院長のコラム | ドクトル・イトウの地球の果てまで

“ドクトル・イトウの地球の果てまで“ 世界60ヶ国以上を訪れた、院長のちょっと変わった見聞録

ドクトル・イトウの"地球の果てまで" プロローグ

 南米ペルーの友人たちから、いつも"ドクトール(後ろにアクセントをつけて)"と呼ばれていたので、そのままブログの名前に使わせていただく。
 大学時代に友人たちとバックパックで行ったオーストラリア、働き出して、先輩のカバン持ちでついて行ったハンガリーがはじめてのヨーロッパ。それから私の海外好きが始まった。なぜかメジャーな旅先は、「いつでもいける」という理由で敢えてはずし、行きにくい国を選んで旅するようになった。
 最初の海外勤務がアフリカのスーダン、それからポーランド、ペルーと生活の拠点を移動し、それぞれの国から、色んな国に出張や旅行で出かけた。憧れの南極にはまだ行けていないが、北は北欧、南は南米大陸最南端のウシュアイア、アフリカ大陸の喜望峰まで、数えてみるとかれこれ60カ国以上を訪れた。
 アフリカの風景、標高5000mを超えたボリビアの風景、アフガニスタンの寂しい現実など、どうしても伝えたい"すごい景色"がある。少し違った視点から、自分にとって印象深い、素敵な街の風景や絶景を写真を交えて紹介していきたい。
 なお、このブログ内の写真はすべて自分で撮影したものである。全く写真の知識はないので、どうかご容赦願いたい。スーダン当時はデジカメが200万画素の時代で、フィルムカメラで撮った写真をスキャンしたものもある。

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第1回 ハルツーム(スーダン):ナイルの合流点

 第1回目に何処を取り上げようかとあれこれ考えたが、やはり自分たちの原点であるスーダンからスタートしたい。
"スーダン"って何処にあるの?どんな国?とよく聞かれる。スーダンはエジプトの南に位置し、面積はアフリカ最大で日本の7倍近くある大きな国だ。現政府はイスラム原理主義の国で、アラビア語を話す。北部はイスラム教徒、南部はキリスト教徒が中心で、当時はまだ南北で内戦が続いていた状態であった。
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 2000年6月、フランクフルト経由でスーダンの首都ハルツームに降り立たった。そこは灼熱の世界、日中は恐らく50度近くあったのではないかと思う。"赤茶けた埃っぽい街"飛行機から見下ろしたこの街の第一印象である。
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 私が滞在した2000から2002年当時、この国はまだまだ開発から取り残されていて、首都のハルツームでさえ、信号やエレベーターというものを見かけることが少なく、エスカレーターは見ることがなかった様な気がする。
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 これは自宅近くの風景で、ロバに乗った少年がちょうど通りかかったのでパチリ。オンボロ自動車と一緒にロバの荷車が当たり前のように走っていた。
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 これはナイル川が増水し氾濫しかけた時に、ホテルの屋上から眺めた様子。ハルツームで一番立派なモスク(イスラム寺院)が見える。これを見ると結構まともな景色に見えるのだが。。。
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 真下を見るとこういった光景で、到着当初は娘たちと、こののどかな風景を、いつも部屋の窓から眺めていた。 
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 スーダンでは何が有名?と聞かれると、正直なところ答えに窮する。ただ、地理を勉強した人なら、首都ハルツームは青ナイルと白ナイルが合流してナイル川になる、ナイルの合流点の都市と習ったことがあるのではないだろうか。ヴィクトリア湖から流れてくる白ナイルとエチオピアのタナ湖から流れてくる青ナイル、これらが本当に青色と白色だということは、ここに来るまで知らなかった。
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 ボロボロの観光船でこのナイルの合流点を見に行くというツアーがあった。写真のように合流点にきれいな線ができる。手前が白ナイル、奥が青ナイルだ。事の真偽は別として、スーダンの人は「青ナイルでは泳いでもかまわないが、白ナイルには寄生虫がいるからダメだ」と言っていた。スーダンでは生で魚を食べる習慣などないが、以前、日本人が冷凍で持ち込んだ食材で、手作りの鮨をふるまったところ、その後にそれを真似て、このナイル川でとれた魚で鮨(のようなもの)を作ったスーダン人がいたという、恐ろしい話を聞いたことがある。
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 スーダンのお土産は?といわれると非常に困るのだが、トレードビーズといわれる所謂"とんぼ玉"があった。このトレードビーズ、名前の"トレード"は貿易、つまりヨーロッパ人が象牙や奴隷とこのとんぼ玉を交換に交易をおこなっていたのだ。
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 ハルツームの近く、オムドルマンという街にある土産物のスーク(市場)で、このトレードビーズは売られていた。
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 ベネチア製のものが有名で、いろんな種類の模様と形があり、コレクターも多いと聞いた。
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 忘れてはならないハルツームの名物はハブーブ(砂嵐)だ。これは自宅の窓からの景色である。すべてが砂色に変わる。窓のサッシを閉めていても、パウダーのような砂が室内を襲ってくる。
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スーダンの生活で一番辛かったのは朝の暑さだった。日中はとんでもなく暑いので、学校も仕事も朝早くはじまり午後早くに終わる。暑い朝はやっぱり冷たい水で顔を洗いたいのだが、早朝、洗面台の蛇口をひねると水の蛇口から熱いお湯が出てくる。外気の温度で貯水槽が暖められてお湯になってしまっているのだ。また、玄関のドアを開けると、ドライヤーのような熱風が襲ってくる。灼熱の街ハルツームだ。熱いといっても、われわれの経験したことのない類の暑さだ。湿度が極めて低いのだ。日中、外を歩いても汗をほとんどかかない、スーッと汗が蒸発していくのを感じる。プールに入るとそれをよく実感できる。外は灼熱の暑さであるのに、水から出ようとすると凍りつくように寒く、しばらくガタガタと震える。気化熱が急激に体温を奪うのだ。
 この暑さの中から生まれた、庶民の知恵をひとつ紹介する。ハルツームの街を歩いていると、あちこちにこういった"かめ"のようなものを見かける。
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 よく見ていると、地元の人はここから水をすくって飲んでいる。これは素焼きでできた自然のウオータークーラーなのだ。素焼きにしみ込んだ水が気化熱で冷やされて、中の水は冷たくなるという仕組みである。我々がこの水を飲んだらどうなるか???もちろん脱水症になるであろう。(笑)

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第2回 メロエ遺跡(スーダン):ヌビアのピラミッド

 スーダンの首都ハルツームの北300キロの砂漠にヌビア文明のピラミッド群があるという。2001年当時、許可を取らないとハルツームから外に出ることができなかった外国人にとって、非常に興味深い場所であった。それがその後、世界文化遺産に登録されたというので驚いた。恐らく世界で最も行きにくい世界遺産の一つではないであろうか。ではどうやっていくのか?観光というものがほとんど存在しないスーダンで、そんなところにホテルなどあろうはずがない。調べてみたら、ハルツームから4WD車を借り上げて行くプライベートツアーがあった。1泊2日、運転手、ガイド、テント、食事のすべて込みで1人100ドル程度であったと思う。
灼熱の土漠を走ること5時間、メロエの遺跡に到着した。
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 パウダーのような赤茶色の砂漠の中に、先端部の無い小型のピラミッドが点在する。
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 ピラミッドの埋葬品目当ての盗掘にあったために、ピラミッドの先端部分がみな破壊されているらしい。エジプトのピラミッドに比べ、より先鋭な形をしている。
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 一通り、ピラミッドを見学して帰ってくると、見事にテント村が完成していた。トイレ用、シャワー用のテントまである。
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 質素な食事に寝袋の一夜ではあったが、満天の星空の下、なんとも贅沢な時間であった。こういった自然の中の建造物を見る上で一番大切なことは、そこで一泊するということだ。朝夕の色が変化する様子はまた格別なものである。
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 夜が明けてきた。
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 朝、目を覚ますと大笑い。なんと、テントの前ににわか土産物屋が開店しているではないか!近くに村などある様子は無く、彼らはいったいどこからやって来たのであろう?何とも微笑ましく、逞しい。
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 子供たちにとっては、砂漠も大きなお砂場。我が家の娘も遺跡などお構いなしで砂遊びに熱中していた。
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 大人も大きな砂山の上に登ると、爽快な気分になる。
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 帰路、ナカのライオン神殿、アモン神殿に立ち寄った。小さな遺跡ではあるが、壁に描かれた絵やヒエログリフはどれもエジプトで見たものと変わりなく、恐らく歴史的価値は大きいのではないかと思う。
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 こういった貴重な遺跡を放っておけるのは、さすがスーダンである。
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 これはラクダで井戸水を汲む様子。
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 どうやら深い井戸のようで、ロープで繋がれたラクダが、勢いよく丘を駆け下りていくと歓声が上がる。
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 彼らにとって真に命の水なのだろう。
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 シェンディーの街。
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 何とも素朴な風景だ。
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 途中給油したガソリンスタンド。
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 スーダンらしい光景だ。
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 最後の見どころ(らしい)、ナイル川第6瀑布。滝はどこに?と探したが、どうやら滝ではなく急流ということで、大した景色ではなかった。
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 しばし休憩する我々に近づいて来たスーダン人親子。父親が話しかけてきた内容に驚愕!!「息子の腎臓を買わないか?」。そういった闇ビジネスが、こんなところに入り込んでいるのかどうかは不明だが、スーダンの抱える問題を突きつけられた気分であった。

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第3回 肌の色(スーダン):スーダンの人々

 スーダンの人々を紹介しようと、撮りためた写真を探しても、顔の写った写真があまり見当たらない。イスラム社会ではむやみに写真を撮ることは厳禁だからだ。では、写真を撮られるのがそんなに嫌なのかというと、そういうわけではないようだ。
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 職場の現地職員の結婚式に招かれた(写真は新郎新婦)。
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 その日は夕暮れ時から、親類や近所の人たちが集まってお祭り騒ぎ。
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 大音響のスーダンミュージックで夜通し踊り続ける。
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 当時はまだデジカメというものが現地では珍しく、撮った写真がその場で見られるというので大騒ぎ。
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 次から次へと撮ってくれと集まってくる。
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 子供たちの目が、本当に生き生きとしている。
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 滅多に撮ることのできないスーダン女性達の笑顔も、この日は撮り放題だった。
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 ちなみにスーダンに限らずイスラム社会では、見知らぬ女性の笑顔を写真に納めることは非常に難しい。
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 家族や亭主以外の男に笑顔を見せることは、イスラムの教えに背くことだからだ。
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 人類学など難しいことは別にして、スーダン人の肌は写真のように黒い人と茶色い人に大別できる。
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 特に北部スーダンには、茶色い人が多い。地理的に考えるとその理由が見えてくる。エジプトを始め北アフリカや中東諸国には白い人が多い。
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 一方、西アフリカのギニア湾岸にはイスラム教徒が多いのだが、この黒いイスラム教徒たちが巡礼でイスラムの聖地メッカ(サウジアラビア)を目指す途中でスーダンは通り道となる。
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 北部スーダンの茶色い人達はこの黒い人と白い人の混血によってできたものと考えられているようだ。
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 この日はお祭り、食事も特別なごちそうなのだろう、子供達の目が輝いている。
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 最近の日本の子供達には見られない輝きのような気がする。女性達もこの日はとびっきりのおめかしをして輝いていた。


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第4回 命の水(スーダン):人道支援に関わって

 今回は少し真面目に、アフリカ諸国など途上国への"援助"について書いてみたい。アフリカでは欧米先進国が競って援助合戦を繰り広げている、最近では中国も加わり熾烈な競争だ。スーダンにも人道支援を職業とする世界中のNGO(非政府組織)が事務所を構えていた。中でも、特にヨーロッパ諸国は積極的に援助していた。
 かつて、アフリカの人的資源(奴隷)、天然資源を好き勝手に搾取したのがヨーロッパ人。その後、彼らが勝手に決めた国境線によって、アフリカは部族間の民族紛争を繰り返す。そのヨーロッパ人が今、施しのごとくせっせと人道支援を行っている。第三者であるアジア人の目から見ると、"富の循環"のように見える。
 自分はスーダンで"草の根支援"という日本政府の小規模な人道援助にかかわらせてもらった。費用対効果が大きく、できるだけたくさんの人々がその恩恵に授かることができる支援、そういったプロジェクトを探して援助するのがこのプログラムである。では、実際にどんな援助がおこなわれていたのかを紹介したいと思う。
 今のアフリカで最大の課題は「水と教育」であり、この二つは非常に密接に関わっているのだ。国の発展に不可欠であるのは教育であることに違いない。AIDS問題も、教育が行き届けば改善はするであろう。
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 スーダンの地方では飲み水の確保が非常に困難かつ重労働だ。片道何時間もかけて水くみに行くことも珍しいことではない。しかもその作業は主に女性と子どもが担っている。水汲みのために一日の大半を費やし、学校に行くことができず、職業を身に付けることもできない。
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 井戸を掘り、安全な水源を確保することは大事な支援だ。井戸と言っても200メートル近く掘る"深掘り井戸"で、そのまま飲めるようなきれいな水が得られる。
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 写真は難民キャンプに掘られた井戸で、ロバ車にドラム缶を積んだ給水車が集まってくる。
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 見てみると、皮肉にも自宅の水道水よりきれいな水だった。
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 ただし、こういった大がかりな井戸は、何処でも、簡単にいくつもというわけにはいかない。また、汲み上げポンプが故障したら、次の援助を待つのみであろう。そこで、より現実的でユニークな援助をいくつか紹介する。
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 このコンクリートでできたポットのようなものは、簡易浄水器だ。
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 この中に砂や土を入れて、貯めた水を濾過するのだ。
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 次に、これは水汲み作業を効率的かつ勘弁にするために、水のポットをボール型にして、そのまま転がして大量の水を楽に運べるように考えられたものである。両者とも非常に安いコストで、かつ材料は現地調達できる。単純でも、こういった現実的な援助が実際には役に立つ。

 次回は、アフリカならではの楽しみ"サファリ"を紹介する。

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第5回 サファリの楽しみ方1(ケニア・タンザニア):サバンナの空

 私が子供の頃、「野生の王国」というテレビ番組があったが、"アフリカ"というと野生動物をイメージする人が多いのではないだろうか。象やライオンを追い求めてアフリカのサバンナを4WDで駆け回る。そんなサファリのイメージにずっと憧れていた。
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 スーダンに赴任することでその夢が現実となり、休暇を利用して、ケニア、タンザニア、ボツワナのサファリに何度か出かけた。
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 サファリは実に奥深い。 "野生動物を間近に見る"というのがサファリの大前提ではあるが、宿泊スタイル?食事のスタイル?移動手段?サファリをする時間?目標の動物?によって、色んな種類や楽しみ方があり、行く度に要求度が増し、充実感も増す。その虜になった一人として熱く語ってみたい。
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 今回はまず、サバンナの空から紹介したい。サファリに行って何を見るかといいうと、当然動物なのだが、自分の場合は動物と同じぐらい、サバンナの空が大好きだ。あのなんとも雄大な空を見ると日頃のストレスが吹っ飛ぶ。
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 一般的にサファリは朝夕、日の出前と日暮れ数時間前の2度出かける。通常サファリカーは天井のない4WD車なので、風を肌に感じながら、サバンナに昇る朝日を拝み、夕日を楽しむことが出来るのだ。
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 朝、まだ薄暗い中、各自のサファリカーに乗り込み、サバンナへと出て行く。
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 日が昇ってきた。ライオン・キングの歌が聞こえてくる。
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 空の色が刻々と変わっていく。
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 雲の様子も様々で、秋空のような雲もあれば、
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 入道雲のような雲もある。空一面がスクリーンとなって、空の色と雲と光が景色をつくり出す。
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 雨雲が移動する様子は大スペクタクルだ。
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 たくさんの竜巻を見ることもある。
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 夕暮れとともにサファリは終わる。
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 空がピンクに染まる。
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 地平線に太陽が沈んでいく。
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 もちろん、星空もきれいだ。

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第6回 サファリの楽しみ方2(ケニア):Mara Safari Club その1

 サファリ観光で、車から野生動物を観察することを"ゲームドライブ"という。通常、一般的なゲームドライブは国立公園や国立保護区といわれるエリア内で行われ、宿泊施設もそのエリア内にある。エリアと言ってもとてつもない広さで、代表的なケニアのマサイマラ国立保護区は大阪府より大きく、タンザニアのセレンゲティ国立公園は四国よりも広いらしい。
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 ただし、これらの保護区内でのゲームドライブは保護区のルールに従う必要があり、例えば、動物を見ながら走るサファリカーは、サファリロードと呼ばれるサバンナに巡らされた道路しか走ることが出來ず、動物を見つけたからと言って、直接近づいていくことは出来ない。
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 カート道のみを走るゴルフカートのような感じである。
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 このサファリロードに動物が近づいて出てきてくれるとラッキーなのだが。。
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 (キリマンジャロをバックに象の群)
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 ゲームドライブの初日はシマウマやヌーを見て大喜び、パチパチ写真を撮りまくる。でも、皆帰る頃には、シマウマには見向きもしなくなってしまう。草食動物はそこら中にたくさんいて、いつでも見られるのですぐに飽きてしまうのだ。そこで目指すは、ライオンやチータなどの肉食獣、象やキリンなどの大物となる。
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 これら大物は、そう簡単には道路のソバまで出てきてくれない。時にはこういったチャンスもあるのだが。。。(子供をくわえた母ライオン)
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 では、より楽しめるサファリのスタイルとは。。。
それは、これら保護区の外に行くとよいのである。マサイマラと言っても広大な広さで、保護区となっているのはその一部である。それ以外はマサイ族の土地で、いわゆる私有地。マサイ族からその土地を借り受けて、サファリを経営している施設がいくつもある。その中から今回はまずマラ・サファリ(Mara Safari Club)を紹介したい。
 ケニアの首都ナイロビの空港から小型機で飛び立ち、サバンナのど真ん中にある原っぱのような空港に降り立つ。
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 そこには何ともファンキーなDuty Free Shopがあった。決して、ウケを狙っているのでは無いとは思うが、これは結構いけてる。ここから迎えの4WDに乗り込み、ロッジへ向かう。
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  このMara Safari Clubはロビーやダイニングは立派な建物があり、宿泊はテントという仕組みで、ちょうど程よくワイルドライフを楽しめる。テントのすぐ前の川にはカバがいる。
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 ご覧のようにテントと言ってもバスタブがあり、トイレも水洗で、お湯のシャワーが使える。
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 おまけに天蓋付きのベッドで非常にゴージャスだ。
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 食事はメインの建物内で朝昼はビュッフェ、夕食は立派なコース料理が楽しめる。 

 ではサファリの一日を再現してみよう。前夜の夕食時、ボーイから翌朝の飲み物(コーヒー?紅茶?)を聞かれる。翌朝、テントの外から声がかかり目を覚ます。外を見ると昨夜オーダーしておいた飲み物とクッキーが置いてある。これが贅沢なモーニングコールなのである。ここには不似合いな電話機などはない。本格的な朝食は朝のサファリから戻ってからなので、コーヒーとクッキーで目を覚まし、早々にサファリへ出発だ。サバンナの朝はかなり寒く、ジャンパーを着込んでまだ暗闇の中を自分たちの車の元へと向かう。
 ここで今回のドライバーとご対面。今回のサファリでどういう動物に巡り会えるか、彼らのカンと眼にかかっている。いざ出陣!広いサバンナを皆いろんな方向へ散らばっていく。誰が一番に大物を見つけるか、ドライバー達も競争なのである。陽が徐々に昇ってくる。
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 程なくして無線から、「シンバ!!」と叫ぶ声。シンバとはスワヒリ語でライオンのこと。映画ライオンキングでもお馴染みで、ちなみにハクナマタタは「No problem どうにかなるさ」という意味になる。無線の主が近くにいるようなら、その場所へ急行することになる。
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 ここは保護区の外なので、サファリロードなど存在せず、直接動物に近づくことが出来る。
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 最初に発見したドライバーは太陽の向きを考え、最良の場所を客に提供する。

 陽が昇るにつれどんどん気温は上がってくる。1枚脱ぎ2枚脱ぎ、ロッジに戻る頃にはTシャツ1枚になっている。3時間ほどの午前のゲームドライブを終え、テントロッジに戻る。豪勢な朝食を食べ、午後まで気ままに時間を過ごす。テントの前のロッキングチェアで、カバの鳴き声を聞きながら読書なんてこともできる。午後3時頃より午後のゲームドライブ、夕暮れ頃にロッジに戻り、夕食を終えてテントに戻ると、ベッドの中にはなんと湯たんぽが入っている。なかなか心憎いサービスだ。あったかい布団にくるまり、ぐっすり眠る。さて、明日は何が見られるのか。

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第7回 サファリの楽しみ方3(ケニア):Mara Safari Club その2

 朝のゲームドライブ。早朝の動物たちは、どことなくボケた様子で愛らしい。
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 草むらに隠れて休んでいたインパラ、こうやって寝るのだろうか。
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 ウオーターバックの雌たち。
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 アンテロープの一種エランド、立派な角を持っている。
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 角を突き合わせてけんかするインパラ。後ろはトムソンガゼル。彼らはシカの仲間に見えるが、実は皆ウシの仲間である。
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 象の群れにもこれぐらい近づく。鼻で木を根こそぎむしり取って食べていく。メリッメリッとこの音が豪快で、しばらくすると周り一面何もなくなってしまう。
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 ライオンの群れにもこれぐらい近づいていく。
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 昼間のライオンは寝てばかり、恐らく人間が危害を加えないと言うことを知っているのだろう。
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 今回はちょうど子供が生まれた季節で、幸運にも子ライオンに出会えた。
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 何とも愛らしい赤ちゃんライオン。
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 無線でハンティング(狩り)の情報が入ったので現場に急行すると、ハンティングには間に合わなかったが、偶然にも食物連鎖の実際を見ることが出来た。
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 まずは主役のライオンさん
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 脇役のハイエナくん
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 神は何と残酷なのか、外見も姿勢も悪く、どう見ても世間の嫌われものに見えてしまう。このハイエナ、実は結構強いらしい。ドライバーはチーターよりも強いといっていた。
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 もう一つの脇役ジャッカルくん。このハイエナやジャッカルは、肉食獣(プレデター)の食べ残しの死んだ動物の肉を食べる動物(スカベンジャー)の代表で、ハゲワシなどもこの仲間に入る。
 我々が着いた頃は、ちょうどライオンが獲物を食べてる真っ最中だった。
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 まずはオスのお食事タイム、遠巻きにハイエナやジャッカルが集まって来る。
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 オスのお腹がふくれたら、メスに交代。ハイエナやジャッカル達がソロリソロリと近づいてくる
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 これは「坊さんが屁をこいだ」状態で、ライオンが食事に集中していると、ハイエナやジャッカルはソロリソロリと近づいてくる。ライオンがパッとあたりを見渡すと、ハイエナたちはピタッと動きを止める。
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 やっと彼らに順番が回ってきた。厳しい野生のしきたりだ。
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 象の親子にも出会うことが出来た。
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 子象はアニメのババールそのもの。
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 大きい卵で有名なダチョウ。
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 これはセクレタリーバードという鳥。昔の秘書官が使った羽のペンに似ているので、こう呼ばれているのだとか。

 このマラ・サファリには2回訪れた。2回目のターゲットはレパード(ヒョウ)に絞った。一般にサファリで人気の高い5種の動物(ライオン、象、サイ、バッファロー、ヒョウ)をビッグ・ファイブと呼ぶが、中でもヒョウにはなかなか出会うことが出来ない。ドライバー達でも滅多に見かけないそうだ。今回は気合いを入れて、昼食はランチボックスを用意してもらい、1日がかりでヒョウ探しに出かけた。みつけたらチップをはずむという約束で。。。
 半日が過ぎた頃、ドライバーがヒョウの足跡を見つけた。ゆっくりゆっくりと近づき、ドライバーが小声で叫んだ。指さした方向をいくら探しても最初は何も見えなかったが、よく見ると草むらの中に隠れるヒョウの姿を見つけることが出来た。今までヒョウとチーターの模様の違いを深く考えたことはなかったが、全然違うことがよくわかった。
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次回はよりワイルドな世界へ。

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第8回 サファリの楽しみ方4(ケニア):Mara Camp

 今回は、よりワイルドなテントロッジのご紹介。
我が家のサファリ旅行も3度目となり、今までにないものをと、現地の旅行代理店に相談してみたところ、このMara Campをすすめられた。
 イタリア人のオーナー夫妻が経営するキャンプで、その場所は雨期には水没するため、乾期のみ営業しているという。電気も水道もない、何ともワイルドなロッジだ。でも値段は逆に高く、より高級なカテゴリーだとのこと。
期待と不安を胸にMara Safari Clubから陸路移動した。
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 移動はこの装甲車のような車。これでサバンナの奥地へぐんぐん入って行った。
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 途中で出会った、ビッグ5の一つ、バッファロー。何とも貫禄がある。
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 見慣れたシマウマたち。
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 子供ライオンの兄弟。
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 Mara Campに到着した。
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 これが我々が宿泊したテント。外観はこのような感じで、いわゆる大型テント。。。 でも中は意外と立派であった。
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 綺麗にベッドメイキングされてあり。
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 電気がないので、照明は携帯ガスのランタン、机などの調度品も小綺麗に配置されていた。
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 これは洗面台、水を使ったら外に捨てるという、きわめてシンプルなシステム。
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 水道が無いのでトイレやシャワーを心配していたが、洗面にはお湯が入ったポットが置かれ、無くなればいくらでもすぐに持ってきてくれる。トイレもタンクに随時水を補給してくれるので、使用感は水洗トイレと何ら変わりない。シャワーも非常に原始的ではあるが、外のおじさんがどんどん上のタンクに手動でお湯を補給してくれる。「Hot water, please.」で、お湯のシャワーを利用できる。
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 夜は、ライオンの鳴き声が聞こえ、かなり近くまで来ていることがわかった。でも、結構快適な寝心地で、朝までぐっすり。
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 食事はこのメインテントで食べる。
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 オーナーがイタリア人であることから、自慢のイタリア料理をコースで食べることが出来る。
こんなサバンナのど真ん中で、なんでイタリア料理をワインと共に食べているの?と妙な気分になる。
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 デザートもこんな感じで。
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 ワインはもちろんのこと、酒類も結構豊富に用意されていた。
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 食後と空き時間のひととき、
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 薪を囲んでオーナー夫妻とのんびりした時間を過ごす。
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 ここでは、ナイトサファリを楽しむことが出来た。肉食獣の多くは夜行性で、夜にハンティングを行うことが多い。車からサーチライトをかざして肉食獣を追う。
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 眼がきらりと光ったチーターは、昼寝をしている姿とはまた違い、非常に精悍な面構えだ。風下より、そろりそろりと獲物に近づいていく。
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 残念ながらハンティングの様子は見ることが出来なかったが、翌朝、獲物に群がるチーターの姿を見ることが出来た。
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 なかなかリアルな光景だ。
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 おこぼれを待っているハイエナくん。ちなみにハイエナは結構強いらしい。集団でかかれば、チーターは逃げて行ってしまうそうだ。
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 途中で立ち寄ったみやげ物屋、これも結構イケている。
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 最終日、例の装甲車で空港へ向かう途中、川の畔で豪華な朝食。
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 朝からシャンパンで乾杯という豪華なアウトドア・ブレックファーストだ。
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 ちゃんと料理人が出張サービスで料理をしてくれる。
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 ここでもいつの間にか、にわかみやげ物屋が出来ていた。
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 あまり商売っ気が無いところが、ほのぼのとする。

