港へ飛び、陸路インレー湖麓の町ニャウンシュエへ向かった。
インレー湖は標高900mと高原にあり、暑いミャンマーでは避暑地でもある。
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ニャウンシュエでボートに乗り換え、支流を登っていく。この地域ではボートは生活上の重要な移動手段だ。
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ボートは結構なスピードでぶっ飛ばす。細い水路を曲がる時とすれ違う時はスリリングだ。
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水路に沿って、水上家屋や商店が軒を連ねる。
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湖に出た。インレー湖は南北に18kmと縦長の湖だ。
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観光客を乗せたボートとすれ違う。水しぶきがバサーッと。
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インレー湖と言えばこの風景。
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少数民族であるインダー族の伝統漁法で、器用に足で艪を操る。
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水上の交通標識。この地域では、水路は道路と同じだ。
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再び水路へ。
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土産物売りのボートが近づいてくる。
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有名な、首長族(パダウン族)のお店へ。
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パダウン族のおばあちゃん。お店の看板にもなっている。
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横から見ると、より長く見える。
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機を織る娘さん達。
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パダウン族はタイとの国境周辺に暮らす山岳少数民族。
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知名度の高い彼らは、この地域の観光資源にもなっている。
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昼食に立ち寄ったレストラン。
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ミャンマービールでひと息。
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食後のコーヒーもなかなかオシャレ。
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水路を再び進む。
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この地域の代表的な寺院、ファウンドーウーパヤー。
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年に一度の祭りで使われる、鳳凰の船。
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寺院の中はLED電飾キラキラで、この雰囲気が日本の寺院と大きく異なる。寺院中央の台座には何やら金色の塊が。。
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男性だけが中央の台座に上がることができ、お賽銭代わりに小さな金箔を買って、仏像に張っていく。どんどん張っていくので、仏像が金色雪だるまのようになってしまたのだと。

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第164回 アジアの片田舎(ミャンマー)7:インレー湖その2

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今回紹介するのはインディン遺跡。インレー湖の奥まったところにある。
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船着場から、水縁ののどかな田舎風景の中を10分ほど歩く。
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参道の入り口。
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ここから400本以上の柱で作られた参道がパゴダ(尖塔)まで続き、土産物屋がずらりと並ぶ。
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パゴダが見えてきた。
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インディン遺跡は14〜18世紀頃に建てられたと言われ、パゴダの数は1000個以上とのこと。
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長い間放置され、最近修復作業が始まったばかりとのことで、
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廃墟感がハンパない。
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パゴダが樹木に侵食されている様子は、アンコールワットのベンメリアを彷彿する。
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尖端が崩壊したパゴダ。入り口の両端にはレリーフが残っている。
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緑に侵食されたパゴダ。
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パゴダの上から樹が生えている。
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立派なレリーフも残っている。
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祭壇を覗いてみると、仏像の後光はやはりLED照明。
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地面は全く整備されていないが、パゴダが並ぶ光景はなかなか壮観だ。
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中々見ごたえのある遺跡だ。
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帰りは田舎風景の中を少し歩く。
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水辺で洗濯をしたり、洗い物をしたり、現地の生活風景を垣間見る。

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第165回 アジアの片田舎(ミャンマー)8:インレー湖その3

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再びインレー湖に戻り、ホテルを目指す。
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夕暮れ時にインダー族の漁に出会った。
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絵になる光景だ。
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インレー湖のホテル、Myanmar Treasure Resort Inleが見えてきた。
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水上コテージが連なった構造になっている。
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ちょうど夕暮れ時にチェックイン。
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ホテルのデッキから、ミャンマービールを飲みながら、サンセットを楽しむ。
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ゆっくり、まったりといい時間が流れる。
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コテージをつなぐ桟橋に明かりが灯る。
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インダー族の伝統農法、浮島農業の様子だ。竹と水草で作った浮島で、野菜栽培を行っている。
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朝にボートで畑仕事。
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実際に畑に近づいてみると。
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これはトマト農園。
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小ぶりなトマトが熟していた。
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これは観光客向けのパフォーマンス。
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チップを渡そうにも渡せない。

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第166回 アジアの片田舎(ミャンマー)9: "カックー遺跡"

