院長のコラム

“ドクトル・イトウの地球の果てまで“ 世界60ヶ国以上を訪れた、院長のちょっと変わった見聞録

第98回 アウシュビッツ強制収容所1(ポーランド):ホロコーストという負の世界遺産

ポーランドの古都クラクフから約60km離れたオシフィエンチム市(ドイツ語名:アウシュビッツ)に、悪名高きアウシュビッツ強制収容所がある。クラクフから車で1時間ほどの距離だ。恥ずかしい話であるが、自分はポーランドに赴任するまで、アウシュビッツがポーランドにあるとは知らず、ドイツ国内にあるものだと思っていた。
この強制収容所は今は「アウシュビッツ・ミュージアム(博物館)」となり、当時の記録や資料が多く展示してある。
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これが有名な収容所の入口だ。中には、重厚なレンガ造りの建物が並んでいる。冬に訪れる収容所は、特に重たい空気を感じる。

この「アウシュビッツ・ミュージアム」には二つの顔がある。一つはホロコースト(ナチス・ドイツが組織的に行った、ユダヤ人などに対する大量殺りく)の悲慘さを後世に伝える博物館としての顔、もう一つの顔は犠牲になった方々の「お墓」だ。こういった意味から、入場には二つの方法がある。ガイド(ポーランド語、英、仏、独、西、日)を頼んで説明を受けながら見て回る場合には、ガイド料と入場料が発生する。ガイドを頼まずに入場する場合は無料なのだ。「お墓参り」に入場料は不要という考えだ。
自分はこのミュージアムに5回ほど訪れた。ポーランドに訪ねて来た友人達は皆一様に、行くべきかどうか迷っていた。興味本位で訪れる場所ではないが、見ておかなくてはならない場所だからだ。

最初に訪れたときはガイド無しで見て回った。2回目に訪れた際にガイドを頼んで説明を聞いていると、前回の訪問時に自分なりに解釈していたことが、あまりに間違っていたことに愕然とした。
「アウシュビッツ・ミュージアム」には外国人で唯一、公式ガイドの資格を持った日本人の中谷剛が働いておられる。我々はありがたいことに、日本語でガイドしてもらうことができるのだ。この地を訪れる方は是非とも中谷さんにガイドをお願いするべきだ。
アウシュビッツに子供を連れて行っても良いかという質問をよく受けた。残酷な映像に子供がショックを受けるのではないかと心配するからだ。中谷さんは、次代を担う若者に是非とも見て欲しいと言われていた。小学校高学年ぐらいの子供達からは是非とも見せるべきではないかと自分は思う。
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入口には"ARBEIT MACHT FREI"、ドイツ語で「働けば自由になれる」と記されている。"B"の文字が上下逆さまのように見えるが、これは、これを造らされた囚人達の抵抗の証だとする見解がある。
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この図は、ヨーロッパ全土からこのアウシュビッツの地へユダヤ人達が運ばれてきたことを表している。
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このアウシュビッツ強制収容所は、ナチス占領下で、当初はポーランド人政治犯の収容所として建てられたが、徐々にその目的が変わっていき、ユダヤ人の大量虐殺施設へと変貌していく。
写真は収容所に送られてきた人々の様子。女性や子供も多く含まれていた。労働力にならない、女性や子供、老人達はすぐにガス室に送られたそうだ。
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収容所に到着した人々を歓迎して開かれる演奏会の様子。演奏していたのは囚人達で、恐ろしいデモンストレーションだ。
この地に送られてくる人たちは、新しい生活の場を求めてやってきたわけで、殺されるとは思っていなかった。
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収容所の周囲には鉄条網が張り巡らされている。
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冬の収容所内はモノトーンの世界でもの悲しい。
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夏は緑が生い茂る。
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見張り台と所々にあるどくろマークが恐ろしい。
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収容者達が着せられていた、縦縞の囚人服
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この地で犠牲になった方々の写真と名前が整然と並んでいる。
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所々の写真に、花が飾られていた。恐らく子孫の方々が手向けられたのだろう。ここが「お墓」である意味がわかった。
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収容所内の様子だ。ここで雑魚寝状態で寝かされていたのだろう。
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次第に収容者の人数が増え、手狭になって来たのであろう、生活環境はどんどん悪化していく。レンガ造りの3段ベッドにわらが敷かれているだけだ。
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洗面場
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トイレの様子
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収容者とは対照的な看守部屋の様子。
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栄養失調でやせ細った子供達の姿。
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この花が手向けられた壁は「死の壁」と呼ばれる、銃殺が行われていた壁だ。
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死の壁の周囲の建物の窓には目隠しがされており、その音だけが聞こえ、収容者達により恐怖心を与えたそうだ。
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収容者達がどんどん増え、大量に"処理"をする必要に迫られたのであろう。これが「シャワー室」と呼ばれたガス室だ。
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シャワーと偽って、裸でこの部屋に詰め込まれ、チクロンBという毒薬で大量殺りくが行われた。
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部屋を見学していて,息が詰まりそうになる。
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ガス室のすぐ横にある、遺体の焼却炉。機械的に遺体はここに運ばれて焼却されていった。すべてがシステマティックに進められているところが、何とも恐ろしい。
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焼却炉にはろうそくと花が供えられていた。
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収容者達が持ち込んできた荷物を種分けして保管してある。ドイツ人気質がこういった面にも出ているのか。
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これらは皆、靴だ。
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くしやブラシ類
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これはメガネだ。
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これらは鍋だ。殺されるとわかっていたらこのような物は持ち込まなかっただろう。収容者達は新たな生活の場に移るという感覚で生活道具一式を持って、ここに運ばれてきたことがわかる。
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義足や松葉杖など
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カバンの山だ。名前や住所が書かれてある。もちろん、もう一度手元に戻ると思っていただからであろう。
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女性の髪の毛までもが集められている。
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これは、収容者の髪の毛で織られた毛布だ。人はここまで冷酷になれるのであろうか。

中谷さんが言われていた。収容所のすぐそばには看守達の家が有り、そこには家族との普通の生活があった。普通の人間的な生活の場とホロコーストの現場が隣り合わせに存在し、彼らは優しい夫であり、父であり、残忍な看守にもなれた。それは自分達とて、そうなる可能性のあることで有り、人間の恐ろしさ、戦争の恐ろしさであると。

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