 ケニア、タンザニアをかつて植民地としたのがイギリス。彼らはこのアフリカに交通、教育制度、制服など色々な文化を残している。そのイギリス人が、暗黒大陸と言われたアフリカで作り上げた娯楽がサファリだ。何も無い大地で究極の贅沢を作り上げたのであり、今回のMara Campでその意味が少しわかったような気がした。
 サファリの本当の贅沢な楽しみ方は、テントや料理人や一切合切と共に移動し、サバンナのまっただ中で野性動物を見ながら、フルコースの食事を楽しむ。これが一番の贅沢なんだと。

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第9回 サファリの楽しみ方5(ケニア):マサイの皆さん

 サファリツアーには必ずと言っていいほどマサイ村見学が組み込まれているが、一度は行ってみる価値がある。
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 到着すると村の皆さんが総出でお出迎え
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 伝統の踊りや歌で歓迎してくれる。
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 子供たちも、
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 女性達もそれぞれきれいな衣装で出迎えてくれる。
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 昔、日本のCMでも取り上げられたことがあったが、マサイのジャンプ、これはスゴい。
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 できるだけ連続して高く飛ぶという単純なモノだが、助走をつけず、膝も曲げないのだ。リズミカルにぴょんぴょんと跳ねる、バネのようなジャンプで、一番高く飛べた男が英雄だ。
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 マサイのイケ面を紹介する。マサイの男達の中でも髪型が違う人がいるのがわかるだろうか、長髪を後ろにまとめた髪型をしている彼らは、いわゆる"マサイの戦士"であり、選ばれた男達なのである。
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 一通りの儀式を見学して、次は土と牛糞で造った家を見学する。実際にその家で生活しているのが体感できるのではあるが、ふとみるとポリバケツがあったりと、何ともユーモラスである。
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 家を見学して外に出てみると、そこからが彼らの真骨頂、ずらりと土産物の出店が開いている。あまり売る気が無いのか、やる気のなさを感じるところが、また彼ららしくて良い。

 マサイの人々は皆こういった村で生活しているわけでは無い。大都会ナイロビでもたくさん生活しているし、我々が泊まるロッジでも従業員として働いている。先ほどのマサイジャンプの達人は我々の部屋担当のホテルマンだった。マサイの人々は、原始的な生活を今も続ける文明から取り残された人々では決して無い。村の見学の際、非常に教養の高そうな青年が流暢な英語で案内してくれた。彼らの中には英国の有名大学を卒業している人もいると聞く。文明社会を知ってなお、彼ら本来の姿に戻ってくる彼らは、我々より何か一歩先を行っているような気もする。
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 ゲームドライブの途中、泥沼にスタックした車を救助しに向かった。
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 そこにはいつの間にか、通りがかりのマサイのおじさんが救助に加わっていた。
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 通りがかりと言っても、見渡す限りサバンナでいったい何処へ向かっていたのだろうか?
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 帰り道、またスタックした車を発見。それはマサイの人々へ家具を運ぶトラックだった。荷台には使い古したソファーなど家財道具がぎっしり。これを何処へ運んでいくのだろう、とてつもなく豪快な配達だ。

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第10回 サファリの楽しみ方6(ボツワナ・ジンバブエ・ザンビア):ヴィクトリアの滝と泳ぐ象

 サファリ編の最後として、少し変わったサファリを紹介する。場所はボツワナ、ジンバブエ、ザンビア。アフリカ南部の内陸国でイギリスの旧植民地だった国々だ。南アフリカからのアクセスが良く、陸路が特に発達している。
 このあたりの観光名所といえば、やはりヴィクトリアの滝だ。ジンバブエとザンビアの国境にある滝で、ザンベジ川の途中に位置する。南米のイグアス、北米のナイアガラに並んで世界三大瀑布の一つに数えられる。
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 何を隠そう、昨年、乗り継ぎで立ち寄ったカナダのトロント空港から、レンタカーを借りて駆け足でナイアガラの滝を見学し、やっと世界三大瀑布を制覇した。では、どこが一番スゴいのか?こういった比較は愚の骨頂とわかってはいるのだが、敢えて比較してみたい。とにかく、ヴィクトリア、イグアスとナイアガラを同列で語るにはあまりにも無理がある。はっきり言ってナイアガラがしょぼすぎる。というか、ヴィクトリアとイグアスが凄すぎる。では、ヴィクトリアとイグアスでは?というと、非常に難しい。正確な数字は知らないが、規模、豪快さという意味ではビクトリアの方が凄いかもしれない。ただし、滝を見て楽しむアトラクションという意味においてはイグアスが断然上であろう。以下の写真がそれを物語っている。
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 本当に凄い景色なのに、その凄さを表現できる写真が撮れないのである。
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 もちろん写真の技術が悪いのではあるが、見所を考えて施設を工夫してあるイグアスに比べ、そういったいい写真が撮れるような場所があまりないのだ。ただ、ただ、滝の豪快さに圧倒されるばかりなのだ。
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 ザンビア側へは歩いて渡る。国境には橋が架かっていて、バンジージャンプをやっていた。
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 なんとものんびりしたザンビア側の看板。
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 この周辺でもちょっとしたサファリが楽しめる。これは象に乗ってサファリを楽しむエレファントサファリというもので、上から見下ろせるので、これもまた面白い。ただし、象がのしのし歩いているところに、肉食獣が寄ってくるはずもなく、見られる動物は一般的な草食動物だ。
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 ボツワナにあるチョベ国立公園に足をのばした。
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 象で有名なサファリだ。ザンビアに勤務されていた先輩からは、佃煮状態の象が見られる聞いていたのだが、少し時期が悪かったようで、そこまでたくさんの象と出会うことは出来なかった。しかし、スゴい光景と出会ってしまった。!!
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 この国立公園はチョベ川の沿岸に位置し、川の向こう岸はナミビアである。遠くに立ち上る煙は、ビクトリアの滝の水煙だ。
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 ここでは船から動物を観察するボートサファリを楽しんだ。カバもたくさん見ることが出来る。
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 これが偶然に遭遇した凄い光景だ。なにげに川辺で水浴びをする象たちであった。するとどんどん川に入っていく。
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 初めは川が浅いのかと思っていたが、結構深いとのことで、象が泳いでいることがわかった。象は泳ぐのだ!!無事に対岸のナミビアまで国境を越えていった。

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第11回 アフリカ大陸の果て(南アフリカ):喜望峰

 昨年のFIFAワールドカップで、治安の悪さばかりが強調され気味であった南アフリカだが、アフリカにあって非常にヨーロッパ的で美しい国でもある。アフリカの都市からヨハネスブルグの空港に降り立った瞬間、今まで見てきたアフリカとは何か明らかに異なり、ヨーロッパの空港を彷彿とさせる近代的な雰囲気を感じた。文化としては、ここは白人が作り上げたアフリカの中のヨーロッパなのだ。ここから国内線に乗り継いで、ケープタウンに向かった。
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 ケープタウンの街は海に面し、すぐ後ろにはテーブルマウンテンといわれる平たい山が迫っていて、非常に風光明媚な都市である。この街を起点に、有名な南アフリカワインの酒蔵巡りや喜望峰、ボルダーズビーチのペンギンやドイカー島のアザラシ見学を楽しむことが出来る。
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 ウオータフロントとよ呼ばれる海に面したエリアは、観光客向けに非常に整備されており、たくさんの警官が配備されていて、夜でも安心して出歩くことが出来る。地中海沿岸の観光地の雰囲気で、ここがアフリカであることを忘れてしまう。
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 ケーブルカーでテーブルマウンテンに昇るとケープタウンの街、ケープ半島を一望することが出来る。
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 遠くは喜望峰まで見ることが出来る。
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 これは「ダシー」(DASSIE)と呼ばれるハイラックス(イワダヌキ)の一種で、人懐っこく近づいてくる。
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 ケープタウンから南へ50キロ南下したところに喜望峰がある。ここが、あのヴァスコ・ダ・ガマのインド航路発見で有名な喜望峰である。ここまでやって来たかと感無量になる。アフリカ最南端といいたいところではあるが、正確には最南端ではない。
 ここで素朴な疑問が。。。喜望峰は英語では「CAPE OF GOOD HOPE」と書かれている。そのまま訳すと「希望峰」のはずだが、なんで「喜望峰」なのだろうか??
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 喜望峰の全景は当然喜望峰からは見ることが出来ない、少し離れたケープポイントというところから、岬としての喜望峰を見ることが出来る。
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 帰路にボルダーズビーチのペンギン繁殖地を訪れた。ペンギンを保護しながら、且つうまく見学できるように施設も良く工夫されている。
 アフリカ大陸の(一応)南端征服完了!!でも、南米大陸最南端に比べて、アフリカ大陸の南端へは結構楽に行くことが出来た。気候も穏やかで、街から車で1時間程度と近く、ここが南の果てという感じがあまりしない。ちなみに南米大陸最南端の街ウシュアイアには「世界の果て」という表現がよく使われ、実際にそんな感じがした。世界地図でその緯度の違いを見て驚いた。喜望峰とウシュアイアとは緯度で20度も差がある。南米大陸の方がかなり南に長く、南極に近いことがわかった。やはり地球はでかい。

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第12回 サファリへの行き方

 アフリカのサファリへ一度は行ってみたいと思ってる方々も多いと思うが、かなり遠いというイメージが先行するのではないだろうか。自分も日本へ帰国してからは、長期休暇とは縁遠くなってしまったが、いつか必ずもう一度、あの美しい空と空気を吸いにサファリに行きたいと思っている。
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 では、サファリにはどうやって行けばよいのか、社会人が何日休みを取れば旅行できるのかを、日本を起点に考えてみたい。
ケニアのナイロビまで、一昔前までは乗り継ぎの悪い南回りか、ヨーロッパの都市を経由しての長いフライトでしかアクセスできなかったのであるが、エミレーツ航空など中東系航空会社の南回りが充実してからはかなり便利になり、7〜8日の休みが取れればケニアでサファリを楽しむことが可能になった。特に関空からは、値段、質共にエミレーツ航空が非常に便利でお勧めである。その他の中東系やシンガポール、香港などアジアの都市を経由する方法もある。
 エミレーツ航空を例に取ると、関空を夜に出発してドバイ経由で翌日の午後にはナイロビ着、帰りは夕刻にナイロビを出発すれば翌日の夕方には関空へ帰着する。金曜日フルに仕事してから出発し、土曜午後にナイロビ着、翌日から4泊5日のサファリツアーに出かけ木曜午前にナイロビに帰着、ナイロビに1泊しておみやげ買って、金曜夕方にナイロビを出発。乗り継ぎのドバイ空港で買い物をして土曜夕刻に関空着。1週間の休みで、比較的余裕を持ってサファリを満喫できる。ちなみにサファリのゲームドライブは、朝夕に4WDでサバンナを駆けめぐるので結構疲れる。4泊5日ぐらいがちょうどいいのかもしれない。
 往復の航空券は自分で予約しても、サファリツアーは現地の代理店にアレンジをお願いするのがベスト、日本人が経営されている代理店も複数ある。
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 ここで一つ大事なことを助言すると、こういった途上国でサファリなど特別な旅行をするときは、現地ツアー(宿泊施設)の値段をあまりケチらないこと。上級クラスでも色々トラブルが出て当然のような所だし、せっかくのサファリが型通りの安物サファリではもったいない。是非サファリの内容は良く検討し、ここにはお金を使って欲しい。
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 最後に大事な注意事項。どんな予防接種が必要か?
基本的な事項として、破傷風、A型肝炎、B型肝炎の予防接種は途上国を旅行するのであれば、必要最小限として必要。
イエローカード(黄熱病ワクチン接種証明書)は日本からドバイ経由なら必要ないのであるが、経由地によっては必要になることがある。この問題は医学的な意味よりも、その国の検疫行政の事情によってころころ状況が変わり、必要と言われてせっかく準備しても、何にもチェックされなかったり、逆に運悪くトラブルの原因になってしまったりする。航空会社のカウンターでチェックインの際に提示を求められてトラブルになるケースもある。
イエローカードは10年間有効なものなので、無用なトラブルを避ける意味でも準備しておく方がベターと思われる。ただし、この黄熱病ワクチンは肝炎ワクチンなどと異なり生ワクチンなので、接種7〜10日後に身体のだるさや発熱を認めることが結構ある。また、検疫所など決まった場所でしか接種できず、予約が必要なので、出来るだけ早い時期に接種しておくことが勧められる。
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 今回で一旦アフリカ編を終える。次回からは舞台をヨーロッパへ移し、ポーランドの美しい四季の景色とヨーロッパの穴場を紹介していきたい。

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第13回 ワルシャワ到着(ポーランド)ヨーロッパ編スタート

 2002年夏、灼熱の国スーダンからポーランドのワルシャワに異動した。東ヨーロッパの大国ポーランドで2006年までの4年間を家族と共に過ごした。我が家にとっては非常に思い出深い国。今回からはヨーロッパに舞台を移して、ポーランドの美しい風景と是非行って欲しいヨーロッパの「穴場」を紹介していく。
 砂漠の街ハルツーム、赤茶けたスーダンからヨーロッパの都市に降り立つと、緑の多さに身体が驚く。大げさな言い方ではなく、むせ返ると言う表現がぴったり来る。
 ワルシャワ、ポーランドの首都。ショパンが生まれた国、コペルニクスの国、ワルシャワ条約機構など歴史で名前を覚えた記憶がある。いったい何語を話すの?
 ワルシャワに着いてさっそく向かったのがマクドナルド。スーダンにはマクドナルドなど、欧米のファーストフード店は皆無であったので、何故かハンバーガーが食べたくなった。そこでまず驚いた。
ポーランド語など全く話せない我々は、マクドナルドで写真を見てオーダーぐらいは出来るだろうと思っていたが甘かった。なんとワン、ツー、スリーが全く通じない!! ちなみにポーランド語ではイエデン、ドゥヴァ、チシッ。この国では英語がほとんど通じないということを痛感した。
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 まずは世界遺産のワルシャワ旧市街へ。
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 ポーランドの主要都市には必ずこのような旧市街がある。ではなぜこのワルシャワ旧市街が世界遺産なのか?
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 それは第二次世界大戦中、ドイツ軍によって完全に破壊され、その後に破壊前の姿に忠実に再建されたからであって、今の旧市街は所謂究極のコピーなのである。
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 地方都市の旧市街は住民の生活の一部として機能しているのだが、このワルシャワ旧市街はその歴史が物語るとおり、全く生活の匂いがせず、観光地としてのみ機能している。
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 一見の価値はあるのだが、普段にあまり行くことはなかった。
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 これは2006年当時のワルシャワの中心部。御覧のとおり、あまり美しいと言える街並みではない。
ただ、この国は非常に美しい四季の姿を持つ。確かに日本の四季の風景は美しい。芸術的と言って良いほど繊細な美しさだ。これと比べて、ポーランドの四季の美しさはダイナミックな美しさだ。
四季折々の美しい姿をこれから順次紹介していく。
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 自分の職場(日本大使館)の目と鼻の先にワジェンキ公園という大きな公園がある。
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 自分はこの公園が大好きで、昼休みにカメラ片手によく散歩に出かけた。
warsaw018.jpg この なにげにリスが出てくるような公園だ。
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 この公園の奥にショパン像が置かれた広場がある。自分はクラシックとは全く無縁の男であるがこの場所が大好きで、四季の風景を撮り続けた。これは春の風景。緑がグングンと伸びてくる。
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 夏には一面にバラが咲き、
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 ショパン像の下で屋外ピアノコンサート(無料)が行われる。
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 ワルシャワの秋は「黄金の秋」と言われる。非常に美しい風景だ。ショパン像のバックも見事に色づく。
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 冬は白黒、モノトーンの世界となる。これがまた美しい。街の汚い部分を雪がすべて覆い隠してくれる。

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第14回 黄色の世界(ポーランド):菜の花畑

 日本がゴールデンウイークの頃、ポーランドでもイースター(復活祭)の休みがあり、本格的な春の訪れと共に季節は一気に初夏へ向かっていく。5月のワルシャワで非常に気にいった風景があった。不思議なことに、ワルシャワの住人にはあまり知られていない場所だった。
 ワルシャワで有名な住宅地の一つであるヴィラノフ地区。その郊外に、ワルシャワでは恐らく唯一のゴルフ練習場、いわゆる"打ちっ放し"がある。
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 ネットなど無く、本当にオープンエアの打ちっ放しなのである。確か2004年頃に出来たものと記憶しているが、その当時、ゴルフはまだまだ外国人の娯楽で、日本人や韓国人がその大半の打席を占めていた。
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 そのすぐそばに、5月のこの時期だけ様相を変える畑があった。林の中を走る道路の脇にその景色はあり、木々で隠れているので、見ようと思わなければ通り過ぎてしまう。
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 ただ、一歩その世界に踏み込むと、辺り一面が真っ黄色の世界になる、菜の花畑だ。
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 晴れた日は特に美しい。
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 ポーランドでは何気ないこういった自然の景色が何ともすばらしい。四季折々に色んな風景を楽しませてくれる。
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 これからどんどん日が長くなり、太陽の季節がやってくる。
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 素人写真ではこの黄色のダイナミックさがなかなか伝わりにくいのだが、しばしご覧あれ。
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第15回 カヤックで森林浴(ポーランド):Krutyn

 徐々に日が長くなり太陽の光がまぶしくなってくる。5月のポーランドは一気に陽気な季節となる。太陽を待ちこがれていた人達は、裸で日光浴を楽しむ。
 ポーランドでは良い思い出をたくさん作ってきたが、その中でもお気に入りの一つが初夏のカヤックだ。自分はアウトドアに詳しいわけではなく、ポーランド人の友人から是非行ってみろと勧められたのだ。
 ワルシャワから北へ200kmほど行ったところにマズーリという湖水地方がある。ポーランドでは有名な夏の保養地で、その中の小さな村が今回紹介するクルティン(Krutyn)だ。ワルシャワからは車で3時間程度だったと思う。よく地図を見ていないと通り過ぎてしまうくらいの小さな村だ。
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 その村には森の中を流れる浅い川があり、そこをカヤックで下っていくのだ。浅く流れも穏やかなのだが、水は澄んでいて底がはっきりと見える。万が一転覆しても安全な深さで、カヤック初心者でも子供でも十分に楽しめる。
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 村には民宿が何軒もあり、そこでカヤック一式をレンタルでき、もちろん日帰りで楽しむことが出来る。午前中に出発し、半日カヤックを楽しんだ後、宿の主人に電話をかけると車で下流に迎えに来てくれるという仕組みになっている。
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 では、二人乗りカヤックでスタート。
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 前半は森の中を進む。灌木をよけながら、自分のペースでのんびりと進む。マイナスイオン満タンだ。
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 鳥のさえずりや牛の鳴き声だけが聞こえてくる。
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 緑の匂いがぷんぷんして、心も体も癒される。
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 かもの親子に出会うこともあるし、
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 時には野生の鹿が出てくることもある。
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 これはポーランドらしい風景で、真ん中の柱の上の籠はコウノトリの巣だ。ちなみにポーランド語でコウノトリのことを「ぼっちゃん」という。日本人にはなじみやすい名前だ。
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 後半は湿地帯の中を進んでいく。これも何とものどかな風景だ。
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 そろそろ終わりが見えてきた。3番目の橋のたもとが目印だ。
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 ワルシャワから日帰りで楽しめるリラックスタイム。ポーランドの自然は本当に素晴らしい。

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第16回 絶景!プレーケストーレン(ノルウェー):リーセフィヨルド

 一旦ポーランドから話題はそれて、このあたりでドクトル・イチオシの絶景をひとつ紹介する。
LOTポーランド航空を利用して出張中のある日、機内誌の表紙に目を奪われた。なんじゃこれは!! それはノルウェーにある、プレーケストーレン(Prekestolen)というフィヨルドに突き出た断崖絶壁の写真であった。
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 色々調べてみると、凄い景色のわりに一般の観光コースには入っておらず、あまり知られていない。この断崖絶壁を見に行くには、スタヴァンゲルという街に最低2泊はしなくてはいけないと言うことがわかった。なかなかアクセスが大変そうだが、何とか行けそうだ。
 ノルウェーのフィヨルドはソグネ、ガイランゲル、リーセなどが有名で、船から、山からなど、それぞれいろんなアプローチの仕方がある。最も有名なのは、山岳鉄道やフェリーを組み合わせてソグネ・フィヨルドを観光するナットシェルと呼ばれるコースであるが、フィヨルドの景色としては残念ながらこれが一番劣るように思う。概してそんなものだ。
 フィヨルドの圧倒的な美しさを味わうのであれば、このプレーケストーレンから眺めるリーセフィヨルドと次回に紹介する雄大なガイランゲルフィヨルドが何とも素晴らしい。特にこのプレーケストーレンはこれだけを見に行っても十分に価値のある絶景だ。
 北欧というと日本からは遠いイメージがあると思うが、実は航路的には一番近いヨーロッパなのだ。FINNAIRやスカンジナビア航空で北欧の主要都市から乗り継ぐことも可能だし、他のヨーロッパ主要都市から直接スタヴァンゲルへ乗り継ぐこともできる。
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 スタヴァンゲルの美しい港。
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 プレーケストーレンは5月から9月頃の限られたシーズンしか観光することはできない。
まずは、スタヴァンゲルの港からフェリーに乗ること30分ほどで対岸のタウの港へ渡る。 
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 そこからローカルバスで40分ほどでその麓まで行く。バスの本数は少なく、人気も少ない。
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 それから2時間半、山道を登らなくてはならない。自分が行ったのは5月初旬の、正式にはまだ山開きをする前で、山道には雪がかなり残っており、途中急な山道もあって、当時8歳の下の娘には結構苛酷な行程であった。
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 まだ氷がはっている。
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 最初は緩やかな登山道を上っていく。徐々に気温が下がり、雪道となる。
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 途中で一休み。ふと後ろを振り返るとフィヨルドの景色が広がる。
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 後半は結構きつい道のりが続く、満足げに下山してくる人達を頼りに、ただただ黙々と上っていく。少し先から歓声が上がった。ゴールは近いらしい。
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 そして登り切った後、こんな絶景が顔を出した。これがフィヨルドというものなんだと改めて認識した。
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 その直ぐそばに、お目当てのプレーケストーレンがあった。
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 フィヨルドに突き出た断崖絶壁で600メートルの高さがあるそうだ。
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 周りに柵など何も無いというのには本当に驚かされる。自分は高所恐怖症なので、なかなか近づくことが出来ないのだが、このプレーケストーレンの上で皆、様々な行動を取る。
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 今にも飛び降りそうな人、
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 なにげに足を投げ出して座る人。
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 腹ばいで下をのぞく人。etc...
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 我が家族も平気で腰を掛けている。自分には絶対出来ない芸当で、DNAの進化を感じる
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 このプレーケストーレンからみたリーセフィヨルドの景色はこの旅で一番の景色であった。
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 最後に勇気を振り絞って、夫婦で一枚。
 そんなこんなで、ここで1時間ほどを過ごして下山する。雪の残る山道の下山は結構大変であった。この様にプレーケストーレンの観光には丸一日を要し、最低でも2泊が必要になる上に、登山が大変と言うこともあり、なかなか一般の観光コースには入ってこない。絶景とは概ねそんなところでしか見ることが出来ないように思う。本当にここだけを見に行っても価値のある景色だと思う。
 次回は船から雄大な景色を眺めるガイランゲルフィヨルドと、何とも可愛いオースレンの街を紹介する。

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第17回 静寂と豪快(ノルウェー):ガイランゲル・フィヨルド

 今回はもう一つの絶景、船から見るガイランゲル・フィヨルドを紹介する。
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 ベルゲンからスカンジナビア半島の沿岸を北上していく沿岸急行船に乗りこんだ。
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 観光船ではなく定期航路を行く地味な船なのだが、その割に船内のラウンジが、大きなガラス張りでパノラマビューになっており、船内から迫力あるフィヨルドの景色を楽しむ事が出来る。
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 フィヨルドの穏やかな海面を、船は静かに進んでいく。何が違うのか調べたわけでは無いが、同じようなクルーズでもこのガイランゲル・フィヨルドはソグネ・フィヨルドとはその迫力が全く違う。
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 残雪の山や滝が遠景から3Dで迫ってくる。雄大な眺めだ。
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 フィヨルドの中を通り過ぎるたびに陽のあたり方が変わるので、海も山も色や様相を変えていく。
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 中から見る景色とは異なり、船外に出ると風が強い。
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 時には写真のように風がぴたりと止む。
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 船が止まっているかのように静かな光景の中、海面に山の影が映り、景色だけがゆっくりと迫ってくる。この景色が一番ダイナミックだ。
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 マッターホルンのような山が見えた。山の裾野に街が見えてきた。
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 下船して今度はバスで移動する。山の上からフィヨルドを望む。
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 海面が光るフィヨルドの景色は特に美しい。
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 バスでオースレンの街へと向かう。途中、何とも素朴な村の教会を通り過ぎた。
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 高台からオースレンの街を見下ろす。フィヨルドの海に浮かぶ小島のような街だ。
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 街には運河がめぐり、その運河沿いにアールヌーヴォー様式の建物が並ぶ。
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 写真は夕方だが、陽のあたり方によって、様々な顔を見せてくれる。
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 見所の多い街では無いのだが、この街の姿そのものが一見の価値がある。山と海と運河とこのおしゃれな建物が調和した、なんだか住んでみたくなる、非常に心の安まる街並みだ。
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 最後に景色とは全然関係の無い話を一つ。ノルウェーに限らず北欧を旅していて気づいた事に、朝食のバターがある。通常、ホテルのビュッフェ型式の朝食では、小さなパックに入ったバターか紙に包まれたバターが置いてあるのが普通だが、北欧ではこれらが無くて、いわゆる家庭でも使うような大きめのパックのバター入れが置いてあり、必要なだけ取っていくと言うスタイルが普通のようだ。少なくとも自分が北欧を2度旅して、全てのホテルがそうであった。これには非常に感心した。これでいいんじゃないのか。なんでわざわざゴミが増える個別包装をする必要があるのだろうか。日頃あまり考えない素朴なことにすごく感心し、そういった独自のエコロジー精神を持っている北欧スピリットに感動した次第である。