今回のミャンマー旅行で、最も見てみたい場所の一つがカックー遺跡だ。
ボートでニャウンシェの街へ戻り、そこから車で約2時間半、タウンジーの街へ着いた。
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ちょうどシャン州名物の五日市が開かれていた。
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新鮮な野菜や肉が売られている。
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これは豆腐。日本の豆腐そっくりだ。
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真ん中の黒い服の女性、周囲の女性と雰囲気がちがう。この地域の少数民族パオ族の女性だ。
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パオ族の女性は皆黒い服を着て、鮮やかな色のターバンのようなものを巻いている。
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カックー遺跡はパオ族の特別地区にあり、2000年に外国人観光客に解放されたばかりで、カックー遺跡を見学するためには、タウンジーからパオ族のガイドを同伴しなくてはいけない決まりになっている。
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遺跡に到着。すごい数のパゴダだ。
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約2400の小型のパゴダが、狭い敷地に整然と並んでいる。風が吹くと尖塔の先に付いた風鈴が心地よく鳴る。
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願い事を祈り、鐘をつく。
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青空に白いパゴダが映える。
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まるで墓地のお墓のように、パゴダが並んでいる。
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彼女が今回のガイド。ちゃんと英語で説明してくれる。
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昔のままのものと、修復されたものが混在する。
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立派なレリーフが施されている。
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一番のビューポイントから。
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見ごたえのある、わざわざ足を延ばす価値のある遺跡だ。

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第167回 アジアの片田舎(ミャンマー)10: アジアで今、最も熱い都市 "ヤンゴン"

ミャンマー旅行もいよいよ終盤、カックー遺跡観光を終えて、夕方のフライトで首都ヤンゴンに戻った。
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道路のど真ん中に黄金の大きなパゴダが見える。
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開発発展著しいヤンゴンでは、街のあちこちで建築工事ラッシュだが、イギリス統治時代の面影を残した街並みに異国情緒を感じる。それにしても日本車が多い。日本より日本車の比率が高い。
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何と、ヤンゴンには「大阪王将」が2件もある。ちょうど日本食が恋しくなっていたこともあり、見学がてらに入ってみた。
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店内はこんな感じで、現地としてはやや高級な雰囲気。
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大きな餃子の看板がおもしろい。
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値段は餃子一人前が250円ほどなので、日本とさほど変わらない。餃子がチキンとポークで選べるところが国際的だ。
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日本とはちょった違った、妙なメニューもあるが、味はまずまずだった。
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ライトアップされたスーレーパゴダ。
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高層ビルの間にそびえ立っているようだ。
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黄金に輝く巨大なパゴダ、ミャンマー仏教の総本山、シュエダゴン・パゴダだ。
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中心に高さ100mの「聖なる黄金の塔」が建ち、その周りは大小60あまりのパゴダで囲まれている。他の寺院とは格の違いを感じる。
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境内は毎日参拝者でいっぱいだ
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寝仏のお堂。ミャンマーのお釈迦様は色白で、化粧をされている。ちなみに寝仏と涅槃(ねはん)像は異なり、涅槃像はお亡くなりになった像で、両足が揃えられて目も閉じているのだが、この寝仏はお休みになっているようなのだそうだ。足の裏には108の煩悩が書かれている。
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鐘の装飾もすばらしい。
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ミャンマーのお坊さん。
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尼僧さん。
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シュエダゴン・パゴダから車で10分程のところに、寝仏で有名なチャウッターヂー・パゴダがある。このお釈迦様は全長70mとかなり巨大だ。
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お顔は女性的で、エクステもされている。
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足の裏には108の煩悩が描かれている。
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煩悩が絵文字で表現されている。
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その解説がこちら。
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ここも仏像の後光はLED照明。
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土産物を買いに、ボーヂョーアウンサン・マーケットに向かった。
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たくさんの店舗が整然と並んでいるが、Tシャツや宝石、銀製品など同じ様な物を売る店が多い。
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最期の夜、ライトアップされたシュエダゴン・パゴダを見に、もう一度訪れた。
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本当にすばらしいの一言。ミャンマーの人々は本当に素朴で穏やかな人達だった。それだけ経済発展から取り残されてきたと言うことなのかもしれないが、そのきっちりとした仕事ぶりからみると、日本が本腰で進出していっているのもうなずけるような気がした。ミャンマー仏教の世界を垣間見て、自分の持つ仏教感というものがだいぶ変わった。また、日本仏教という物が、日本で独特な発展をしていったのだということを痛感した。

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