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第18回 夏のワルシャワ(ポーランド):バラとショパン

 前回から少し間が開いてしまった。
舞台を一旦ポーランドに戻して、ワルシャワの夏の風景を紹介したい。
東ヨーロッパといえども夏は結構暑い。エアコンが入っていないところも多いので、過ごしにくい時期ではある。ただし湿度は低いので、木陰にはいると非常に気持ちがよい。
 この時期は日が長く、午後9時近くまで日本の夕方のように明るい。平日午後5時に仕事を終えた人が、それからマウンテンバイクを持って余暇を楽しみに行くなんてことも十分に可能なのだ。
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 ワルシャワの四季を追いかけて、写真を撮り続けたワジェンキ公園。夏はいっそう緑が濃くなる。
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 日本大使館近くの入り口から入って一番奥に、ショパン像のある広場がある。この時期は見事に赤いバラが咲き乱れる。よく手入れされていてこれは素晴らしい。
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 ワルシャワ市民の憩いの場となる。こういったところに経済とは違った文化の豊かさを感じる。
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 夏の時期、週末にここで屋外ピアノコンサートが開かれる。もちろん無料で聞くことが出来る。
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 バラに囲まれながら、ショパン像の下で奏でる演奏は、クラシック音痴の私でも何か感じるものがあった。屋外の自由な雰囲気のコンサートではあるが、聴衆のマナーも大したものであった。携帯電話がなるなんて事はなかったし、ごそごそ動き回るような人も少ない。皆、音楽の楽しみ方を解っているという感じであった。ここで演奏できることは演奏される方々にとっても名誉なことなんだと思う。毎年、この演奏者の中に日本人の方が選ばれていることを名誉に思う。
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 次は自分が4年間住んでいた、ワルシャワの南にあるコンスタンチンという郊外の街を紹介する。ワルシャワの中心部から車で30分程なのだが、緑が多く、どことなく空気がキレイな感じのする地域で、以前は保養所やサナトリウムとして有名な場所だったそうだ。子供達の学校がこの地域にあったのでこの場所を選んだのだが、今から思い返しても本当に良いところだった。
 当時はまだマウイ・フィアット(小さなフィアット)と呼ばれる、共産主義時代の車もよく走っていた。どことなくルパン三世の車に似ている。
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 犬の散歩がてらに家の近くを散策すると、すぐにこのような風景に出会う。
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 池にはカモや水鳥が泳いでいる。冬には白鳥がたくさん飛んでくる。
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 公園の中に細かい霧のようなものが舞う奇妙な建物がある。入場料を払って中にはいると。
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 お寺や神社の線香の煙ではない。ミスト状の水が噴き出しており、それがあたりを覆っている。
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 周囲には乾燥させた薬草?のようなものが積まれ、その中を地下水が濾過されるようにしたたり落ちており、それを霧状に噴霧しているのだと思う。マイナスイオン満開で、何か健康になったような気分になれる。
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 この地がサナトリウムとしても有名なことからも、こういったことが健康によい、特に呼吸器の病気に良いと考えられていたのだと思う。

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第19回 いざ カブールへ1(アフガニスタン):戦禍の街1

 ここから何回かにわたって、アフガニスタンの首都、カブールの街並みを紹介する。テロなどのニュースでよく出てくる地名ではあるが、観光で行けるような場所ではないので、実際の街の風景はご存じない方がほとんどであろう。
 2003年3月、ちょうどイラク戦争がはじまった頃、自分は出張でカブールに1ヶ月滞在していた。当時のカブールには、国連など国際機関、NGOなどを通じて100名以上の日本人がアフガニスタン支援のために滞在していた。現地の衛生環境は劣悪で、まともな医療機関などなく、彼らの医療支援を行うことが出張の主な目的であった。
 ご存じの通りアフガニスタンはイスラム教国で、当時はタリバンというイスラム過激派が息を吹き返していた頃でもあったので、街中でパチパチ写真を撮れる状況では到底なく、ほとんどが車内からや隠し撮りに近い撮影なので、お見苦しい写真が多いと思うがご容赦願いたい。
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 いったいどうやって行くの?とよく聞かれるが、当時はドバイとパキスタンのイスラマバードから国連が定期便を飛ばしていた。
自分はワルシャワからフランクフルト経由でドバイに入り、そこから国連機でアフガニスタンの首都カブールへたどり着いた。写真はカブール到着寸前の様子、標高の高そうな山々の中を着陸していった。
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 これが空港?と頭をかしげたくなるような殺風景な空港で、アリアナ航空というアフガニスタンの航空会社の飛行機が駐機していた。もちろん初めて見たマーク。空港ターミナルも老朽化著しく、荷物のターンテーブルが錆び付いていて動かない。荷物の出口に自分から潜り込んで、自分のスーツケースを引っ張り出した。反射的にこういった行動ができる自分に苦笑い、アフリカでのいろんな経験が生きている。
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 高台からカブール市街を見渡した様子。カブールは標高1800mの盆地で、周囲を高い山々に囲まれている。
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 街は緑が少なく茶色の世界。高い建物もほとんどない。街の様子はスーダンのハルツームにどこか似ている。
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 当時のカブールは治安が悪く、個人での移動は禁止されていて、出張期間は合宿生活。職場近くの一軒家を借り切って一部屋ずつ割り当てられ、トイレ、シャワーは共同であった。これが宿舎の窓から外を眺めた様子。
 到着したその夜、時差ぼけで早くから眠っていた私は、突然のバコーン!!という爆音で飛び起きた。部屋の窓がビリビリいうような爆音だ。近くでロケット弾が爆発したらしい。廊下に飛び出ても他の部屋の住人は全く反応をしない、そんなことには皆慣れてしまっているのだ。マジで恐ろしいところに来てしまったと、後悔してももう遅い。いきなりの強烈な洗礼であった。
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 朝の通勤ラッシュの様子。かなり歴史物の日本車が現役で走っていた。
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 職場近くの広場でサッカーを楽しむ人たち。周囲の山々が本当に美しい。
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 出張中の宿舎は合宿生活、食事も皆で協力しての自炊であった。病人が出なければ暇な自分は、いつも買い出し係。このオヤジの八百屋には大変お世話になった。
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 いつもキロ単位でニラやキャベツを買っていた。色とりどりの野菜が整然と並べられてあり、周囲が埃っぽい茶色の世界なので、この八百屋の原色が非常に新鮮であった。
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 街にはおんぼろ車と共にロバに引かれた荷車が走っていた。
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 カブールの女性は皆このブルカという水色の衣装を着ており、外からはどんな人かはわからない。イスラムの世界では、女性は男性を惑わすという考え方のようで、外出するときにはこれを着て身体の線や顔を隠す必要があるというもの。こういった宗教的な意味と女性を誘拐などから守るという意味があるという。目の部分だけ網のようになっていて、外が見れるようになっている。
サウジアラビアのリヤドでも女性はアバヤといわれる黒装束で身を隠していたが、女性にとっては何とも大変だ。
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 このブルカのおかげでアフガニスタン滞在中に職場以外でアフガニスタン女性の顔を見ることはほとんどなかったし、写真を撮ることもできなかった。ブルカを着ていると、年寄りなのか若いのか年齢すらもわからない。
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 ここはチキンストリートという、カブールで唯一の土産物を買える通りだ。買い物好きの私は滞在中によく通った。
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 絨毯や骨董品(これが非常に価値のあるものらしい)、それからアフガニスタン特産のラピスラズリーなどが売られていた。
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 この危険な街に観光客など来るわけもなく、客の多くは治安維持のために駐留しているヨーロッパの軍人たちであった。
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 無造作に絨毯が並べられているが、結構良い物もあるようだ。
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 中に入ると、ひげ面のおじさんが気さくに次から次へと絨毯を広げて見せてくれる。
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 アフガニスタンの人は皆気むずかしそうな顔をしているが、話し好きのいい人が多い。
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 日本でもパワーストーンで有名なラピスラズリーだが、漢字では瑠璃(るり)と書く。高松塚古墳の壁画に使われている青はこの瑠璃なのだそうだ。アフガニスタンに来て瑠璃色の意味がわかった。ちなみにこのラピスラズリーはアフガニスタンとチリが原産国。ペルーに在勤中、チリには仕事でよく行ったが、ラピスラズリーの質、青の濃さではアフガニスタン産に軍配が上がる。青が深く濃く、白い不純物の少ない物が上物なのだ。
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 自分がカブール滞在中に開店したレストランを一つ紹介する。イラン料理レストランでなかなか美味しかった。外国人向けのこういった店も少しずつ増えてきているようであった。
次回はカブールの厳しい現状を紹介する。

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第20回 いざ カブールへ2(アフガニスタン):戦禍の街2

 世界で危険な国は?というと、イラクやアフガニスタンと答える人が多いと思う。どちらの国もイスラム過激派が活動し、連日自爆テロなどのニュースが報道され、治安が悪い国であることには違いないのだが、この2つの国の背景は根本的に異なる。
 イラクは産油国で豊かな国、サダム・フセイン政権が崩壊するまでは繁栄していた国で、現在はテロで混乱はしているが、社会インフラは整った国だ。一方のアフガニスタンは元々貧しい内陸国で、数十年に及ぶ内戦で国土は疲弊している。壊れた上から潰されているといった感じだ。インフラ自体が全くないと言って過言ではない。
 自分もいろんな国を見てきたが、事務所の机上に電話機のない国はアフガニスタンが始めてであった。つまり首都のカブールでさえ公衆電話回線そのものが整備されていないのだ(2003年当時)。手っ取り早く通信網を作るために、先に携帯電話が拡がったのだが、これが本当に使えず、大事なときには繋がらない。カブール市内にある事務所から同じ市内にある病院へ緊急時に連絡するのに、馬鹿高い衛星通信を使用せざるを得ない状況であった。
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 街から少し郊外に出るとこういった風景が普通になってくる。
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 破壊された建物がそのまま放置されている。
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 いつ破壊されたものなのだろうか、
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 廃墟にテントを張って店を出している。
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 恐らくかなり以前に破壊されたものだと思うが、それを建て替え、復旧するというような光景はあまり見ることが出来なかったし、何せそのままなのである。街が破壊された時のまま、時間が止まっているのである。こんな光景ははじめてだ。
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 これは映画館であった建物。以前はこういった娯楽を楽しむこともできたのであろう。
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 ぐっしゃりと壊れてしまっているが、
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 ここも廃墟を利用して自転車屋になっている。何ともたくましい生活力だ。
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  同じように、ボスニア紛争の戦火に見舞われたボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボという街を見た。街のあちこちに戦火の傷跡が残っており、オリンピック会場は墓場となり、建物の壁には銃弾の跡を修復した跡があちこちで見られたが、街は着実に復興していた。それに比べこの街は止まっている。
(サラエボについては改めて紹介する。)
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 少し遠乗りをすると、このような雄大な景色を見ることができる。
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 ところが、あたりには危険な場所が未だにいっぱい残っている。写真の赤い印は"ドクロマーク"。つまり一歩先は地雷原なのだ。
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 使用されなくたった戦車も野ざらしに放置されたままだ。
政情不安と治安の悪さがこの国を国際社会の支援から遠ざけている。

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第21回 いざ カブールへ3(アフガニスタン):何も無い病院

 その国の社会保障の程度を知るには、現地の公的医療機関を見るのが一番だ。ちょうどカブール郊外の公立病院を訪問する機会があったので、その様子を紹介する。建物の外観が写せていないのだが、この地域では中心となるべき病院である。
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 写真は診察室の様子。いすとベッド以外に何もない。
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 これはこの病院のお医者さん達と撮った記念撮影。何か。。。。
忙しそうに働いている様子は無かった。。。
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 これは病院薬局の薬品棚。何も無い。
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 悲しいぐらいに何も無い。これがアフガニスタンの現状だ。
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 これは病室の暖房器具。カブールは内陸の盆地で冬は非常に冷え込む。
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 病室内の様子を撮らせていただいた。結構たくさんの患者さんが入院していた。
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 何かを訴えているようだ。
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 中には我々とよく似たモンゴル系の顔つきの人もいる。恐らくハザラ族の人だろう。
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 廊下で歓談中の患者さん達。
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 小さい子ども達も入院していた。カメラを珍しそうに見ていた。
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 額には何を塗っているのだろう。
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 無表情な人たちが多い病室で、少女達の笑顔に少し救われた。
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 少女達はカメラを向けると恥ずかしそうに微笑んでくれた。
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 国が混乱する中、医薬品だけでなく、医師や看護師などの教育も遅れ,その絶対数が不足している。
 一般に医学の遅れた途上国では、優秀な医師達は欧米で学び、その知識と技術を持ち帰る。アフリカでも、旧宗主国のイギリスやフランスで研鑽したドクター達がたくさんいた。でもこの国にはそういった交流もあまりなさそうだ。
 この病院には薬が無い、検査機器など皆無である。でも患者はたくさんいる。ヒト?モノ?援助をするといっても、どこから手をつけて良いのか途方に暮れてしまう。

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第22回 いざ カブールへ4(アフガニスタン):喧噪のバザール

 どんなに治安が悪い街でも、人々が生活しているところには市場(バザール)がある。また、市場をみれば、人々の暮らしぶりがよくわかる。当時のバザールは、外国人が観光ムードで入っていけるような雰囲気ではなかったのだが、視察がてら車から少しのぞいてみた。
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 イラクには立派な近代的ショッピングセンターがあるのだろうが、ここにはそんなものはない。その代わりに、売り手と買い手の活気と熱気で溢れたバザールがある。
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 ものの善し悪しは別として、ありとあらゆるものが売られている。
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 ケバブ(串焼き)を売る陽気なおじさん。この顔を見ていると、そんなに危険な場所とは思えないのだが。。。
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 女性達はみなブルカを被っている。ブルカの顔の部分はメッシュになっていて外が見えるようになっているのがわかる。確かに街で女性を感じることはない。これが健全なのだろうか?
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 ブルカの下は意外と自由なのだろう。
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 アディダスのロゴの下にナイキのマークが??中国製か?
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 いかにもアフガニスタンという感じのおじさん。
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 食料品、衣料品、日用品と色んなものが売られている。その売られ方がまた面白い。
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 ブルカ姿の女性が井戸端会議のように集まる露店。いったい何を売っているのだろう。
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 女性のブルカ着用など性的に抑圧された雰囲気の中、なぜか女性用の下着は店頭で無造作に売られていた。この辺の対比がおもしろい。
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 もちろん色んな豆や香辛料も売られていた。
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 自分にとって一番不思議であったのがコレ。なぜか背広の上着がこういった形(裏地を表にして、きれいに重ねてある)で陳列されている。何で??表地がホコリで汚れるのを防ぐためなのか?型くずれを防ぐのか?それにしても今まで見たことのない売り方だ。
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 これは肉屋の様子。イスラムの国では主に羊と鶏を食べる。これは羊の肉だ。独特の匂いが周囲に漂う。スーダンでもペルーの地方都市でも同じように売られていた。肉の売り方は世界共通なのであろう。
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 冷蔵のパック売りが当たり前の我々には、なかなかなじめない光景なのだが、ほんの少し前までは世界中で見られた光景なのだろう。

 余談:このバザールには食事に使う皿を買いに行った。大中小とセットになっていて、見た目は立派な箱に入った皿を買ったが、どれ一つとして裏が平らでなく、置くとガタガタしてまともに使えない。交換に行っても皆同じであった。こういった無法地帯の国には、どうも一般には売ることの出来ないような、本来は廃棄されていなくてはいけないような物が、市場に出回っているように思える。
 スーダンでは国連が難民用に援助したイタリア米が、街の商店で売られていたし、世界中で問題になり廃棄されたはずである遺伝子組換えの小麦粉が、市場に出回っているという噂もあった。世界中の危険な物や不要な物が、裏でこういった国々に流れ込んでいるのであろうか。

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第23回 いざ カブールへ5(アフガニスタン):カブールの子供たち

 アフガニスタン編の最終回はカブールの子供たちを紹介する。
世界最貧国の一つで、衛生・医療事情も最低レベルの国で、自分が見た子供たちの顔は意外にも明るかった。
これはあくまでも自分の推測に過ぎないか、数十年続く政治的混乱の中で生まれ育った彼らは、この厳しい状況に慣れてしまっているのかもしれない。
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 道ばたでたばこを売る少年
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 外国人相手に絵はがきやパンフレットを売る少年
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 八百屋で会った少年
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 郊外の村で井戸汲みをしていた子供たち
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 カメラを構えると集まってきた少年たち
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 ゴミを集め運ぶ少年
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 背中にいっぱいになったゴミを運んでいる。
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 バザールですごく愛嬌のあった少年
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 障害者の学校でまじめに授業を受けている子供たち。こういった施設も海外からの支援で運営されている。
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 少女達もショールを被っている。
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 何か頭の良さそうな少年
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 カメラを構えると皆無邪気に寄ってくる。
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 この子達は何か照れくさそう。

 働いている子供たちをみると、恐らく学校に行けていないんだろうなと思う。
どこか明るい表情と澄んだ眼に心が少し救われた。
 早くこの国に安定が戻り、この子たちが皆、学校に行ける未来が来ることを心から願う。

 最後に興味深い絵はがきを紹介する。タリバンに破壊されたバーミアンの仏像で、破壊される前と破壊後。
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 絵はがきのネタにされているのが何とも寂しい。
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第24回 すてきな小国1(リトアニア):ヴィリニュス旧市街

 舞台はまた東ヨーロッパに戻って、自分が大好きな小国リトアニアをこれから数回にわたって紹介する。仕事、プライベートでかれこれ20回近く訪れた。リトアニアはポーランドの右上、バルト海に面したバルト三国の一つで、民主化されるまではソ連に組み込まれていた国だ。歴史上、ポーランドと一つの国になっていたこともあり、隣国ポーランドとの国民感情は複雑だ。
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 リトアニアはラトビア、エストニアとバルト海を面して並んでおり、これら三国をまとめてバルト三国と呼ばれるが、実際には言語も歴史的背景も全く異なり、あまり横のつながりはないように思える。
 言語はリトアニア語で周囲の国々の言語とは語源から全く異なり、世界で300万人しか使用していない特殊な言葉だそうだ。ちなみに「ありがとう」は「アチュ」という。歴史の関係から、多くの人々がロシア語、ポーランド語を話せるのだが、自分たちからはあまり話そうとはしない。英語を話せる人はまだ少なく、自分は露店のおばちゃんとは片言のポーランド語でコミュニケーションを取っていた。
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 ポーランドからは当然、陸路で行くことも出来る。この料金所のようなところが国境だ。
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 リトアニアの首都、ヴィリニュスの朝の風景。旧ソ連の国々は建物などが無味乾燥で殺風景な街が多いのだが、この街はなんか洒落ている。
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 きれいな大聖堂
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 ヴィリニュスの旧市街はこじんまりとしているが、なかなか味のある街並みだ。
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 旧市街のゲディミナス通り、旧ソ連時代は数少ないウインドーショッピングのできる街並みと言われていたそうだ。
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 街のあちこちに路地があり、これが何ともいい雰囲気なのである。
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 こういった古い路地も多い。
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 これは夜明けの門。この中に木製のマリア像が祭られている。
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 地方からも、色んなお願い事にここへやって来るのだそうだ。涙を流しながら祈り続ける老人の姿が印象的であった。
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 この旧市街で自分の一番のお気に入りがこの聖アンナ教会だ。煉瓦造りのゴシック様式の教会で何とも美しい。
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 自分は建築物にはあまり興味はないのだが、この教会だけは別で、いつも写真を撮っていた。いわば魅せられてしまった教会だ。
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 魅せられてしまったのは自分だけではないようで、1812年、ロシアに侵攻したナポレオンがこの教会を見て、「フランスに持ち帰りたい」と語ったと言われているそうだ。
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 夜はライトアップされて、また別の顔を見せる。
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 夜もどことなく整然としているのが、逆に不思議な感じがする。
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 夜の聖アンナ教会ももちろんきれいだ。

リトアニアについて
 リトアニアの国技はバスケットボールで、サッカー好きが多いヨーロッパでは珍しい。確かに背の高い人が多く、アメリカのNBAで活躍している選手も多いと聞く。
 体格は大柄なのだが、この国の人々は非常に繊細で少しシャイ、日本人とどこか通じ合うところがある。
大国主義的な隣国ポーランドと小国リトアニア、その特徴はレストランなどで顕著に見られる。ポーランド人はあまり小さな事は気にしない。おおらかとも言えるし、繊細さに欠けるとも言える。そこそこのレストランでもスープが冷めて出てくることが何度もあったし(これは本当に)、食器がかけているなんて事はよくあった。一方のリトアニアは街中のカフェでさえ、ナイフとフォークの配置に非常に気を遣い、料理の盛りつけも実に繊細であった。大学の学食のマッシュポテトでも、フォークの先で波模様に飾り付けるといった具合だそうで、ホテルの朝の目玉焼きも、盛りつけにひと工夫されて出てきたのには本当に感心した。
 美しい冬の景色はまた改めて。

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第25回 すてきな小国2(リトアニア):トラカイ城とキビナイ

 もしリトアニアに行くことがあったら、必ず行って欲しいところがこのトラカイ城だ。ヴィリニュスから車で30分程度、美しい湖に浮かぶように建つ古城だ。夏は湖でヨットやボートを楽しむことができるし、冬は湖が凍り一面の白い世界。城まで歩いて渡れるようになる。
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 このあたりは森と湖に恵まれた美しい地域だ。実際は湖の島に造られた城なのだが、城があたかも湖に浮かんでいるように見える。
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 城までは橋を渡って行く。
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 このお城、いわゆるヨーロッパのお城とは何か雰囲気が異なる。
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 どこかアジアの匂いがする。
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 歴史上、この地域には色んな民族が一緒に暮らしていた。特に14世紀にクリミア半島から連れてこられたトルコ系のカライム人の影響が色濃く残っている。
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 湖の畔から眺める城の景色が一番好きだ。この周囲には旧ソ連の軍帽やバッチなど、面白い土産物を扱う露店がでる。
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 リトアニアの女性は他の東欧諸国と同様に美しく、こうして見ても絵になる。
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 湖の周辺の家屋もまた特徴があり、これらがカライム人の住居だ、トラカイ城に行くもう一つの大きな目的はこの店に行くことなのだ。トラカイ城の駐車場から歩いてすぐの場所にある。
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 トラカイに行ったら必ずこの店で食べて欲しいのが、「キビナイ」という羊肉のメートパイだ。
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 羊は苦手という方も多いだろうが、恐らく羊肉だと言われなければ気づかないぐらい、全く肉の臭みが無く、ジューシーで本当に美味い。リトアニア自慢のビールと共にあつあつを頬張る。
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 やはりここもヨーロッパ。

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第26回 すてきな小国3(リトアニア):キャンドルハウスとコウノトリ

 リトアニアで、その魅力にどっぷりはまってしまいコレクターになってしまったものがある。陶製のキャンドルハウスだ。中にろうそくを入れて部屋の明かりを消すと、何とも柔らかい光が窓から外に伸びてくる。
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 男の買う物かと笑われそうだが、リトアニアに行く度に買い集め、かれこれ150個ぐらいは買ったかも知れない。クリニックにはその一部を飾っている。
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 このキャンドルハウス、リトアニアに行けば簡単に買えるかというとそうでもない。まずリトアニアの人達が、このキャンドルハウスについてほとんど知らない。元々が輸出用に造られているので、国内では数少ない露店で観光客向けに売られているだけなのだ。逆に日本では「リトアニア キャンドルハウス」と検索してみると、ネット通信販売が結構行われている。
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 こういった、素朴な田舎の民家をモチーフにしたり、
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 ドイツなど西欧諸国の市庁舎や教会などを模った物が多い。
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 なかには、キノコの家などメルヘンチックなものもあるし、
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 前回に紹介した聖アンナ教会を忠実に再現した物まである。
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 街の露店でこんな感じで売られている。
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 この露店は、自分が知る限りヴィリニュスで唯一、聖アンナ教会のキャンドルハウスを売っている露店だ。
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 露店の常連になり、おばちゃんに頼んで自宅兼倉庫に連れて行ってもらった。おばちゃんにしてみれば、数ヶ月に一度現れて、キャンドルハウスをあれこれ買い込んでいく「謎の東洋人バイヤー」とでも思っていたのだろう。片言のポーランド語のみでよくやったものだと自分でも感心する。
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 このキャンドルハウスは全部が手作りで、2つとして同じ物はない。同じデザインでもみな少し異なっているのだ。趣味が興じて、家族でリトアニアに休暇で行った際に、このキャンドルハウスの工房まで足を伸ばすことにした。
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 本当に一つ一つ手作りで、粘土で型を作って、
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 窓や模様をくり抜いていく。
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 形が出来たら、色を付けていく。何とも細かい作業で、リトアニアらしい繊細さを感じた。
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 棚には出来上がった大小様々な作品が置かれていた。写真を送ればどんな建物でもそれをキャンドルハウスにしてくれるという。
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 車での帰り道、日本では見られない珍しい光景をみた。リトアニアとポーランドの国境付近、車が行き交う道路沿いの電柱の上に、なにやら鳥の巣のようなものが。
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 なんとこれはコウノトリの巣。
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 ポーランドでもコウノトリは赤ちゃんを連れてくる幸せの鳥として大切にされている。自然の巣もあれば、人工的に作ったような巣もある。ちなみにポーランドではコウノトリのことを「ボッチャン」という。日本人にはなじみやすい名前だ。
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 これは6月の風景で、ちょうど子育てをしている季節だった。

次回はポーランドの「黄金の秋」。

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第27回 黄金の秋1(ポーランド):秋のワルシャワ

 ポーランドの秋は「黄金の秋」と呼ばれ、一年で一番美しい季節だ。日本の紅葉とは異なり、「黄葉」とでもいうのであろうか、木々が黄色に色づき、晴れた日には金色にかがやく。
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 これはワルシャワのヴィラノフという地域にあるお気に入りの木。何故かこの木には惹かれるモノがあった。
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 天気が悪いとかがやかないので、晴れた日にはカメラを持って出かけていった。
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 大好きなワジェンキ公園も色づいてきた。冬にはこの池も真っ白に凍ってしまうのだ。
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 これから長い冬、モノトーンの世界になる、その前にひとときの艶やかさ。
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 水上宮殿もどこか落ち着いた雰囲気になる。
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 この時期の公園は落ち葉でフカフカの絨毯になる。
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 自分は文学とは無縁な人間だが、こんなベンチに腰を下ろしたら、詩でも思いつくのだろうか。
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 まるで黄葉のアーケード。
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 リスもそろそろ冬支度。

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第28回 黄金の秋2(ポーランド):秋のショパン像

 ワルシャワのワジェンキ公園にあるショパン像。夏はバラで華やかに、冬はモノトーンの荘厳な雰囲気になり、四季折々の姿を見せてくれる。黄金の秋には、ワルシャワでは珍しく紅葉を見せてくれるのだ。
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 ワルシャワの住人といえどもなかなかこの景色にはお目にかかれない。秋のほんのひと時だけ見られるすばらしい景色だ。
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 紅と黄色をバックにショパン像が艶やかに浮かび上がる。
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 自宅のコンパウンド(塀で囲まれた住宅の集合体で入り口にはセキュリティーの門がある)にも秋が来た。
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 これから白黒の世界になる前に、きれいに街を色づけてくれる。
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 自宅近くの池なのだが、この時期はなんか絵になる。
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 ワルシャワの街路も季節感がある。春はポプラの綿毛でいっぱいになり、秋は枯れ葉の山となる。
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 夏場に賑わった屋外のカフェも、半年間のお休み。だんだん日暮れが早くなる。
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 もうすぐハロウィーン。

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第29回 黄金の秋3(ポーランド):秋のグダインスク

 ポーランドとは"平らな土地"という意味だそうで、確かにワルシャワには坂があまりない、山は南の端のスロバキアとの国境にしか無いのだ。ワルシャワはポーランドの真ん中にあり、山も海も無い内陸の都市なのだが、ポーランドの北にはバルト海という海がある。
 今回紹介するグダインスクはポーランドの北の端、バルト海に面した港町である。かつてはドイツ騎士団に占領され、ハンザ同盟の都市として栄えたドイツ色の濃い街だ。二度の世界大戦でもナチスの影響を強く受け、数奇な歴史を歩んだ街だ。今でもドイツ語がよく通じる。
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 何とも歴史を感じる港町だ。
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 どことなくドイツの重厚な街並みを感じる。
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 ポーランドを民主化に導く「連帯」の指導による労働者のストライキが行われたのが、この飛び出た建物の造船所だ。こうした運動が1989年のポーランド民主化につながった。
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 旧市街の街並みも、整然としていて美しい。
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 秋の少し寂しい雰囲気の旧市街もいい感じだと思う。
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 何かドイツの旧市街のようだ。
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 この街の特産品はバルト海でとれる琥珀。琥珀をあしらったアクセサリーやガラス製品がなかなかいけてるのだ。
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 秋には、こういった一筋奥に入った、寂れた雰囲気がよく似合う。
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 グダインスクの隣にソポトという海岸の街がある。夏は海水浴客で賑わうのだが、如何せんバルト海は冷たい海、真夏でも冷たくて泳げない。皆海岸で日光浴を楽しむ。
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 少し暗い雰囲気のバルト海。どこか冬の日本海に通ずる物がある。冬ともなると津軽海峡冬景色が似合う感じだ。

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第30回 クリスマス市1(オーストリア):ヨーロッパのクリスマス

 このブログも2年目に突入した。まだまだ書きたいことがある、見せたい物がある。どうかこれからもおつきあい下さい。
 12月に入りクリスマスシーズンとなった。日本のクリスマスと外国のクリスマスで大きく異なることがある。それは正月とクリスマスの位置づけだ。外国、特にキリスト教国ではクリスマスは家族と過ごす神聖な時間、むしろ地味だ。一方、正月はお祭り。ドンチャン騒ぎでカウントダウン。1月1日は大抵が二日酔いで迎える。2日から仕事という国も多い。全く日本と逆である。
 では、ヨーロッパらしいクリスマスを紹介する。それはクリスマス市、それぞれの街でこういった市が開かれる。日本の夜店、正月準備のアメ横といった具合だろうか。クリスマスの飾り付けや食べ物など色んな露店が軒を連ねる。
 最初はウイーンのクリスマス市から紹介する。
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 ウイーンの象徴、シュテファン寺院も何かより荘厳な雰囲気になる。
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 街の雰囲気も何故かクリスマスらしくなる。
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 街のあちこちが電飾で彩られる。でも何故か上品だ。
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 ここが有名なウイーンのクリスマス市、この時期に是非訪れて欲しい。
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 外から見ると、何かメルヘンチックでおとぎの国の様子。
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 では中に入ってみると。
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 中は地元の買い物客や観光客でいっぱい。ごった返していた。
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 夜店のような雰囲気だ。
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 クリスマスツリーの飾りもいっぱい売っている。
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 日本の露店で門松やしめ縄を売っているような感じだ。
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 大きなクリスマスツリーが雰囲気を盛り上げる。
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 クリスマス市の定番はホットワイン。赤ワインを温めて、中に丁子やシナモンが入っていて、身体が温まる。独特の香りがあるのだが、それがまた癖になる。紙コップではなく、ちゃんとマグカップに入れてくれるところが、ドイツやオーストリア。最初にカップのデポジットを支払い、カップを返すと返金してくれる。

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第31回 クリスマス市2(ポーランド):ヨーロッパのクリスマス

 今回はポーランドの古都クラコフのクリスマス市を紹介する。クラコフはポーランドが王国であった頃の首都で、日本の京都のような存在だ。ワルシャワが世界大戦で廃墟になったのとは対照的に、中世の建造物や街並みがそのまま残っている。特にヤギェウォ大学は14世紀に創立された大学でヨーロッパでも古い伝統を持つ大学の一つだ。またこの街は前ローマ法王のヨハネ・パウロ2世が大司教をされていたことでも有名である。
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 ヨーロッパでも最大級の旧市街広場、中世の雰囲気が漂う。
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 いつも多くの観光客で賑わっている。
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 この時期、この旧市街広場ににクリスマス市が出る。
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 旧市街広場は有名な観光地であると共に、地元の人々の重要な生活の場でもあり、このクリスマス市はポーランドらしく地味ではあるが活気がある。
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 寒い中、皆クリスマス用品を買い込んで帰って行く。暖かいスープなど食べ物の屋台も出ていて、寒空の下で湯気に包まれながら飲むスープはまた格別に美味しい。
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 人工的なツリーが当たり前の我々にとって、本物のクリスマスツリーは何かひと味違う。
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 クリスマスツリーの"木"はこんな風に売られている。"生"のクリスマスツリーが売られているのを見たのはここが初めてだった。
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 買ったツリーはこんな風に持って帰るのだ。
 もうすぐクリスマス。

 追記:ワルシャワもクラコフも内陸の街、また元々あまり魚を食べる習慣はないのだが、クリスマスだけはちょっと違う。スーパーには大型の水槽が置かれ、なんと生きた鯉が売られる。神聖なクリスマスには肉を食べないので、この鯉料理を食べるのだ。なんで鯉なのかは知らない。代表的なクリスマス料理である"鯉の煮こごり"を何度か食べる機会があったが、ちょいと泥臭くて苦手だった。

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第32回 初日の出(イースター島):トンガリキのモアイ

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 新年明けましておめでとうございます。
昨年は色々辛い出来事の多かった1年ですが、今年は明るい年になって欲しいと切に願います。

 さて、新年第1弾は南太平洋の孤島、イースター島の初日の出でスタートしたい。
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 イースター島はチリ領だが、首都のサンチャゴから飛行機で6時間近くかかるとにかく遠い島だ。オランダ人がイースター(復活祭)の日に発見したので、この名前が付いたそうだ。
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 今回の写真は2009年元旦に撮った初日の出だ。
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 この島で日の出のモアイを撮影できる場所はこのトンガリキが一番なのだそうだ。
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 トンガリキのモアイは島内最大で15体のモアイがならんでいる。
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 実は、この島には侵略、災害、部族間の抗争などさまざまな悲しい歴史があり、その結果、ほとんどのモアイ像が倒されてしまった。
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 今でも島内のほとんどのモアイは無惨に倒れている。
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 その倒れたモアイ像の復元に日本の民間企業が大きく貢献した。香川県のタダノというクレーンの会社だ。断崖絶壁のこの島に港はなく、想像以上に大変な作業であったと思う。
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 今では、この15体のモアイは島内観光の一番の見所になっている。イースター島についてはまたの機会に詳しく紹介したい。
 今年も何卒よろしくおつきあい下さい。

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第33回 氷点下30度の世界(ポーランド):スロバキアとの国境

 ポーランドというと寒い国というイメージがあるかも知れない。確かに冬は氷点下が珍しくない。でも今の大阪の冬と比べると、何故かワルシャワにいたときの方が寒さをあまり感じなかった。まず、寒い国は何処に行っても暖かい。家の中では結構薄着で過ごせる。また、寒さの質が少し違う。湿度が低いので体感温度はその数字ほど寒くはない。
 ちなみに、風のあまり吹かないワルシャワでは、0度はあまり寒く感じない。マイナス6度ぐらいで寒いと感じ出す。日本の寒さとは少し違う。でもマイナス15度を下回りだすと、これは凄い寒さとなる。鼻毛が凍る寒さだ。鼻から息を吸うと、パリパリと鼻毛が凍りつくのがわかる。
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 ポーランドは平らな国で、内陸部には山がない。しかし、南の端のチャコやスロバキアの国境に山々がある。中でもスロバキアとの国境にあるタトラ山脈は美しく、ポーランドでスキーが出来る数少ない観光地のザコパネがある。そこから南に少し行くとスロバキアとの国境の街がある。
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 この街にはニェジィツァ城(Niedzica Zamek)という古びたお城がある。湖に面した静かな城だ。
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 この日は氷点下30度、ダイアモンドダストが舞うような世界だ。確かに寒い、もちろん寒い。でも日本のような北風が吹かず、しーんとした静寂の世界。凛とした寒さに極限の美しさを感じる。
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 何気ない川縁の風景だが、晴れた日には凍った木々が本当に綺麗だ。
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 何の変哲もない風景だが、静かで、絵のような風景だ。
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 これが国境、このゲートを超えるとスロバキア、歩いて通過することが出来るが、もちろんパスポートが必要。ゲートの向こうには酒屋が何軒も並んでいる。
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 スロバキアの方が物価が安く、酒が安いので、ポーランドの人はパスポートを持って買い物に行く。買う酒はもちろんウオッカ。ヨーロッパでは結構こんな感覚がある。以前にベルギーを車で旅行していたとき、途中でガソリンが安いからと隣国ルクセンブルグにわざわざ給油をしに行った思い出がある。

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第34回 モノトーンの世界(ポーランド):冬のワジェンキ公園

 他の東欧諸国も同様だろうが、ポーランドは四季の移り変わりが美しい。寒いからと嫌われがちな冬だが、この冬のモノトーンの世界も非常にすばらしい。職場すぐそばのワジェンキ公園、冬にここを訪れる日本人は少ない、でも自分は冬のこの公園がお気に入りだった。晴れた日の昼休みには完全防寒態勢でカメラを持っていそいそ出かけていった。
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 冬のショパン像、第18回(夏)と第28回(秋)と是非見比べて欲しい、これがワルシャワの四季そのものだ。
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 人気の無い白黒のショパン像は何とも荘厳で美しい。
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 水上宮殿の池も真っ白に凍る。
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 何気ない光景だが、ここもヨーロッパであることを感じる。
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 水路もカチカチに凍る。靴跡がついているので、きっと人が歩けるぐらい凍っているのだろう。
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 氷の割れ目にはカモが集まる。ちなみにポーランドの代表的な料理が鴨のフライ。
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 足が凍り付かないのか心配なのだが。。。
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 この冬のワジェンキ公園、散歩する人が結構いる、老夫婦の姿が妙にマッチする。
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 リスは冬も元気に飛び跳ねている。
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 冬の街並み、ワルシャワはあまり雪は降らないが、気温が低いので降った雪が溶けずに溜まっていく。雪は街の汚れた部分をすべて隠してくれる。

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第35回 氷の湖と狼の巣(ポーランド):ミコワイキ

 ポーランドの北東部にはマズーリ地方という美しい湖水地帯がある。夏にはたくさんの人が訪れるいわばリゾート地、湖や川でヨットやカヌーを楽しむ。
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 その中心都市のミコワイキ、夏には賑やかなこの街も冬はひっそりと静まる。
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 この時期にミコワイキに行くというとポーランド人は皆頭をかしげる。冬にここを訪れるポーランド人はあまりいない。では何を目的に行ったのか?理由は簡単、凍った湖を見てみたかったから。
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 湖はすべて真っ白に凍っていた。緑と青の夏とは対照的にモノトーンの世界になる。温水プールやサウナを備えたホテルは、意外にもロシア人やドイツ人の観光客で賑わっていた。物価が安いのでお手頃な冬の観光地なのだろう。
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 氷の上に人が立っている。冬の間、人々はワカサギ釣りや氷上のスポーツを楽しむようだ。
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 氷上ヨットとでも呼ぶのだろうか。
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 こういったすごいマシンまである。
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 このあたりは歴史的にドイツの影響が強い地域、レストランのメニューもポーランド語、ロシア語、ドイツ語で書かれていて、英語はない。この近くに「ヴォルフスシャンツェ(狼の巣)」と呼ばれる、ナチスドイツ、ヒトラーが造った大本営、秘密基地の残骸がある。ちなみに「狼」とはヒトラーのこと。
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 第二次大戦中、ヒトラーお気に入りの大本営だったようだ。トム・クルーズ主演の映画にもなった、ヒトラーの暗殺計画(ワルキューレ作戦)の舞台になった場所だ。
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 森の中にひっそりとその大本営は潜んでいた。
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 ドイツの敗戦が決定的となって、ほとんどの施設が証拠隠滅のために破壊された。今残っているのはコンクリートの残骸ばかり。
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 こんな場所を真冬に訪れる奴はほとんどいないのだろうが、ちゃんとガイドの人がいた。
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 電線や電話線がリアルに残っていて、そこが当時の最先端技術を駆使した秘密基地であったことがうかがえる。
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 冬の寂しさとこの残骸が妙にマッチしていた。

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第36回 美味しく美しい首都(ポルトガル):リスボン

 海外旅行の楽しみと言えば、観光、食事、文化、芸術といったところだろうか。でもその全てをかなえてくれる街はそんなにない。ましてや首都は、どこも地方都市に比べて景色などで見劣りすることが多い。
そこで紹介したいのがポルトガルの首都リスボンだ。この街一つですべての要素を満足させてくれる美しい街だ。
 食事もタコなど魚介類を好んで食べ、味付けもシンプルなところが、日本人にとってはうれしい街だ。
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 高台から見下ろしたリスボンの街。白い壁と茶色の屋根が太陽と海(正確にはテージョ川の河口)の青さに非常にマッチしている。
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 丘の上に造られたこの街は、立体的に海(河口)に繋がる。
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 どこか港町の風情がある。大航海時代、この街から多くの船がインド目指して旅立っていたのだろう。
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 でも立派なEU加盟国の首都なのだ。
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 街並みは他のヨーロッパ諸国とよく似ている。でも何故かあまり気取りがなく、優しさを感じる。それは国民性のせいかも知れない。
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 110年前に造られた「サンタ・ジュスタのエレベーター」。観光名所の一つだ。この街は上から見ると本当に美しい。
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 坂の多いこの街ではケーブルカーと市電が市民の足。
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 いたるところに走っていて、細い道路でもうまく車と共存している。
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 こういった小粋さが街並みと上手くマッチしている。
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 世界遺産の一つジェロニモス修道院
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 インド航路を開拓したバスコ・ダ・ガマが持ち帰った香辛料で得た利益を資金として造られたという。
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 非常に重厚な内部で、一見の価値あり。
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 これも世界遺産のベレンの塔。実際には軍事的要塞で、独特のデザインで城のように見える。
食事も美味しく、見所満載のこの街、是非立ち寄って欲しい。

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第37回 ガラパゴス・クルーズ1(エクアドル):首都キトの街

 さて、舞台を一旦南米に移すことにする。我が家は2006年から2010年の4年間をペルーのリマで暮らした。ペルーへの転勤が決まって、絶対に行きたいところがあった。ガラパゴス諸島、パタゴニア、メキシコのマヤ遺跡、イースター島。。。何でマチュピチュではないのか?実はペルーへ転勤する2年前、そうなることとはつゆ知らず、我が家はポーランドからペルーへ大枚はたいて旅行していた。つまり、ペルーのメジャーどころには転勤前にすでに旅行済みだったのだ。

 これから何回かに渡って、ガラパゴス諸島を巡るクルーズを紹介したい。まずは起点となるエクアドルの首都キトの街からだ。
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 エクアドルとはスペイン語で「赤道」を意味する。赤道直下の街というと暑いイメージだが、キトは標高2850メートルにある。ちょうど富士山の七合目ぐらいにある大都市だ。飛行機からキトの街を見るとその標高の高さがわかる。
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 ボリビアの首都ラパスが標高3600mで世界一標高の高い首都だろうが、キトも結構な高度で、ついた当日は油断すると軽い高山病症状が出る。キトには出張を含め10回ぐらい行ったが、到着初日はとにかく腹が張ってあまり食べられない。また、熟睡ができず何度も目が覚める。ちなみに高地では一般的に美味しくない食べものは?それはパスタなど麺類。沸点が低いのであまり上手くゆでられない。キトの日本人はご飯も圧力釜で炊いている。でもキトの食事は結構美味しい。イタリア料理店でもまともなパスタが出てきた。
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 ホテルの窓から雪を冠した山が見える。
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 標高2850メートルの街から富士山のように見える山。つまりこれらの山は6000mクラスの山なのだ。
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 キトの郊外に赤道記念碑がある。LATITUDとは緯度の意味、つまり緯度が0度。
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 これが赤道。何かイギリスのグリニッジ天文台(経度0度)に何となく雰囲気が似ている。
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 こんな感じでSとN、つまり南半球と北半球の分かれ目なのだ。一度は見てみたいが2度目はないだろう。
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 キトのセントロ(旧市街)は世界遺産に登録されており、坂が多く立体的で街並みが美しい。南米の都市の中でもお気に入りのセントロだ。
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 ここもかつてはインカ帝国の街。どこかクスコに似た雰囲気がある。インカの雰囲気とコロニアルな白が混在する。
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 このセントロはもちろん観光地でもあるのだが、人々の生活の匂いを強く感じる。
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 店先に靴下が売っていたりする。
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 街からはバネージョの丘が見える。
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 青い空にコロニアルの白がよく映える。
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 これが独立広場。
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 カテドラル(大聖堂)や大統領府が立ち並ぶ。この広場は夜景もまた美しい。
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 サン・フランシスコ教会
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 ゴシック様式のバシリカ教会。ここは一見の価値有り。
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 塔の上まで登ることが出来、そこからの見晴らしがすばらしい。
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 こんな感じでセントロを見下ろすことが出来る。
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 中の造りも非常に重厚で、ステンドグラスが素晴らしい。
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 これも見所のラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会。金をふんだんに使った内装は他ではあまり見られない。キンキラキンなのにあまり嫌みが無い。
 次回はキトの夜景と温泉を紹介する。

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第38回 ガラパゴス・クルーズ2(エクアドル):キトの夜景と温泉

 今回はすばらしいキトの夜景を紹介する。キトは盆地のような地形になっているので周辺の高台から見下ろすことが出来る。
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 おすすめの穴場がこのCafe Mosaico、食事をしながらこの夜景を楽しむことができる。ただし、ここへは街からタクシーでしか行くことが出来ない。
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 夕暮れ前にオープンエアの座席に陣取る。徐々に日が暮れて街が光り出す。
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 暗くなればなるほど、街の明かりが浮かび上がってくる。
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 セントロの教会が白くかがやく。
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 手前は闘牛場。
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 近すぎず、遠すぎず、ちょうどいい距離感で夜景を楽しむことが出来る。
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 セントロに行ってみると綺麗にライトアップされていた。
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 独立広場も白が際立って美しい。
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 翌日、キトの郊外にあるパパジャクタ温泉に向かった。街の道路からも6000m級の山を拝むことが出来る。
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 キトから車で約2時間山道を上っていく。
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 山村の一角にその温泉は現れた。
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 なかなか綺麗に整備された温泉施設で驚いた。
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 打たせ湯のような設備まである。
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 一見、リゾートホテルのプールのようだ。
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 温泉というよりは温水プールのようだ。入浴には水着とスイミングキャップの着用が必要。
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 明日はいよいよガラパゴスへ出発だ。

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第39回 ガラパゴス・クルーズ3(エクアドル):エクスプローラー号に乗船

キトの観光を終えて、いよいよガラパゴスへ出発。
ガラパゴス諸島の観光の仕方には大きく二通りある。一つは宿泊施設のある島に滞在して、そこを起点に周囲の島へのツアーに個別に参加する方法と、船に滞在しながら見所の島をまわっていくクルーズという方法だ。後者の方が高くはつくが、快適で効率的に観光が出来る。クルーズ船にも大きな客船から小型ヨットまで色んなタイプがある。
一般的にガラパゴスのクルーズ船は7泊8日でプログラムが組まれており、それを前半の3泊4日、後半の4泊5日で参加することも可能である。我々は4泊5日のコースに参加した。クルーズはオールインクルーシブで、全行程全ての食事と観光、ガイド、船内でのアトラクションやレクチャーまでツアー料金に含まれている。最終下船時にアルコール代とクルーへのチップを支払う以外は財布は不要だ。
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ガラパゴス諸島へはエクアドルの首都キト又は海沿いの都市グアヤキルから空路でアクセスする。キトの空港でチェックインした荷物はそのままクルーズ船まで運ばれる。
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機内から見た、雲から突き出た山。こういった景色はボリビアなど高い山のある地域以外では見られない。
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キトからはグアヤキル経由で2時間ほどでガラパゴスの玄関口バルトラ島のバルトラ空港に着く。素朴な、いわゆる島の空港だ。
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これがパスポートコントロール。固有種の動植物を保護するため、食べものや植物の種などの持ち込みがないか厳しくチェックされる。
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ここがクルーズ船への乗り場。
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なぜか長いすには野生のアシカがのんびり昼寝していた。ガラパゴスに来たんだと実感する。
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ここでライフジャケットを着けて、ゴムボートでクルーズ船に向かう。
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これが今回我々が乗り込むエクスプローラー号(http://www.galapagosexplorer.com)。色々調べた結果この船にした。クルーズ船は結構搖れると聞いたので、できるだけ大型の方が快適かと判断したこと。この船は全室が海側にあり窓があること。また、ガラパゴス諸島の海は寒流で夏でも水温が低いのだが、この船は全員にウエットスーツを用意していることが選んだ理由だ。
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これで一番安いクラスの船室だが、居間と寝室の2室あり結構広い、さらにクローゼットとトイレ・バスが付いている。
これが居間のスペース。
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ダブルタイプの寝室。ベッドメイキングの度にタオルで色んな動物を作ってくれる。中々心憎い演出だ。
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ツインタイプの寝室。中々快適な空間だ。食事は朝昼がビュッフェ、夕食がコース料理で結構美味しい。
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そうこうしているうちに最初に上陸する島、サンタクルス島に近づいてきた。
第一印象は恐竜時代に迷い込んだかのような印象だった。自分の世代で言えば「マグマ大使の島」。
さあ、上陸だ。

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第40回 ガラパゴス・クルーズ4(エクアドル):サンタクルス島

最初の上陸地はサンタクルス島のセロ・ドラゴンと呼ばれる場所。この丘(セロ)には陸イグアナ(ドラゴン)がたくさん生息していることからこの名前がついたとのこと。
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ガラパゴスクルーズで島へ上陸する方法は2通りあり、いずれもゴムボートで岸まで行くが、足が濡れずに上陸できるドライランディングと海に足を浸けて上陸するウエットランディングがある。
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今回はドライランディング。ゴムボートからそのまま島に上陸だ。
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ガラパゴスでは見るもの全てが新鮮で、今まであまり見たことのない世界へ迷い込んでいくようだ。
このサボテンも何か変。
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この池の雰囲気も何か映画のセットの様な、不思議な景色だ。
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この池にはなぜかフラミンゴが出てくる。
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静寂そのものの静かな世界。フラミンゴのゆったりとした動きがこの景色に妙にマッチしている。
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これが陸イグアナ。有名なウミイグアナはこれから嫌になるほど出てくるが、陸イグアナは珍しくあまりお目にかかれない。
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この小鳥はフィンチ。ガラパゴスではそれぞれの島に固有の進化をしたフィンチを見ることが出来る。
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そうこうしているうちに日が暮れてくる。
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沖で停泊している船にゴムボートで帰っていく。
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夕焼け空にエクスプローラー号もいい絵になる。クルーズ1日目はこれで終了。
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船に帰ると、ベッドメーキングと共に、バスタオルで毎日ちがった動物を作ってくれてあるという、心憎い演出。

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第41回 ガラパゴス・クルーズ5(エクアドル):バルトロメ島

2日目の午前はバルトロメ島へ上陸、ここではウミガメやアシカ、ペンギンが泳ぐ海でシュノーケリングを楽しめるという。
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島が見えてきた。
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ゴムボートで島に近づいていく。
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今回はウエット・ランディング。つまり船着き場が無く、浅瀬から海の中をジャバジャバ歩いて上陸する。
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この島には見晴らしのいい展望台がある。
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上まで登っていくと、エクスプローラー号も小さく見える。
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展望台から眺めると、この島はすごく面白い形をしている。海が2つに分かれているように見え、その両サイドに砂浜が広がる。右側には岬の灯台のような岩山がある。
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何とも愛らしいアシカ。ガラパゴス諸島の動物達は、人間が何もしないということを知っているので、近づいても全く動じず、自然の姿を見せてくれる。
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アシカとトカゲのコラボ。
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小さなトカゲにも注目。
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カニも何かちょっと違う。
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あまり見たことのない柄をしている。ブリキのオモチャみたいだ。
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さてさて、ガラパゴスと言えばこの軍艦鳥、英語ではフリゲート(軍艦)・バード。日本語はその直訳だ。
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その特徴は何と言っても翼の形。
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あたかも恐竜の翼のようで、この鳥たちが島の上空を旋回していると、恐竜の島に迷い込んだかのように感じる。まさにガラパゴスの名脇役といったところか。
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ガラパゴス諸島の海は寒流で水温が低く夏でも水が冷たい。ウエットスーツに身を包み、さてシュノーケリングだ。ここではウミガメと泳ぐことが出来る。その間をスーッと通り過ぎていくのが、ペンギンとアシカ。こんな贅沢なシュノーケリングは初めてだ。
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午前のプログラムを終えてゴムボートに乗り込む。
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いったん船に戻って昼食だ。その間に船は移動して次の目的地へ向かう。
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今日のタオルはこんな感じ。

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第42回 ガラパゴス・クルーズ6(エクアドル):サンチャゴ島

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午後からはサンチャゴ島に場所を移して、プエルト・エガスにウエットランディング(水に濡れながら上陸していく)。
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火山の噴火で流れ出した溶岩が急に冷えて固まった海岸。
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自然が作り出したプールや溶岩ブリッジが出来ている。
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ここでは奔放に振る舞う自然のアシカがみられる。子供にお乳をあげている。
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何とも気持ちよさそうにお昼寝中。
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人間を全く意識していない。人間は危害を加えないし、エサもくれない。だから全くシカト。
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口の前にはカニの跡。
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こんな具合に近づいても、全く無反応。でも触るのは御法度。
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ここはまた、ウミイグアナの楽園だ。
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なぜか皆、海をただ見つめて佇んでいる。
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化石のように動かない。
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泣いているようにも見えるし、時々鼻からプシュッと鼻水を飛ばす。
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よくよく見ると、その顔はウルトラマンの怪獣の様にも見える。同じイグアナでもウミイグアナと陸イグアナではだいぶ様相が異なる。
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アシカの赤ちゃんとウミイグアナのコラボ。
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アシカの親子とウミイグアナ。
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これはたぶんオットセイ。アシカとオットセイの違いは難しい。
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ササゴイ
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フィンチ
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これもフィンチの一種。それぞれの島でフィンチは独自の進化をしている。
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この日のタオルはこんな感じでした。

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第43回 ガラパゴス・クルーズ7(エクアドル):フェルナンディナ島・イサベラ島

3日目の朝はフェルナンディナ島のプンタ・エスピノーサにドライランディング。
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クジラの骨がそのまま残っている。
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この島にはウミイグアナがうじゃうじゃといる。イグアナ目線で一枚。
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もう一回アップで。。なんとも不細工な顔なのだが、愛嬌がある。
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この島にはムーミンに出てくるニョロニョロのような、おもしろいサボテンが岩の間に自生していた。
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この鳥もガラパゴスを代表する鳥で、ガラパゴスコバネウという鵜の仲間。ちょうどこの時期は雛がかえって、子育て真っ最中だった。
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この鳥は飛べない鳥で、羽が退化して小さくなってしまっている。
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首を曲げると、確かに鵜の様な感じがする。
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ここではガラパゴスペンギンを保護しており、その生態を見ることが出来る。
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何ともかわいい。
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そして、ガラパゴスの人気者、アオアシカツオドリの登場。
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その名のとおり、足が鮮やかに青い。
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午後からはイサベラ島に移動し、断崖絶壁に生きる鳥たちを観察する。
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見事に切り立った崖。
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ボートで洞窟へ入っていく。
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ふと見ると、ボートの脇をウミガメがのんびり泳いでいく姿を見つけた。
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ボートを意識しているのかいないのか、時々頭を上げながら泳いでいく。
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この日の夕刻は船上でパーティー。乗客から選ばれたキャストでの寸劇などを楽しんだ。
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船上からの綺麗な夕日。
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この日のタオルはこんな感じ。

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第44回 ガラパゴス・クルーズ8(エクアドル):ノースセイモア島

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四日目の朝、朝食を済ませ、いつものようにゴムボートに乗り込む。
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午前の目的地ノースセイモア島へボートで移動する。
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リクイグアナともう一度ご対面。ウミイグアナと違いリクイグアナはあまり見られない。同じイグアナといっても顔も形も全く異なる。
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この島はアオアシカツオドリや軍艦鳥の営巣地を見ることが出来る。まずはアオアシカツオドリ。
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飄々とした表情がおもしろい。
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名前の通り足が青い。
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これがアオアシカツオドリの雛。雛は足が青くない。
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ちょうど産卵時期だったのか、卵を抱く姿も見ることが出来た。
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雛にエサをやっていた。
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こんな感じで観察する。
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こんどはグンカンドリ(軍艦鳥)
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雄は求愛のポーズでのどを赤く膨らませる。
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飛んでいると、本当に恐竜に見える。
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こうしてみると、ディズニーアニメの魔女の傍らにいる鳥のよう。ちょいとヒールなイメージ。
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巣では雄が求愛ポーズを取っていた。
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のどの袋のような物を膨らませている。
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正面から。
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これがグンカンドリの雛、何とも愛嬌がある・
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面白いポーズをとる。
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この日のタオルは親鳥と雛。

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第45回 ガラパゴス・クルーズ9(エクアドル):サンタクルス島

ガラパゴスクルーズもいよいよ終盤になった。4日目の午後は、サンタクルス島へドライランディング。
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上陸用のボートへはこんな感じで乗り込んでいく。クルーズ初日にグループ分けがされていて、いつも同じメンバーで動く、我々のグループ名はコルモラン(ガラパゴスコバネウ:第43回を参照)。
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今回の主役はゾウガメだ。
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亀の顔をまじまじと見たことがないが、これだけ大きいと表情のような物が見える。
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妙に目や鼻の穴がリアルだ。
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草を食べているようすは、結構ワイルド。
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ガラパゴスでゾウガメといえば、ダーウィン研究所のロンサムジョージが有名だが、今回の4泊5日のクルーズには残念ながら訪問機会がなかった。その代わりにこのサンタクルス島のハイランド地区でゾウガメを見ることが出来た。
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こんな距離感で観察する。
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どこかで見た顔だと思ったら、ETにそっくりだ。ETはゾウガメをモチーフにしたのだろうか。ガメラというよりもETだ。
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泥の水場に集まってくるゾウガメたち。
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何匹も集まってくると、なかなか壮観だ。
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そこにフィンチが飛んできた。
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やっぱりETだ。
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ゾウガメの甲羅は白人男性がすっぽりと入れてしまうほど大きい。
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サンタクルス島は人間の生活感のある島。夕暮れの港はいい感じ。
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この日のタオルはなかなかの力作。

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第46回 ガラパゴス・クルーズ10(エクアドル):イグアナ公園(グアヤキル)

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とうとう4泊5日ガラパゴスクルーズの最終日。気持ちの言い朝だ。
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最終日はスケジュールもゆっくりなので、のんびりと朝の海を眺めていられる。そうしていると、色んなタイプのクルーズ船とすれ違う。これは帆船タイプのもの。
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こちらはクルーザータイプのもの。大小さまざまなタイプがある。船のタイプによって色んな楽しみ方があるんだろう。
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最終日の朝はモスケラ島のアシカたちをボートからウオッチング。
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のんびり平和なアシカの島。アシカたちは人間を恐れず、ボートに近づいてくる。
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何とも愛らしい、昼寝姿。
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そしてバルトラ島に上陸し、空港へ。
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イグアナマークの飛行機で、エクアドル最大の都市であり、海沿いの港湾都市グアヤキルへ向かう。(ちなみに首都のキトは人口では2番目)
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グアヤキルもコロニアルな色合いの強い街で、立派なカテドラルがある。
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この街に立ち寄った理由は、このカテドラルの前にある、通称イグアナ公園を見ること。たくさんのイグアナが放し飼い状態で餌付けされている。
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イグアナのエサはキャベツ。
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こうやって、エサを直接与えることも出来る。決して危険な動物ではない。
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公園中,いたるところにイグアナがウジョウジョといる。
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このイグアナたちはガラパゴスで見たイグアナとはだいぶん違う。
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なんとも、より爬虫類ぽい顔をしている。
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木の枝にもイグアナがいて、ベンチに座っていると突然上から落ちてきたりする。何とも微笑ましいガラパゴスクルーズのエンディングだ。

院長のちょいとひとこと:
 「ガラパゴス」という単語は最近ではネガティブな意味合いで使われることが多いと思う。
周りから取り残され、独自に進化していく様子を「ガラパゴス化」と評される。日本の携帯電話などがそのいい例で、高機能なわりに、通信方式を世界標準としなかったために、日本だけでしか使用されず、独自に進化した。
ちなみに、スーダンやポーランドで使用していた携帯は、日本以外の世界中何処へ行っても、ほとんどはそのまま使用することが出来た。
 これだけ情報が氾濫していて、世界の情報がリアルタイムに入ってくる現在であっても、日本はガラパゴスなのだとよく感じる。この10年で世界はかなり変わってきている。例えば身近な例で、日本から一歩外に出ると、韓国車や韓国製の家電がかなり幅をきかせているということを日本人は知っているだろうか。韓国車がほとんど走っておらず、LGやサムソンの家電製品が一般的でない国は恐らく日本だけだ。もちろん日本ブランドの車や家電が高性能であることは世界の常識である、でもその品質にかなり近づき、しかもサービスやデザインで追い越しつつある韓国製品が、日本製よりも格段に安く売られているのが現状で、海外で働く日本のビジネスマンはそういった厳しい現状と日々戦っている。日本の中にいては、なぜかそういった現状を知ることはない。
 こんな政治ではどんどん世界から取り残され、ガラパゴス化が進んでしまうと真剣に危惧している。

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第47回 クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナの旅1:ヨーロッパの穴場

舞台はいったんヨーロッパに戻って。
世界をあちこち旅してきたというと、お勧めは何処ですか?とよく尋ねられる。趣味嗜好によって旅先の善し悪しは変わるのだが、自然の景色好きの自分は、院長イチオシのヨーロッパの穴場、クロアチアをお勧めする。
クロアチアと聞いてピンと来ない人も多いと思う。
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クロアチアは1991年に旧ユーゴスラビアから分離独立した国で、バルカン半島の付け根に位置し、アドリア海に面してイタリアと向かい合う。歴史的には海岸部のダルマチア地方はベネチア共和国の属州であったことからも、ローマ帝国の影響を強く残している。食事もイタリア料理に近く非常に美味しい。
クロアチアは山、美しい海、歴史建造物、美味しい食事と色んな要素を満たしてくれる。今回はクロアチアの行程に加えて、数奇な歴史をたどった、ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボにも足を伸ばし、今もなお深く残るボスニア紛争の傷跡も垣間見た。まずは全体をさっと紹介する。
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まずはクロアチアが誇る世界自然遺産のプリトヴィッツェ国立公園。立体的に滝で繋がる湖とエメラルド色で透き通った湖水が神秘的だ。
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ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボ。サラエボの冬季オリンピック会場は今、大きな墓地となってしまっている。
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ボスニア紛争後に再建されたモスタルのスタリ・モスト(古い橋)は世界遺産に登録されている。
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「アドリア海の真珠」 ドゥブロヴニク。実際は異なるようだが、ジブリアニメ「魔女の宅急便」の舞台の様な街。
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アドリア海に浮かぶ島々のビーチ、これもジブリアニメ「紅の豚」そのもの。熱帯の珊瑚礁の海ではないが、とにかく海がきれいだ。
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クロアチアのビシェヴォ島では、本家カプリ島に勝るとも劣らない「青の洞窟」がある。
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ローマ遺跡のような街スプリト。
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クロアチアの首都ザグレブ。地味だが何か感じのいい街だ。
次回からそれぞれのスポットを詳しく紹介していきたい。

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第48回 クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナの旅2:プリトヴィッツェ国立公園

今回の旅程はクロアチアの首都ザグレブの空港でレンタカーを借り、陸路でプリトヴィッツェ湖群国立公園ーサラエボ(ボスニア・ヘルツェゴビナ)ーモスタル(ボスニア・ヘルツェゴビナ)ードゥブロヴニクースプリト、スプリトから船でアドリア海の島へ渡り、帰りはスプリトから寝台列車でザグレブへ戻る行程だ。
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まずはクロアチアが誇る世界自然遺産のプリトヴィッツェ湖群国立公園をめざす。
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これがプリトヴィッツェ湖群国立公園の案内板。16の湖が立体的に8kmにわたって滝でつながって、美しい景観をつくり出している。
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公園内には所用時間によって何通りもの散策ルートがあり、このような遊歩道を歩いていく。
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森の中の散策は、すごく気持ちがいい。
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この地域の地質が石灰質であるためか、湖水はエメラルド色で、
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何故か異常なまでに透き通っている。
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湖の底の様子まで透けて見える。
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魚もたくさん寄ってくる。
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エメラルド色の水の中に魚の姿が浮かび上げって見える。なんだか不思議な光景だ。
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遊歩道の脇にはこの様なかわいい花々が咲いている。
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緑の中に原色が映える。
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湖と湖はこのように滝で立体的につながる。
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それぞれの滝には名前が付いていて、特徴を表していて面白い。
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何といっても、このプリトヴィッツェ湖群は高いところから見下ろす景色が美しい。
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湖と湖を滝がつなぐ間に遊歩道が通っている。
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これが有名なプリトヴィッツェの景色、立体的に湖がつながる。
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この景色はある場所に行かないとみることが出来ない。散策ルートの中には入っていないルートも多い。インフォメーションセンターの人に写真を見せて、この景色が見える場所をと教えてもらった。これを見なくてはここに来た値打ちがないのだ。
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この美しい景勝地も1991年のクロアチア紛争ではセルビア人に占拠され、一時はユネスコ世界遺産の危機遺産リストに登録されたことがあった。
次回はボスニア紛争の戦場と化したボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボを訪れる。

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第49回 クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナの旅3:戦禍の街サラエボ

次に訪れるのは、クロアチアの隣国ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボ。サラエボと聞いて、どこの国?と考える人が多いと思うが、サラエボ・オリンピックというと覚えている人も多いだろう。1984年に行われ、カタリナ・ヴィット選手らが活躍した冬期大会だ。当時はまだユーゴスラビアであったが、その後に分離独立した。ボスニア紛争では1992年から4年間にわたり敵軍に街が包囲され、多くの犠牲者を出した。これらの写真は2005年8月当時のものである。
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プリトヴィッツェから陸路ボスニア・ヘルツェゴビナ国境へ。クロアチア側に比べシャビーな国境だ。
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職員の事務所もこんな様子。経済格差を感じる。
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山間ののどかな農村地帯を走る。
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道中、所々の店先でこのような光景を見た。豚の丸焼き?と思っていたが、ここはイスラム教徒の多い国、羊の丸焼きだった。間近で見ると結構グロテスク。
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その名も「サラエボ・ビール」、国際コンクールで何度も賞を取ったビールらしい。
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サラエボに向けて走っていく。今回の写真の多くは、カメラを向けづらい被写体が多く、車の窓越しに撮ったものがほとんどなので、写真のできはご容赦いただきたい。あくまでも雰囲気が伝わればと思う。
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何の変哲もない普通の街の光景だが、家の外壁には生々しい銃弾の痕がいっぱいだ。
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今は普通に生活をしていて、生活感がある家だけに、傷跡が生々しく感じる。
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水玉模様のように銃弾の痕が残っている。
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そろそろサラエボ市内に入ってきた。
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今はこのようなモダンな建物も見られるようになった。
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市内中心部にある象徴的な高層ビル。
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銃弾の痕で廃墟のようになったままだ。
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瓦礫のようになったビルもそのまま放置されている。
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このような商業ビルさえ、銃弾の痕がいっぱいだ。
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市の中心部から少し離れた、オリンピック会場を目指す。
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今回サラエボに来た目的はこのオリンピック会場の様子を子供達に見せるためだ。
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五輪のマークが何かもの悲しそうな塔。
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かつてのオリンピック会場は今、ボスニア紛争の多くの犠牲者が眠る、広大な墓地となってしまっている。
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これらは恐らくイスラム教徒のお墓、宗教によってグループ分けされているのだろうか。
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平和の祭典であるオリンピック会場が、戦争の悲しみの場所と化している。何とも皮肉な話だ。
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旧市街にある職人街、バシチャルシァ。色んな土産物屋が並ぶ。オスマントルコの影響を受けた建物が何ともオリエンタルな雰囲気を醸し出す。
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観光客で賑わう観光地になっている。
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ユーゴスラビア時代1970年代にフィアットをライセンス生産した、ユーゴスラビア製の車「YUGO」

次回は平和再建の象徴、世界遺産のモスタルへ。

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第50回 クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナの旅4:平和復興の象徴モスタルの橋

戦禍の街サラエボを後にし、次の目的地、ボスニア・ヘルツェゴビナ初のユネスコ世界遺産、「モスタル旧市街の古い橋の地区」へ向かう。
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モスタルの街はイスラムの香りのする、静かな田舎町といった印象だが、紛争の最前線であったことから、街中のいたるところにその傷跡が残っている。
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建物の壁には無数の銃弾の跡が残っている。
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廃墟となってしまったまま残されている建物がもの悲しい。
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半分だけが修復された集合住宅。まだまだ復興の途中であることを物語っている。
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この道はアドリア海に面したクロアチアの観光地、ドゥブロヴニクやスプリトに繋がっている。ここを左に入ると「スタリ・モスト(古い橋」がある。
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ここが「スタリ・モスト(古い橋」への入り口
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観光客用に周辺の店も綺麗に整備されている。
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みやげ物をのぞくと、きれいな細工物。よく見ると銃弾の薬きょうに細工をした物だ。
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峡谷を流れるネレトヴァ川にイスラム寺院の尖塔が美しい。紛争時、この川を挟んでイスラム教徒とキリスト教徒が対峙していた。
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スタリ・モストはオスマントルコ支配下の重要な建築物の一つであったが、1993年クロアチア側(カトリック勢力)によって破壊されてしまった。紛争終結後2004年に再建され、平和復興の象徴となっている。
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この橋の真ん中から川に飛び込むのが、街の若者の伝統になっている。浅そうに見るのだが。。。
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スタリ・モストはアーチ状の橋で、1088個の地元で切り出された石で出来ている。技術的にかなり高度なものであったらしい。
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次の目的地ドゥブロブニクへ向けて、クロアチア側への国境を越える。
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アドリア海へ出た。何ともきれいな海沿いのハイウエーを走る。
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クロアチアの一大観光地であるドゥブロブニクはいわゆる"飛び地"で国土が途中で途切れている。クロアチア側から、いったんボスニア・ヘルツェゴビナへ入国して再びクロアチアへ入らなくてはいけない。これが2回目の国境。
次回は魔女の宅配便に出てくるような街、ドゥブロブニクから。

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第51回 クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナの旅5:アドリア海の真珠・ドゥブロブニク

今回はクロアチアきっての観光名所、世界遺産「ドゥブロヴニク」を紹介する。この地はクロアチア本土とは陸続きではなく、いわゆる飛び地になっており、陸路からだといったんボスニア・ヘルツェゴビナを通過することになる。観光シーズンにはフランクフルトなどからドゥブロヴニクへ直行便も出ている。
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半島のように海に飛び出た旧市街は、「アドリア海の真珠」と謳われる。
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アドリア海の濃いブルーに赤煉瓦がよく映える。
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この街は、中世に海洋都市として交易で栄えた。
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当時の砲台が今も残っている。
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屋根の色が統一されていて整然と並んでおり、非常にかわいらしい街並みだ。
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この街には今でも普通に人が住んでいて、洗濯物が干してあったり、生活の匂いがする。
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実際には異なるようだが、アニメ「魔女の宅急便」の街並みを思い描いてしまう。おしゃれな港町といった感じだ。
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実際に街の中を歩いてみると、カフェやみやげ物屋などもあり、いい感じである。
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高い壁には、さすがに重厚感がある。
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細い路地にも、非常に趣きあがる。
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旧市街のすぐ隣にはプライベートビーチがある。
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トップレスの女性が多く、目のやり場に困ってしまう。
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こういった街中の海なのに、水は非常に透明感が高く美しい。アドリア海は本当に綺麗な海だ。
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こんな具合に海に浮かびながら、世界遺産を見物することもできる。これは贅沢。
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夕暮れ時を狙って高台に上がった。
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ここから見る旧市街は本当に美しい。
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ホテル・エクセルシオールからの夜景。旧市街がライトアップされて幻想的に浮かび上がる。
ドゥブロブニクでは是非このホテルに泊まって欲しい。レストランからの眺めが、朝も夜も本当に美しい。
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高台からの夜景ももちろん美しい。

次回はアドリア海の島に渡り、クロアチアの「青の洞窟」を紹介する。

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第52回 クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナの旅6:クロアチア版 "青の洞窟"

クロアチアの旅も後半戦、これからは美しいアドリア海の島々を紹介する。
まずは、クロアチア版「青の洞窟(モドゥラ・シュピリャ)」。「青の洞窟」といえば、イタリアのカプリ島が有名だが、クロアチアには本家を凌ぐモノがあるという。
ドゥブロブニクから陸路スプリトまで北上し、そこでレンタカーを返却して、フェリーでVis島(ヴィス)へ渡る。
「青の洞窟」へは何通りかの行き方があるのだが、我々はVis島に宿をとって、そこからのツアーに参加した。
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これがVis島、派手さのない素朴な島だ。
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アドリア海で夏を楽しむヨットがたくさん泊まっている。
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村の海水浴場という感じ。
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でも、水は透き通っていて、すごくきれいだ。
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共産圏の象徴、大衆車の現地生産フィアット。こんな具合に改造されているのが、民主化の証か?
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ボートで「青の洞窟」のあるビシェヴォ島(Biševo)へ到着。
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珊瑚礁の海を彷彿させるぐらいきれいな海だ。
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ここから小型ボートで青の洞窟へ向かう。
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これが、青の洞窟の入り口。
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頭を打ちそうな入り口を入っていく。
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暗闇の中をゆっくりと進んでいくと。
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蒼く輝く光が見えてきた。
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こりゃなんだ!と驚くぐらい美しい。
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幻想的に蒼く光り輝く海。よく下を見ると海が限りなく透き通っている。
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恐らく色んな自然条件が偶然に重なることによってできる、自然の芸術であろう。
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もちろん、好天の日にしか見ることは出来ない。
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中から入り口を見ると。
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自分はイタリアのカプリ島には行ったことはないが、この青の洞窟は見る価値の高い逸品景色。美しい。すばらしい。

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第53回 クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナの旅7:BOLとスプリトの街

クロアチアの観光案内を見ると、写真のような面白い形をした何とも美しいビーチが紹介されていた。
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Brac(ブラチ)島のBOL(ボル)にあるZlatni rat(ズラトニ・ラット)というビーチで、「黄金の角」という意味だそうだ。ヨーロッパで有数の美しいビーチとのことで、早速行ってみた。
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フェリーでBrac島へ渡り、陸路BOLを目指す。何かそれらしい景色が見えてきた。
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海の透明度が高く、熱帯の海を彷彿させる。
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確かにきれいな砂浜が、角のように海にせり出している。
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ビーチそのものは素朴なビーチだ。とにかく海が透き通っている。
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沖の方を見ると、豪華な大型ヨットが何隻も停泊している。聞くところによると、イタリアの有名サッカー選手がお忍びでやって来るらしい。島のレストランに食事に上がって来ることもあるらしい。確かに海の向こうはイタリアだ。
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世界遺産、スプリトの街へ戻ってきた。
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スプリトを中心としたダルマチア地方は、中世にヴェネチア共和国の属州として栄えた地域。イタリアの遺跡を見ているような感じだ。
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ちなみに101匹わんちゃんのダルメシアンの原産地ともいわれる。
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ライトアップされた遺跡はなかなか幻想的。
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その遺跡が今様に使用されているのも面白い。
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港には、外国航路の船が停泊する。
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スプリトから首都のザグレブまで寝台列車で移動する。洗面台まで付いた、なかなか機能的な寝台列車だ。次回は今回の旅の終着点、ザグレブの街。

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第54回 クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナの旅8:終点、ザグレブ

クロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナを巡る旅の終着点、クロアチアの首都ザグレブに着いた。
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街の景色はごく一般的なヨーロッパの都市といった感じだが、ゴミなどがあまり落ちていなくて、こぢんまりとした綺麗な街だ。
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休日の朝であったので人通りも少なかった。
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ザグレブというと、ここのプロサッカーチームに三浦知良選手が一時期所属していたことで、街の名前を知っている人もいるかも知れない。
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上品な黄色が目印の市庁舎、周囲にはたくさん花が植えられていて、ステキな街のシンボルだ。
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大聖堂は改修工事中だった。
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旧市街をぶらぶらと歩いてみる。
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なにやら広場に沢山の人が集まっていた。
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そこは青空青果市場だった。野菜や果物の色が鮮やかだ。
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何ともレトロな秤が街に合っている。

追伸:クロアチアのおみやげにネクタイを買って帰る人が多い。何とクロアチアはネクタイ発祥の地といわれている。17世紀にクロアチア兵(クラバット)が首に巻いていたスカーフが起源と言われている。ネクタイは英語ではnecktieだが、フランス語ではクラヴァット(cravate)スペイン語ではコルバタcorbataで、クロアチア兵の呼び名がネクタイそのものの名前になっている。
「CROATA (http://www.croata.hr)」と言うブランドが有名で、各地に立派な店舗がある。デザインが素敵で、一時期日本でも販売されていたそうだ。

次回からは本格的に南米を紹介していく。

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第55回 南米の高地へ:高山病とその予防について

これから、中南米の美しい景色を紹介していく。特に南米の高地の景色は本当に素晴らしい。ただ、日本人が国内では到底経験できない高さを、徐々に高度を上げていく登山とは違って、いきなり体感することになるので、健康上のトラブルが多いのも確かだ。
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サンペドロ・デ・アタカマ近郊(チリ)標高4000m

自分は高山病の専門家ではない、また登山家でもアスリートでもない。唯一自慢できることといえば、ペルーで過ごした4年の間に、ごく一般的な旅行者として、ペルー、ボリビア、チリの高地を旅行して、家族と共に標高3500から5000mまでの高度を実際に体感したことと、仕事上で現地の医療事情をよく知っている、日本人としては珍しい医者だということだろうか。
またペルーに勤務中の職務として、高山病で重症化した日本人旅行者の救援保護に関わってきた。その経験と知識を元にこれから南米の高地を旅行する方に、高山病とその予防についてまずは書いてみたい。
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マチュピチュ(ペルー)標高2400m

以下の文章は自分が勤務中に大使館ホームページに書いた高山病についての注意書きで、まずは基礎知識として読んで欲しい。

高山病について
 低地から高地に上がった時、その低気圧、低酸素状態に身体が順応できないことが原因で起こる一連の症状を言います。低地から2500mの高地に短時間で移動した成人の約25%に、何らかの高山病症状が認められると言われています。特に低地から飛行機で一気に高地へ上がると症状が出やすくなります。観光地として有名なクスコは3400m、ティティカカ湖は3800mの高地にあり、実際、リマからこれらを訪れた旅行者の多くが、何らかの高山病症状を経験すると思われます。軽度の山酔いから、個人の体質によっては比較的重い高山病を起こします。
 高山病の初期症状は、頭痛、呼吸浅薄感、食欲低下、腹部の膨満感、などで、就寝後も眠りが浅く、頻回に目を覚ます不眠感も典型的な症状です。高山病は重症化すると肺に水が溜まる「高地肺水腫」や脳がむくむ「脳浮腫」となり、すぐに適切な治療を受けると共に、急いで低地へ下がらないと死亡に至ることがあります。
 高山病の発症はその日の体調などによっても左右されるため、無理な日程は禁物です。特に高地に到着した初日は十分な休養を取るようにしましょう。過去に高地で高山病にならなかったことは、今回高山病にならないと言う保証にはなりません。ただし、過去に高山病の経験のある方は、特に注意を要します。また、低酸素状態は心臓や肺に大きな負担をかけるため、心臓疾患や肺疾患のある方は事前に医師に相談されること強くおすすめします。

高山病の予防
1. 高地に到着後、初日は十分な休養をとる。
(余裕のある計画を心がける)。
これがもっとも大事です。"ゆっくり、ゆっくり"を心がける。
2. 空港に着いたら"ゆっくり、ゆっくり"歩き、なるべく階段の使用を避ける。
3. 水分を十分に摂る。
4. 高地では低気圧、低酸素のため消化機能が低下するので、腹8分目に心がける。
炭水化物を多めにとり、脂肪分は控えめにする。
5. アルコールの摂取はできるだけ避ける。睡眠薬の使用も控える。
6. 高山病予防薬について
アセタゾラミダAcetazolamida(製品名ダイアモックス: Diamox)の内服は高山病の予防効果がある他、頭痛や不眠などの高山病の症状を改善させる効果があります。アセタゾラミダは日本では医師の処方箋を必要とする医薬品ですが、ペルーの薬局では処方箋なしでも購入することができます(空港内の薬局でも購入できます)。
薬局では必ず『アセタゾラミダAcetazolamida 250mg』と注文して下さい。
当地では『ダイアモックス』という商品名は一般的ではありません。

予防内服方法は、成人の場合 高地に上がる当日の朝より、
1日2回(朝と寝る前) 125mg (250mg錠ならば半分に割って)内服します。
服用後、手指にしびれ感を感じることがあります。
アセタゾラミダには利尿作用(尿の量を増やす作用)があるので、水分を十分に補給してください。高血圧や心臓病、糖尿病等慢性疾患をお持ちの方は内服前に必ず医師に相談してください。

薬局が勧める『SOROJCHI PILLSソロチピル』は単なる頭痛薬で、高山病の予防薬ではありませんのでご注意下さい。
以上
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雨のマチュピチュ(ペルー)標高2400m

特に、食事を少なめに食べることと、高地に滞在中は食事には特に厳重に注意して、決して冒険をせず、お腹の健康を保つことだ。高地でお腹をこわしてひどい下痢をすると最悪のシナリオになる。高級ホテルと言えども、野菜を含め出来るだけ生のものを避けるのが賢明だろう。
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ウユニ塩湖(ボリビア)標高3700m

また、ダイアモックという名前が
ペルーの薬局では通用せず、『アセタゾラミダAcetazolamida』という名前しか通用しないことも、おぼえていって欲しい。
特に『SOROJCHI PILLSソロチピル』には気をつけて欲しい。現地の人や薬局は「高山病の薬」としてこの薬を必ず勧めてくる。
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では、少しこの『SOROJCHI PILLS:ソローチェピル』に付いて説明する。
決してこの薬を非難するわけではなく、これは単なる頭痛薬であることを知って欲しい。
組成はアスピリン、カフェインなどで、日本の「バファリン」によく似た薬だ。つまりこの薬は鎮痛薬、解熱剤であって、確かに頭痛には効くが、高山病を予防する効果は無いといっていいだろう。
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雨期のウユニ塩湖(ボリビア)標高3700m

この『SOROJCHI PILLS』の飲み方には高地にいる間、8時間毎に服用するように書いてある。
通常の日本人が何日間も1日3回バファリンを飲み続けたらどうなるだろう。
高地ではお腹をこわすことは御法度だ、下痢は高山病を急速に悪化させる。胃腸の弱い人がバファリンを1日3回飲み続けたらどうなるか。。。逆に体調が悪くなるだろう。
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Lago Querococha(ペルー)標高3980m

現地で頭が痛いというと、薬局だけでなく、現地の人々や旅行関係者までも当たり前のようにこの薬を持ってくるので、十分注意して欲しい。当然、単発で飲む頭痛薬としては何の問題もないのだが。。

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ワスカラン国立公園(ペルー)標高4800m

ペルーに勤務中によく受けた質問が、高地に子供を連れて行って大丈夫であろうか?と言う質問だ。その多くが南米の駐在員の家族で、せっかく南米に来たのだから、マチュピチュは是非見てみたい、というものだ。
子供は高山病に弱いとよく書かれているが、実際のところはよくわかっていない。ただ、子供が頭痛や嘔気で水分が摂れなくなったら、その悪化は大人より深刻になるだろう。

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プヤ・ライモンディ(ペルー)標高4000m

子供同伴の可否について、自分なりの一つの基準を持っていた。それは、体調の悪さ(頭が痛い、お腹が痛い)を自分で訴える事のできる年齢かどうかと言うことだ。個人差もあると思うが4〜5歳ぐらいが基準になるのではないかと思っている。
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パストルリ氷河(ペルー)標高5000m

自分は比較的高地には強い方であった。5000mでも何とか観光をこなすことは出来た。ただし、標高2850mにあるキト(エクアドル)への出張時、いつも到着初日はお腹が張って食事が進まず、夜は熟睡できずに何度も目が覚めた。高地から戻ると数日間は強い全身倦怠感が残った。高地では予想以上に体力を消耗する。

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月の谷:アタカマ(チリ)標高2600m

高地にあるホテルや空港には必ず酸素ボンベが用意してある。ホテルで体調が悪いというと酸素ボンベを部屋へ持ってきてくれる。自分は何度も高地へ行ったが、一度だけその酸素ボンベのお世話になりかけたことがある。行きなれたクスコ(3600m)へ友人を連れて行き、調子に乗って、いつになく夕食を腹一杯食べビールを飲んだ。その夜、異常な息苦しさに目を覚まし、もがきながら朝を迎えた。もう少しで酸素ボンベを頼むところだった。
高地では腹7分目が大事であることを、身をもって思い知った次第である。
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月の谷:アタカマ(チリ)標高2600m

唯一の高山病予防薬として認知されているダイアモックスであるが、飲んで調子が悪いという人も少なからずいる。できれば旅行前に数日服用してみて、問題ないかどうかを確認しておいた方がよいだろう。
最後にこれはあくまで私見であるが、高山病の予防に漢方薬の「五苓散」がその薬効から有効であろうと考える。
頭痛や吐き気や下痢の薬にもなるし、ダイアモックスよりも副作用が少なく効果があるのではないかと考えている。
高地へ出発する日の朝から1包(2.5g)を1日3回、高地に滞在中飲んでいればよい。
「五苓散」は小児科でも下痢や吐き気に頻用する薬なので、子供にも安心して使用できる。

次回より、アタカマ(チリ)からウユニ塩湖(ボリビア)への4WDでの旅を紹介したい。

※このブログを見てくれた読者から、高山病予防薬の処方についての問い合わせをクリニックにたくさんいただいている。
当院でも2014年4月1日より高山病予防薬(ダイアモックス)の処方を開始することとした。
詳しくは「高山病予防薬の処方について」をご覧下さい。

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高山病予防薬の処方について

高地を旅行される方への高山病予防薬(ダイアモックス)の処方を開始しました。

保険適応外となりますので、自費診療となります。

高山病予防薬(診察、問診、ダイアモックス5錠:5日分):3,000円

お電話にてお申し込み下さい。(06-6786-1114)

*高血圧、心臓病などの持病をお持ちの方はお薬手帳など、現在服薬中のお薬の記録をお持ち下さい。

院長はペルーで4年間勤務し、クスコやチチカカ湖等で起こる、日本人旅行者の高山病トラブルの救援に関わってきました。
院長自身もアンデスの高地(3500から5000m)の旅行経験は豊富で、高山病の恐ろしさを自らも経験しております。
是非、「高山病とその予防について」をご一読下さい。

第56回 アタカマからウユニ塩湖へ1(チリ・ボリビア):月の世界 サンペドロ・デ・アタカマ

テレビ番組で、ボリビアの高地にある、ウユニ塩湖という四国の半分程もある大きな塩の湖が紹介されていた。その白い世界を車で爆走するというもので、雨期には湖面に水が張って鏡の様になり、空が地面に映ってあたかも天空を走っているような感覚になるそうだ。調べてみると、その行程には何とも美しい赤い湖、緑の湖があるという。是非とも行ってみたくなった。
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今は首都のラパスから、飛行機でウユニへ行く方法もあるようだが、チリ国境に近い赤い湖(Lago Colorada)や緑の湖(Laguna Verde)を見るのであれば、ラパスから3泊4日の4WDツアーが一般的だ。でもこの旅程は辺境慣れしている我が家にもさすがにきつい。4000mを超える高地を7人乗りのランドクルーザーに目一杯乗って走る。ホテルと呼べるような宿泊施設はなく、夜は氷点下にもなる高地で、暖房もない小屋のベッドに寝袋で寝るというもの。さぞかし夜空は綺麗だとは思うが、さすがに子連れには厳しいと判断した。そこで、最短でこれら全て満喫して帰ってこれる行程をプライベートツアーで組んだ。
チリのサンチアゴから入り、国内線でカラマまで北上し、カラマから車で1時間のサンペドロ・デ・アタカマで一泊し観光を兼ねて高地順応。翌日から車とドライバーを借り上げて、アタカマを朝に出発しチリ側を北上し一路ウユニ塩湖へ向かい、ウユニ塩湖の塩のホテルで一泊、翌日ボリビア側を南下し、Lago ColoradaとLaguna Verdeなどの絶景を満喫しながら夜にカラマに到着する。アタカマ発一泊二日、丸36時間の行程だ。今回の行程はボリビアの旅行会社コルケツアーに依頼した(www.colquetours.com)。
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リマから一旦チリの首都サンチアゴまで南下し(空路3時間)、そこからカラマまで北上する(空路1時間)。カラマは鉱山の街、何にもない殺風景な空港だ。
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空港の周囲には荒涼な景色が広がる。ここから陸路で1時間のサンペドロ・デ・アタカマへ向かう。
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サンペドロ・デ・アタカマ(標高2400m)はチリで最も古い街だそうで、有名な観光スポットの一つ。この周辺だけでも絶景を十分満喫できる。
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街の雰囲気はペルーの高地とよく似ている。素朴な街だ。
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世界各国からの観光客でにぎわっている。高地順応を兼ねてここで一泊。明日の朝はウユニ塩湖へ向けて出発だ。
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せっかくアタカマに来たのだから、アタカマの有名な観光スポット「月の谷」へ。
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月の世界は本当にこんな感じなんだろうか。
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この月の谷でNASAが月面や火星探査機の実験を行ったという。
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奥に見える山の標高は6000m。
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影が出来てくると、より宇宙的な景色に見えてくる。
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緑が全くない、乾いた景色が広がる。
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実際に月の谷を歩いてみる。
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浸食で出来た溝は切り立った岩壁になっている。
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砂漠の中を歩いていく。
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地層がむき出しになっている。アメリカのグランドキャニオンに似た景色だ。
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砂山を駆け下りて遊ぶ人達。このアタカマ砂漠は南北に1000kmも続くという。
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この地域には浸食で出来た奇岩がよく見られる。
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次回は様々に色を変える、夕暮れの様子を紹介する。

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第57回 アタカマからウユニ塩湖へ2(チリ・ボリビア):アタカマの夕暮れ

アタカマ一帯は世界で最も乾燥した地域だそうで、日本をはじめ世界各国が天文台を設置している。当然のことながら、星空や夕暮れがきれいだ。
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夕暮れどきになると、ビューポイントにツアー会社の車が集まってくる。
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見晴らしのいいところまで、岩山の尾根を歩いて行く。
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そろそろ日が沈みはじめた。サンセットショーの始まりだ。
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日が沈みだすと、気温は一気に下がってくる。砂漠なので日中と夜の寒暖の差が非常に大きい。
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茶色一色であった景色が赤く染まり出す。
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6000mクラスの山が「赤富士」のように輝き出す。
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茶色から赤茶色に変わり、最後は真っ赤に光り出す。
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サンセットショーのクライマックス。
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下に降りてみると、月の谷に月が出ていた。
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夜はレストランの焚き火にあたりながら一日の疲れを癒やす。
さあ、明日はウユニ塩湖へ向けて出発だ。

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第58回 アタカマからウユニ塩湖へ3(チリ・ボリビア):ウユニ塩湖を目指して

さあ、ウユニ塩湖へ向けて出発だ。今回のルートは第56回の地図でも紹介したように、アタカマからチリ側をずっと北上し、ウユニ塩湖近くの国境でボリビアに入る。帰りは逆にボリビア側を南下し、アタカマ近くの国境からチリに戻ってくる。
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4月29日午前5時、まだ夜明け前の暗闇の中、借り上げた4WDに乗って、アタカマを出発した。
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日が昇ると、何ともすごい景色が広がっていた。
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今回の行程はずっと標高3000m以上で、途中最高5000mの地点を走り抜ける。
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当然の事ながら、この高さは森林が成育する限界を超えていて、見渡す限り樹木というものがない。緑が無い世界だが、日を浴びて茶色と黄色に輝いて美しい。
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近づいてみると、土と岩の世界。
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これが今回借り上げた車、三菱の5人乗りピックアップ4WDだ。おんぼろランクルを想像していたが、きれいな車だった。
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遠くに何やら動物を発見!
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ビクーニャだ。アルパカやリャマの親戚で、ラクダ科の動物。ビクーニャの毛織物は超高級だ。
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アタカマを出発して6時間、ボリビアとの国境に着いた。
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何とも殺風景な景色だが、空の青さが本当にきれいだ。
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ここは国境の駅なのか、たくさんの車両が止まっていた。
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止まっているのか、捨てられているのか、駅なのか、列車の墓場なのか。
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これが国境。向こうはボリビアだ。
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この辺りは、見渡す限りの地面が鉱物資源そのものだ、こういった景色は見たことがない。
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塩湖のように美しくはないが、鉱物で出来た湖だ。
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途中、トイレ休憩に立ち寄った村。このあたりは標高4000mを超えている、空の青さに吸い込まれそうになる。
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素朴で質素な村の様子。
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この民家でトイレを借りた。ソーラーパネルがあって驚いた。
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看板には、「ここ! ビール、ワイン、ラム酒、コーラ。。。」酒場なのか酒屋なのか、これほどの場末は無いだろう。
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村の教会とお墓。
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ここにもビクーニャがいた。
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なんかすごい景色が見えてきた。今までに見たことのない、不思議な感覚をおぼえる。
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とうとう到着、白い海のように広がる景色はウユニ塩湖だ!

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第59回 アタカマからウユニ塩湖へ4(チリ・ボリビア):白い世界・乾期のウユニ塩湖

自分が見てきた色んな景色の中で、「白い世界」という表現が似合うのは、トルコのパムッカレとこのウユニ塩湖だ。
ウユニ塩湖には2つの顔がある。一つは乾期の白く干上がった広大な白い世界、もう一つは真っ白な地面の上に水が張り、鏡となって空を写す雨期の姿だ。自分は雨期の姿が何としても見たかったのだが、雨期は道がぬかるんで、今回のルートからのアプローチは困難になると言う。何としても雨期の姿が見たかった自分は、雨季と乾季の両方の姿が見られる、乾期の始まりに行くことにした。これが大正解だった。
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まずは乾期のウユニ塩湖から。塩の結晶が地表にも模様を作る。
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この広大な白い世界が、四国の半分の面積で広がっている。全く想像できない。
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ただ、ただ、白い大地が広がる。
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白い大地は、白いサーキットにもなる。この大地の上をランクルが猛烈なスピードで爆走する。
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地表にはサッカーボールのような模様が出来ている。
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近づいてみてみると。
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塩の結晶が自然に作り出した模様、何とも不思議な世界だ。
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皆、車を止めて、暫し不思議な空間を楽しむ。
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塩湖の上はほとんど何もない世界なので、大きさや遠近感がわからなくなってしまう。
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こんな写真をみんな楽しんで撮っていた。
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そんなウユニ塩湖で数少ない目標物が、このインカワシ島。
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この島を目標に、皆、ウユニ塩湖を走り抜けてくる。
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ちょっとした、ドライブのサービスエリアのような感じだ。
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この島には面白いサボテンが生えている。ムーミン谷のニョロニョロのようなサボテンだ。
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ウユニツアー定番の4WDランクル。通常は7人乗りで、車の上に荷物とプロパンのボンベを積んでいて、ドライバーや同乗のコックが、料理をしながらツアーを進めていく。
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これが塩湖の上に立つ、塩で出来た「塩のホテル」。
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これはあくまで見物用のホテルと考えた方がよい。恐らく下水もお湯もないだろう。自分たちの泊まる塩のホテル(Luna Salada)が出来るまでは、塩のホテルとして有名であった。
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イスやテーブルも塩で出来ている。
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ホテルの前に各国の国旗がたなびいていた。もちろん日の丸もあった。
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塩の採掘場だ。塩の山がピラミッドのように、整然とならんでいる。
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これがまたいい景色になる。
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自分も採掘してみようかと。。。
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日の当たり具合によって、景色が変わる。
次回は、雨期の塩湖を紹介する。

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第60回 アタカマからウユニ塩湖へ5(チリ・ボリビア):天空を走る・雨期のウユニ塩湖

乾期の白い世界も素晴らしいが、雨期のウユニ塩湖が見たかった。地面に空が映り、空を車で走るような気分になるという、この時期はまだ乾期の始まりで、塩湖の一部に水の張った部分が残っているらしい。早々ドライバーに探してもらった。
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確かに水の張った部分が残っていた。
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地面が鏡のようになる。塩の山もきれいに対称にに映る。
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まさに鏡の上の車。
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塩湖を走りまくって、塩だらけになっている。
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地面が鏡になって空を写す。
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この景色が見たかった。息をのむ幻想的な風景だ。
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確かに、雲の上に立っているような気分になる。
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雨期には塩湖全体がこういう風景になり、この景色の中を4WDで爆走する。まさに雲の上を走る。
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次回は、自分たちが泊まった、塩で出来たホテルを紹介する。

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第61回 アタカマからウユニ塩湖へ6(チリ・ボリビア):「塩のホテル」に泊まる

今回はウユニ塩湖で、話のネタに宿泊した「塩のホテル」を紹介する。
Luna Salada Hotel (http://www.lunasaladahotel.com.bo)、おんぼろホテルしかないこの周辺では、かなり高級な部類に入るホテルだろう。外観を撮るのを忘れてしまったので、上記のホテルHPを参考にして欲しい。
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なんといっても、中のほとんどが塩でできている。
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ロビーの様子。椅子も全て塩でできている。
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床には塩が綺麗に敷き詰められている。
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暖炉の前の共有スペースもみんな塩。
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何か身体にいい感じ。
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これが実際の室内。塩でできたベッドには毛布とふかふかの布団が敷かれていて、朝夜の冷え込むウユニでは信じられないくらい快適に休むことができた。寝台だけのぼろベッドの上に寝袋で寝るのとは大違いだ。
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ちゃんとバスタブもある。なんとこのバスタブにはジャグジーが付いていた。お湯のシャワーが使えるだけでも珍しいこの辺で、何とも贅沢な話だが、さすがに湯量はシャワーを浴びるのが精一杯というところだった。
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レストランのテーブルや椅子も塩でできていたが、ちゃんとクッションがおかれていた。ここでは結構まともなコース料理とワインを楽しむことができた。
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ホテルの軒先にフクロウがいて、夕日に光っていた。
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ホテルから見た夕焼けの様子。
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塩湖が真っ赤に染まっていく。高台から塩湖を見下ろす立地にある、このホテルならではの景色だ。
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翌朝、早起きして日の出を拝んだ。今度は塩湖が青白く浮かんでくる。
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大地が赤く、塩湖が白く輝きだした。

次回はウユニの街から赤い湖、緑の湖を目指す。

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第62回 アタカマからウユニ塩湖へ7(チリ・ボリビア):高地の街

塩のホテルで一泊し、翌朝ウユニ塩湖で少し写真撮影して塩湖を後にした。これからボリビアを南下して、チリ国境近くの天空の湖を見て、夜にはカラマまで戻る12時間の行程だ。
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まずは標高3700mにあるウユニの街へ立ち寄った。小さな素朴な街だが、太陽の光が燦々と降り注いでいる。
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街の市場をのぞいてみた。
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結構色んなものが売られていた。ここでウユニ塩湖の塩をおみやげに買って帰った。
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ウユニの街を出発し、次の目的地、標高4000mにあるサンクリストバル村を目指す。
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何もないオフロードを突っ走っていたら、突然村が現れた。
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スクールバスが止まっている。村の学校か?
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これは村の中心に位置する教会。藁葺き屋根が素朴でいい感じ。
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どうやら学校の下校時間なのか、子供たちが出てきた。
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面白いのが、ここの制服なのか、皆、白衣を着ている。
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どこの国も子供たちの様子はよく似ている。
日本から遠く離れたボリビアの4000mの高地にあるこの小さな村が、日本と深い関係があるということに驚く。この村の近くにはサンクリストバル鉱山という世界屈指の亜鉛と銀の鉱山があり、日本の住友商事が出資している。
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サンクリストバル村を後にして再びオフロードを突き進む。
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緑のない世界だが、土が陽に輝いて、何とも美しい景色だ。
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途中で川渡り、このあたりが標高5000mらしい。ドライバーは何度も何度もこの川を行ったり来たりする。塩湖で付いた車の塩を落とすためだという。
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突然現れた奇岩群。
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皆面白い形をしていて想像をかき立てる。
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次回はシリーズ最終回、天空の湖を紹介する。

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第63回 アタカマからウユニ塩湖へ8(チリ・ボリビア):天空の湖

明けましておめでとうございます。
2013年最初の更新はアタカマからウユニ塩湖シリーズの最終回だ。標高4200mを超える天空の世界に、何とも美しい湖があるという。このシリーズのクライマックスを紹介したい。
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標高4000m以上、樹木の生息出来ない森林限界を超えた世界をひた走る。
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何もない世界だが、つい写真を撮りたくなるぐらい美しい。空に吸い込まれそうになる。
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殺風景な景色の中に突然、赤い湖が見えてきた。これが標高4200mにある天空の湖の一つ、その名もLago Colorada (Red Lake)「赤い湖」だ。
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赤く見えると言うよりも、本当に赤い。その赤さが周囲の景色に何故かマッチしている。
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赤い湖にピンクの鳥が飛んでいる。フラミンゴだ。
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この辺の湖どこにでもいるというのではなく、何故かここにしかいない。
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ここの景色を見ていると、赤い湖の水を飲んでピンクに染まったかのように思える。
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こんな絶景を同時に見ているのは我々だけだというのが、何とも贅沢である。他には誰もいない。
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しばらく走ると、今度は湯気が立ち上る地帯に着いた。
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地面にクレーターのような穴が何カ所もあいていて、そこから湯気がモクモクと上がっている。
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周囲には硫黄の臭いが立ちこめて、いわゆる温泉の匂い。
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恐る恐るのぞいてみると、マグマのようにゴボッゴボッとどろどろの地面からガスが吹き上げている。
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再び、何もない大地をひた走る。
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また湖が見えてきた。
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右端はいわゆる天然露天風呂、観光客がしばし休憩している。この景色の中で露天風呂とは何とも贅沢だ。
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6000m級の山々を横目に、ひた走る。
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鮮やかなエメラルドグリーンが目に飛び込んできた。もう一つの天空の湖Laguna Verde (Green Lake)「緑の湖」だ。
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底抜けに青い空、茶色い山とのコントラストが本当に美しい。
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アンデスの山々を見渡す景色は本当に贅沢だ。
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バスの残骸も何故か絵になってしまう。こんなところをバスが走っていたのか?走れるのか?
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アンデスの山々を見渡しながら、オフロードを突き進む。
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ボリビアとチリの国境、ボリビア側のイミグレーションだ。何とも素朴な小屋なのだが、ちゃんと常駐の職員がいて、パスポートにスタンプを押してもらった。
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夕日で地面が輝きだした。
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もうすぐチリのアタカマだ。
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アタカマ近くの国境からチリに入国し、アタカマ経由でカラマには夜8時に帰着した。我々が今まで体験した旅行で最も苛酷な36時間であったかも知れないが、満足度200%の絶景であった。

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第64回 ペルー編プロローグ(ペルー)

「ドクトル・イトウの地球の果てまで」も3年目。そろそろ、2006年から2010年までの丸4年間を過ごした、ペルーの魅力を紹介していきたい。あまりに思い出が多すぎて、何から紹介したらいいのか迷ってしまうのだが、旅行者とは少し違った視点で、ペルーの美しい風景、面白い風景を紹介できたらと思う。
ペルーというと高地というイメージがあるが、実際には首都のリマは海岸部の低地にあり、クスコやマチュピチュなどはアンデスの高地、その内陸部はアマゾン川が流れる熱帯雨林地域で、一つの国に様々な気候帯がある。それだけに色んな景色や食べ物が楽しめる。
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ペルーといえば、まずマチュピチュが思い浮かぶだろう。この景色は本当に神秘的ですばらしい。これは晴れた日のマチュピチュ。この角度から見ると、バックの山(ワイナピチュ)がインディアンの横顔に見える。真ん中の高い山が鼻で、左の低い山があご。偶然にしては面白い。
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雨のマチュピチュはまた幻想的ですばらしい。何も見えない真っ白な霧の中から、徐々に姿を現してくる様子は「天空の城ラピュタ」の世界。
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これはリャマ、アンデスに成育するラクダの仲間。とぼけた顔が何とも愛らしい。
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インカ帝国の都クスコ、標高3400mにある。富士山の頂上に近い高さにこんな街があるというのは、来てみないとなかなか実感できない。赤煉瓦の街並みが美しい、
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クスコの中心部、朝のアルマス広場。
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夜のライトアップされたアルマス広場(クスコ)。
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ペルーの南の端、ボリビアとの国境にある湖、チチカカ湖(標高3800m)。定期航路が就航する、世界で一番標高の高い湖。
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リマの北400kmにあるワラス。ペルーのスイスと呼ばれていて、ペルー最高峰の山ワスカラン(標高6768m)をはじめ、6000mクラスの山々が連なる美しい地域。写真はケロコチャ湖(Laguna Querococha:標高3980m)
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パストルリ氷河(Nevado Pastoruri:標高5000m〜5400m)を目指して、9合目まではバスで登り、そこから馬で9.5合目まで登って行く。後は氷河までの地獄の登山。
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初めて体感した標高5000m。氷河自体よりも、そんな場所にいる自分に驚いた。空気が薄く、一歩一歩が本当に苦しく、周りが黄色く見えた。
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ワラスの高山地帯に自生するプヤライモンディ(Puya Raymondi )、百年に一度だけ花を咲かすという不思議な植物で、高いものは10mにもなるという。青い空に金色に輝き美しい。これがパイナップルの仲間というのがおもしろい。氷河よりもこの植物の方に感動した。
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ペルー第2の都市、「白い街」アレキパの夜景。
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ペルーのアマゾン地帯、プエルト・マルドナード(Puerto Maldonado)。ジャングルにあるロッジに宿泊して、ジャングルツアーを楽しむ。
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アマゾンの夕暮れ。これも忘れられない美しい景色だ。
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ペルー北部の海岸地帯チクラーヨ。トトラ葦で作られた小船で今も漁が行われている。
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ナスカの地上絵をセスナから見物する。これはハチドリで、一番見つけやすい地上絵の一つ。多くの地上絵は、地面と線のコントラストが薄くてなかなか見つけることができない。
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この装甲車のような車は? リマではよく見かける車で、いわゆる銀行の現金輸送車で、少々の爆発物でもびくともしないらしい。馬鹿げているようだが、武装集団対策で運転席に扉はない。何気ない風景だが、これがペルー、南米の実情。ツアーの団体行動をしているには問題ないが、一歩場所を間違えると危険が待っている。
これからじっくりとペルーの魅力を紹介していきたい。

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第65回 クスコとマチュピチュ1(ペルー):インカの都クスコ1

ペルー観光のメインイベントはもちろんマチュピチュ。自分が色々見てきた絶景の中でも、ベストテンに入るのは間違いない。日本からは、アメリカの都市を経由してまずリマへ入る。これがほぼ丸一日の行程だ。リマは海岸部にある都市で低地にある。このリマから、インカ帝国の都であったクスコへ一気に高度を上げる。
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上から眺めたクスコ市街の様子。赤煉瓦で統一されていて美しい。
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クスコ空港に到着。ターンテーブルの前では「コンドルは飛んでいく」の生演奏をやっていたりして、ペルームードは盛り上がっていく。でもここは標高3,400m、富士山の頂上に近い世界。慌ててスーツケースを運んだりすると、とんでもなく息切れする。高地に身体をならすため、ここから1日の過ごし方が非常に重要。あせらずに、ゆっくりゆっくり動く。詳しくは第55回「南米の高地へ:高山病とその予防について」をご参考いただきたい。
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クスコの中心部、アルマス広場(Plaza de Armas)。ペルーではどの街にもその中心部にはこのような「アルマス広場」と呼ばれる広場がある。「アルマス」とは「武器」という意味。争い事が起こった際に、住人が武器を持って集まった場所だかららしい。
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クスコのアルマス広場は、少し坂を上がって、高台から見下ろした景色が好きだ。写真左が大聖堂、正面がラ・コンパーニャ教会だ、
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ラ・コンパーニャ教会。インカ帝国の時代の建物の土台の上にスペイン人が建てた教会。
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数奇な歴史をたどった都市だが、インカ帝国の文化とスペイン文化が妙にマッチしていて、これが興味深い。
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イースター(復活祭)はキリスト教国では春の大きなイベント。その前の一週間(聖週間)はスペイン語圏ではセマナ・サンタと呼ばれ、日本のゴールデンウイークの様な連休になる。この聖週間にクスコでは、セニョール・デ・ロス・テンブローレス(地震の主:黒いキリスト像)の御輿を担いで行進するお祭りが行われ、アルマス広場が人で埋め尽くされる。
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石畳の路地。何とも趣がある。
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街の綿菓子売り、その数と色のど派手さが節操なく、それがペルーらしくて良い。
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ペルーの高地で当たり前のように飲まれる「コカ茶」。現地のポーターはこのコカの葉をしがみながら山を登る。コカとはもちろんコカインのこと。麻薬の原料になる葉っぱで、間違って土産に持って帰ったら大変なことになるかも知れない。ちなみにコカコーラのコカもこのコカの意味、当初は疲れた軍人の元気を付ける飲み物であったらしい。もちろん、今のコカコーラにコカインは入っていない。

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第66回 クスコとマチュピチュ2(ペルー):インカの都クスコ2

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朝のアルマス広場。朝日に輝いて美しい。
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民族衣装を着たインディオのおばちゃん達もひと休みで井戸端会議。
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クスコの街並みでよく目にするのがこの「インカの石組み」。何でもないようにも見えるのだが、これがインカ帝国の技術力、科学力の結集されたもの。
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インカの石組みは、「カミソリの刃1枚も通さない」と評されるほど、本当に精密で、こんな小さい石まで、きっちりとはめ込まれている。相当高度な石切の技術があったのだろうと想像されるのだが、なんと、インカ帝国には「鉄」というものがなかった。それが、銃や剣をもったたった200名のスペイン人に、いとも簡単に征服されてしまった原因とも考えられるのだが、鉄器なしで、どうやってここまで精巧に石を切ったのか。本当に謎だらけだ。
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その代表作がこのクスコ名物「12角の石」。知らなければ、通り過ぎてしまうような光景なのだが。
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手前から三番目の大きな石。確かに12角に切り出されている。鉄が無かったと知ると、本当にどうやって加工したんだろうと考えてしまう。
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ライトアップされたアルマス広場。
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何とも雰囲気があって美しい。
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教会もきれいにライトアップされる。
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坂の路地もいい雰囲気になる。
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夜の「12角の石」。
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高山病の予防について、「第55回 南米の高地へ:高山病とその予防について」で、高地では下痢は厳禁と書いた。つまり高地では「食の冒険」は御法度。マチュピチュ観光を無事に終わらせたいのであれば、食事と飲み物には十分に注意が必要だ。ただ、この露店のアンティクーチョ(牛の心臓の串焼き)は本当に美味そうだった。日本で言うところの「ハツ」が、大きめに切られ、照り焼きになっている。もちろん、この料理は、リマのちゃんとしたペルー料理のレストランでも味わえる。でもこういった屋台の雰囲気で食べるのがおつというものなのだが。。。食べる勇気は無かった。

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第67回 クスコとマチュピチュ3(ペルー):天空のバザール(市場)

今回はクスコ周辺の観光スポットを紹介する。
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クスコ郊外を流れるウルバンバ川。アマゾン川の源流の一つでもある。このウルバンバ川の流れる渓谷は「聖なる谷」と呼ばれ、インカ帝国の遺跡や村落がたくさん残っている。
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この景色にはリャマがよく似合う。アンデスに生息するラクダ科の動物。アルパカや高級毛織物のビクーニャはその仲間。山々にはしましまの模様がある。よく見てみると。
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これは「アンデネス」と呼ばれる段々畑。平地の少ない山岳部で効率の良い農業を発展させた、インカの技術力だ。
ジャガイモやトウモロコシなどこの地を原産地とする農作物は多い。
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山間の渓谷の街の中心に、何やらテントがたくさん張られた区域がある。これが観光地としても有名な「ピサックの市場」だ。
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所狭しと露店が広がり、地元の人はもちろんのこと、観光客でにぎわっている。
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野菜から民芸品までありとあらゆるものが売られている。
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民族衣装で着飾った娘達。
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八百屋で売られていたトウモロコシ。色んな色と形がある。
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特にこの濃い紫色のものが、「チチャ・モラーダ」というペルーの代表的な紫色のジュースの原料となる。
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ピサックの市場で有名な窯焼きのパン屋さん。
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その軒先に、何故かかわいいモルモットのようなネズミが飼われていた。これはテンジクネズミの一種で、ペルーでは「クイ」という。何と食用なのである。
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これが代表的な「クイの窯焼き:cuy al horno」。ペルーの山岳部ではよく食べられる料理で、クイの丸焼きというか、姿焼きというか、クイを開いてオーブンで焼いてある。顔が付いているので、睨まれたような気になる。自分も当然の事ながら、あまりにグロテスクで最初は食べられなかったが、日本人を含め食べた人が皆結構いけるというので、恐る恐る食べてみた。肉は少ないのだが、ゼラチン質で、味はたしかに結構美味しかった。
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今回の行程で、最も標高の高い3800mにあるチンチェーロという村に立ち寄った。まさに富士山の頂上よりも高い村だ。この坂道の上に毎週日曜日に開かれるバザール(市場)があるという。短い坂なのだが、空気の薄いこの地では結構きつい。
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坂の上には広場が広がり、その向こうには侵略者であるスペイン人が造った教会がある。
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何とも素朴なバザールだった。
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結構きれいな織物が売られていた。
次回からはいよいよマチュピチュを紹介したい。

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第68回 クスコとマチュピチュ4(ペルー):では、マチュピチュへ

いよいよマチュピチュへ出発。まずはクスコからマチュピチュの麓の村アグアス・カリエンタスまで、約3時間の列車の旅だ。
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ペルーの列車といっても、このPERU RAILはあの有名なオリエント急行の会社が運営している観光列車で、運行も比較的きっちりしている。
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少し前まで、このマチュピチュ行きの列車はクスコの市街にあるサン・ペドロ駅から出発し、スイッチバックといって、登ってはバックで下がりを繰り返して高度を上げていく、なかなか風情のある世界でも有数の高原列車であったのだが、如何せんこのスイッチバックは時間がかかるので、観光客を効率よく運ぶために、2009年からはクスコから陸路で30分程高地にあるポロイ駅まで車で移動し、そこから列車に乗り込むという、スイッチバック区間を短縮した行程に変更になっている。
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この列車はなかなかエンターテインメントも充実していて、列車の中に突如クスコの伝統的なお祭りの衣装をまとった人が登場したり。
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いきなり、アルパカセーターのファッションショーと実演販売が行われたりと面白い。もちろんこの登場人物達はれっきとしたこの列車の乗務員達。なかなかの役者魂だ。
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列車はウルバンバ川の渓谷ひた走る。
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前方にはアンデスの山々がそびえ立つ。
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マチュピチュの麓の村アグアス・カリエンタスに到着。この「アグアス・カリエンタス」とは「暑い水」、つまり「温泉」の意味、その名の通り温泉の村だ。何か日本の温泉街のような風情がある。
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何かちょうちんが似合うような、川の流れる、ひなびた田舎の温泉街のたたずまい。
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村の公衆浴場へ行ってみた。もちろん水着着用で温水プールのようなものなのだが、壁にマチュピチュの絵が描いてある。銭湯の富士山と同じ発想なのか?面白い。
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今回一緒に行った日本の料理人M君と「クイの丸焼き(第67回参照)」を食べに行った。彼はこの行程中、ずっとこの「クイの丸焼き」を食べ続けた。一度食べただけの先入観で、その料理の美味いまずいを評価したくないというのが彼の考えで、この店では、実際に調理をさせてもらった。こういった何でもありなところが「ペルー」だ。
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薪で焚いたオーブンでじっくり焼く。結論的に彼が出した評価は「クイの丸焼きは美味い」ということだった。
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翌朝、いよいよマチュピチュへ。
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マチュピチュはアメリカの探検家ハイラム・ビンガムによって1911年に発見されたとされている。
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少し離れて遠景でマチュピチュを見るとこんな感じ。マチュピチュとは「古い峰」という意味。後ろの山はワイナピチュ「若い峰」。
上から見ないと決してその存在に気づかない、マチュピチュが空中都市と呼ばれる意味がわかるだろう。誰が、なんの目的でこんなところに都市を造ったのか?諸説ある様だが、真実はわからない。
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マチュピチュへ続くつづらおりの道、これがアグアス・カリエンタスからマチュピチュへ続く道、発見者にちなんで「ビンガム・ロード」と呼ばれる。アグアス・カリエンタスからバスで約30分の道のりだ。
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山の峰を見てみると、こんなところにまでアンデネス(段々畑)が造られている。これは凄い。
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次回から、マチュピチュを「晴れのマチュピチュ」と「雨のマチュピチュ」に分けて詳しく紹介する。

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第69回 クスコとマチュピチュ5(ペルー):晴れのマチュピチュ1

ペルー観光の大きな目玉は何と言ってもマチュピチュであろう。これを見るためにペルーまで行くと言っても過言ではない。そういった意味で、マチュピチュの観光は是非、現地(アグアス・カリエンタス)で1泊はして欲しい。クスコから日帰りのツアーもあるのだが、それでは混雑しているマチュピチュを見て終わってしまう。特に雨期ではマチュピチュを見れずに終わるという最悪のことも起こりうる。
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アグアス・カリエンタスで1泊すると、到着当日と翌朝の2回マチュピチュを訪れる機会がある。特に翌朝はクスコからの最初の列車が到着するまでの、マチュピチュが空いている時間帯に、朝靄がたちこめる景色をゆっくりと見学することができる。
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前日に一通り見て回っているので、遺跡内の様子もだいたいわかっていて、なおさら効率的に要所を見ることができるからだ。
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もう一つ、マチュピチュにはふたつの顔がある。晴れのマチュピチュと雨のマチュピチュだ。当然、晴れた日にマチュピチュの全景を見ることは必須事項なのだが、この写真のような雨のマチュピチュも幻想的で非常にすばらしい。山の天気なので、一日中雨と言うことは珍しい、午前中が雨でも午後から晴れてくることが多い。ガスで何も見えない世界から、徐々に全貌を現してくる様子は、「天空の城ラピュタ」そのものだ。雨期にはこのふたつのマチュピチュが見られるチャンスがある。
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まずは、晴れのマチュピチュから紹介する。一番高所にある「見張り台」からは全体像か見渡せる。
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雨期のマチュピチュは緑が鮮やかでより美しい。
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遺跡内で保護されているリャマが、アンデスの雰囲気を盛り上げてくれる。
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この角度から見ると、遺跡の後ろの山々が「インディアンの横顔」に見えるのがわかるだろうか?真ん中の山が鼻で、左の山が口元。偶然にしてはよくできている。
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徐々に下りていく。その高さ高さで遺跡の見え方が変わってくる。
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リャマ君をアップで一枚。目元を見ると「ラクダ科」の動物であることがよくわかる。何とも癒し系の動物だ、
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リャマと一緒に遺跡を見ると。何か雰囲気が変わってくる。
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遺跡のあちこちに居るのだが、景色と妙にマッチしている、
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「天空の城ラピュタ」の様に廃墟に緑が茂り、穏やかな空間になっているのがわかるだろうか。
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さらに下りていく。遺跡のダイナミックさが伝わるだろうか。次の写真とは同じ角度から撮ったモノだが、違う時期(4月と9月)に撮ったもので、光の当たり具合と緑の濃さが異なる事で少し違った感じに見える。これは9月末で乾期から雨期へ移り変わる時期。
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これは4月で雨期の終わりの時期。
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太陽の門が見える高さで。これは9月末のもの。
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遺跡の高さまで下りてきた。
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次回は遺跡内部の様子を紹介する。

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第70回 クスコとマチュピチュ6(ペルー):晴れのマチュピチュ2

では、マチュピチュ遺跡内部の様子を紹介していく。
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マチュピチュのアンデネス(段々畑)は近づいてみるとこんな感じで、これがいわゆる「農耕区域」
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アンデネス自体は、観光客の通路になっている。
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この辺が、人々が生活していた「居住区域」。
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アグアス・カリエンタスで一泊して、翌朝、朝一番に遺跡に向かうと、この様な朝霧がたちこめる静寂の中の遺跡を見ることが出来る。
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朝一番は多くの観光客が、この正面の山、ワイナピチュへの登山に向かうので、遺跡の中は人がまばらだ。
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リャマ達ものんびりと過ごしている。
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アンデネスは人の背丈ほどの高さがある。
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遺跡の中はインカの石組みで出来ている。
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遺跡内をリャマは縦横無尽に散歩している。結構大きいので突然現れるとびっくりする。
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外の風景と対比させると、何でこんな山の中に、人工的な都市を造ったのだろうかと考えてしまう。
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下から遺跡を見上げるとこんな感じ。
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こうやってみてみると、ここが奥深い山の中であることがわかる。
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これは山小屋ではなく、都市の家なのだから。

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第71回 クスコとマチュピチュ7(ペルー):雨のマチュピチュ

自分はマチュピチュを2度訪れたが、雨期の始まりと終わりの時期であったので、2度共に初日は雨、2日目が晴れというパターンだった。
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雨の日のマチュピチュは、ガスの中に全てが隠れて何も見えない。山の上から雲を見下ろしている様な感じだ。
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雨がっぱを着て、ガスで覆われた遺跡の中を登っていく。折角やってきたのに、あいにくの天気で皆テンションが低い。
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上から、リャマたちと遺跡を見下ろすとこんな感じ。ガスで何も見えない。日帰りツアーだとこのままで帰らなくてはならない。1泊ツアーだと、ガスが晴れるのをのんびり待つことができる。
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雨がやみ、しばらくすると、ガスの中にうっすらと遺跡の姿が見えてきた。
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ガスが風にのって流れていく。
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ガスの動きで、見えたり隠れたりを繰り返す。
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何とも幻想的な風景だ。
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「晴れのマチュピチュ」は「静」の景色だが、「雨のマチュピチュ」はダイナミックに刻一刻と風景が変わっていく。動きのある景色だ。
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同じ風景を2度と撮ることはできない。
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遺跡の上に腰を下ろし、のんびりとこのパノラマショーを楽しむ。何とも贅沢な時間だ。本当に来て良かったと感じる。
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一度目に来た時は、この「雨のマチュピチュ」を上手く写真に納めることができなかった。
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写真の知識に乏しい自分は、すべてオートフォーカスで撮っていたのだ。ピントが前の水滴やガスに合ってしまうので、肝心の遺跡が皆ピンぼけになってしまっていた。
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今回はリベンジの時、マニュアルフォーカスにして、何とか写真に納めることができた。
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雲の中から徐々に姿を現してくる姿は、「天空の城ラピュタ」そのものだ。
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次回からは、「ペルーのスイス」とも呼ばれる高原の街ワラスから、6000mクラスの山々が連なる、世界自然遺産の「ワスカラン国立公園」と文化遺産「チャビン・デ・ワンタル遺跡」を紹介する

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第72回 ペルーのスイス・ワラス1(ペルー):高原の街ワラス

ペルーといえば、マチュピチュやナスカの地上絵ばかりが有名どころだが、この国は砂漠、高山、熱帯雨林と様々な気候帯があり、それぞれに素晴らしい景色がある。今回はペルーのスイスと呼ばれる、ワラスを紹介する。リマの北420kmに位置し、世界自然遺産のワスカラン国立公園、世界文化遺産のチャビン・デ・ワンタル遺跡観光の起点の街である。リマからはバスで8時間だ。
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今回利用したMOVIL TOUR車のバス。ビジネスクラスのようなリクライニングシートで非常に快適であった。ペルーはバス路線が発達しており、また値段が安い。ただし、悲惨な交通事故や車内での盗難などのトラブルも頻発しており、安いバスは厳禁。必ず「Cruz del Sur」、「MOVIL TOUR」や「Ormeno」などの大手のバスを利用して欲しい
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今回は行きリマからの夜行で朝にワラスに到着。帰りはワラスを昼に出発する便を利用した。
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帰路は、夕日が沈むリマの海岸線を楽しむことが出来た。
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ワラスの街は標高3,052m、周囲の山々は6,000mクラスだ。スイス観光の拠点グリンデルワルトが1,050m、ツェルマットが1,605 m、スイスアルプスの山々が4,000〜4,500mであることから考えても、こちらの標高はかなり高い。
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ワラスは素朴な小さな街、しかし面白いことにイタリア料理やスイス料理の店が多い。こんなペルーの田舎町で本格的なチーズフォンデュが食べられたりする。その理由は、ヨーロッパのアルピニスト達が、ここ山に魅せられて住み着いてしまったからだそうだ。
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今回の宿はワラス近郊にあるモンテレイ温泉へ。田舎道をしばらく行くと。
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今回宿泊した温泉ホテル「Hotel Monterrey」
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ここは温泉プールで有名。鉄分を多く含んでいるため、泥水の様な色で見た目は悪いが立派な温泉。当然の事ながら水着を着けての利用となる。
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この温泉プールの横には個室温泉が併設されていて、
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大小様々な個室の温泉があり、家族単位で利用が出来る。

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第73回 ペルーのスイス・ワラス2(ペルー):百年に一度咲く花「プヤ・ライモンディ」

これから、世界自然遺産のワスカラン国立公園にある、パストルリ氷河へ向かう一日ツアーのはじまり。
ワラスのツアーバスターミナルからオンボロミニバスで出発する。
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サングラスを売る少女。確かに日差しが強い。
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行き帰りに必ず立ち寄るドライブイン。ここのチキンスープ(caldo de gallina:カルド・デ・ガジーナ)は絶品、高地で食欲のない胃に染み渡る美味しさだった。 
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峠の山の上にマリア像。このあたりは標高4000Mを超えている。
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ガードレールも何もない山道をオンボロバスでぶっ飛ばす。一歩間違えば谷の底。実際にそういう事故がたびたび起こっているのも事実なのが、ペルーだ。
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森林限界を超えているので、木というモノがない世界。
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雪を冠した山が見えてきた。このワスカラン国立公園は6000mクラスの山々が連なる、世界で最も高い国立公園だそうだ。広さは四国の半分とスケールがでかい。
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何もない秘境の公衆トイレ。
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リャマも営業中。
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何やら細長い、サボテンのような植物が見えてきた。
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これはプヤ・ライモンディというこのあたりに自生する非常に珍しい植物。
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サボテンのようだが、何とパイナップルの仲間。10m以上に育つ。
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100年以上生き続けて、100年に一度花を咲かせるという、何とも神秘的な植物。高地の強い光を浴びて、金色に輝く様に見える。自分は、これから向かう氷河より、この植物の光り輝く様子が非常に印象に残った。日本の大学もこの植物を研究されているという。
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池のように見えたが、湧き水だ。
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目的地が見えてきた。
次回は標高5000mにあるパストルリ氷河へ。

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第74回 ペルーのスイス・ワラス3(ペルー):標高5,000mのパストルリ氷河へ

おんぼろバスはガタガタ山道を爆走していく。景色があまりに雄大で、スピードを感じない。
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雪を冠した山が見えてきた。6,000m級の山だ。
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これから向かうパストルリ氷河は、その裾が標高5,000m。自分たちには想像を絶する高さなのだが、気軽な装備で行けてしまうところが、何ともペルーなのだ。防寒さえできていれば、特別な山の装備は要らない。靴もトレッキングシューズで十分だ。でも空気は非常に薄く、気軽に行ける非常に苛酷な場所なのだ。
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ここはツアーバスの駐車場、ちょうど9合目あたりになる。向こうには目的地の氷河が見えている。
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この9合目から9.5合目までは馬で登っていく。
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雄大な景色を見ながら、馬に揺られていく。
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こういった景色はスイスの景色そのものだ。でも、優雅な登山はここまで。
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道しるべには「行くのは困難だ、でも、不可能ではない」と書かれている。この9.5合目からは、自力で登って行かなくてはいけない。
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そんなに長い道のりでもないのだが、これがとてつもなくしんどい。酸欠で目の前の景色が黄色く見えるようになった。そんな我々に付き添うように、おじさん達がニコニコついてくる。ギブアップした登山客を背負って登るポーター達だ。
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そんなオッサンの世話にはなるわけにはいかんと、何とかたどり着いた。これがパストルリ氷河だ。
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氷の柱が見えるだろうか。
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ベースが5,000mで頂上が5,400m。でも、当時9歳のうちの娘でも来れてしまうのだ。マッターホルンが4,478m。ヨーロッパ最高峰のモンブランが標高4,810mなわけであるから、この高さは尋常ではない。
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帰路は雄大な景色を満喫しながら、馬の背に揺られて下っていく。
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写真では伝わりにくいのだが、とんでもなく豪快な景色だ。
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高地独特の景色を見ながら、ワラスの街へ帰っていく。

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第75回 ペルーのスイス・ワラス4(ペルー):チャビン・デ・ワンタル遺跡

今回は、ワラスからのもう一つの観光スポット、世界文化遺産にも登録されている、チャビン・デ・ワンタル遺跡へ向かう。この遺跡は、標高3200mにある神殿遺跡で、紀元前1500年から300年頃に栄えた古代アンデス文明のチャビン文化の遺跡だ。
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遺跡に向かう途中で立ち寄った、ケロコチャ湖(Lag. Querococha)、なんと標高3980mと富士山よりも高い。
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標高4000mから望む山々は、もちろん5000〜6000mクラスの山々。湖の水は澄んでいて、幻想的な雰囲気だ。
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おんぼろバスに揺られて、チャビンの村に到着した。
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アンデスの田舎そのものという素朴な風景。
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これは、村の薬屋さん。どこにでもある、よろずやといった感じだ。
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遺跡にはいると、博物館のようになっており、数々の出土品が展示されてあり、これが結構興味深い。これは動物を模ったレリーフ。
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これは「カベッサ・クラバ」、直訳すると「頭の釘」。この遺跡の代表的な出土品だ。
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これは遺跡のミニチュアモデル。左上の壁を見てみると。
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この「カベッサ・クラバ」が壁に突き刺してある。
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実際にはこんな感じだ。
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ここは遺跡の広場。
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このあたりは何か生活感を感じる。
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このチャビン・デ・ワンタル遺跡は地下回廊があることで有名で、地下に「ランソン」と呼ばれる巨大な石塔の主神体がある(高さ約4.5m)。このあたりから地下に入っていく。
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こんな感じで地下に回廊が張り巡らされている。1996年の在ペルー日本国大使公邸がテロリストに占拠された事件で、当時のフジモリ大統領が、地下道を掘って武力突入した作戦名を「チャビンデワンタル作戦」としたことでも有名だ。
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この向こうに「ランソン」がある。
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遺跡周辺の風景。のんびりとロバが橋を渡っている。
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橋の袂では、村のお母さん達が、洗濯をしていた。

次回からはがらりと変わって、ペルーのアマゾン・ジャングルを紹介する。

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第76回 アマゾンのジャングルへ1(ペルー):プエルト・マルドナード

ペルーというと「高地」というイメージが強いが、実際には3つの気候帯がある。首都のリマがある海岸部は砂漠地帯、アンデスの高山地帯、そしてアマゾンの熱帯雨林と、一つの国土に様々な気候帯が存在する。
今回は、アマゾンの熱帯雨林ジャングルを紹介する。アマゾン川は世界最大の流域面積を持つ川で、多くの支流があり、北はコロンビア、エクアドルからペルー、ボリビア、ブラジルを流れる。
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飛行機の窓から、雪を被ったアンデスの山々を眺めていたら。
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景色が一転して、眼下に緑のジャングルが広がってきた。
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蛇行しながら流れているのが、アマゾン川だ。
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流れは緩やかで、独特の色をしている。
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アマゾン・エコツアーの玄関口、プエルト・マルドナードに到着した。高山地帯にあるインカ帝国の都クスコから、空路30分程度で、熱帯雨林ジャングルに来てしまう。何とも不思議な感覚だ。
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車にエアコンなど求めてはいけないこの地域では、風を切って走る、このモトタクシーが住民の足だ、
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HONDAのマークが何とも怪しい。
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ファンキーにペイントされたボンネットバスも、現役で活躍している。
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村の桟橋から、小型ボートに乗って、ジャングルの中にあるロッジへ向かう。
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ボートから眺める空の景色が、高地とは全く違う。乾いた青ではなく、夏の青だ。
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今回宿泊したフランス人が経営しているロッジ「Lodge Corto Maltes Amazonia」。寝室には蚊帳が張られている。
室内はなかなか快適だ。
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部屋のバルコニーにあるハンモックで昼寝。
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何気にオウムがやって来る。
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シロムネオオハシにも気軽に出会える。
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ロッジ内にいるシロムネオオハシは人懐っこい。
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もちろんタランチュラもいる。
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そうこうしているうちに日が暮れてきた。
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アマゾンの夕暮れはすごく絵になる。
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夜中のボートサファリ。きらりと光った眼は小型ワニのカイマンだ。

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第77回 アマゾンのジャングルへ2(ペルー):プエルト・マルドナード

アマゾン・エコツアーの2日目。早朝から歩いてジャングルの中に入っていく。
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エコーツアーには、必ず専属のガイドがついて、ジャングルの動植物の生態系について解説をしてくれる。
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今回は乾期に訪れた。雨期は緑が鮮やかでより美しいが、地面がぬかるんで大変らしい。
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朝の目的は、インコの見物。もの凄い数のインコが土の壁に集まり、土をかじっている。
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土に含まれている塩分を摂るためで、土のミネラルはジャングルの貴重な塩分源なのだ。一斉に飛び立っては集まりを繰り返し、中々のエンターテインメントだ。
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ロッジに戻って、今度は船でアマゾンを進み、ジャングルに入っていく。
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鳥や獣の鳴き声があちこちから聞こえる中、船は静かに奥に入っていく。
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あまり見たことのない果実を発見。
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これはスターフルーツだ。輪切りにすると星の形をしている。
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このジャングルには、色んな種類の猿が生息している。
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アマゾンの支流を進んでいく。
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途中、何やら作業をしている人達を発見。近づいてみると。
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これは川の泥から砂金を採る作業らしい。
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泥をくみ上げて、ビニールシートでふるいにかけるといった、きわめて原始的な方法で砂金を集めている。
砂金集めはこの地域の大事な産業なのだ。
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漁をしている人を発見。
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網には大きな魚がかかっていた。見せてもらったお礼にガイドさんが、手巻きたばこを1本プレゼントしていた。

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第78回 アマゾンのジャングルへ3(ペルー):プエルト・マルドナード

アマゾンのエコ・ツアー2日目。
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ジャングル内の支流での魚釣り、なんとピラニア釣りだ。道具はいたって簡単、枝の棒っ切れに釣り糸と針。エサは牛肉の切れ端。
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こんなモノで釣れるのかと半信半疑であったが、まずは下の娘が難なく1匹目をゲット。
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上の娘も2匹目をゲット。
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本日の釣果はこの2匹のみ、後はみんなボウズであった。
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釣った魚は夕食の席に調理されて出てきた。食べてみると、淡泊な白身で美味であった。
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エコ・ツアーも終わり、再び船でプエルト・マルドナードの街を目指す。
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バナナを満載したモトタクシー。ジャングルの街らしい光景だ。
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その街を知りたければ市場に行けと言う。確かに自分もそう思う。ということで、プエルト・マルドナードの市場をのぞいてみた。
南国らしく、色鮮やかな野菜や果物がならんでいる。左下の茶色いモノはタロイモ。
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米は主食で食べられていて、色んな種類の米が売られていた。
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ここは、香辛料屋さん。左下の白に赤字の袋は、味の素。アマゾンのジャングルにも"だし"文化が定着していた。そういえば、アンデスの高地、ボリビアのウユニの市場(第62回)にも味の素が売られていた。ちなみに"AJINOMOTO"はブラジルやペルーに大工場を持っていて、サトウキビを原料に味の素を製造している。
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豚肉や豚の顔、アマゾンで捕れた魚が売られていた。
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鶏肉やさん。何ともグロテスク。
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野菜は何か巨大だった。
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市場のタクシー乗り場。

次回からは、南米大陸の南の果て、最も南極に近い"パタゴニア"を紹介していきたい。

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第79回 南の果て、パタゴニア1(アルゼンチン・チリ):プロローグ

自分が行った旅先で、日本から最も遠い場所、南の果て、パタゴニア。今回からはこのパタゴニアをシリーズで紹介したい。
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こうやって地図で見てみると、南米大陸はアフリカ大陸よりも、かなり南にまで位置しているのがわかる。その南米大陸の、アルゼンチンとチリにまたがった南の端の地域は、「パタゴニア」と呼ばれている。大陸でもっとも南極に近い場所なのだ。
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パタゴニア地域を拡大してみると、その右側にある島が、あのフォークランド諸島。1982年にイギリスとアルゼンチンが領有権を争った「フォークランド紛争」の舞台だ。イギリスはこんなところにまで領土を持っていたんだと改めて感心する。

今回の行程は、ペルーのリマから空路アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに入り、市内観光。ブエノスアイレスから空路3時間半南下してエル・カラファテへ、カラファテではペリト・モレノ氷河、ウプサラ氷河を見学。次にカラファテからチリ側のプエルトナタレスへバスで移動し、そこから船でパイネ国立公園へ入る。公園内のホテルに宿泊して朝焼け、夕焼けのパイネの絶景を満喫。帰りは陸路プエルトナタレスを経由して再度アルゼンチン側のカラファテに戻り、空路1時間南下して南の果てウシュアイアへ。ビーグル水道クルーズでペンギンやアシカの群れを見物し、南の果てを実感。そして、ウシュアイアから空路3時間半北上し、ブエノスアイレスへ戻るというもの。
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アルゼンチンの首都ブエノスアイレス。昔は「南米のパリ」と呼ばれ、すごく繁栄していたんだろうと、その面影を感じる。寂れた大都会といった感じ。
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世界自然遺産のペリト・モレノ氷河。船から見ると青白い断崖絶壁。
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見晴台からみたペリト・モレノ氷河。氷河の上を歩くツアーもある。
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これはウプサラ氷河見学の途中に船から見たスペガッツィーニ氷河。ウプサラ氷河では4WDと乗馬から氷河を楽しんだ。
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チリ側の主役パイネ国立公園。夕日に染まるクエルノス・デル・パイネ(Cuernos del Paine:パイネの角)
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パイネ国立公園を象徴する、3本の岩峰 トレス・デル・パイネ(Torres del Paine)
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サルトグランデの滝から望む、トレス・デル・パイネ(Torres del Paine)。
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ウシュアイアからのビーグル水道クルーズで、船でペンギン島び接近。
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アザラシの群れ、大きな声で求愛する。
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夕暮れ時の灯台を見て、ウシュアイアの港へ戻る。この港から南極へのクルーズ船が出航する。いつかは乗ってみたい。

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第80回 南の果て、パタゴニア2(アルゼンチン・チリ):まずはブエノスアイレスから

パタゴニアへの第一歩として、まずは、アルゼンチンの玄関口、ブエノスアイレスに入る。
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アルゼンチンは第二次世界大戦までは、日本を遙かにしのぐ世界でも有数の経済大国であったわけで、その首都ブエノスアイレスは南米のパリと呼ばれるほど繁栄していたそうだ。
日本から最も遠くにある大都市であるが、日本との関係は結構深い。
1913年には宗主国スペインよりも早く、地下鉄が開通しているのだが、日本初の地下鉄銀座線は、このブエノスアイレスの地下鉄をモデルにしたというのには驚きだ。だが、今は日本の地下鉄の中古車両が走っており、この国の没落度がわかる。
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パリのオペラ座、ミラノのスカラ座に並び、世界三大劇場のひとつとされる、コロン劇場。
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ブエノスアイレスのシンボル、オベリスコ。
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路線バスも発達している。
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街を歩いていると、まるでヨーロッパの街並みそのもの。
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どことなく寂れた感じがするのだが、かつての繁栄ぶりがうかがえる街並みだ。
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ここはレコレータ墓地というブエノスアイレス最古の墓地で、大統領をはじめ著名人が眠っている墓地だ。
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ここは立派なブエノスアイレスの観光地のひとつでもある。
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団体でやってくる観光客のそのお目当ては?
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ミュージカルや映画の題材にもなった「エビータ」のお墓だ。「エビータ」の愛称で呼ばれる、エバ・ペロンは、私生児から女優、大統領夫人にまでのぼりつめ、33歳で病死したという、波瀾万丈の人生を生きた女性で、アルゼンチンでは今も根強い人気があるそうだ。
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アルゼンチン・タンゴ発祥の地、港にほど近いボカ地区へ。
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カラフルにペイントされた家が並ぶ、ボカ地区の有名なポイント。
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生活の匂いがしておもしろい。
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タンゴショーを楽しめるレストラン。ボカ地区にはタンゴショーを見ることができる大小様々な店がある。
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今宵はアルゼンチンワインを楽しみながら、本場のタンゴを満喫する。

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第81回 パタゴニア3(アルゼンチン・チリ):ペリト・モレノ氷河その1

いよいよパタゴニアに向けて出発。ブエノスアイレスから国内線で空路3時間半南下する。
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何もない海岸線。
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荒涼とした景色の中を着陸していく。
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ペリト・モレノ氷河で有名な、世界自然遺産ロス・グラシアレス国立公園の玄関口、エル・カラファテ空港に到着。
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なかなか近代的な空港だ。
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この街の名前にもなっている、カラファテの実。ジャムなどで売られている。
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街を歩くと、食事処はステーキハウスとイタリアンばっかり。ステーキハウスの店先にはどこもこの様な光景が見られる。これは「コルデロ」といわれる子羊の丸焼きで、パタゴニアの名物料理だ。開いて遠火で焼いているのが特徴で、同じ子羊の丸焼きでも、ボスニア・ヘルツェゴビナで見た、串刺しの丸焼き(第49回)とは大きく異なる。肉食文化の発達したアルゼンチンならではの料理だ。確かに肉の臭みがなく、香ばしくて美味しい。
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今回の目的の一つ、ペリト・モレノ氷河を陸路目指す。街を一歩出ると、荒涼な景色が続く。
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遠方にペリト・モレノ氷河が見えてきた。
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まずは船から氷河を鑑賞する。
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断崖絶壁に近づいてきた。
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その高さと規模に圧倒される。
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パタゴニアの天候は目まぐるしく変わり、天気の状態で氷河の色が変わる。
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曇っていると、白く見える。
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晴れてくると、青白く輝き出す。アルゼンチンの国旗が妙にマッチする。
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氷河の裂け目が、神秘的な濃いブルー染まる。
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この氷河は毎日2mずつ移動しているらしい。耳を澄ますと、あちこちで氷河の崩れる音が聞こえる。
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なかなかシャッターが追いつかないのだが、氷河が崩落する景色が見られる。
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晴れてくると、氷河は輝き、全く違う光景を見せてくれる。
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次回は見晴台からの氷河の景色を紹介する。

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第82回 パタゴニア4(アルゼンチン・チリ):ペリト・モレノ氷河その2

陸に上がり、遊歩道から氷河の全景を展望する。
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青白くそびえ立つ絶壁。
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南極の氷河はまだ見たことがないが、この氷河の大きさは、自分が今までに見てきた氷河とは比べものにならないスケールだ。
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こんな具合に、氷河の対岸に展望用の遊歩道がある。
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遊歩道を上っていくと、だんだん全景が見えてくる。
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遊歩道の高さや左右の位置で見え方が大きく変わる。
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氷河のきしむ音、崩れる音があちこちで聞こえるのだが、なかなかファインダーに納めることができない。
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これは、さっき崩れた後。
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最上部から氷河を見下ろす。氷河の上をアイゼンを付けて歩き、氷河の氷でウイスキーを飲むというツアーもある。
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パタゴニアの天候は、晴れたり曇ったり目まぐるしく変わる。天候によって景色も大きく変わる。
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崩れた氷河のかけらが浮いている。
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ここからのショットが一番豪快な景色が撮れる。
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また晴れてきた。氷河が白く輝きだした。
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真正面からこんな具合に見学できる。
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今度は間に合った。
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崩れるところをやっと撮ることができた。
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そびえ立つ氷河と、サファイア色に輝くその割れ目。

次回はまた違った楽しみ方ができる、ウプサラ氷河を紹介する。

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第83回 パタゴニア5(アルゼンチン・チリ):ウプサラ氷河その1

今回は、ロス・グラシアレス国立公園で、もう一つの観光ポイントであるウプサラ氷河を紹介する。ウプサラという名前の由来は、スウェーデンのウプサラ大学がこの氷河の研究をしていたことから命名されたらしい。
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港から双胴船に乗り込む。
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遠くに雪山を眺めながら、静かな湖を進んでいく。
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あちらこちらに青白い塊が浮いている。
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氷河のかけらだ。
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大きさは大小様々で、色んな形をしているところが、なんか可愛らしい。
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眺めていると、色んなモノに見えてくる。
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これは全体的に丸みのある氷河。
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季節は夏だが、スキーウエアを着ている。いつもこんな感じで写真を撮ってます。
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青い氷が層になり、縞模様に見える。
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ピラミッドのような氷。
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恐竜が湖から頭を出しているかのような氷。
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遠くにウプサラ氷河が見えてきた。
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ソフトクリームのような氷、結構でかい。
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そうこうしているうちに、スペガッツィーニ氷河が目の前に見えてきた。結構な迫力だ。
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山の谷間に見えるのがウプサラ氷河だ。次回は陸に上がって、4WDと乗馬でウプサラ氷河に向かう。

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第84回 パタゴニア6(アルゼンチン・チリ):ウプサラ氷河その2

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船から上陸して、ウプサラ氷河に向かう。
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このツアーでは氷河までの道のりを、4WDで行くか乗馬で行くかを選ぶことができ、ここから別れて出発する。
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自分と長女は4WDでオフロードを突き進んでいった。
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家内と次女は乗馬コースを選択した。
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雄大な景色を間近に見下ろしながら、なかなか満足できるツアーであったらしい。
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パタゴニアの静かで荒涼とした景色の中を進んでいく。
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雪山と湖が美しい。
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ウプサラ氷河が見えてきた。
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こうやって見下ろすと、なんとも雄大な氷河だ。
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見渡す限りが氷河だ。
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だが、地球温暖化の影響でこの氷河もどんどん後退して行っている。ガイドさん見せてくれている写真の上が70年前の様子で、現在の氷河がかなり後退しているのがわかる。こういう極地にやってくると、地球規模の異常がよくわかる。
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近くには、なにげにアンモナイトの化石があったりする。ここが昔は海であった証拠だ。
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再び4WDに乗り込んで港へ戻っていく。おんぼろ橋で川を渡る。
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砂埃を巻き上げて、原野を爆走していく。
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乗馬グループの娘達も颯爽と帰ってきた。
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パタゴニアの原風景を見ながら、再びカラファテの街へ向かう。
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日も暮れてきた。明日はバスでチリ側のプエルト・ナタレスへ移動し、パイネ国立公園へ向かう。

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第85回 パタゴニア7(アルゼンチン・チリ):パイネ国立公園その1

いったんカラファテをあとにして、チリ側にあるパイネ国立公園へバスで4時間半の道のりを移動する。
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これがアルゼンチンとチリの国境だ。
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この民家のような建物がパスポートコントロール。ここで出入国のチェックを受ける。
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木々も何も無い、パタゴニアの大平原を走っていく。
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大地と空と雲だけの世界だ。
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パイネ国立公園の起点の街、プエルト・ナタレスに到着した。
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何も無い小さな街だが、世界中から観光客が集まる。
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湖のほとりの公園でブランコ。子供達もややお疲れ。
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プエルト・ナタレスからパイネ国立公園へ、行きは船で向かうことにした。あいにくの天候だが、虹が出た。
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ペンギン!と喜んだが。。。
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近づいてみると、これは鵜の仲間だった。
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バルマセーダ氷河が見えてきた。
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岩にへばりつくように、氷河が広がっている。やはり青い色をしている。
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いったん陸に上がって、セラーノ氷河を目指す。湖に氷河のかけらがぷかぷか浮いている。
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湖に流れ出すかのように、セラーノ氷河はある。
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最初にすごい氷河を見てしまっているで、あまり感動は無いのが残念。
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ここからはゾディアックと呼ばれる、頑丈なゴムボートでセラーノ川を上っていく。
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防水、防寒のコートに身を包む。
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ゾディアック乗り込んで出発だ。
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雪山を望みながら川を上っていく。今回はあいにくの天候で、景色も曇って見えにくかったが、ようやく少し晴れてきた。
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遠方に氷河が見える。
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こんな感じで、激流の中も進んでいく。
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上陸し、陸路、本日の宿を目指す。遠方にクエルノ・デル・パイネ(パイネの角)が見えてきた。
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パイネでは国立公園内ホテルのひとつ、HOSTERIA PEHOEへ滞在した。ホテルの前から、夕暮れどきのクエルノ・デル・パイネを望む。

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第86回 パタゴニア8(アルゼンチン・チリ):パイネ国立公園その2

プエルト・ナタレスから、日帰りでパイネ国立公園の主要ポイントを回るツアーもあるのだが、パイネでは是非とも国立公園内のホテルに宿泊して、朝焼けと夕暮れ時のパイネの山々を見て欲しい。
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今回宿泊したHosteria Pehoe、ペオエ湖の中に建ち、橋を渡っていく。目の前にパイネの山々が迫る、絶景のホテルだ。
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ホテルのレストランから、湖越し向かって左にパイネグランデ、右にクエルノス・デル・パイネ(パイネの角)のパノラマが広がる。
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朝日に輝くクエルノス・デル・パイネ(パイネの角)
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パイネ国立公園内には初級者から上級者用まで様々なトレッキングコースがある。我々はイタリアキャンプからフランス渓谷展望台までのトレッキングコースを選択した。ボートでペオエ湖を対岸に渡り、トレッキング開始。まずはイタリア・キャンプを目指す。
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パイネの山々を望みながら山道を登っていく。
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イタリア・キャンプに到着。その名の通りここはキャンプ場になっていて、たくさんのテントが張られていた。
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帰路はペオエ湖を望みながら、けもの道を下っていく。
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人工物のほとんど無い、壮大な景色だ。
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湖がエメラルド色に輝く。
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パイネの風は半端なく強い。本当に吹き飛ばされそうになる。その強い風の影響で、天気がめまぐるしく変わる。
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帰りのボートが到着した。
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夕暮れどきのクエルノス・デル・パイネ(パイネの角)。
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ホテルにも灯がともった。
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翌朝、朝焼けのパイネの山々。
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風が強く、雲がものすごい速度で流れ、すぐに山の頂上を隠してしまう。最後に、クエルノス・デル・パイネ(パイネの角)をもう一枚。

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第87回 パタゴニア9(アルゼンチン・チリ):パイネ国立公園その3

今日はパイネ国立公園の最終日、車で国立公園内の見所を巡りながら、プエルト・ナタレスへ向かう。
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少し離れて、クエルノス・デル・パイネ(パイネの角)を望む。この山は本当に美しい。
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これがサルトグランデの滝、規模は大きくないが、水量が多く、豪快で迫力がある。
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野生のグアナコの群れ。リャマやアルパカの仲間で、ラクダ科に属する。その毛から作られる毛織物は、ビクーニャと並んで超高級品だ。
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サルトグランデ越しにパイネの山々を望む。真ん中に突き出た3本の岩山がトーレス・デル・パイネ(パイネの塔)だ。
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身体が飛ばされそうになるくらい風が吹き荒れる原野から、クエルノス・デル・パイネ(パイネの角)を見上げる。
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また違った角度から、パイネの山々を望む。岩山なので、見る角度によって、その景色は大きく異なる。
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湖越しの正面に3本の岩山、トーレス・デル・パイネ(パイネの塔)を望む。
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トーレス・デル・パイネ(パイネの塔)に少し近づいて一枚。
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オバケの様な形をした雲を眺めながら、プエルト・ナタレスの街へ戻っていく。
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もう一度、チリからアルゼンチンへ陸路入国し、カラファテの街へ戻る。そこから空路さらに南下し、南の果て、最終目的地のウシュアイアへ向かう。

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第88回 パタゴニア10(アルゼンチン・チリ):最果ての街ウシュアイア その1

エル・カラファテから飛行機でさらに1時間20分南下し、パタゴニアの最終目的地ウシュアイアへ向かう。
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ビーグル水道が見えてきた。飛行機ならもう少しで南極だ。
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世界最南端の都市、ウシュアイアへ到着。街の中心街は特に特徴も無く、素朴な田舎町といった雰囲気。
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ウシュアイアはもちろん観光地として有名なのだが、もう一つの顔があり、国の経済特区となっていて、輸入品が免税で買える街なのだ。やけに電器店やアウトドアグッズの店が目につく。SONYなど日本ブランドの看板もよく見かける。
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この街の名物料理も、やっぱりコルデロ(子羊の丸焼き)。肉とワインは確かに美味しいが、それしか無いところが、日本人にはきつい。この街にはもう一つの名物として、セントージャというタラバガニに似た大きなカニがあるのだが、取り立てて美味いというモノでは無かった。
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ご当地ビールは、ビーグル水道にちなんで、その名も"ビーグル"
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郊外に出ると、まるでカナダのような風景が広がる。これはビーバーが小川をせき止めたダム。その昔、毛皮が取れるとのことで、カナダからビーバーを輸入したそうだ。しかし、ビーバーの毛皮は売り物には成らず、結局、野生化してしまって、このようにあちこちで川をせき止めて困っているのだそうだ。笑い話のような実話。
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ここはシベリアンハスキーの繁殖場。ここで数を増やして輸出するそうだ。
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ここは世界最南端の鉄道の駅で、「世界の果て号」というミニSLが公園内を走っている。
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「世界の果て号」だ。
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列車で公園内を巡り、先住民達の昔の生活の様子を垣間見る。
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先住民族、フエゴ人の記録だ。この寒い土地で、裸で生活をしていたというのには驚きだ。
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20世紀前半、この街は刑務所として発展したそうで、隔離された流刑地であった。
街には縞々の囚人服の絵や人形をよく見かける。今では、囚人服もこの街のみやげ物になっている。

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第89回 パタゴニア11(アルゼンチン・チリ):最果ての街、ウシュアイア その2

ウシュアイアでのメイン・イベント、ビーグル水道クルーズの様子を紹介する。
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ビーグル水道という名前は、「進化論」で有名なダーウィンがビーグル号で世界一周航海をした際の経路であったことに由来している。
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この日は快晴。船の進行方向に、雲が縦に長く伸びて、何とも気持ちのよい空だ。
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マゼラン・ペンギンの営巣地を船の上から観察。
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すごい数のペンギンで、よく見ると雛も混じっている。
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横たわるもの、海に入っていくもの、ボーっと立っているものなど、見ていて飽きない。
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顔とおなかの白黒の帯模様がマゼラン・ペンギンの特徴。
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雛は白黒の模様がまだ無く、図体は大人とあまり変わらないが、何か愛らしい。
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日も暮れてきて、クルーズも終盤。
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何やら、生き物が群れた小島に近づいた。
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アシカの仲間のオタリアとペンギンの様な白黒の鳥が共生している。
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白黒の鳥はペンギンではなく、鵜だ。
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このオタリアたちは親子だろうか?
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有名なエクレルール灯台。夕暮れ時が美しい。
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ウシュアイアの港に帰ってきた。この港は南極クルーズの出航地としても有名だ。
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外国航路の豪華客船も泊まっている。いつかは参加したい南極クルーズ。再びこの港に帰ってくることを夢見て、パタゴニアシリーズを終了する。
ウシュアイアから、空路ブエノスアイレスへ戻り、そこからイグアスへ向かう。次回はイグアス大瀑布。

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第90回 イグアスの滝1(ブラジル・アルゼンチン):ブラジル側から

パタゴニアからの帰路、ブエノスアイレス経由でアルゼンチン側のイグアスを訪れた。アフリカのビクトリア・フォールズ(第10回で紹介:ザンビアーボツワナ国境)、北米のナイアガラ・フォールズ(カナダーアメリカ国境)、そして南米のイグアス・フォールズ(ブラジルーアルゼンチン国境)は世界三大瀑布と呼ばれているが、それぞれ国境になっているぐらいで、日本の滝とはスケールが全く異なる。中でもビクトリアとイグアスはナイアガラとは比べものにならない。
私見として、スケールと迫力はビクトリアが一番ではないかと思うが、イグアスは、滝という景色を色んな角度や距離から楽しめるようによく工夫され、整備されている。
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国境の橋を渡って、アルゼンチンからブラジル側へ入る。まずはブラジル側から見学する。
世界遺産、イグアス国立公園。
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カラフルなバスに乗って、国立公園の入口から滝の見学場所まで移動する。
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ブラジル側の公園内にある唯一のホテル、ホテル・ダス・カタラタス。滝の目の前にあって、絵になるホテルだ。
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ブラジル側からは主に滝の遠景を楽しむ。
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いくつもの滝が立体的に奥行きのある景色で楽しめる。
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この様な写真が撮れるのがブラジル側の特徴だ。
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遠景といっても非常に迫力がある。
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公園内にはアナグマがうろちょろしている。人間に慣れていて、エサを求めて寄ってくる。
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エレベータに乗って展望台から滝を見下ろす。
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あちらこちらに大小様々な滝がある。
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ここは、落ちていく滝を間近に見ることのできるビューポイント。
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滝の水しぶきで虹が出ていた。
次回はアルゼンチン側の滝の景色を紹介する。

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第91回 イグアスの滝2(ブラジル・アルゼンチン):アルゼンチン側から

11月1日で伊東内科クリニックは開院3周年。本当に沢山の方々に助けられて、ここまで来れたと思う。心から感謝したい。
「ドクトル・イトウの地球の果てまで」も4年目に突入。まだまだ紹介するネタが残っていることに、自分でも驚く。
もうしばらくお付き合い願いたい。

今回はアルゼンチン側から見た、イグアスの滝を紹介する。
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この地図を見ての通り、ブラジル側からは、滝から少し離れて遠景を見る感じで、アルゼンチン側からは滝に近づいて近景の迫力を楽しめるように、遊歩道が整備されている。
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これは「姉妹の滝」という並列して流れる滝。
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よく整備された、ジャングルの中の遊歩道を進んでいく。
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大小様々な滝が流れている。
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静けさの中に、あちこちから水しぶきと轟音が聞こえてくる。
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今から、写真左下の滝の中へボートで突入していくツアーに参加する。
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イグアス名物の滝の中へ突入していく、ボート・サファリツアー。もちろんずぶ濡れになるので、カッパを着て、貴重品は防水袋へ入れる。でも、カッパを着たところで、全身ずぶ濡れになってしまうのだ。自分は今回が二度目であったので、是非この様子をビデオに収めようと、ジップロックを工作して、カメラカバーを作って挑んだ。
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濁流をさかのぼって、滝へ進んでいく。
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こんな感じで、ボートは滝に近づいていく。
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左下の滝壺へ、ボートは突っ込んでいく。
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ずぶ濡れになるのだが、遊歩道を歩いているうちに自然と乾いてしまう。そうこうしているうちに、アルゼンチン側のメイン・イベント「Garganta del Diablo(悪魔の喉笛)」に到着。
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一番大きな滝を、上からのぞき込むビューポイントだ。
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轟音を立てて、滝が落ちていく。何か吸い込まれそうな勢いだ。
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こんな感じで展望デッキが造ってある。迫力の絶景を目の前に見ることができる。
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滝壺は水しぶきで見えない。
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ものすごい迫力だ。
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滝壺に虹が出来ていた。

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第92回 リマという街1(ペルー):リマの街角

舞台を一旦ペルーに戻して、自分が4年間生活した、ペルーの首都リマの様子を紹介する。
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リマの新市街、サン・イシドロ地区。高層ビルの多くは、富裕層や外国人が暮らすマンション。リマに駐在する日本人の多くが、このマンション群に暮らしている。高層ビルの奥に見える緑は、ペルーで一番の名門ゴルフクラブ、リマ・ゴルフ。サン・イシドロ地区の住人は、この街中に広がるゴルフ場を見下ろして生活している。さぞかし便利か?と思いきや、日本人を含め白人以外はほとんど会員にはなれないのだ。目の前のゴルフ場でプレーが出来ない現実。ペルーが白人社会であることを目の当たりにする光景だ。
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写真中央の土の盛り上がりはインカの遺跡。こんな街中にも遺跡がある。
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夜は遺跡がライトアップされる。
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ここはもう一つの新市街、ミラフローレス地区。海を見下ろすように高層マンションが立ち並ぶ。ハワイやマイアミのような光景なのだが。。。夏はいいが、冬は写真のように霧に覆い隠されてしまう。住人曰く、雲の上で生活しているようとのことで、湿気が高く、カビに悩まされる。リマは地理的には砂漠気候でほとんど雨が降らず、緯度からは本来、気温の高い場所なのだが、リマの沿岸には寒流のフンボルト海流が流れていて、海上の大気が冷やされ、雲が発生する。
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写真のように、海から、霧が覆い被さるように発生する。これが、砂漠地帯で雨が降らないにも関わらす、高湿度でカビになやまされるというリマの特殊な気象条件だ。
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リマの旧市街、セントロ。
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歴史的な建造物が多く、見る価値は高いのだが、治安が悪く、なかなか訪れる機会は少なかった。
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これは大統領府の衛兵交代式。国歌が流れて、なかなか壮観な催しだ。
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セントロの中華街。
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リマには多くの中国系移民が生活していて、中華料理がしっかりと根付いている。いわゆるチャーハンはチャウファと言って、すでにペルー料理になってしまっている。日本人の味覚に合うおいしい中華料理だ。
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このおじさんは何をしてるか?犬を売っている。
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美味しい中華レストラン、サロン・カポン。
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ここの北京ダックは自分が今まで食べた中で一番美味しかった。スキンヘッドのおじさんは、リマでおなじみの日本食レストラン「TOSHIRO」のオーナーシェフ、トシさん。ペルーでは超有名人。
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黄色い車はタクシー。リマで走っているタクシーの大半は日本車の中古車。何でも有りのペルーでは簡単に左ハンドルに変えてしまう。自分が子供の頃の車が現役で走っている。
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おんぼろビートル。部品の組み合わせで色までまだら、これがペルーそのもの。
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女性下着もこんな感じで売られている。
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何とも不思議な感じがする。
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これは銀行の現金輸送車。テロ対策で、装甲車のようになっていて、扉がない。見かけは何でもない平穏な街並みなのだが、危険はいっぱいなのだ。
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セントロから一歩離れると、ゴミが散乱している世界に直面する。
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バラックが連なる。これがペルーの現実だ。
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リマのきれいな夕日を一枚。

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第93回 リマという街2(ペルー):噴水公園(Circuito Mágico del Agua)

南半球にあるリマのクリスマスは夏。ホワイトクリスマスとは無縁だが、夜は街のあちこちでイルミネーションが美しい。でも、夜のリマは危険がいっぱい。なかなか夜の風景をゆっくり楽しむのは難しい。
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旧市街の日も暮れてきた。
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ステーキハウスの牛にも、クリスマスの首飾りが。。
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「リマの危険な夜を、安全に見物したい!」という要望にこたえて登場したのが、この「ミラバス」。2階建て観光バスで、日暮れ時に旧市街を出発し、リマの主要な観光名所をめぐる。
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この「ミラバス」に乗ってみた。2階はこんな感じでオープンエア。
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4年間生活して、夜の旧市街を見るのは初めてだ。
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屋根が無いので、景色がすごく近くに感じる。
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街中にも大きなクリスマスツリーのイルミネーション。